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ヒツジさんの執事さん  作者: 美琴
第二章
41/67

40・新年のお祝い




 アニマリアの第一王位継承者、王太子であるレオンの誕生日は冬だ。

 というか、まさかの年の始まりの一日目、新年のお祭り当日である。

 この日というのはずっと昔、アニマリア・レプティリア・バーダムの三国が同盟を正式に結んだ日である。それまでは小競り合いを頻繁に繰り返したりと、なかなか混沌に満ちた戦国時代だったようだ。ちなみに人間との戦争よりもずっと前。

 …まあ裏を返せば、ここで三国が同盟を結び友好関係になったからこそ、人間の国はそれを脅威と見なしておかしくなったようなんだけど、それは今は割愛。

 そんな新しい時代の幕開けとなった日が、レオンの誕生日。

 そしてそれは奇しくも、かつてアニマリアを建国した白い獅子王と同じでもあるらしい。

 ……そんな生い立ちだからこそ、レオンは周囲の過剰な期待を一身に背負うハメになった訳だ。生まれ変わりだと言われても仕方ないね。

 実際には、同じ世界に生まれ変わる事はないんだけどな…

 と、言ってもそんな死後の世界を知っているのはあたしだけなので、思っても言わないし、今はレオンも受け入れてほぼ昇華している事だ。大丈夫。


「…それにしても、相変わらず豪華だわ…」

「そうですね」


 現在、あたし達は王城で開催されている新年パーティ兼レオンの誕生パーティに出席中である。

 基本的には王都に住む伯爵家以上の上位貴族しか呼ばれないが、現在レオンは王立学院の生徒だ。その関係で、同級生で爵位を持つ家の子供はほぼ全員招待されたようだ。

 ので、あたしとメルル、サンセさん、エルミン君も居る。グイノス先輩はいません。レオンと彼はかなり仲が良いけれど、同級生じゃないし、彼は貴族の子じゃないのだ。根っからの学者の家の子。

 ポーラ様? そんな事情がなくたって呼ばれますよ彼女は。

 二重の意味でめでたい日の宴だ。雰囲気は和やかで、流れるワルツで踊る紳士淑女達は素敵だ。立食パーティ形式なので気軽に美味しいご飯も食べれるし。

 頭上のガラス製? クリスタル製? の大きなシャンデリアはキラキラしていて綺麗だし、壁の彫刻も装飾品も、品が良くて美しい。豪華だけど、なんていうのかな。豪華すぎないって言うか。とても上品。いい感じだ。

 前世で日本人だったあたしはこういう場所でのパーティは初体験。何というか、なんてファンタジー。中世の雰囲気って、日本人にはファンタジーだ。


「お嬢様、バラン様にご挨拶をしませんと」

「あー、そうだった。今日は伯父様も居るわよね」


 王都に引っ越してきた際にご挨拶には行ったのだが、その時はバランさんは不在でジョウイさんにご挨拶した。その後は基本寮住まいで勉学に打ち込んでいるので絡んではいない。

 が、新年の挨拶くらいはね。しないとね…


「…ただ、さくっと終わらせて戻って来ないとね」

「そうですね…」


 バランさんに絡まれるのが嫌な訳ではないが、…いや、ヤだけど、……それ以上にあたしとメルルの後ろでがっちがちになっているお嬢さんとお坊ちゃんを放っておくのは気の毒だ。

 サンセさんは人見知りだから固まっている。

 エルミン君は自分の場違い感の為に固まっている。

 新年一発目から絡んでくる面倒なのが居ないとも限らない。今のこの2人、どう見てもなんていうか、いびり甲斐のあるカモである。

 やれやれ。


「エルミン君」

「ひゃ、ひゃいっ」

「シャンとしなさい。私とお嬢様は暫くこの場を離れますが、その間貴方がサンセさんをお護りしなければならないんですよ。彼女が人見知りだとご存知でしょう」


 それ自体もどーかと思うんだが、その性格だけは一朝一夕で治るモンでもない。というか何かのきっかけがなきゃ、治らないレベルだ。

 対して、エルミン君の場合は単なる気後れだ。こっちはどうとでもなる。


「女性をお護りするのは紳士の義務です。……丁度良い機会です、彼女を主人だと想定して振舞う練習をなされば良いでしょう。いずれ立派な執事になるのならば、主人を護る事も、大事な執事の務めです」

「そ、…そう、ですね。これくらいのプレッシャーに負けて、何が執事ですか」


 おし、スイッチが入ったな。

 彼は結構思い込みのヒトだ。やる気さえ出してスイッチをオンにすれば、しっかり自分のやる事をこなせるし、臨機応変な対応も出来る。

 こうなったエルミン君ならば、信頼出来るのだ。

 …いや普段が信頼できないわけじゃないよ。ドジっ子だけどね。

 シャンと背筋を伸ばしたエルミン君に良しと頷いて、なにやらもじもじしているサンセさんを任せてあたしとメルルはバランさんが居るであろう、国王陛下の居られる奥の席の付近へと歩いていく。


「あのまま吊り橋効果で進展すると良いですね」

「そうね。まあ、しなくてもサンセさんへの良いプレゼントになったわよね」


 明らかに、一時的とは言えエルミン君が自分の執事立ち位置になった事にうれし恥ずかしな乙女心を爆発させてたからね、今。

 見ている分には微笑ましい。いいぞもっとやれ。

 エルミン君からポーラ様への感情? あれ恋愛感情っていうか憧れだから。


「あら」

「おや」


 途中で、ダンス中の一組の男女が目に入った。

 レオンとポーラ様である。

 どうやら、お客様達のご挨拶が一段落済んだのだろう。レオンと最初にダンスをするのは、ポーラ様をおいて他には居ない。

 彼女が先ずお相手を務めなければ、他の淑女達も気兼ねなくレオンにダンスの申し込みもできないだろう。そういうモンだ。

 …あの2人に恋愛展開がないのはあたし達の目からは明らかなので、完全にあれは社交辞令というか、義務というか、強制イベントみたいなものだろう。

 当人達は笑ってるけどね。

 まあ、あからさまに狙ってますオーラを出してる女子達よりは、少なくとも友として数ヶ月お弁当時間を共有している彼女の方が気が楽だよね、レオンも。


「王子様も大変ね…」

「そうですね」


 多分、今日この後あたし達が彼と会話をする事は無いだろう。

 宴が終わるまで、パーティ参加者達の間で引っ張りだこだ。レオンにとってはとんでもない誕生日だろう。頑張れ、王子様。

 レオンにリクエストされたケーキは、お部屋に届けてもらうようにお願いしてあるからね。独り占めしなさい、ベイクドチーズケーキを…






 案の定、バランさんは国王陛下が談笑している一団に混ざっていた。

 あれでも、王都では相当有力な貴族の1人である。あれでも。

 バランさんはともかく、そういえば国王陛下を初めて見た。

 やっぱり、普通の茶色いライオンさんだ。いや、普通じゃなくとんでもない威圧感あるけどね、ライオンってだけで。

 その隣には、寄りようように女性のライオンさんも居る。王妃様かな?

 ていうか、夫婦で種類揃ってるパターンを初めて見たよ。王家に嫁ぐとなると、ある程度王家の血が濃いヒトになるからかな。ライオン率が上がるのかも。


「おお、メルルか! しばらく会わない間に、随分立派に成長したようだ」

「お久しぶりです、バラン伯父様。先日は直接ご挨拶もせず、大変失礼を致しました」


 あたし達に気付いたバランさんがこっちに来たので、メルルは淑女の礼でもって彼へと挨拶する。

 その一歩後ろであたしも礼をしているが、まあ彼はあたしを見てはいない。

 どうでもいい事だが、形式をすっぽかす訳にもいかない。そこを突っ込まれた場合が面倒になるだけだ。

 今回のバランさんは、随分と機嫌が良さそうだ。

 ペラペラと、その舌はよく回る。王都の暮らしはどうかとか、寮で不自由はないかとか、学院は楽しいかとか…

 …まあ、要するに田舎よりこっちの都会の方が良かろう? みたいな事だ。

 相変わらずで、むしろ安心するのは何故かしら。笑顔で適当にかわすメルルは、多分後で爆発するだろう。久しぶりにもふもふ撫で撫でしよう。


「ふむ、バラン。そちらのお嬢さんは、そなたの姪御か」


 お話しているバランさんの横から、国王陛下が声をかけてきた。えー、直接お声をかけられちゃうのか。何それ怖い。

 初めて聞いた声はレオンよりもずっと低く、その視線は真っ直ぐだが伺うような試すような、どこか見極めようとするような目だ。

 確かレオンの話では、厳しいが優しいヒトだという事だったが。

 流石は一国の主。その存在感と威圧感、合わせたオーラは半端無い。

 が、ここで緊張の余りに言葉が出なくなるほど、あたしもメルルも肝が据わってない訳ではないのだった。

 慌てず騒がず動ぜず、メルルはポーラ様に負けない程綺麗なカーテシーを、あたしは右手を胸に当てお辞儀をする。


「お初にお目にかかります、国王陛下。ゴーティス・カルネイロの娘、メルル・カルネイロと申します。こちらはわたしの義弟にして執事見習いのマリヤ・カルネイロです。陛下にお声かけ頂き、光栄に存じます」

「ああ、そう硬くならずとも良い。今日は新年の祝いの席、ゆるりと楽しむ為の日だ。…それに、そなた達は我が息子の学友であろう。レオンの祝いの為に訪れてくれたこと、親として感謝をせねばならん」

「勿体無いお言葉で御座います」


 ああ、良いヒトだ。勿論それだけではあるまいが。

 決して表情を綻ばせはしないが、雰囲気は少しだけ柔らかくなったような気はする。多分。ちょっとだけ。

 少なくとも、貴族から一般の民まで多くのヒトに敬愛される、善い王である事は間違いないだろう。民の為の政策を多く打ち出している王様でもあるし。

 …何より、レオンのお父さんだしね。

 レオンがお父さんを尊敬し敬愛している事は、子供の頃からの手紙でも、実際会ってからの口ぶりでも、充分に解っているのだから。


「時に、後ろの…マリヤ、だったかね。君は、ニンゲンだね?」

「はい」


 レオンから聞いていたのか、それともゴーティスさんの所に人間の子が転がり込んでいるという話を、やっぱり陛下もご存知なのか。

 単刀直入に問われ、あたしは素直に頷く。

 と同時に、周囲の貴族達は先ほどから怪訝そうな瞳を向けてきてはいたが、それが確信に変わったような表情であたしを見る。

 バランさんは、明らかに嫌そうな顔をした。

 うん、久しぶりだぞこの珍獣扱い。

 別に隠す事でもないし、あたしに痛い腹は何もない。なのでいつも通り、気後れも萎縮も何もせず、あたしは周囲からの視線を受け止める。


「…本当に生き残っていたのか。君の他に、家族達は居ないのかね」

「居りません。解りません、と言った方が正しいかも知れませんが。少なくとも、私は私の実の両親の行方を知りません」


 下手すると不思議現象で突如発生したのかもしれない。流石にそれはないと思ってるけれど。

 何がしかの事情があるんだろうけれど、その辺りはあたしも知らない。知らない事は答えられないし、この場で妙な言い訳や嘘は確実に後で自分の首を絞める。

 周囲の視線は、同情半分、疑いの眼差し半分と言った所だ。

 各自どんな想像をしたかは知らないが、まさか半分もそれで同情するとは思わなかった。思ってたより、お人よしの多い国みたいだね。ゴーティスさんが特別変わってるのは間違いないだろうけど。


「もしも、君が望むのならば。君を王家で保護する事も、可能な限りの支援をする事も、決して不可能ではないが」


 陛下の言葉に、つい軽く首を傾げてしまった。

 ……あー、そういえば前にジョウイさんも、人間を見つけた時に保護しようとしたとか、何とか言ってたな。

 一応、絶滅危惧種だもんね。しかも自分達がそうしたんだ。

 前の世界で、そういう存在を保護して増やして野に放とうとした、それと同じような感覚か。うんまあ理解出来ん事もない。

 出来ん事もないが、そんな扱いされても困る。


「陛下のお言葉と温情、大変有難く思います。…ですが、私は保護も支援も望んでおりません。私には居場所がありますし、人間の国を再興しようなどという考えは微塵も持っておりません」


 多分試されてるな、と感じつつもあたしは素直に答える。

 大体、あたし以外の人間なんてまだ居るのか?

 1人だけで国なんざ作り直せる訳がない。生き残りがいたとして、あたしがその代表になるなんて真っ平御免だ。

 責任を負えないとか、それもあるけどそういうんじゃなくてね。


「私はただ、この国の民の1人として、カルネイロ家の一員として。民としての義務を果たし、お嬢様にお仕えする事を望んでおります」


 人間の国の復興も、この国への復讐も望まない。

 知りもしない故国より、沢山優しくしてくれたこの国の方があたしにとっては大事だ。家族として迎えてくれた、メルル達が何より大切。

 もうとっくに、あたしの命の使い方は決まってるのだ。

 ポーラ様達にも言ったが。それ以外の道は、あたしにとっては無いも同然。

 あたしの言葉に、陛下は目を細め、口元を大きく引く。笑っているのだろう、レオンの笑い方に似ている。


「そうか。ならば認めよう。種の違いなど些細なことだ。君は間違いなく、我が国の民。私が護るべき国民の1人だ」


 大勢の貴族達の前で、陛下はそう宣言なされた。

 別に誰に認められようと認められなかろうと、メルル達があたしを家族だと扱う限り、あたしの故郷はあの場所だ。

 が、まあ少なからずあたしへの陰口に、敵国の生き残りだの、異国民の分際で大きな顔を、だのという物があった。

 今後は、それもなくなる。

 何せ国の頂点が認めたのだ。あたしが、アニマリアの国民の1人なのだと。

 それに異を唱える事は、国王に異を唱える事。そんなリスクは犯せまい。

 ……まあ、そんな些細なことはどうでもいいが。

 それでも。ああ、嬉しいな、と。ちょっとだけ思った。

 存在を認められる、望んで居る事を肯定される、という事は。やっぱり、いつだって嬉しい事なのだ。

 感謝の意を込めて、あたしは再び、右手を胸に当て頭を下げる。

 どうでもいいが、バランさんは微妙に複雑そうな顔というか、不満げにしてる。まあホントどうでもいい。






 その後、ちょっとうっかり例の印刷機について、発案者が誰なのか知っているかみたいな話になりかけたので、友人を待たせていると言って場から離れた。

 ああ、陛下は知らないんだ。

 いや、知らない方が良い。そんなん知られたら、今度は保護の申し出じゃなく、強制保護になる可能性がある。

 こないだのレオンみたく、有能な人材を野に放つのは国の損害だ、みたいな理論になりかねん。

 言いたいことは解るけど、あたしはメルルの執事になるので、それは却下ー!

 多分レオンもその辺理解してくれてるから、陛下にも言ってないんだろう。ありがとう友よ。信頼してるからね。


「お待たせ、サンセさん。エルミン」

「あ、お、お帰りなさい、メルルさん」

「ご挨拶、出来ましたか?」

「ええ、なんとか」


 ついでにまさかの国王陛下とも挨拶しちゃったよ。威圧感はあるけど、割とおおらかな良いヒトだったから良かったけどね。

 サンセさんは相変わらずの様子だが、エルミン君は開き直ったのか執事モードに入ったのか、ピシっとしてサンセさんに飲み物を持ってきた所だったようだ。

 嬉しそうだ。サンセさん、大変嬉しそうだ。

 もしかして、戻ってくるのが早かったかしらなんて邪推すらする。


「ねえ、折角のパーティだし、わたし達も踊らない?」


 小腹も空いていたので、4人で適当にサンドイッチなどつまみながらお喋りしていたら、ご機嫌なメルルが言い出した。

 当然のように、あたしの腕を取って。


「私とですか?」

「ずっと前の機会の時は、マリヤは居なかったから踊れなかったじゃない。練習は一緒にしてたけど」


 そんな頃もあったわねえ…

 カルネイロ領に居た頃は授業の一環として練習はしてたけど、それは勿論先生とあたし達だけの空間だ。こういう多人数の居る場での経験は無い。

 学院に来てからもその授業あるけど、一緒にはならないし。


「わたしの弟がとっても素敵なんだって、見せ付けてやるチャンスだわ。勿論見せ付けるだけで、誰にもあげませんけどね!」

「あははは。…ではお嬢様、一曲お相手願えますか?」

「ええ、喜んで」


 お姉ちゃんのブラコンっぷりが大変可愛いので、乗る事にした。

 義姉弟同士だけど、そこはあえてきちんと申し込み、互いに礼をしてあたしは彼女に手を差し伸べ、彼女は手をそっとあたしの手に添える。


「という訳で、エルミンは引き続きサンセさんをエスコートしなさいね?」

「えっ!?」

「それも紳士の義務ですよ。しっかり果たして下さい?」

「あ、あの、メルルさん、マリヤさん…っ」


 この内訳だと当然そうなるだろう。

 手を取ってダンススペースへと移動前に、あたしとメルルは二人に向かって言葉と笑顔を投げた。

 そのまま返事を待たずに置いて行く。

 距離を取ったところで、ちらりと人波の向こうの2人を見る。

 なんがしかお互いにおろおろとした様子で話をしていたようだが。じきにエルミン君はサンセさんへ恭しく手を差し伸べ、サンセさんはおずおずとその手に自身を手を添えた。

 それを見てから、メルルと目を合わせ、笑顔でグっとサムズアップする。いやメルルは蹄だから立ってはいないが…


「お似合いよね」

「ええ、本当に」


 もう付き合っちゃえよ君達。

 物凄くお節介な事をしている自覚はあるが、そうでもないと引っ込み思案上級者のサンセさんと鈍感なエルミン君じゃ進展しない。

 多分、こんなもんで丁度良いだろう。

 少なくとも、サンセさんは嬉しいだろうからこれでいいのだ。あたしは、基本的に女性の味方なのです。サンセさんは友達だし可愛いから味方します。

 別にエルミン君の敵になってる訳でもないから、大丈夫大丈夫。


「時間と状況さえ許せば、お嬢様もレオンと踊れるかもしれませんが」

「えー、それは光栄だと思うけれど、後が面倒そうだわ。別に良いわよ」


 くるり、とメルルをターンさせてから言ったら、特に気にした風もなくメルルは答えて笑う。

 相変わらず、お嬢様から王子様へのフラグは立ってないようだ。

 ただなあ……

 気のせいかもしれないんだが、レオンからメルルへの好感が若干上昇してきている気がするんだよね。気のせいかな。

 ま、好感度が上がるだけならいいけどね。仲が悪いよりずっといい。

 フラグさえ立てないのなら。つーか君はとっととポーラ様とフラグを立ててくれれば良いんだ。決して跡継ぎ問題からは逃れられないんだから、さっさと決めてくれれば後が楽…

 ……うん、すいません、今物凄く無責任な事考えたね。

 一曲踊り終え、互いにお辞儀をした所で、あたしはダンススペースから離れる。同時に、サンセさんとエルミン君もこちらへやってきた。微妙に気恥ずかしそうである。青春だねえ。


「どうだったサンセさん、エルミンはちゃんとエスコートしてくれた?」

「は、はぃ…。エルミンさん、とってもお優しくて、…私が転びかけても助けてくれて、とっても…素敵、でした…」

「あ、有難う御座います…」


 お互いに照れ照れ状態である。おお、エルミン君も脈ナシではなさそうだね。これが女性とのダンス本番が初めてだったからとかならあたしは怒る。

 こんだけ嬉しそうに恥らってる女性前にしてノーリアクションとか、殴られていいくらいだよね、……いやすいません、また無責任なこと考えた。


「あら、ホントに? じゃあエルミン、今度はわたしと踊って? サンセさんには特別にマリヤを貸してあげるわ!」

「本当、ですか…? 是非、マリヤさんとも、踊ってみたいです…。さっき、とてもとても、素敵でし、たっ」

「ええ、私で宜しければ、喜んで……」


 あんまりあからさまにエルミン君とサンセさんをつついていると、そのうち感付かれて妙な雰囲気になる。それも微妙なので、友達同士の当然の流れですよーとばかりに今度はパートナーを変えようという提案。

 サンセさんも乗り気なようで、エルミン君も特に異議は無いらしい。

 和やかな雰囲気に、あたしも頷いたのだが。

 ふと上げた視界の中に、見つけてしまった。

 あたしが妙なところで言葉を止めたのが気になったのか、メルル達もそちらへと視線を向ける。

 壁際に、ポーラ様が立っている。

 取り巻きさん達の姿は無い。さっきはレオンと踊っていたが、そのレオンが別のお嬢様方と踊っているのだから、当然ポーラ様はフリーになった訳だ。

 誰とお喋りするでもなく、食事をするでもなく。彼女はぽつんとそこに居る。その姿は、どこか寂しげにさえ感じさせる。

 通常、このような場でお喋りも食事もせず一人で居る女性には、ダンスのお相手を、と申し込むのが男性側のマナーである。

 見ているうちにも当然公爵家令嬢である彼女へ声をかける男性は居る。なのに、彼女は二言三言の言葉を交わしただけで、彼らの誘いを断っているようだ。

 その様子を見て、あたし達は顔を見合わせた。

 これは、要するに。

 ……彼女に、待ち人が居るという事だ。


「……ちょっと行って来ます」

「そうね。そうして差し上げて」


 見なかったフリをする、という選択肢が選べない程度には、彼女との交流はあるしその考えも察せられる。

 メルル達も解っているようで、あたしの言葉に頷いて見送ってくれた。

 普通に考えれば、彼女が待っているのはあたしだ。相変わらず、叶わないと理解して尚、彼女はあたしに恋をしている。

 それに応える事は出来ないし、あたしには彼女に友情以外抱けないのだが。

 ……まあ、折角の自由な3年間なのだ。

 夢を見させてあげるくらいは、いいじゃないかと思う。

 見ている限りで3人目のどこかのご子息の誘いを断ったポーラ様は、愁いを帯びた瞳で僅かに視線を伏せていた。

 期待半分、諦め半分のような心持ちなのだろう。

 …多分あたしが気付くまでにも、何人か袖にされてる筈だ。

 それが、ここであたしの誘いを彼女が受けたとしたら、その理由が何だったとしてもあたしへの反感は一気に高まる事だろう。

 正直それを思うと面倒この上ないが。


「ポーラ様」


 あたしが声をかけると、彼女はパっと顔を上げる。

 驚きと、喜びが入り混じった表情で。黒曜石のように深い黒の綺麗な瞳が、あたしを捉えた。


「宜しければ、私と一曲踊って頂けませんか?」


 右手を胸に当て、一礼した後。あたしは、ポーラ様に笑顔で手を差し伸べる。

 その途端に、彼女はとてもとても嬉しそうに……その感情で、僅かに瞳に涙さえ滲ませて、花が綻ぶような笑顔を浮かべた。

 ……うん、その。

 あたしはケモナーではないし、ましてや同性愛者でもない(身体の性別上は男性なのだが、頭の中身は女なので)が、こうまで素直に向けられると、ちょっと可愛いと思ってしまうな…

 もしかして、頭の中身も実際に性別に引きずられてきてるのかな? だとしたら、良いような悪いような。

 いや、それでもポーラ様とくっつくという可能性は無いんだけどね…

 ま、何はともあれ。


「はい…マリヤさん。喜んで、お相手させて頂きます」


 目の前の、普段仲良くさせて貰っている彼女がとても嬉しそうにしているから。

 とりあえず今は、それでいいかな、と思う事にしておいた。

 野郎共の嫉妬の視線、来るなら来いや。そんなモンより、あたしの友人の幸せの方が大事ですわ。







 来るなら来い、受けて立つ。それがマリヤさんクオリティ。

 面倒ごとは嫌いですが、それより友達を喜ばせる方が、大事。


 ちらりと王様ともご対面。

 正式な謁見じゃないので、さらっとしたものですが。

 何はともあれ、敵ではないという判別だけは為されたようです。

 尚、レオンは友達が出来たという話はしてありますが、それがマリヤで人間だという話はしていません。

 何故なら、家出時に世話になった事がバレて、迷惑がかかる結果になるのをレオンが心配したから。




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