騎士、再び出会う
赤毛の馬は疲れを見せることなく雪原を駆け抜け、次第に地を覆っていた雪は薄くなり、枯れた草地が辺りに広がり始めた。
そして剥がれてまばらになった石畳みの街道を辿った先に、奴はいた。
「ライオネル!」
カーミラが遠くの彼に声を張り上げる。
すると焚き火の前にあぐらをかいて座り込んでいたその男は、間抜けな声を上げた。
「ふぁーみらさん!」
何かを口に含んでいるらしい。獅子鎧の中のライオネルはこちらにひらひらと手を振った。
「やっぱりここにいたか!なんでかお前は街道の分かれ道の側で火を焚くな」
馬を止めたカーミラが呆れたように笑うと、ごくんと兜の中で音を立てて何かを飲み込んだライオネルが見上げた。
「それはちょうどよく導きがあるから...、ってあれ?氷候騎士ヴァリウスさん!なんでカーミラさんの馬に乗ってるんです?」
「ちょっと手違いで殺しかけてな。詫びに今だけ世話してんだ」
カーミラが少しむず痒そうに軽く頭をかいてみせると「へえー」とライオネルは間抜けな返事を返す。
「それよりお前、シチューが食べたくないか。食わせてやるから話をしろ」
「シチューってなんですか?」
「煮込みだ。前食わせたスープより美味いよ」
「わあ、いいな!食べます!」
幼児との会話のようなやりとりに、思わず面食らってしまう。馬からひらりと降りたカーミラは慣れた様子で焚き火の上に鍋を吊し始め、俺もゆっくりと馬から降りるとそれを見つめた。
ライオネルは「うれしいなあ、干し肉飽きるんですよね」とすぽんと兜を脱ぐ。
兜を脱いだ彼の姿は、金髪に金眼の青年だった。
整った顔立ちの精悍な若者だが、表情は妙に幼い。
「ヴァリウスさん、怒ってます?」
立ち尽くす俺に首を傾げる彼の毒気のなさに思わずたじろぐ。俺は少し黙った後に、ゆっくりと首を振った。
「...いや。我が君は最期に満足しておられた。貴殿による魂の開放を感謝する」
俺が静かに告げると、彼は驚いた顔をする。
「てっきり“敵対”しちゃったから、殺しに来たのかと思いました。でも赤くないから不思議だなって思ってたんです」
「赤...?」
そもそも俺の鎧や外套に赤など一つも使われていない。こやつは何を言っているのだろうか。
「よかったです。殺したくなかったから」
微笑む彼の言葉と邪気を感じない表情に、思わず言葉に詰まってしまう。恨みこそないものの、我が君を強襲し手に掛けておきながら、殺したくないとはどういうことなのだろう。
「ほら、いつまで突っ立ってんだ。鞄から木さじ出して」
なにやら手際よく食材を鍋に入れたカーミラからいきなり指示を出され、俺は「あ、ああ」と馬に括られた彼女の鞄の内を探った。
大きめの木さじを見つけて取り出し渡すと「座って待ってろ」と言われてしまう。
カーミラが膝をついて鍋を混ぜる隣にそっと片膝を立てて腰を下ろすと、己も兜を取った。
兜の内から長く伸びた黒髪が広がり、軽く頭を振る。
「ヴァリウスさんってそんな顔だったんですか」
まじまじと覗き込むようにライオネルに見つめられ、少し身を引く。
「...どんな顔か」
「青い目と雰囲気がちょっとゼルフィシウスに似てます。もっと真面目そうだけど...あ、鏡ありますよ!」
ごそごそと荷物をかきまわしてライオネルが俺に鏡を手渡す。やたらと装飾の凝ったものだが、やはり貴族出身なのだろうか。
鏡を覗き込めば、そこには長い黒髪を下ろした若者の顔があった。少し目に隈が残っているが、確かに顔立ちは我が君に少し似ている。だが我ながら、実に陰気な面持ちである...。
「見とれてないで皿を受けとりな、美男殿」
茶化して言われて顔を上げると、カーミラに何やら木皿を渡される。中には熱く湯気を立てる香ばしい焦茶の煮込みが満たされていた。
ライオネルはというとすっかりこちらはどうでもいいのか、「いただきまーす!」と声高に言うなりかき込むようにがっついている。
美しい顔立ちの青年だというのに、食べ方に品がない...。貴族の線は薄くなったか...?
こちらも「かたじけない」と口をつければ、濃い味わいと野生的な肉の風味に目を見開く。だがこれは、匙が進んでしまう...。そう言えば起きてから、口にしたのは生姜湯だけだった。
「やっぱり、薄めてちょうどいいみたいだな」
カーミラは俺の様子に翠緑の瞳を細めて笑う。
そして自らも食事に口をつけて「うん」と頷くと、ライオネルの方を向いた。
「さて、お前の事を教えてくれ。ライオネル。いつもお前はあたしに喋らせるばっかですぐ消えちまうからな」
「お前は何者だ。何が目的で君主を倒して回ってる?導きとはなんだ、なんでお前は生き返るんだ」
カーミラが単刀直入に尋ねると、ライオネルは皿から顔を上げる。
「初めに殺された時に言ったけど、僕は僕がよくわからないんですよね。生き返る理由もわかんないです」
「殺されただと?」
思わず口を挟むと、カーミラが匙を咥えたまま頷く。
「初めに会った時、いきなり“その装備売ってえ!!!”って血眼で飛びつかれたもんだから狂人と思って殺しちまったんだよ。そしたら目の前で光の砂になって、しかも生き返ったってわけ」
「それから時々装備を売ってくれたり、矢の作り方教えてくれたりして」
「それはいいから。お前はあの時“声が聞こえる”って言ったよな?」
カーミラは匙をライオネルに向けて見せた。
ライオネルはこくりと頷く。
「あっはい。死ぬ時に“いとしごよ苦しみの果てに何を見るか”生き返る時に“いとしごよ仮初めの生に産ぶ声を上げよ”ってオジサンの声がするんです。たぶん神だと思うんですけど、もう聞きすぎてうんざりしてて」
「神の声が聴こえるのか!?」
「そうらしい。生き返るのがいつも神の像の前なんだと」
驚いて目を見開けば、カーミラは相槌を打って付け加える。
ライオネルは気にせずぱくりとまたシチューを口にした。
「そもそも気がついたらこの鎧着て倒れてて、何の為に生き返らせられるのかわからないし、それなら直接神って人に聞いてみようかと。文句も言いたいし」
「それで君主を倒して回ってるって訳か」
「はい。最初の地の君主マケイオスさんが、神に近づくには“誓いの証”がいるって教えてくれたんです」
「なんだ、誓いの証ってのは」
カーミラが訝しみ、俺は思い当たってはっとする。
「誓いの証とは、七君主の力の源。神に与えられた誓いによる属性の力...」
「倒さないと手に入らないって言うんで、言われた通り倒して回ってるんです。ちょうどよく君主のいる方向に光の筋も見えるし...占い師のお婆さんが“導き”っていうから、そう呼んでます」
俺の言葉にまた頷き、ライオネルは皿の中身をかき込んでごくんと飲んだ。俺は唖然として言葉をなくす。
では我が君は、その“誓いの証”を手に入れる為だけにこやつに倒されたというのか...。
すると聞いていたカーミラがタン、と皿を置いた。
「ふふ、やっぱりそう言う事か...。なら話が早い!ライオネル、あたしもお前に同行させろ!」
「カーミラさんが僕と?」
「待て。貴殿、どう言う事だ」
突然の話に振り返って彼女を見れば、カーミラは翠緑の大きな瞳をぎらりと光らせた。
「言ってなかったな。あたしは神を殺したいんだ。賽の地に獣なんて最低な呪いをかけた神をね」
「神を殺すだと?」
「そうだよ。あたしに与えられた“血酔”の名は背神者の証。元は炎の恩寵のもとに産まれたが、神の座を欲する闇の君主を言い包めて二つ目の血の恩寵を得た」
「だがそもそも、世界に神なんてクソはいらない。あたしはこの世から神という存在を消してやりたいのさ」
カーミラの瞳は強く輝き、握られた拳は関節を白く浮き立たせた。神殺し。その理由は定かではないが、覚悟の強さを確かに感じさせる。しかし人の身で神になど...。
驚き彼女をまじまじと見つめると、カーミラはライオネルへとごく真剣な視線を向けた。
「ライオネル。お前は神へ近づく鍵だ。あたしの力と持てる知識、全てをやる。だから神の座へ連れて行け」
ライオネルは真っ直ぐ告げられたカーミラの言葉にきょとんと目を丸くする。そして少しの間うーんと悩むと「これ、毎日作ってくれます?」とすっかり空になった皿を持ち上げた。
カーミラは「そんなことか」と口の端を上げる。
「シチューだけじゃない。ローストだってパイだって食わせてやるよ」
「何かわからないけどおいしそう!あ、あと僕、馬が欲しいんですけど」
「フィレルディアの南端で見た。捕まえ方を教えてやる」
「やったあ!仲間になりましょう!」
衝撃的な事実とあっさり決まった取引に、俺だけが置いてけぼりとなって二人を交互に見やる。
「あっでも!神から答えをもらうまでは殺さないって約束してくださいね」
「いいさ、好きなだけ話せばいい。あたしもやつの言い分には興味があるからな」
途方もない話をまるで遊びの約束でもするように交わす軽さはなんなのだ。
だがまさか己を救ったこの女が神殺しを目論む背神者であったとは...、そして結局、ライオネルは情報が少なすぎて何者かわかったものでもないと言うのに...。
「ヴァリウス、お前はどうする?ここで別れてもいいが」
カーミラに振り向かれ、はっとした俺も慌てて皿を置く。
あまりの話にぼんやりと聞いていたが、己の事を全く考えていなかった。
ここで彼らと別れれば、また一人きりとなる。
だとして君主を失った俺には行くあてもなく、目的もない。そもそも500年後の変わり切った世界で彷徨い続けて、俺は一人で生きられるのか...?
俺はカーミラとライオネルへと、順に視線を移す。
ここで別れてもいい、と言ったカーミラはおそらく同行を許す気なのだろう。ここまで世話を焼いた彼女の視線は俺を幼子のように見ている気もするが、騎士としていずれ救われた恩義は返したい。
...そして何より、我が君を打ち破った、不死のライオネル。この危うさと不可思議さしかない存在がどこに行き着くのか気になるのも確かだ。
我が君が興味を持った男の行く末。それを見届けるのが、己に残された役割のような気もする。
「...願わくば、俺も同行させてくれまいか。少なくとも、戦力にはなるだろう」
指を組んで二人に答えれば、カーミラとライオネルは顔を見合わせて笑った。
「じゃ、旅の仲間、結成ってことで!」




