四話 ドリンクバーの負の遺産
「ひっどい目にあった。」
からんと氷の入った麦茶を揺らしながら町田がため息を吐く。
町田が元いた場所には代わりにゆーかが座っている。
「勝手に飲んだんじゃん。」
恨めしそうな表情の町田に睨まれ、ゆーかにも監視されながらただのお茶を注いできた華。
そんな超VIP待遇には不満があるらしくむすっとした表情で言う。
「勝手に?あんな危険物平気でほおってたらテロリストだよ!」
免許あんのか免許とぷりぷり怒る町田。
「どっちも悪いでしょ。」
呆れた表情のゆーかだけが美味しそうにオムライスを食べ続けている。
「飲み物間違えるの何回やってるわけ?そろそろ学習しなよ。」
左利きの華と右利きの町田が隣り合って座ると、利き腕が被ることがある。
我を行く者同士遠慮するはずもなく、ぶつけ合っては醜い責任の押し付け合いをしている。
「第一華のことさんざんおちょくってたんだし天罰下ったんじゃないの。」
「そう!!その通り!」
悲劇的な爆弾ジュース事件はドリアの件を記憶から消し飛ばしていた。
当の町田も忘れきっていたようで、あぁそんなこともあったねなどと呑気に言っている。
「大袈裟だなぁ。」
「いーや、妥当だね、妥当。てかゆーかも黙ってたよね?」
しれっと逃げようとしたゆーかも突っついておく。
「そうね。けど知ってるかどうか聞いてこなかったわよね?」
まだまだとよちよち撫でる仕草を見せるのでシャーと威嚇しておく。
ゆーかに口で勝てる気がしないのでこれ以上負け戦をする必要は無い。
「ぐぬぬ...良いもんね!いつかゆーかにもお見舞いしてやるからさ!」」
一流のプロ負け師ともなれば逃げ方もエレガントに。
負けを認めなければ負けでは無いので後ろ足でしっしっと砂を掛ける。
「ふーん。」
「あ、ちょ、もうほっぺはやめて!とれちゃうよ!」
正面の席から横に移動したことで簡単に射程範囲に入り、わさわさと手と手がじゃれあう。
明らかにゆーかの手は華の甘いますくを狙っている。
もし捕まってしまえば簡単に捕食されてしまう。
「牛のほっぺたは美味しいらしいよ?」
自分がやる側じゃなくなったので手持ち無沙汰な町田が謎情報を教えてくれる。
「人間のほっぺたは関係ないでしょ!?」
もっともなことを言う華の声が届いてか、あるいは単に飽きたのか最後に手を伸ばして一回だけむにって帰っていく。
「ふぅ、油断も隙もないんだから。」
やれやれと額を拭い、一息吐こうとコップに手を伸ばす。
「おっと。」
無意識に近くにあった指定封印呪物に伸ばしかけた手を引っ込める。
へへへと二人の様子を確認するとジトッとした目を向けられている。
「飲みなよ。」
「いやいやいやいや。」
ぐいっと押し出されるコップを押し返す。
「こちらを飲ませて頂きます。」
町田に監視されながらしれっと注いでいた自分の分のお茶をぐいっと。
「で、どうすんのさコレ。」
一口だけ飲まれた液体はまだまだコップをなみなみと占領している。
いつしか机の中央に鎮座し圧倒的な存在感を放つにもかかわらず誰も関わろうとしない。
作った華でさえも視界に入らないように少しずつ町田の方へ押している。
「どうするもこうするも...飲むか残すの二択じゃない?」
「誰が飲むの?」
町田が机の上に身を乗り出す。
「そりゃあ、ねぇ?」
視線がつつつと華に向く。
「え、え。」
じぃっと見られ、ようやく自分の置かれている立場に気づいたのかばっとコップから手を離して二人に向けるとブンブンと横に振る。
「いやいやいや無理無理無理無理!」
「痛いなぁもう。」
髪がベチベチと隣のゆーかを叩くのもお構いなしに否定を続けたが、手首をきゅっと捕まえられる。
「そんなこと言ったって注いできたのは自分でしょ?」
「だってまさかあんな!あんな目に遭うほどとは思ってなかったよ!」
至極真っ当なことを言うゆーか。
しかし目の前でSAN値がピンチな町田を見た後では流石に挑戦する気は起きない。
「いやぁ、なかなかひっどい味だったよね。」
御見舞いされた町田だけがしみじみと語りだす。
「ファーストタッチはメロンソーダなの。そこはまだ行けるのよ。」
強烈なインパクトの衝撃で吹き飛んだ記憶の欠片を集めて思い出しながら振り返る。
「そこからカルピスの混じった腐水が押し寄せてきて、最終的に気の抜けたコーラのスパイスのエグ味が舌に残る感じ?」
「そんなかな!?そんなだったかな!?」
舌をウゲッーと出して不機嫌を強調する町田に我が子のような作品を否定されるとそれはそれでちょっと悲しい。
「いや全然想像はつかないけどサイアクな物であることだけは良くわかったわ、尊き犠牲に合唱。」
手を合わせるゆーか。
やはり何事も挑戦者は偉大だと実感する。
「うぅ、じゃあ私が飲むよ。」
ゴゴゴと存在感を放つコップを手に取る。
しばらく見つめ合って。
覚悟を決めてぐいっと一息に...
「いぃぃやっぱ無理!だって見た目が人間の飲み物じゃないじゃん!」
華の小さく黒い瞳はうるうると光り、ヤダヨーと訴えかけてくる。
「じゃあ私が覆ってあげるよ。」
ぺしぺしと視界を塞がれる。
「うわぁ悪魔か!あでもちょっとだけ行けそう。」
未だにおぞましい色彩はしっかり記憶に残っているが、見えないだけでも心理的ハードルは下がってくれる。
「い、行くよ。」
おぞおぞと両の手で握ったコップを口元に近づけるが、ぷるぷると震えて水面が波立っている。
「わかったちょっと待って。とりあえず匂いだけ嗅ぐのはどう?」
自分が注いだ飲み物を処理するだけにも関わらず、どこか罪悪感を覚えるような光景を目にして町田の良心が顔をみせる。
「それ絶望が二段階に分けられるだけじゃない?」
ゆーかの言葉も耳に入らず、果敢に匂いを嗅ぎに行く。
するとコップから離れた距離でもわかる、これまでに嗅いだことの無いふしぎな臭い、略して腐臭が襲いかかる。
「あっあっこれ無理だ!もう匂いが悪霊追い払うタイプのやつ。これ玄関においたら虫とか来ないよ?」
強烈な臭いに思わずゆーかの手を振り払って顔をあげてしまう。
おおよそ飲むためのものとは言えない、どちらかと言うとガソリンに近いような臭いへの忌避感に見舞われて、顔をしかめてイヤイヤと首を横に振る。
「鼻つまんであげるよ。」
動き回る華の鼻がむにっとぎゅいっとつままれる。
「つまみゅにゃらしゃきにひってもらへるかにゃ?」
ほぐほぐと摘まれながら文句を言うが、視覚も嗅覚も塞がれてもはや何もわからない。
そんな華を介助するようでちゃっかりコップは口元に近づけられている。
「こ、怖い!なんにも情報が入って来ないのに近づいてきてることだけは何となく分かる!」
騒ぎ立てても止まらない。
「はいじゃあストロー咥えてねー。」
「む。」
からからとコップの縁と氷に挟まれ回転していたストローが捕まえられ、強引に口の中に入れられる。
ストローは咥えたままに深呼吸を何度か、息を整えゆっくりと吸い始める。
二人は無色のストローの中を怪しげな色の液体が上がっていくのを目で追っていた。
そしてついに液体は華の口の中に到達する。
「う、ぐ、ぎぎ。」
目を塞がれ、顔の大部分を手で覆い隠されたままでも華の顔が強張るのが分かる。
初めは引き攣っていた顔は段々と力が抜け、慎重にだが次の液体を迎え入れるように再び吸い始める。
「華?」




