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二話 課題の山

「結局さー、課題はどんぐらい進んでんの。」


 身体中の力が抜けてぐでんと溶けた華が、ずずずと下がっていく。

 どうやらテーブルに掴まることすら諦めて重力のままにテーブルの下に沈もうとしているらしい。


「行儀悪いなぁもう。」


 それほど広くもないテーブルとソファ型の椅子との隙間を器用に沈んでいく華の両腕を持ち上げると、脇の下に手を差し込みうんしょと引きあげる。


「今年のゴールデンウィークはあんまし遊べなかったし、半分ぐらいは終わっててもいいと思うけど。」


 反対側からぐっとテーブルの上に身を乗り出してゆーかが言う。


「...もってきてるよ。」


 相変わらずソファの背もたれに上半身を預けて力が抜けている華は姿勢をそのままに右手だけでトートバッグを指差す。

 町田は片手でそれを持ち上げると、テーブルの上にどんと置く。


「重くない?何もってきてんの。」


 取り出した透明なファイルは明らかに普段からプリントを溜め込んでいるのが分かるほどに膨れ上がっている。

 教科書一冊分の紙の束をめくっていたゆーかが中から1枚適当に取り出したのは白紙の原稿用紙だった。


「作文もやってないのか。これ終わるかな。」


 呆れてぼやくゆーかを尻目にバッグを持つとまだ重い。


「わお。」


 中を覗けば勢揃いの教科書がこちらを見つめている。


「すごい量あるけどもしかして全部持ってきた?」


「うん。」


「すごい馬鹿だ。絶対教科書は要らなかったじゃん。」


 重すぎるとか、これ全部は今日で終わらないなとか思わなかったのだろうか。


「しかもやってるやつを置いてきてこれなんだね。」


 ファイルに挟んであるプリントをパラパラと見て気づいたゆーかがそう言う。

 上から下まで真っ白なプリントの束を見せられて流石に呆れた様子である。


「まじか。それ終わる?」


 一瞬だけ視線を空にやる。


「どーだろ。明日もしっかりやってギリのギリな気がする。」


 今日で終わるかなど言うまでも無く、果たして週明けまでに終われるのかという具合である。


「あちゃー...。まあ明日は無理だけど今日はやったげるよ。」


「うぅ、ありがとうゆーか、町田。」


 顔を上げた華の目は潤んで赤くなっている。

 やれやれといった風にゆーかが答える。

 

「いいけどさ、いつまでもこうって訳にはいかないと思うよ?」


「一生一緒にいようよぉ。」


 隣の町田になだれかかる。服を掴み顔をシャツに埋めると、ぐずぐず鳴るのが聞こえる。


「ちょいちょいちょいちょい離れろよバカ。」


「ヤダー。一緒にいるのー。」


 いくら華が泣いても汚れた服を着て帰るのは町田である。

 引っ付き虫をぐいぐいと押し返しながらこうした原因を睨んでも素知らぬ顔で助けようともしない。


「ちょ、華、わかったわかった。大丈夫、いつか分かれても一緒に遊ぶしさ。」


「ほんとぉ?」


「ほんとほんと。ガチのマジ。」


 服を掴む手をゆっくりと解き、ほっぺを持って顔を離す。

 顔には鼻水の跡は無い。

 果たしてファミレスのペーパータオルやおしぼりで綺麗になるのだろうかと考えながら下を見ると、こちらも汚れた様子は無い。

 ただ鼻を啜っていただけらしい。華が。


「怖がらせやがってコノヤロウ。」


 ほっぺをむにむにすることで制裁を下す。


「ひゃろうひゃないひょ。」


 町田より一回り以上小さい手を使い、むにる手をなんとか剥がそうとする。

 前にならえでは先頭を譲ったことが数える程しかない華と、背の高いバレー部の仲間と並んでも頭ひとつ抜ける町田では歳の離れた姉妹が遊んでいるようにしか見えない。


「とりあえず提出期限が近いものからやるとして、漢字プリント、は1人でできるか。」


 ファイルから取り出したプリントを整理していたゆーかがぼやく。


「ひぇきる。」


「だったらそれは1人でやってもらうとして、今日は数学のワークやろっか。」


 プリントをとんとんとテーブルで纏めファイルに入れ直す。


「他やってないのは?」


 ぐいぐいと引っ張ってくる手にしょうがないなぁとほっぺたから手を離して町田が聞くと、目を瞑って思い出そうとする。


「なんだろ。英語のプリントは授業中にやった記憶があるけど。」


「それめっちゃ簡単なやつじゃん。やったに入んないよそれは。」


「なんでだよ。」


 ぶーぶーとタコ口で抗議する。


「板先華に甘いからさぁ。適当にやっても丸もらえるじゃん。」


「わかる。絶対徹夜で作ったでしょみたいなのも評価高かったりするし。」


 板先こと板橋先生は定年後再就職した御歳67のベテランで、英語と生徒指導を受け持っている。

 遅刻常習犯の町田が校門で1番に出会うのは彼である。


「この前のテストとか勉強してるとこ見たことなかったのにいけてたし。」


「それはその、うへへ。」


 ぎろりと怖い視線を向けられ慌ててへへへと手揉みする。

 一応特別扱いを受けていた自覚はあるため気まずいらしい。


「はぁ。まぁ、いいけどね。華に甘いだけなら私に損があるわけでも無いし。」


「へへ...肩でもお揉みしましょうか。」


「それ恥ずいからやめて。」


 伸びてきた手をぺしっと叩くと再びはぁとため息をついて水を飲んだ。


「私はいいけどねー。華と同じ班にいるから色々教えてんの聞こえるし...色々。」


 また睨まれる。


「ちょ、ちょ、それ内緒って言ってたじゃん!」


 慌てて町田の口を塞ごうとするが体格差で防がれるし、そもそも今更塞いだところでゆーかの追跡が止む訳では無い。


「いやー、流石に華1人では無理じゃない?ゆーかに見られたらバレてたよどのみち。」


「ばれなかったかもしれないじゃん!」


 必死の抵抗を見せる華の耳に横から手が伸びてくる。


「ほう。私に秘密を作ろうとしていたのかね華君。」


「ぎゃあぁ。」


 びびびと耳が引っ張られ悲鳴をあげる。


「こざかしいこと出来やしないんだからよせばいのに。」


 それを見て呆れた笑いを見せる町田も、想像してしまったのか手がそっと自分の耳に向かっている。

 

「まったく。罰として課題終わるまでおやつ禁止ね。」


「どええ!死んじゃうよ!」


「死なないでしょ。」


 ヨヨヨと泣くふりをしているがゆーかに通用するわけもなく。

 むしろわきわきと手が助走を取り始めたため急いでやめることになった。


「やばい、逃げろ!」


 そういうと急いで、角の席から出るには町田にどいてもらうしかなく、しばらくの攻防戦の後になんとか脱出した。


「あの調子だと私に勝てる日は来ないな。」


「フィイカルモンスターと比べんな。体格差以前に私でも負けるわ。」


 そうして手持ち無沙汰に水を飲んでいると、両腕にお盆を乗せたウェイターがやってくる。


「こちらご注文のオムライスと明太パスタでございます。」


 2人の、そして3人の目の前に広がるのは散らばったプリントと教科書、テーブルの真ん中に堂々と置かれたバッグ。おまけ程度のおしぼりの鶴。


「...とりあえずこれ片付けよっか。」


 申し訳なさそうな顔で目を合わせると、腕をぷるぷるとさせたウェイターは限界を超える戦士の顔つきになっていた。



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