一話 パスタはパスタでも頼めないパスタってなーんだ
「あー、月曜日から学校かー。」
しっとりと冷たいファミレスのテーブルに突っ伏しながら一人の少女がそう言う。
まだまだ夏には程遠いというのに外は二十度を超える暑さで、クーラーから流れるひんやりとした空気が心地良い。
GWも最終盤、この土日を過ぎれば夏休みまで大きな連休はない。
「言ってた課題やったの?」
ぐでんとテーブルに広がったポニーテールを指で弄びながら長身の少女は直視しがたい現実を突きつける。
「やってないんだなーこれが。お、かき氷あるよ?」
テーブルに立つ小さなメニュー表には大きくかき氷の写真が載っている。
「私は手伝えないからね。今日バレーあるし。」
ばっと顔が上がる。
いじいじと頭の上で遊ばれていた手が跳ね除けられると小さい少女は大きい少女の肩をがしっと掴む。
「わぁびっくりした。」
「びっくりしたのはこっちだよ!え!?私今日一緒にやろうって言ったよね!」
ぐわんぐわんと頭が揺れる。
「言ったかなー。」
「言ったよ!」
ファミレス中の視線を集める2人を他所に、もう1人の少女の手によってテーブルにメニューが広げられる。
「ね、ね、ゆーかは覚えてるよね?」
「華の家で数学やるって話?覚えてるけどその話した時町田いたかなぁ。」
「ほら、私それ言われてないじゃん。」
ゆーかと呼ばれた少女がメニューをぺらりと捲ると華の視線もついてくる。
一方の町田は無実の罪を着せられた挙句に相手はもう興味を失っているもんで頬をむにむにとつまむことしかできない。
「いたたたた。あ、ほれおいひそう!」
ピシッと伸びた指はチーズドリアを指している。
「じゃ私はオムライスにしとこうかな。」
決め終えたゆーかは町田にメニューを向けると背凭れにどかんともたれ掛かる。
ゆるりと店内を伺えば、時間が時間だからか、それともゴールデンウィークの影響か、普段はそれほど混んでいないこのファミレスも繁盛しているようだ。
「決めたー?」
早くも待つことに飽きて机の下で足がゆらゆら揺れている。
「まだ見始めたばっかじゃん。」
ぺらぺらとページが捲られる。
「お、なにこのパスタプレートってやつ。」
横から指がにょきっと出てきた。
「変える?頼めるか分かんないけど。」
「頼めないメニューは載ってちゃダメでしょ。メニューはメニューでも頼めないメニューってどんななぞなぞ?」
「華ならいけるかもってとこがミソだね。」
頭を悩ませる華の指をそっとどかし、次のページを開く。
「うーん、パスタかハンバーグか。」
悩む町田をよそに得意げな顔の華がぴぴんと指を立てる。
「わかった!売り切れってことでしょ!」
「あー、まぁ当たってるけどそうじゃないな。」
「なにそれずるい。」
ページは行ったり来たりを繰り返す。
「明太パスタ、チーズハンバーグ。」
「ランチ限定とか?」
「だったら頼めるじゃん。」
「今はね!けど夜なら頼めないじゃん。」
ゆーかは飽きだしてスマホを弄っているが、この迷探偵にかかれば解けない謎など無いのだ。
町田もまだまだかかりそうなことだし、時間はある。
「和風...」
「シェフのおまかせパスタとか、ヘンテコなパスタが来たら食べたく無いかも。」
「ヘンテコなパスタってなんだ。でも頼めはするよね。」
むむむと眉間に皺を寄せる華。
町田は唸りながらさらに次のページを開く。
「ドリア...」
反射的に顔が横を向く。
「おぉい選択肢が増えちゃってるよ!だめだよ!パスタかハンバーグの2択で決めなさい。」
「じゃあパスタにしよっかな。あれは?」
メニューを閉じながらきょろきょろと視線を動かす。
「おしぼり?」
「あ、私のも取って。」
おしぼりの山の中から3個取り出し、みんなで分ける。
「ありがと、違うけど。呼ぶやつだよ。」
「あー、ぴんぽんね。」
テーブルの端に置かれた楕円のぴんぽんが押される。
厨房で鳴る呼出音は店内を賑やかす人の声で聞こえて来ないが、代わりに電光掲示板に5の数字が光った。
「答えわかったの?」
おしぼりで手を拭きながら町田が言う。
「んーん。」
一生懸命におしぼりで鶴を折りながら答える。
「頼んだら?無理かな。」
「たまに行けることもあるらしいけど。私水取ってくるからよろしく。オムライスね。」
椅子を引きながらそう言うと持っていたスマホを置いて歩き出す。
「え、あ、ゆーかドリンクバーは?」
思い出した華がそう声を上げた時には既にコップを取り出すところだった。
「いらないんじゃない。それよりどうすんの。」
「なにがさ。」
町田はメニューを開くとパスタプレートの所をコツコツと叩く。
「これ。」
「いや、べつに、頼みたいとは言ってないけどね。けどそこまで言うなら頼んでやろうじゃないの。」
ふんすふんすと意気込む。
「おー、チャレンジャーだね。」
テーブルに肘をつくと面白いことを思いついたと笑みを浮かべる。
「じゃあさ、もし当てられたら奢ったげるよ。」
「なぬ!」
思わずファミレスで話すには少し大きい声が声を上がる。
「おーおーいいのかなーそんなこと言っちゃって。」
「その代わり課題は無理だよ。」
「うぐぐ。」
奢りは嬉しいけど課題は手伝って欲しい。
いや、というより課題にかこつけてみんなで遊びたい。
そんな華の苦悩は知らずエプロンを着込んだウェイターがやってくる。
「ご注文お伺いいたします。」
恨めしい華の視線には気づかず町田がメニューを指さす。
「明太パスタを1つ。」
「明太パスタを御1つ。」
そこに水の入ったコップを3つ持ったゆーかが帰ってくる。
「おかえり、ありがと!」
「うん、オムライスね。」
「分かってるって。オムライス1つ。」
ゆーかの手によってみんなに水が配られる。
町田はコップを手に取り1口飲むと、何やら重苦しい雰囲気を醸し出す。
「華、ファイナルアンサーだよ。」
「なにが?...あぁパスタね。」
一瞬で理解したゆーかもしれっと参加する。
2人の視線が華に注がれる。
ウェイターは困惑している。
そして華がふっふっふと不敵な笑みを浮かべると、
「答えはお金を持ってないから!!」
「すみません、パスタプレートって頼めますか?」
きらきらと目を輝かせてウェイターを見つめる華に照れながらも、眉を八の字にさせて困ったように言った。
「えと、すみませんこちらキッズメニューとなっておりまして。」
「っだぁああそうきたかぁ!」
机にばたりと倒れ込む。
「あの、どうしましょう。」
「チーズドリアで大丈夫です。」
瀕死の華に変わってゆーかが答える。
「ドリンクバーはどうされますか。」
「華、どうする?」
「ああぅ。」
声にならない声を上げながら左手をあげることで答える。
「ゆーかは?」
「あー、まぁいいかな。いいや。」
「じゃあ2人で。」
二本指を立てながら町田が言う。
「かしこまりました。」
机に広がる華の体を無視して注文は進んでいく。
「ご注文繰り返します、明太パスタが御1つ、オムライスが御1つ、チーズドリアが御1つ、ドリンクバーが御2つで間違いないでしょうか。」
「大丈夫です。」
町田が答えるとウェイターは去っていった。




