第9話
10月9日ぶん
のんびりと書きすぎて、書きたい場面までが遠い。
というか、設定をちょこちょこ盛ってしまうせいで最初の頃よりもっと遠くなった気がしないでもない。もうそろそろ回収を始めなくちゃ……。
時間が経ち、陽が空高くに上り地面が暑く照らされる頃合い。
通りの賑わいは昨日とそれほど遜色なく、祭りと錯覚してしまう程に人であふれかえっている。
それを見て、毎日こんな日が続いて飽きがこないのだろうかという疑問と、これほどまで活気が溢れているなら飽きた人間もすぐに騒ぎだすのだろうという結論が頭に湧いた。
宿屋の店員が言っていたが、門前にある大木に花が咲く時期にはこれよりも人が多く集まるらしい。
今でさえ人にぶつからないように歩くのが困難だというのに、これ以上賑わえば移動することすらままならなくなりそうだ。
警邏する兵もその時期が過ぎれば泥のように眠るのだろう。
通りにせり出した店自慢の一品達は、既視感ある品も多いが初めて目にする品も多々とある。きっとあらゆる地方から人が集まってきているおかげなんだろう。
見知った品の横に添えられた説明文には、幾度か訪れたことのある地方の名が東西南北問わず書き記されていた。
「おや、見ない顔だ。今日ついたのかい?」
「いや、昨日だ」
「じゃあ、あの鎧の中身か」
「驚いた。そんな簡単に当てられるものなのか?」
帰ってから主の気を惹くための品を物色していると、恰幅のいい女性に話しかけられる。
ほんの少しの会話でも笑顔を絶やさず大声で言い放つ彼女は、商人の鏡と言っていいのだろうか。
「人の顔を覚えられなきゃここで店なんて構えられないよ!」
「そんなものか?」
「一日に何百人と相手するんだ、覚えられなきゃお得意様を逃がしちまう」
「自分は人を覚えるのが苦手なんだ。羨ましく思うよ」
リスリアという名前を今でも思い出せるのは、旅の最中手紙を何度も見て渡す人物の名前を暗唱していたからだ。
たった一度の自己紹介で自分が人の名前を、それも異性の名前を覚えられるわけがない。
彼女の妹の名前は何と言ったか……。
姉の名前をあてにすれば覚えやすかったのは覚えている。
「それにしても他所の人間とルルちゃんが並んで歩くとはね」
「ルル?」
「おや? 名前すら交換していなかったのかい?」
「あ、いや……。そうか、そうだった。確かルスリアというんだったか?」
「ルクリアだよ……。あんた、筋金入りだね……」
ポッと出た名前を口ずさんだら違ったらしい。
いつもなら出てこない後悔の念がモヤモヤと胸に満ちる。
ルクリア、ルクリア、ルクリア……。
こめかみを抑えながら心の中で何度か復唱する。自分が迷惑をかけてしまった相手だ。忘れてしまうわけにはいかない。
呆れた顔でこちらを覗き見る女性の視線に顔が熱くなるのを感じながら、ちらりとルクリア殿を送った家の方角に視線を這わせる。
どうしてだろう。
ここからでは見えないというのに、何故か彼女と視線が合ったような気がした。
「迷惑をかけた詫びに何か差し入れでもしたいんだが、何かいいものを知っていないか?」
「ほう? どんなものがお望みだい? 食べ物か、宝石か、書物か……。あたしは情報通だからね、それなりの対価をくれるんだったら教えないこともない」
「対価?」
「あんたみたいな体格のいい兄ちゃんが店先で突っ立っていると他の客が寄ってこないんだよ。それを申し訳ないと思うんだったら、何か買っておくれ」
なるほど……。
自分はその言葉に従うことで情報を得ることに成功した。
今日の筋トレ日記
腕立て伏せ30回
腹筋30回
背筋30回
これを2セット