-第二百三十九話- 遼東無惨
1596年 xxxx xxxx
「刻は今だな……兄者!立ち上がるは今ぞ!!」
「応よ!我ら三兄弟、生まれ落ちた刻は違えども死す刻は一緒だぞ」
「応ともよ!!」
「……首領殿!この山の制圧も終わりましたぞ!」
「「おお!上々だな!俺(儂)が出るまでも無い!」」
「はっはっは!弟たちよ、そう滾ることは無いぞ。強敵はこの先、復讐、略奪すべき対象はこの先よ!……ただ、「首領」という呼び方は気に食わんな」
「ひっ!」
「おう、兄者!こいつの首を刎ねるのか?!」
「ひっ、ひっぃ!」
「これ弟よ、そのようなことで一々有象無象を刎ねるとはただの野盗以下ではないか」
「そうだぞ。儂達は野盗などではない。悪政を敷き、天下万民を苦しめる扶余の雌犬を成敗する由緒正しき李朝の末裔なのだぞ!兄者は!!」
「おおぉ!!」
「はっはっは!貧乏両班の三男坊の俺が李朝を背負うか!面白い!」
「「……あっ!」」
ざっしゅ。
「兄者……これまでの出自のことは忘れてくれとあれほど……」
「す、すまんな……」
「っんだよ。結局こいつの首を刎ねるんじゃねぇか」
「いや、すまんな」
「ともあれ、これで当初に予定していた三千の兵は確保できましたな。異人の商人が申すには当面の武器と食料は富居県の漁村で受け渡しをしてくれるようだからな。そこで武器を手に西の山脈を越えれば……」
「儂達を裏切って小倭国に尻尾を振った奴ら共がのうのうと……」
「しかも今は軍がおらぬそうだからな」
「奪いたい放題だな!兄者!俺は今から我慢が出来ねぇぜ!」
「良し!異人の手を借りるというのは癪だが、その先には輝かしい世界が待っているぞ!」
「「奪う!」」
「「殺す!!」」
「「犯す!!!」」
天正二十四年 晩秋 遼東都司 織田信長
どたどたどたっ!
どたんどたんっどったん!
右も左も、多くの者らが城内を走り回っておる。
域内最大の城塞都市の城中とはいえ、色濃く香る戦の気配。
これはなんとも懐かしいものよ。
ここ最近は丘の上で嗅いだことなど無い匂いだったからな。
海の上の清々しさとは対極を担うというものだが、それはそれよ。
「信長様……」
「どうした、光秀よ。いつもの百倍は苦り切った顔をしおってからに」
「それは信長様とて……いや、今はそういう刻では御座いませぬな。続報です」
「うむ」
そうだな。
光秀も苦り切った顔をしておるが、この俺自身も苦り切った顔をしておるのだろう。
手元に鏡なんぞは持ち込んではおらんが、眉間の皺がいつになく深くなってしまっているのは自覚できている。
「敵は襲撃した村々で人数を膨らませながらこちらに進軍中。数刻後にはその概要が城壁より見える頃合いかと思われます。偵察の者が申すには、その数は三万ほど」
「……数だけは膨れ上がったな」
「ただ、これはこちらに向かっている部隊の数でして、近隣の村々を略奪して回っているのを合算しての数までは把握しきれませぬ」
「で、あるか」
この秋の終わり。
実りと収穫を終えた東北地方に突如人の姿をしたイナゴの群れが、東の長白山脈を越えて襲い掛かって来よった。
奴らは満足な装備も持たぬ野盗以下の群れではあったが、その数と行動範囲の広さで瞬く間に遼東に位置する農村を破壊して回った。
イナゴ共は満足な装備も訓練をも受けたことが無い様子であるので、こちらの警邏隊とぶつかった際には一瞬の内に蹴散らされている。
だが、このイナゴは幾ら追い払っても、追い払っても尽きるということが無かった。
「我が日本の軍も派遣し、警邏隊と共に野盗の駆除をしておりますが、どうにも全てを潰すのは不可能かと……。ここは予定通りに」
「頭を潰すしかないか」
「御意」
そう、このイナゴ退治はどこかにある頭を潰さねば終わらぬ。
俺も光秀も一報を受けてより此の方、その頭を探し出すことに苦労していたのだが、ここに来てようやくその頭らしきものが見つかった。
まぁ、見つかったというか、向うから近寄ってきたという感じではあるがな。
理想で言えば、早々に頭を見つけて叩き潰せておれば、ここまで被害が広がることは無かったのであろうが……。
如何せん、奴らの装備が貧弱過ぎて、どれが本隊で、どれが雑兵なのかの見分けがつかなかったのだ。
火器装備などを持ち合わせていないのは勿論のこと、満足な鎧や刀槍も装備しておらん。
それでも数の暴力とは恐ろしいもので、農村程度の集落ではこのイナゴの襲来を撃退することは難しかった。
更に、最も厄介なことは、このイナゴの汚らしい欲望は伝播するということだった。
老若男女問わず、このイナゴの欲望に侵された民は自ら進んでイナゴの仲間入りを果たしてしまうのだ。
だが、このような症状は別に珍しい物でも、大陸特有の病魔というわけでもない。規模は違うが、日本でもこういったことは戦場で往々にして起こり得ることでもある。
こちらとは違って、土地に住み着く領民たちまでもが乱取りに参加することは珍しかったが、何処からともなく流民共が現れ、勝ち方の衣装を真似て乱取りに参加してくるのは珍しくも無い。
中には、仲違いしていた隣村の人間が混じってくることもある。
更に言えば、落ち武者などを狩るのは日常茶飯事でもあった。
……が、これらのことは今回の様な乱取り騒動とはちと違うな。
まったく、ここまでの規模とはな……。
「刻は掛かりましたが、何とか頭の存在が判明しました。奴らは何を血迷ったか、自分たちの力でこの城を攻め落とせると勘違いしたようです。……おめでたいことですな」
「木の棒に小刀を括りつけた槍でこの遼東都司が落とせる、と思い上がるとはな。……林殿がこの場に居ったらどういう表情をしたのであろうか?」
「信長様と同じく困惑されたかと……」
「で、あろうな。……さて、奴らが三万であろうと五万であろうと十万であろうと、あの装備ではこの城は落とせぬ。落とせぬが、如何せん城内の兵だけで頭を潰しきるのは……」
「如何にも、少なからぬ損害は出ましょうな」
そう、悔しいのだが、今城内に居る兵は全部合わせても千といったところだ。
無論、この千は精兵であるし、俺が手元に置く伊藤家の兵。
全員が鉄砲の扱いにも長けておるし、また全員分の騎馬もある。
頭の位置さえ知れれば、一気呵成に城外へと打って出、一戦の下に敵の指揮隊を撃滅するのは容易い。
とは言え、相手の陣容は未だ知れぬが、ことは三万対一千だ。どうしてもこちらにも相応の損害は出るであろう。
こんなところで稀少な精兵を少しでも損なってしまっても良いものか?
これは、俺の心の中に商人としての気質が生まれているからであろうか?
どうにもイナゴ退治に精兵を使うのは勿体ないという気がしてしまうのだ。
大損の戦は勿体ない、と。
「敵の本隊をこの城に引き付けることが出来れば、その情報を知った城外の兵が遼東都司に戻ってくることが出来ましょう。更には、金州衛に配置されている蒲生殿率いる徳川軍もこちらに向かうことも叶いましょうな」
「さすれば城の内と外から一揉みに、イナゴを一網打尽に出来る」
「……左様。しかし、それには刻が今しばらく必要ではあります」
刻が掛かる。
それは、何の罪もない領民たちがイナゴ害を受ける刻が増えるということでもある。
「お主は速戦を奨めるか……」
「御意。戦の素人に余計な刻を与える必要はないかと」
「だが、イナゴは逃げ散るぞ?」
「信長様。イナゴは所詮イナゴです。虫も大地の生命の一つ。刻が過ぎれば虫も大地に帰り、刻が廻ればその命が実りにも繋がりましょう」
「イナゴの罪を許すのか?」
「イナゴの罪はイナゴに罰せさせるが吉かと……人が一々に虫けらの罪を罰するというのは刻の無駄でございましょう」
「で、あるか……」
光秀の言はわかる。
道理だとも思う。
だが、精兵を無駄に損なうのは気が進まん。
なんと言ってもこの精兵の真の持ち主は太郎丸であるのだ。
「……当初の予定通りだ。門を固く閉ざしイナゴ共をこの地に集め。城外の兵が集結次第に打って出てイナゴ共を殲滅する!」
「はっ!」
俺の決定に光秀も頭を下げる。
どたどたどたっ!
どたんどたんっどったん!
ええい、やかましい。
「如何した?!」
今後の方針の確認を終えた頃合いで、大きな足音を立てながら近侍の者が駆け寄って来る。
「し、失礼いたします。壁上の兵より敵軍の姿が見えたとのことでございます」
おや?返事は予想外に明語で行われた。
ふむ、城に残った明の文官であればこの狼狽振りもわからぬではないか。
「ご苦労!お主は持ち場に戻るが良い!」
「はっ、ははっ!」
城壁から確認できるところまで近寄って来たか……。
「光秀よ、それではイナゴを見に行くとするか?!」
「御意!」
……
…………
「信長様!あの旗印は!」
「皆まで言うな、重門よ。俺とてまだ目は生きておるわ」
そう、皆まで言うなというやつだな。
粗末な物なのではっきりとは見えぬが、あの旗印の文字は李朝のものであろう……ふんっ!
過去の遺物を掘り返す朝鮮の犬どもめ!
腐肉漁りには精を出すと見えるな!
しかし、いつの間にか粗末ながらも旗を揃えるぐらいは出来るようになったか……。
相変わらず装備は貧弱だが、多少はこやつらと取引を行なった商人が居たということなのであろうかな。
「しかし奴らも御大層なことよ。果たして遼東都司をここで陥とすことになんの意味があるというのか?」
李朝復興を大義名分にするのであろうか?
しかし、そのようなことをすれば、事は一暴動ではなく、反乱扱いとなろうに。
まぁ、どちらにせよ、ここまで大事にしたのならば始末の付けようは一つしかないであろうがな。
「で、重門よ。眼前の兵数、都合どのくらいと見積もる?」
「我らの精兵と戦える者達で数えれば、五千が精々といったあたりかと……」
「で、あるか」
「兵数」と問えば答えはそのぐらいであろうな。
それ以上はただの鍬鍬を担いだ農兵だ。
だが、欲望に駆り出された農兵は侮れない。
やはり、速戦は難しいと感じるが如何であろうか?
「兵は五千、だが総数は万を超えるか……」
「はっ、概算で五万は下らぬかと……」
ふぅっ。
俺は一つ大きく息を吐いた。
ともあれ、俺がここでやれることというのはただ一つだな。
門を固く閉ざし、籠城を行なって援軍が来るまでこの城を守る。
既に合図の狼煙玉は打ち上げた。
連絡塔からの狼煙玉も確認した。
数刻内で東北地方一円で狼煙玉を確認できるであろう。
さすれば、どう多めに見繕っても十日以内で援軍が到着する。
「よし!避難民の入城に一段落付き次第、跳ね橋を上げて固く門を守るぞ!」
「はっ!」
俺の指示に重門は快活に返事をし、指示を飛ばすべく楼を駆け降りて行く。
ぬっ?
「まてっ!重門!」
「はっ?」
迫りくる李朝の旗を田靡かせるイナゴ……だが、俺はその姿におかしなところを感じ、遠眼鏡でその部分をじっくりと見直す。
「如何なさりましたか?信長様?」
「あの軍……一部だが……軍列を乱して……ぬっ!いかんっ!!……出るぞ!重門!!俺に遅れるなっ!!」
あれはいかんっ!
流石は朝鮮の赤犬どもだな!!
一部の輩が罪なき避難民の背を討とうとしておる!
全軍での連携など感じられぬ動き、こちらをおびき出す策でもなんでもなく、ただ己の悦の為の虐殺かっ!!
俺は卓の上に置いておった兜を手に取り、もつれる足を動かし、駆け足で壁上の楼を駆け降りて行く。
ちっ。
歳は取りたくないものよな。
己では鍛錬を欠かしてはおらぬと信じているが、この程度の動きでも微妙に動きを阻害してくれて苛立つわ!
どっどどっどと!
半ば倒れ込むように俺は楼と城壁を降り切り、城門の前に辿り着く。
「馬引けぃ!騎馬の者は俺に続け!!」
大声で怒鳴り、俺の馬を連れてこさせる……つもりであったが、こやつめ……。
きひひっひぃーんっ!
誰に連れてこられるでもなく、一頭の立派な黒鹿毛が馬小屋から抜け出してきておった……。
今年の初頭に太郎丸から送られた名馬。
どことなく無沙汰をしておる息子の幼い頃の顔に似ていたので、黒奇妙丸と名付けた奴だ。
「流石は黒奇妙丸よ。……済まぬが、此度は急ぎの仕事でな。面充ての準備などは待てぬが、俺に力を貸してくれるか?」
ぐぅぶるるっる。
「そうか、任せろか……ではお主の力を借りるぞ!!」
俺は近くにおった門番から戟をひったくり、黒奇妙丸に飛び乗る。
大陸に渡ってからこれより、この戟なる物が鍛錬にはもってこいなので、この武具の扱いには慣れておるつもりだ。
「これより我らは無辜の民を虐殺する犬畜生共を成敗する!準備が出来た者から俺について来いっ!!ハッ!!」
黒奇妙丸の腹を絞め、俺は城門を潜る!
ふんっ。
俺にこのような猛将の役割が似合うとは思わん。思わんが……だが、それ以上に目の前の蛮行を見過ごしてしまっては、織田信長の漢が廃るというものよ!
「皆の者!後れを取るな!信長様に続け!!」
何やら後ろの方で光秀の勇ましい声がするな。
城壁で姿が見えぬと思ったらあやつめ……。
なんだかんだと言いながら、速戦の準備も怠ってはおらなんだらしいな。
流石の漢よな!!
天正二十四年 晩秋 遼東都司 明智光秀
「皆の者!後れを取るな!信長様に続け!!」
私は自分も馬に飛び乗り、事前に備えさせておった兵共に檄を飛ばす。
そう、事前に備えをさせてはいた。
激情家の信長様ならば、眼前で非道な行いがされたのを目撃してこういった事態になることも予測できた。
だが、流石にここまでの急な出撃になるとは思わなかった。
ちらっ。
馬上より後ろを振り返る。
何とか五百といったところであろう。
数は少ないが、救いはその多くが準備を万全に整えた騎馬兵であるということだ。
武器防具の設えは無論のこと、馬鎧もきっちりと装備してある。
これならば、敵大将を討ち取るまで行かずとも、本陣への突撃を果たして、後の膠着を生み出すことは容易かろう。
「弥助!与助!お主らは先行して、信長様の前に付け!目の前の敵を破った後は敵の旗のところまで突っ込め!」
「「ははっ!!」」
弥助と与助。
共に広州府でポルトガル商人の奴隷となっていたところを景基様に救われ、この東北に送られて来たあふりかの男達だ。
筋骨隆々の益荒男振りで、自分を引き立ててくれた信長様に心よりの忠誠を誓っている。
短い間に伊藤家の精兵に混じっての厳しい騎馬鍛錬を潜り抜けたのだ、その十人力の怪力を十全に発揮すれば、こういった突撃陣形の先頭に最適の兵であることは間違いないであろう。
巨漢は良い信長様の盾となろうし、近辺では見かけぬその黒い風体は敵の肝を潰すにも最適であろう。
どどっどどっど!
二騎が速度を上げ信長様を追い越す。
どうやら信長様も彼らに気が付いたようだ。
速度を落とされて、二人に先頭を譲る。
ふむ、これで隊形は作れそうだな。
いくら敵が烏合の衆だとて、孤立したままでは数の暴に屈しかねない。
「このまま突っ切れ!」
背後から襲われている領民がちりぢりになっているのを利して、騎馬隊を一塊のままに敵兵へとぶつける。
「「えっ?!」」
「「うわわぁぁぁっっ!!」」
それまでは無抵抗の者らを背から殺す遊戯に明け暮れていたのであろう敵の雑兵が驚きの声を上げながら、槍に突かれ、蹄に掛けられ、四肢を吹き飛ばしている。
奥州馬の突撃を何の備えもせぬ雑兵が受ければこうなるのが必然であろう。
領民を虐殺する喜びに高揚していた敵軍の一部は、文字通り、己の命を燃料とし四肢を飛散させながら宙に舞った。
「そのまま行け!!」
「「はっ!!」」
部隊が雑兵を蹴散らしたのを確認し、勢いを減じることの無いよう、私は弥助と与助に声を掛けた。
「「うぅぉぉぁあああ!お、お助けぇ!!!」」
「「ぎゃぁぁぁ!!!逃げろぉぉ!!!どいてくれぇェ!!」」
敵軍は何が起こっているのかを正確には理解していないであろう、だが人というのは自分の生命の危機には敏感に反応するものだ。
その結果、雑兵共は我先にと騎馬隊の進路から身を翻し、我らの進路の外へと逃げ出している。
遮るもの無し!
「蹴散らせ!!」
「「応っ!」」
信長様の簡潔な命令に、私を含めた皆が答える。
達筆とは言い難い字で書かれた李朝の旗を立てた部隊を見つけては潰す。
陣の構築を済ませておらぬ行軍中の敵。
兵法に明るい者も居らぬようで、大将を守る構えも出来ておらん。
ただ、出来ておらんが故に、何処の誰が大将なのかの判別が付きにくいのが難点だ。
乱戦では致し方なしということで、旗を背負った者等が固まっている辺りを掃討すれば、それなりの立場の者を討つことは出来るであろう。
さて、城を出て半刻も経ってはおらぬであろうか。
旗を持った部隊は、目につく限り、全て倒した。
兜を被った者や、それなりの武具を手に持った者も軒並み討ち取ったな。
「では、帰還するぞ!」
「「おお応っ!」」
信長様の下知に皆が従う。
そして、隊列を整え、城へと戻ろうとしたところであった。
ぱぁーんっ!
乾いた銃声が一つ。
短筒を持っていた者がどこかに潜んでいたのか、どうにも不気味な音が戦場に響いたのだった。
激おこ吉法師さんの回でした。
戦場を疾る信長と光秀でございます。
隊の先頭にはアフリカ出身の弥助君とその同僚の与助君の姿。選りすぐりの大型奥州馬に跨り、縦横無尽の活躍をしております。
農具程度で武装した雑兵相手ではオーバースペック過ぎる気もしますが、イナゴ相手には気にしないという方向で参りましょう。
そして、最後に響く乾いた銃声。
今後ともよろしくお願いいたします。
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