-第二百三十五話- 美浦トレーニングセンター
天正二十三年 冬 xxxx xxxx
「このままだと、今年も起きぬか……」
「はぁ、殿の仰る「契機」とやらでございますか」
「そうだ。……考えようによっては準備時間が増えるのだから良しとするか」
「何事も前向きに捉えるのは良きことだ、と某は感心する次第では御座いますな」
「ふっ。まぁ、そのように茶化すではないわ。……何より、今宵はお客人がいらしておるのだからな」
「儂のことはお気になされず……ただ、用件だけは早々に語って欲しいところではありますがの」
「おお、これは申し訳ございませぬ。お手前も城に若妻を待たせたままでは気もそぞろでございましょうからな!はっはっは!これは第二子、第三子の御誕生も近いというものでしょうな」
「……年老いてからの子、ただただ僥倖と言うばかりですわい。して、ご用件は?」
「はっはっは!どうにもお手前はせっかちなご性分ですな。……では、ご期待に添えるとしましてお話ししましょうか」
「……」
「早ければ年明け、遅くとも来年の内には大地震が起きます」
「ぬ?!……」
「先年の程までには津波は起きぬでしょうが、畿内を中心に多くの建物が崩れるでしょうな」
「……」
「ちなみに、この予測をしておるのは某だけでは御座いませぬぞ?お手前ならお気づきでございましょう?上様や若殿の畿内の開発に関する動き、如何にも江戸の進捗具合に比べると不自然に感じていたのでは?」
「……」
「つまりはそういうことですな」
「上様や景清様が地震とやらのことをご存知で動かれておるならば、儂がそれ以上に動くことは無いのでありましょうな。……お話しはそれだけで?」
「いやいや!なんとも、お手前の忠誠心には頭が下がる思いですな!……ただ、某がお伝えしたいのはその先のことについてです」
「その先?」
「ええ。……大地震が起こる。町が崩れる……と言っても、それこそ上様の眼が光るお手前の御膝元の町にはそれなりの対応が施されているでしょう。そこまでの被害が出るとは思えませぬな」
「ぬ?」
「されど、上様の眼が届かぬ一帯は如何なりましょうや?」
「上様の眼が届かぬ?……おっ!」
「左様。近年に発達著しい京の町の方です。清廉潔白な魂をお持ちの上様や姫様方が指揮を執られて造られた伏見の街。……おかげで伏見は男どもと申しますか、荒ぶる者達にとっては中々に窮屈な街ですからな。その隣の京では、彼らの欲する享楽を供する店が大層に繁盛している様子……」
「色町……祇園一帯……ぅぬっ?」
「はっはっは!左様です。万が一にも、祇園一帯に火事でも起きれば、伏見の端から祇園に至る色町に隣接する六波羅にも余波は……」
「ぐぅ……仮御所も影響を受けるか」
「可能性は高うございますな」
「な、ならば早速にも対応を!」
「……その必要がありますかな?」
「……」
「御所に隣接して色町を造り、その色町に入り浸るのも、宿の経営にせっせと銭を出すのも……これ全て奴らの自業自得ではありませぬかな?」
「……」
「それでもお手前は手を出すのでしょうかな?やはり、次期関白殿下との噂をされるお方ともなれば……」
「……そのような噂が実現することは無いっ!」
「でありましょうなぁ。……明敏なるお手前が九郎義経公と同じ道を辿るとは、とてもとても」
「……」
「で、ですな。そんなお手前に、不要かも知れませぬが少々某の考えをお伝えさせて頂こうかと……」
「……お伺いしましょう」
「はっはっは!ではですな……で……となり……奠都という……」
天正二十三年 冬 達里諾爾 前田利益
ぱちぅっぱちっ。
「冬の入りたてとはいえ、やはり山脈のこちら側は寒くてかなわんなぁ」
冬になる度に草原へ立ち入るとか、俺はどうにも変わり者よな。
これも任務よ、と思いながらも、いやいや北へと出向いて来ているわけでも無い自分に驚きもする。
すぅぅっ。
周囲の寒さをある程度理解できたので、面当て越しに冷気を胸一杯に取り込む。
げほっげほっ!
む、軽くむせてしまったな……だが、それすらもがなんとも心地良い。
「これは、これは前田様。昨日はよく眠れましたかな?」
「おお、長老!差し入れに頂いた馬乳酒のおかげでぐっすりとな!」
「ほっほっほ。それはなんとも結構なことでございます」
蒙古人と日本人。こうして互いにあまり達者ではない明語で会話を成立させておる。
先年の滞在でも感じたのだが、長い刻を隣国として過ごしておるせいか、草原の世界に入ってからも、立ち寄る先々の部族の中に必ず幾人かは明語を解す者が居るのだ。
ユージェニー殿の隊には「草原の言葉」を話す者が居たが、どうにもこの長老曰く、草原の東端、元の国号の流れを受けるこの蒙古一帯では、「草原の言葉」よりも明語を操る人間の方が多いのだそうだ。
この「草原の言葉」なるものも、ヨーロッパの人間がそう呼び習わすだけで、本来は裏海なる湖の周辺の民族が使う一言語に過ぎぬのだそうだ。
ただ、草原の世界の中央に位置する地域の言葉だけに、多くの草原の世界でその言葉を使える者が多い……というのが実情らしい。
「さて、まもなく他の族長たちも起き出し、会議を始めることとなりましょう。ここ達里諾爾は漠南の民にとっては母なる土地。この場で取り決められたことは、子々孫々にまで守り継がれることとなりましょう」
「うむ。我らとしても、この場での盟は末代まで守り抜くべし、との文を主家から頂いておる。確かに、我ら日本人は中華の民というわけではないが、縁あって大陸で活動を行なっておる。だが、この地での営みは数年で終わる物ではなく、多くの民が集い、皆がより良い営みを送ることが出来るよう我らも努めておる。俺も自分の死後のことまでをも読み通せるものではないが、我ら伊藤家の者が進んで約定を破ることなどだけは無いと誓わせて頂こう」
「……儂らには前田様のその言だけで十分です」
長老はそう言って頭を下げた。
手を前で揃え、頭を下げる。
どうにも明式のようにも見える作法だが、漠南の民にとっては日常の所作なのであろうかな?
彼らとの挨拶は、大概がこの所作で済む。
「俺としてはそう言ってもらえたら重畳よ。……さて、我らとしては遼都の時と提案できることは同じだ。定期的な隊商の派遣と、商いの拠点となる街造りにその維持。これで良いのだな?」
「はい。それで問題ございません。我らの営みに口を挟むことなく隊商を送って頂ける。……我ら草原の民が王と認める資質は、正にそのような政を成す方々なのですから」
どうにも、彼らの想定する「統治」というものは、日本とは大きく違うのだよな。
所変われば……などとも申すが、こうも違うと、正直面食らう。
どうにも、俺をはじめとする日本人にとっては中華の統治の方が何倍も理解が容易い。
それこそ、幾百年と中華の文化が日本へ流れて形成されてきたからなのであろうか、土地と人と統治の仕組みが日本と非常によく似ている。
だが、草原の世界のそれは、我らの知る政の仕組みと大きく違う。
伊藤家の家臣の中では、俺が最も彼らとの付き合いがあると思うが……その俺でもようわからん。
だが、日本より齎される書状を見る限り、上様と景清様はその辺りにも造詣が深いように感じる。
無駄な指示などは一切なく、こちらが必要と思って伺いを立てたものへ返事を送って頂くだけでこの結果だ。
結果、東西五百里、南北二百五十里にも及ぶ広大な地域の民が恭順を示してきた。
「では、前田様。そろそろ会議に向かいましょうぞ。朝飯の準備も出来たようですからな。特に難しいことは残っておりませんからな、昼時にはすべてが終わり、午後はこの地に集まった者達で盛大なる馬追い大会を行ないましょうぞ!」
「俺は妹弟子や大御所様ほどには早駆けは得意ではないが、騎射の方なら多少はな……」
「ほっほっほ。前田様の腕前を見て腰を抜かす皆の顔が目に浮かびますわい」
果たして長老のご期待に添えられるかはわからんがな……。
それにしてもだ。
草原の民にとっては、新たな統治者の承認よりも、よほどに馬追い大会の方が重要なことらしい。
これまでとは打って変わって、笑みが止まらぬ様の長老殿だな。
1595年 天正二十三年 冬 木原
「景清殿。話をしていたのはこの小高い一帯のことでして……」
「なる程……南北に内海が迫り、山の谷合には谷戸が伸びる地形ですか……」
「私が生まれた頃には丘上を整地して田畑を耕していたようですが、近年は山間よりも低地の埋め立て所での稲作が中心ですので、この付近一帯の田畑が余り出しまして……」
なる程の話だよな。
そりゃ、戦乱の頃は所狭かろうとも田畑の確保は必要だったし、高台のこの辺りは守りの計算もできる地域だっただろうしな。
って、あれか。
関宿の戦いの前哨戦で伊勢家と佐竹家が戦ったのってこの一帯だったっけ?
「若殿。この一帯の起伏は牧の造成には最適だと思います。それに競馬路を宇都宮から伸ばすにも丁度良い地形が続いているとの土木奉行所からの報告です」
「おお!紫殿!それは真か!」
「はい。義宜様。ご承知の通り、現在の競馬路の南端は下館です。現段階では小貝川、鬼怒川を如何にして渡らすかの協議が難航しており、路の建設は中断していましたが……今回の義宜様からのお話しを受け、小貝川を渡す橋梁建設の計画を進めようとのことが当家土木奉行所の結論です」
「つまり……」
少々込み入った話を始める義宜殿と安中の紫。
紫は数年に亘る競馬実施を経て、その数々の勝利実績から名実ともに伊藤家の牧奉行としての地位を確立している。
ふぅ。
ここは南北を霞ケ浦に挟まれた地域。
南の内海を渡れば香取、西に渡って鬼怒川の河口に辿り着けばそこは守谷、東に太平洋を目指せば鹿島があり、北に向かえば石岡と言ったところだ。
そう。
ここは後の世に言う稲敷郡美浦村。
そりゃ、ここに競走馬トレーニングセンターを建設したいと言われたのならば、俺としては全力でお手伝いしたくなっちゃうよね!
義宜殿から、「我ら佐竹領にも大規模な牧を造りたいのだが、どうか相談に乗ってもらえぬでしょうか?」との話を受け、その牧の予定地が木原城近く、美浦村(今は別の名前で呼ばれていた筈)だと知れば、どうにも気分が高揚しちゃうよねっていう!
美浦村にトレセンという浪漫溢れる一大事業もさることながら、一連の工事を行なえば、天正の高速道路とも言える競馬路も南に延びる形になるし、関東の流通面からもここまでちょっと域外となっていた佐竹領の西側が関東の中心と繋がるというのも上策だと思う。
当家としても、守谷の東は他人事……の雰囲気があったのは事実だからね。
鈴音姉が嫁いでからも時は経っているんだし、御三卿制度強化の為にも、深く市井の営みからの繋がりは強くすべきだと思う。
うんうん。
美浦トレセンは大事。
「……と、このようなことを考えてはおります」
「おお!なんと異国の馬の管理をこの地で行うというのか?!」
「はい。宇都宮に競馬場があるとは申しましても、当家の牧は奥州が中心。どうにも関東の物流と政の中心である江戸からは距離があります。その点、この木原一帯は江戸にも近く、かといって江戸と直接に繋がっているとも言えぬ地勢。外国より取り寄せた馬の管理と飼育を行なうには最適な場所だと我らは愚考しました」
「愚考など!何を仰る紫殿!……佐竹家として、これほどのご厚意には感謝しかありませぬぞ?存分に木原の牧を活用して下され!」
「……忝いお言葉です」
話がまとまったようで何より。
まぁ、元から双方が乗り気な案件だもんね、むしろ初期段階はすんなり行ってくれないと困る。
「で、その一環の手始めとして蒙古から送られて来たこの馬をここで飼育するのですな?」
そう言って、うっとりとした目つきで蒙古から送られて来た馬を眺める義宜殿。
トレセン構想の完成は数年越しだが、何事も手始めに動けるところから動いて行こうということで、今日は佐竹家がここまでで造ってある牧に蒙古から贈られて来た馬を連れてきている。
年が明けての初年度は、佐竹家の馬を中心に種付けを行ない、当家は数頭の肌馬をここに連れて来る予定なのだとか。
「なんとも、「光り輝くこと黄金の如し」……これがかの中華で名高い「汗血馬」なのでしょうかな!」
そう、俺達が眺めるお馬さん。
ご当人は、異国の人間の興奮などどこ吹く風といった表情で、むっしゃむっしゃと草を食んでいる。
「向こうの人間とも通事を介して話をしましたが、血の汗というのはちょっとした病気の一種らしく、あまり有難くない症状らしいです」
「ほぅ?!」
「走る能力に影響は起きぬのだそうですが、あまり良い状態ではないということで、向こうではその名と評判に少々辟易しているとか」
「ほうぅ!!」
義宜殿と縁、どうにも単なる競馬マニアと場長さんの会話となっているな。
ここにもう一人の競馬マニア、伊達の政子さんでもいればもっと騒がしいことになるのだろうけれど、残念ながら彼女は広州府に出張中の身の上である。
詳しいことは知らんが、何でも壱岐にも寄って顕子と有を伴ってから広州府に急がなければならんことが起きたらしい。
……一丸よ。
お前何やったんだよ……。
「しかし、一部には蒙古馬は体高低く、姿形は木曽馬に近いとも聞いておりましたが、この汗血馬……いや、この蒙古馬は体高も奥州馬のそれよりもあるぐらいですな……。と、ふむ、いったいこの馬のことは何と呼べば良いのでしょうかな?」
「現地の者曰く、「あはる=てけ」なる呼び名のようですが、我らには親しみが湧き難い呼び名ではあります」
「あはる=てけ……うぅむ、なんとも呼びにくい。……景清殿、何ぞ良い案でも?」
「え?!あ、ああ、そうですね……」
ぼうぅっと、蒙古からの贈り物であるアハルテケを眺めていたら、命名のお鉢が回ってきてしまったよ。
「バイアリータークを美浦で繋養とかトンデモなんだけど……う~む、そうですね。やはり外見的特徴からの呼び習わしが良いと思いますので、直接的な物言いで「黄金馬」とかで良いのではないでしょうか?」
「おお!黄金馬ですか!……うむ、質素ながらも奥深い呼び名ですな。うむ、紫殿!これ以降は黄金馬と呼びましょうぞ!」
「はっ、承知しました」
おっと、いいのかい?
結構安直な命名ですよ?
それにアハルテケにも葦毛とかが産まれるはずだし……。
まぁ、その辺りは全部専門家の皆様にお任せするか。
現役の佐竹家当主と伊達家当主が馬マニアなんだ。
近いうちに「日ノ本競馬大全」とか編纂しそうな勢いだしさ。
細かいところは専門家にお任せしましょう、そうしましょう。
「この付近の地名も景清殿が為されましたしな!美浦村!なんとも名馬が育ちそうな命名ですな!ふっふっふ!紫殿!我らでこの美浦を競走馬の一大産地としていきましょうぞ!」
「はいっ!」
あれ……美浦の命名が成立しちゃったの?
俺、口走ってた?
美浦トレセン爆誕の予感です(笑)
そして、アハルテケが日本上陸!
さて、このアハルテケは府中競馬正門前駅に銅像があるので見知った方もおられるでしょうか。
ご興味がある方は、競馬関係の論文も豊富ですし、WIKIにも詳しいのでそちらをご参照頂きたいところではありますが、サクッとだけ私の後書き欲がある部分を(笑)
アハルテケは一説ではサラブレッドの三大始祖、バイアリータークの品種とも言われ、その遺伝子は現存のサラブレッドにも脈々と引き継がれています。
現在、バイアリータークの系統は衰退著しく、父系としては世界中、どの馬産地でもニッチな系統としてしか残っていません。
日本での流れで言いますと、ヘロドを伝って流れた二頭が有名どころかと思います。
ギンザグリングラスとクワイトファイン。
そう、あの!!「ギンザグリングラス」と「クワイトファイン」です!!!
メジロマックイーンとトウカイテイオーの後継種牡馬二頭です!!
こうご期待!!




