餅で死んだら異世界でパパになっていた
オレは藤城義男。四十五歳。
三十の頃に会社を辞めて以来、自称「家事手伝い」という名のニート生活を十五年続けている。
親からは毎日のように「仕事を見つけろ」と言われ続けてきた。
七十五の父と七十四の母の病院通いや買い物の送迎をする以外は、自室にこもってネットとゲーム漬け。
世間一般で言われるところの“ダメ人間”というやつだ。
彼女? そんなもの、いるわけがない。
仕事? 今更新しいことを覚えるなんて無理。
オヤジとお袋が生きているうちは、スネをかじらせてもらいます──と、そんなことを日々思いながら、今日もPCゲームに勤しんでいた。
そんなときだった。
珍しくお袋が部屋のドアをノックし、顔をのぞかせた。
「これ食べるかい?」
正月に余った餅にきなこをまぶした、オレの大好物。
皿を手に持ったお袋は、ニコッと笑ってそれを差し出してきた。
「……あぁ、ありがとう。」
オレはそう言って、きな粉餅が乗った皿を受け取る。
お袋は皿を渡すと、いつものように眉をひそめた。
「アンタ、いつまでこの生活を続けるの? 私たちも年金暮らしなんだから、少しは働いてお金入れなさい!」
はい、来ました。
毎日聞いてる“お袋の説教・定型文”。
オレはため息をつきながら、十五年間言い続けてきた“魔法の言葉”を返す。
「……分かってるよ。毎日同じこと言うなよ。今、探してるから」
探してる。
そう、十五年探し続けている“天職”。
見つかる気配はゼロだが。
お袋は「はぁ……」と深いため息をつき、階段をトントンと下りていった。
部屋に静けさが戻る。
オレは皿の上のきな粉餅を一つつまみ、口に放り込んだ。
「……これだこれ。やっぱり美味いな〜」
甘さが広がり、気分が少しだけ上向く。
そのままPC画面に視線を戻した──瞬間。
「……は?」
画面の中央に、見慣れない影。
いや、影じゃない。
超レアモンスターだ。
ゲーム内でも都市伝説級の出現率。
これを逃したら次はいつ遭遇できるか分からない。
いや、遭遇できない可能性の方が高い。
「マジかよ……!」
しかし、オレの左手にはきな粉餅の皿。
右指は、きな粉まみれ。
どちらも使えない。
クソッ!
なんでこんな時に限って餅なんか食ってんだよ!
焦りで心臓がバクバクする。
オレは決断した。
「……もう全部食う!」
皿に残っていたきな粉餅3つを、勢いよく口に放り込む。
指は、キレイに舐めて、ズボンに擦り付ける。
皿を机に置き、マウスを握り直す。
目の前の超レアモンスターを狩りに行こうとした──その瞬間だった。
喉の奥に、何かが“ガツッ”と引っかかった。
「……ん?」
違和感が一気に恐怖へ変わる。
息が、入らない。
「……っ、が……っ……!」
餅だ。
餅が詰まった。
視界が揺れ、手からマウスが滑り落ちる。
床に転がる音が遠くに聞こえる。
息が……できない……。
オレは、ただの餅で──死ぬのか?
十五年引きこもって、何も成し遂げず、
親に迷惑かけ続けて、
ゲームばっかりして、
そのまま餅で窒息して終わるのか。
意識が暗く沈んでいく。
世界が遠ざかる。
最後に浮かんだのは、お袋の顔だった。
「……悪いな……」
そう思ったところで、オレの意識は完全に途切れた。
次に目覚めると、何もない真っ白な空間にいた。
床も壁も天井もない。
ただ白い。
白すぎる。
目がチカチカするレベルで白い。
「……ここ、どこだ?」
オレが呟くと、前方に“何か”が立っているのが見えた。
最初は、よくある異世界転生モノで出てくる“絶世の美女の女神”かと思って、一瞬テンションが上がる。
白いローブ、光の粒子、ふわっとした髪──そんなイメージが脳内に浮かぶ。
だが、現実は違った。
そこにいたのは──
ゴブリンのような出で立ちの、ババ……もとい、お婆さん。
背中は丸まり、杖をプルプル震わせながら立っている。
顔はシワだらけで、目は細く、口はへの字。
ローブは確かに白いが、ところどころ黄ばんでいる。
「……え?」
思わず声が漏れた。
「お、おお……やっと来たねぇ……藤城義男……」
声までプルプルしている。
なんだこの“異世界の神様っぽいお婆さん”は。
「えっと……あなたは‥‥ひょっとして‥‥神様……?」
「そうじゃよ。神じゃよ。文句あるかい?」
ある。
あるけど言えない。
「もっとこう……美人とか、若い女神とか……」
「お前さんの勝手なイメージじゃろがい!」
心の声が漏れ出ていたようだ。
杖で床(床はないが)をドンッと叩く。
叩いた瞬間、白い空間にビリビリと波紋が走った。
「わしは神じゃ。姿形はどうでもよかろう。中身が大事じゃ」
「いや、まぁ……そうですけど……」
「それに、若い姿は腰に悪いんじゃ。立ってるだけで疲れるわい」
神様、老化してるのか……?
「さて、藤城義男。お前さんには、これから大事な役目を与える」
「役目……?」
「そうじゃ。お前さんには──」
お婆さん神は杖を軽く振った。
すると空間に映像が浮かび上がる。
小さな家。
揺りかご。
泣いている赤ちゃん。
その横で、必死に妹を抱きしめる四歳くらいの女の子。
「この子らの父親になってもらう」
「は?」
「父親じゃ。パパじゃ。育てるんじゃ」
「いやいやいやいや、待ってくださいよ!? オレ、餅で死んだんですよ!? なんでいきなり父親!?」
「餅で死んだのはお前さんの不注意じゃ。わしのせいではない」
いや、そこは慰めてくれよ。
そして自称神様は、なぜか誇らしげに胸を張った。
「お前さんは、誰よりも健康で──」
「いや、十五年引きこもってたんですけど」
「健康じゃろ? 病気してないし」
それは……まぁ……そうだけど。
「誰よりも忍耐強くて──」
「ゲームを十五年間毎日十二時間位やり続けただけですよ?」
「それが忍耐じゃ。わしの世界では“精神力の証”として高く評価されるんじゃ」
そんな文化あるのかよ。
そして神様は、さらに堂々と続けた。
「そして、──誰よりも暇じゃ」
最後の理由が致命的すぎる。
「暇な者ほど、子育てに向いておる。時間があるからのう」
「いや、暇って……」
「わしはお前さんを高く評価しておるんじゃよ。
誰よりも健康(ただの引きこもり)で、
誰よりも忍耐強い(ひたすらゲームをやる集中力)!」
壮大な勘違いを、誇らしげに言い切った。
「だから、お前さんが適任じゃ!」
「適任じゃないですよね!? 絶対違いますよね!?」
「違わん。わしの目は確かじゃ」
確かじゃないだろ。
「それに、お前さんの魂を、あちらの世界で死にかけている父親の身体に移す。身体は若返って二十八歳になる。体力もつく。育児に向いた身体に“最適化”しておく」
「最適化って……」
「簡単に言うと、若返って元気になるんじゃよ」
いや、そんなスマホのアップデートみたいに言われても。
「では、行ってこい。父親としての人生、楽しむんじゃぞ」
「ちょ、待──」
言い終わる前に、足元が崩れ落ち始めた。
「‥‥あと、言い忘れておった!この子供たちは将来、お主が行く世界を救う運命を背負っておる。その運命の赤子たちを決して疎かにするなよ。もし疎かにした場合は、その世界は崩壊し、そこに住まう12億人が悉く死ぬであろう。そして、お前の魂は二度と輪廻転生の輪には入らんからな~」
白い世界が遠ざかりながら、声だけが聞こえてくる。
それを、まず説明すべきだろ!?
あまりにも雑過ぎる説明に突っ込みを入れながらも・・・
落ちていく。
落ちていく。
落ちて──
「……う……」
重たいまぶたをゆっくり持ち上げると、視界がぼやけていた。
天井が見える。
木でできた、見慣れない天井だ。
そして──
オレの顔を覗き込む、小さな影。
「パパ、だいじょうぶ?」
その子は、心配そうにオレの顔を見つめていた。
大きな瞳が潤んでいて、今にも泣きそうだ。
(……え? パパ?)
状況が理解できない。
頭がまだぼんやりしている。
けれど、その子はオレの頬にそっと触れた。
小さくて、あたたかい手。
「パパ、ねてたの? いたいの? だいじょうぶ?」
声が震えている。
必死に心配してくれているのが伝わる。
(……この子が、神様が言ってた姉妹の“長女”か?)
四歳くらいの女の子。
髪はふわふわで、頬はぷくっとしていて、涙の跡が少しだけ残っている。
オレが目を覚ました瞬間、安心したように息をついた。
「パパ……よかった……」
その言葉が、妙に胸に刺さる。
オレは、父親なんてやったことがない。
子どもと触れ合う経験もほぼゼロ。
ましてや、いきなり“パパ”と呼ばれるなんて想像もしていなかった。
でも──
この子は、迷いなくオレを「パパ」と呼んでいる。
「……あ、ああ……だいじょうぶ……だと思う……」
声が震えた。
自分でも驚くほど弱々しい声だった。
女の子は、オレの胸にぎゅっと抱きついた。
「パパ……しんじゃったかとおもった……」
その言葉に、この子の不安な気持ちが全て詰まっているように感じた。
オレは、ゆっくりとその小さな背中に手を回した。
ぎこちないけれど、できるだけ優しく。
「……ごめんな。もう大丈夫だ」
そう言うと、女の子は安心したようにオレの胸に顔を埋めた。
その瞬間──
部屋の奥から、赤ちゃんの泣き声が響いた。
「……あ」
長女がオレを見上げる。
「パパ、あかちゃん、ないてる……」
(……あかちゃん? 次女か!?)
オレは、完全に状況を理解した。
ここは異世界。
オレは二十八歳の“父親の身体”に入っている。
そして──
この子たちを育てるのは、オレだ。




