第5話:揺らぐ仮面、暴かれる素顔
「ま、待って……! 待って、シン……っ!」
ミキ(美紀)は必死に手を伸ばし、通り過ぎようとするシンの漆黒のマントを掴んだ。
他人のふりをして通り過ぎるなんて絶対に嫌だった。たとえ今の自分が別人の姿でも、彼を一人で地獄へ行かせるわけにはいかない。
「……離せ」
地を這うような冷徹な声。
シンは振り返り、自分のマントを掴む少女剣士を冷たく見下ろした。
普段の彼なら、まとわりつく羽虫など容赦なく魔法で弾き飛ばしていただろう。だが、シンはなぜか、すぐにはそれをしなかった。
仮面の奥の瞳が、大きく見開かれる。
(なんなんだ、この感覚は……?)
シンは激しい動揺に襲われていた。
目の前にいるのは、胸元をはだけさせた、見るからに締まりのない不運そうな少女剣士だ。最愛の妻である美紀とは、似ても似つかない容姿。
それなのに――彼女が自分を呼んだ「シン」という声の響き。そして、縋り付いてくるその真っ直ぐな瞳の奥に、どうしても亡き妻の面影が重なってしまう。
「お前……今、俺をなんと呼んだ」
シンの声が微かに震える。仮面の下で、凍りついていた心がほんの一瞬だけ、悲鳴を上げるように脈打った。
(まさか、美紀……? いや、そんなはずはない。美紀は、俺の背中の棺の中で眠っている。あり得ない、あり得ないはずだ……!)
「あ、私は……っ」
ミキはハッとした。自分が「美紀」だと名乗っても、今の姿では信じてもらえるはずがない。それに、下手に女神の秘密を話せば、シンをさらに混乱させてしまうかもしれない。
「私はミキ! 命を助けてもらったお礼がしたくて……だから、お願い、私をあなたの旅に連れて行って!」
「ミキ……だと?」
偶然にしては出来すぎたその名に、シンの脳裏に、村での幸せだった日々が走馬灯のように駆け巡る。激しい葛藤と混乱。シンの身体から、制御を失った氷と影の魔力が白煙となって吹き出した。
「ふえっ!? つ、冷たいっ!?」
その魔力の奔流に煽られ、ただでさえ重心の悪いミキのナイスバディが、ぐらりと大きく傾いた。
「あっ、ちょっと、また足が――」
お約束のように、何もない場所で体勢を崩すミキ。
彼女は倒れまいと、必死に目の前にある「シンの身体」に抱きついた。
しかし、その豊満な胸がシンの頑丈な漆黒の鎧に激突した衝撃で、ミキの手は滑り、シンの顔面にがっしりと引っかかってしまう。
「あ、危ない――ひゃぅっ!?」
ガラガラッ!!!
派手な音を立てて、二人は荒野の地面にもつれ合うようにして転倒した。
衝撃が収まり、ミキが恐る恐る目をあけると……そこには、あり得ない光景が広がっていた。
ミキの手には、勢い余って掴み取ってしまった**『炎と氷を模した仮面』**。
そして、ミキの真下。
押し倒される形になった男の顔には――紛れもない、シンの素顔があった。
かつての優しい優等生のような雰囲気は消え失せ、無精髭を生やし、目の周りには色濃い隈が浮かんでいる。狂気と絶望に染まった、けれど、世界で一番大好きなシンの顔。
さらに悪いことに、転んだ拍子にミキのパツパツだった革鎧の紐が完全に千切れ飛び、シンの顔面の真上に、彼女の圧倒的なボリュームの胸が「ぼよんっ!」とダイレクトに押し当てられる形になっていた。
「あ……あう……」
あまりの恥ずかしさに、顔から火が出そうになるミキ。
一方、仮面を剥ぎ取られ、少女の規格外の肉体に押し潰されたシンは、呆然としたまま、至近距離でミキの瞳を見つめ返していた。
「お前……本当に、何者だ……?」
シンの冷徹な復讐鬼の仮面が、文字通り、そして精神的にも完全にぶち壊された瞬間だった。




