第4話:仮面の死神と、不運なる果実
「ひゃぅっ!? 離してくださいっ!」
荒野の街道に、少女の情けない悲鳴が響いていた。
声を上げているのはミキ(美紀)。駆け出しの少女剣士に転生した彼女は、運悪く、この辺り一帯を荒らし回る泥臭い盗賊の一団に囲まれていた。
しかも、状況は非常にマヌケだった。
逃げようとした際、自分の剣の下げ緒が近くの茨のトゲに絡まり、身動きが取れなくなってしまったのだ。焦って暴れた拍子に、革鎧の胸元の紐がぷつりと弾け飛び、豊満すぎる双丘が今にも溢れんばかりに露出してしまっている。
「ほう……。おいおい、お嬢ちゃん。なんだよそのスケベな身体はよぉ!」
「駆け出しのツラして、男を誘惑しにきたのか? ぎゃははは!」
下卑た笑い声を上げる盗賊たち。一人がミキの細い腕を乱暴に掴み、引き寄せようとする。
「いやっ! 触らないで! ……うぅ、なんでこんな時に転んじゃうのぉ……!」
ミキが抵抗しようと足を踏み出した瞬間、案の定、何もない地面で綺麗にズッコケた。
しかし、その倒れ込んだ先が運悪く(あるいはラッキースケベ体質のせいで)、掴んできた盗賊の男の股間だった。ミキの顔が男の股にうずくまる形になり、男は「お、おおぅ……!?」と妙な声を上げる。
「違うんです! これは不可抗力で、わざとじゃなくてぇぇっ!」
「ハッ、口じゃ嫌がってても身体は正直じゃねえか! よし、俺たちが天国まで連れてってやるぜッ!!」
男たちが一斉にミキに組み付こうと手を伸ばした、その時だった。
ゴオォォォッ……!!
突如として、周囲の気温が急激に低下した。
真夏のような荒野の風が、一瞬にして肌を刺すような絶対零度の冷気へと変わる。
「あ……? な、なんだ、急に寒く……っ」
盗賊たちがガタガタと身震いし、視線を街道の先へと向けた。
そこから歩いてくるのは、陽炎を切り裂くような漆黒の鎧と、血のように赤い真紅のマントを翻す一人の男。
顔には炎と氷を模した不気味な仮面を被り、その背には、巨大な**『十字架が刻まれた金属製の棺』**を背負っている。
その禍々しい姿は、まるで地獄から這い出てきた死神そのものだった。
「だ、誰だてめえは……! 趣味の悪い仮面つけやがって!」
盗賊の一人が威嚇するように剣を抜く。
しかし、仮面の男――シンは、彼らの言葉など耳に入っていないかのように、ただ冷徹に呟いた。
「……盗賊か」
その声を聞いた瞬間、地面に伏せていたミキの身体に、電撃のような衝撃が走った。
声のトーンは低く、凍りつくほど冷たい。けれど、魂が覚えている。
(シン……! シンなのね!?)
仮面で顔は見えない。姿も以前の優しい夫とは別人のようだ。だが、あの背中の十字架の棺。あれは、錬金術の扱いが得意だったシンが作ったものに違いない。そして何より、あの箱の中から感じるのは、凍りついた「自分自身の肉体」の魔力。
「シン……!」
ミキが思わずその名を呼びそうになった瞬間、シンが静かに右手をかざした。
「すべて、根絶やしだ」
呪文の詠唱すらない。シンの手から放たれたのは、どす黒い漆黒の光弾。
それが先頭の盗賊に命中した瞬間――爆発など起きなかった。男の肉体が、まるで時間が急速に進んだかのようにみるみる腐食し、一瞬で一握りの『黒い砂』へと変わってサラサラと崩れ落ちたのだ。
「ひ、ひゃあぁぁぁっ!? な、なんだ今の魔法は!」
「化け物だ! 逃げろ、逃げ――」
「逃がさない」
シンが地を這うような声で呟くと、逃げようとした盗賊たちの足元の影が、意志を持った槍となって突き出た。影の槍に貫かれた盗賊たちは、悲鳴を上げることすら許されず、次々と黒い砂へと変えられていく。
わずか数秒。ミキを囲んでいた数人の盗賊は、影も形もなく消滅した。
圧倒的な、そして残酷すぎる蹂躙。
シンは、砂となった彼らを一瞥もせず、背中の棺桶の重さを確かめるように直すと、そのままミキの横を通り過ぎようとした。彼にとって、目の前のナイスバディな少女剣士など、視界に入れる価値もない「ただの風景」でしかなかった。
「ま、待って……! 待って、シン……っ!」
ミキは必死に手を伸ばし、通り過ぎようとするシンの漆黒のマントを掴んだ。




