酔っ払い令嬢。
「こ、こ、婚約!?」
ジークハルトとエヴァンジェリンの声が、ぴたりと重なった。
「ちょ、どうしてそんな話になるのよ。」
額を押さえながら、エヴァンジェリンは軽く首を横に振ると、
「いや、どう考えてもその流れだっただろう!?」
ユリウスは真っ赤な顔で叫んだ。
「どこがよ!!」
「さっき、志を共にするとか、覚悟を背負うとか、並び立つとか……」
次第にその声は小さくなり、
「……言っていたじゃないか……」
最後は、ほとんど拗ねたような呟きになっていく。
その姿を見て、エヴァンジェリンは深くため息を吐き、ジークハルトはくすりと笑った。
「はぁ……確かに言ったけど、そういう意味じゃないわ……」
「まぁ、僕はそうなってもいいけどね。」
「ちょっと!今そういう冗談はやめてよ!」
「冗談じゃないけど?」
さらりと返すジークハルトを、エヴァンジェリンが本気で睨みつけた。
そんな二人のやりとりの横でドンドン小さくなっていく青年。
背中からは湯気のようなものが出ている。
「ふふ。」
「ははは」
広場のあちこちから、くすくすと笑いが漏れ、張り詰めた空気が少し柔らいだ。
だが、次の瞬間――
ジークハルトは一歩前へ出ると、その表情をすっと引き締めた。
「安心してくれ。今日ここで話すのは、婚約の話ではない。」
そして、観衆たちのざわめきがぴたりと止まる。
「婚約の話……では……ない……」
うわ言を言いながら呆然と立ち尽くすユリウスを横目に、ジークハルトが話を始めた。
「今日来たのは、他でもない。この国の今後についてだ……」
「と、その前に、俺も珍客を連れてきた。」
ジークハルトの言葉と同時に、王宮騎士団がぞろぞろと動き出した。
中央には縄で繋がれた男が数名、覚束無い足取りで引きずられるように歩いている。
「もっと早く歩け!」
「このノロマが!」
見た目は煌びやかな貴族らしい服装をしているというのに、騎士団の言葉は囚人に向けられる言葉そのものだった。
それを見たユリウスは、またしても目を見開いた。
(父上に、アルベルト兄上……それにヴァルターじゃないか)
縄で繋がれた男たちが壇上に上がると、ジークハルトが観衆へ視線を戻す。
「見ての通り、ここにいるのはこの国の王族だ。」
ざわり、と広場が揺れる。
貴族たちは見たことがあっても、平民たちが王族の顔を見ることはほとんどない。
なかには「本物か!?」と疑うものさえいる。
「中には疑う者もいるだろうが……」
ジークハルトはゆっくりと歩み寄ると、腰に差した短剣を抜き、刃先をアーノルドの頬に軽く当てる。
「本物だということは、俺が保証しよう。」
血は流れない。
だが、アーノルドは震えていた。
「そして、この国を私物化した者たちでもある。」
「た、助け……」
ヴァルターが叫ぼうとしたが、騎士に押さえ込まれる。
「闇取引。横領。そして、この国で禁じられている奴隷売買。」
ジークハルトの声は大きくない。
だが、広場の隅々まで届いていた。
「民を守る為の立場でありながら、民への圧政を強いり、自分たちの私服を肥やしていた。」
「まさに、民の上に立つ者ではない。」
低く、響き渡る声。
誰もがジークハルトの言葉を聞き逃すまいと、息を詰めた。
「俺は、この腐敗を――ここで断ち切る。」
カシャン
短剣を鞘へと戻す音が、やけに大きく響く。
「本日をもって――」
バサリ
一瞬、夜風が旗を揺らした。
「セレニア国は、その名を捨てる。」
小さな動揺が波紋のように広がっていく。
「そして――新たな名をセーンルシア国とすることをここに宣言する!!」
ジークハルトの元に王宮騎士団が近づくと、王の象徴とも言える赤いマントと、王冠を頭に乗せた。
「さらに、このセーンルシア国の初代国王として……」
先ほどのようなナイフではなく、王の紋章が入った剣を空高々に掲げる。
「私、ジークハルト・シダー・セーンルシアが立つ!」
その声が夜空を裂いた。
広場の空気が、張りつめる。
誰も動かない。
誰も声を出さない。
ただ、胸の奥で鼓動だけが高鳴っていた。
そして――
堰を切ったように歓声が噴き上がる。
足元の石畳が震えた。
旗が大きく翻り、火が揺らぎ、夜空へと叫びが突き抜ける。
それは歓声というより――
時代の産声だった。
「どうやら上手くいったようね。」
ジークハルトの宣言を、少し後ろに下がりながら見ていたエヴァンジェリンたち。
壇上から周りを見渡す。
そこには、輝きを失った人々の顔はなく、新たな未来を楽しみにしている、星にも負けない笑顔が集まっていた。
「これで、この国は救われたってことでいいのかしら?」
「どうだろうな。それはこれからの俺たち次第じゃないか?」
「確かに……まだ始まったばかりだ。」
エヴァンジェリンの言葉に、アウレリウス、レオニダスが続く。
「ふふ…そうね……そうよね!」
三人で笑いあっていると、ジークハルトがマントを翻してエヴァンジェリンに近づいてきた。
「エヴァ……」
「……ん?なに?」
ジークハルトの視線は、先ほどまでとは違っていた。
王としてではなく――
一人の男としての目だった。
「君に初代王妃になってもらいたいんだが……」
歓声が遠くに響く。
だが、この一瞬だけは、まるで二人の間だけ時間が切り取られたかのように静まり返った。
「えっ……!?私……?」
エヴァンジェリンはキョトンとした顔で首をかしげた。
「そうだ。君になって欲しい。」
ジークハルトの真剣な目がエヴァンジェリンを射抜く。
しかし――
エヴァンジェリンは……
「えっ……それだけは絶対嫌!!」
首を横に振って断った。
「そもそも、私はジークのことを兄のように思っているの。それに、私には夢もある。」
「……夢?」
「そう!私はお嫁さんが欲しいのよ!!」
その瞬間――
広場の熱が、すとんと落ちた。
太鼓が、気まずそうに「ドン」と一つ鳴り、夜風が旗をぱさりと揺らす。
「……は?」
間の抜けた声を漏らしたのは、ジークハルトだった。
ユリウスがゆっくりと顔を上げる。
「お、お嫁さん……?」
エヴァンジェリンは胸を張った。
「そうよ。王妃なんて堅苦しいだけじゃない。じっと座ってないといけないし。私はね自分で動いて、働いて、自由に生活がしたいのよ。」
「そのためには、私の代わりに家のことをしてくれるお嫁さんが欲しいの。」
「まっ、私は、隣に並ぶ相手は選ぶけどね?」
エヴァンジェリンはユリウスを見てニヤリと笑った。
「だからジーク。これからも私は王妃としてでなくあなたの家族として隣に並ぶわ!!」
その言葉に、広場が再び活気を取り戻した。
王妃ではない。
だが、離れるわけでもない。
エヴァンジェリンは誰にも縛られない。
それでも――この国の未来のすぐ隣に立つ。
ジークハルトは一瞬だけ目を見開き、そしてふっと笑った。
「……それは、断れないな。」
「でしょう?それに、王妃よりも家族の方がよっぽど近いんだから。」
胸を張るエヴァンジェリンの背後で、ユリウスがまだ真っ赤な顔のまま立ち尽くしている。
新たな王が生まれた夜。
そして――
誰よりも自由な少女が、その隣に立つと宣言した夜。
セーンルシアは、こうして始まった。
王と。
王妃ではない少女と共に。
「じゃあ、まずはこの国に鉄の箱を普及していかないとね。あっ、あと美味しいお酒もね?」
くるりと振り返り、エヴァンジェリンは笑う。
「これから忙しくなるわよぉ~!!」
その声に、また笑いが広がる。
新しい国に、最初に響いたのは――
王の号令ではなく。
一人の令嬢の、楽しげな宣言だった。
完結
こんにちは、ゆずこしょうです。
この度は酔っぱらい令嬢をお読みいただきありがとうございました( .ˬ.)"
これにてエヴァンジェリンの物語は完結とさせていただきます。
最後まで書き切ることができたのも皆さんのおかげです!本当にありがとうございました。
またどこかでお会いできる日を楽しみにしております。
ゆずこしょう




