ユリウスの再起。
「ルカ。受け入れの状態はどう?」
「仮設住宅もできたから大丈夫だろう。これ、名簿な?」
ジークハルトがシルヴァリア公爵家に訪れて一週間──
ルカリオスをはじめとした従者達は、エヴァンジェリンの指示のもと、忙しなく動き回っていた。
「あら、気が利くじゃない。」
「伊達に一年もお前の下で働いていないさ。一応身バレしないように別の名前も用意しておいたが……」
エヴァンジェリンはルカリオスが持ってきた名簿に目を通す。
「さすがね。法務官に、財務官に……王宮騎士団団長ね……良い人材ばかり揃ってるじゃない。」
持っていた書類をパサリと机の上に広げれば、後ろに仕えていたユリウスも目線を書類に落とした。
「おい、ルカリオス!本当にこの人達がここに来たのか?しかも……この人は長年父上に仕えていた従者じゃないか。こっちは母上の侍女長を務めていた人だぞ。」
名簿を見た瞬間、ユリウスは頭を抱えた。
「王宮騎士団団長まで……父上は何を考えているんだ」
ユリウスのなんとも言えない表情に、ルカリオスは肩をすくめる。
「……家族であるお前が分からないんだ。俺たちにわかるわけがないだろ……だが……」
一旦話を区切り、ユリウスの肩をポンと叩くと、
「これだけのことをしたんだ。“何も考えていない”と思った方がいいんじゃないか?」
ルカリオスの残酷とも取れる一言が、室内に降り注いだ。
だが、王族であるユリウスにとって、それは耳を塞ぎたくなるほど正しい言葉だった。
(昔から強引なところはあったが……)
だが、どこかで信じていた。
(国を壊すような人ではないと思っていたんだがな……)
ユリウスの心の声は誰かに届くことなくそのまま闇の中へと消えていく。
「……何も、考えていない……か」
ぽつりとこぼれた声は、王子のものではなく、ただの息子のものだった。
その時──
「ユリウス。もう反省の時間は終わりでいいかしら。言っとくけどそんなことしてる時間はないのよ。もし反省してるのであれば、働いて返してちょうだい!」
ユリウスの暗い気持ちを切り裂くように、エヴァンジェリンの明るい声が室内に響き渡った。
「大体ね。いくら王族だからって、それぞれ別の人間よ?あなたが背負う必要なんてないわ。しけた顔でいるなら……」
エヴァンジェリンは名簿をパタリと閉じると、目を細めてユリウスを見据えた。
「ここから出て行ってちょうだい」
室内の空気が一瞬止まる。
ルカリオスが小さく眉を上げ、バタバタと動き回っていた従者たちが息を呑む。
だが、エヴァンジェリンはユリウスから視線を外らすことなく告げた。
「泣き言を言う王子は要らないの。それに、あなたはここに来た時点で王子ではないでしょ?ここに必要なのは、働ける人間だけよ」
その声は明るいのに、刃のように鋭い。
「あなたの父親が愚かなのは今に始まったことじゃないでしょ。あなたは他の王族とは違うと思っていたんだけど……私の勘違いだったかしら」
ユリウスの瞳が揺れた。
「何も言い返さないのね?ユリウスあなたはどうしたいの?」
静まり返った室内。
ユリウスの喉が、ごくりと動いた。
「……俺は……」
言葉が詰まる。
王子としての責任。家族としての情愛……
(そんなものは一年前に捨て去ったはずだ)
だが、セレニア国の国民として、このままでいいかと聞かれれば、
(そのままでいいとは言えないな)
エヴァンジェリンは急かすことなく、ユリウスの言葉を待つ。
「……俺は、父上を止められなかった」
絞り出すような声。
「だが、これ以上見過ごすつもりはない」
ゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、迷いではなく、覚悟が宿っていた。
「王子ではない。だが、俺はセレニアの人間だ。救えるなら救う。壊れかけているなら立て直す」
一歩、前に出る。
「エヴァ。俺を使え!」
エヴァンジェリンは口角をあげる。
まるで、初めからユリウスが何を言うか分かっていたようだ。
「そう?じゃ、遠慮なく!!」
そう言うと、どこからともなく真っ白い大きな紙を取りだした。
「ユリウス。王城の見取り図を作ってちょうだい。あなた一人では無理だと思うから……協力者を用意したわ!」
パンパン
エヴァンジェリンが手を叩くと、ガチャリと扉が開き、コツコツと足音が近づいてくる。
「お久しぶりです。ユリウス第三王子殿下」
「お前たち……どうして……ここに……」
そこには、かつてユリウスの下で働いていた人達が集まっていた。
「ふふっ……ルカ、どうやら成功だったみたいね!」
「そうだな」
ユリウスはルカリオスとエヴァンジェリンを交互に見つめた。
「お前たち……いつの間に……」
「実は結構前から……ねっ?ルカ」
「あぁ、本当はもう少し早く会わせてやるつもりだったんだがな……エヴァがまだダメって言うから……」
ルカリオスはエヴァンジェリンをチラリと見ると、目を大きく広げて、パチパチと瞬きをした。
「でも、グッドタイミングだったでしょ?」
数ヶ月前──
エヴァンジェリンはルカリオスにある事を頼んでいた。
『ルカ。あなたに頼みがあるのよ。』
『なんだ……』
『恐らく……ユリウスがこうなったということはあなた達側近以外も同じ状況になっているんじゃないかと思うのよね……』
『ユリウスには視察に行ったと言うことにするから、あなたはその人たちを探してきて欲しいの。恐らく他国に行くのであれば……辺境伯領の関所を通ると思うわ。』
『……なるほどな。王都に居場所を失った連中は、国を出るしかないってわけか』
『えぇ。でも全員が他国に行けるとは限らない。誇りがある人ほど、ぎりぎりまで国に残るはずよ。』
『だから関所か』
『そう。おそらく行ける国があるとしたら……ヴィリディア王国だと思うのよね。ノルトレート王国は王族の息がかかっている可能性があるし……』
ルカリオスはその時、呆れたように笑った。
『本当にお前は……王宮より先を見ているな』
『当たり前でしょ?』
エヴァンジェリンは涼しい顔で紅茶を飲みながら言った。
『ユリウスがどこまで気づいているかは分からないけど、少しでも前を向く気があるなら、その時は手伝ってあげないと。雇い主としてね?』
──そして今。
目の前には、かつて王宮から切り捨てられた、王城の構造を知り尽くす者たち。
ユリウスの視界が、ゆっくりと晴れていく。
「……最初から、こうするつもりだったのか」
「さあ?どうかしら」
エヴァンジェリンは楽しそうに微笑む。
「でもね、ユリウス」
赤い瞳が真っ直ぐ彼を射抜く。
「王宮に入るのは、あなたのためじゃないわ。救えなかった三十人のためよ」
その言葉に、部屋の空気が変わった。
覚悟が、決意に変わる瞬間、ユリウスは深く息を吸った。
「……分かっている。ここは俺たちに任せてくれ。」
「分かったわ。ユリウス、後はお願いね。ルカ、私たちは今回来た人たちに会いに行くわよ。」
そう言って部屋を出る直前、エヴァンジェリンは振り返った。
「失敗は許さないわよ?」
にこり、と笑う。
その笑顔は、味方には天使のようだが、
敵には、悪魔のようだった。




