その正体は……!?
「グレンヴァリアに本当に行くのか?」
「もちろん、行くわよー。実際見てみないと分からないことも多いしね。」
『ちょっとその辺散歩してきまーす』くらいのノリで話しているエヴァンジェリンだが、ユリウス達はそんな彼女を見て、眉をひそめた。
「ユリウス……グレンヴァリアまでって……確か……」
ウィンデルは頭の中に地図を思い浮かべながら、ユリウスにコソッと耳打ちした。
「あぁ~……三日はかかるだろうな……」
しかし、ユリウス達の声はエヴァンジェリンにも届いていたのか、クスリと笑った。
「ふふ。そんなに不安? でも大丈夫よ!本当にすぐ着くから!」
(大丈夫って……不安しかないんだが……)
思わず心の中で突っ込むと、タイミングを見計らったように――
キキィーーー
「「うぉっ……」」
鉄の箱が甲高い音を立ててから、ピタリと止まった。
「着きましたよ。」
ヴィオラは別の扉から外に出ると、逆側に回って扉を開いた。
「ありがとう」
(こんな早く着くはずないと思うんだが……)
ユリウスは、エヴァンジェリンに続いて恐る恐る外へ出ると、
バラバラバラ――
見たこともない巨大な何かが円を描くように回り続けている。
「……ッ(あ、あれは……巨大な羽根……か?)」
シルヴァリア公爵領に来てから経った数日――
次から次に出てくる見た事のないものに、ユリウス達の心はすでに着いていけないでいた。
「次はこれに乗っていくわよぉぉ!」
バラバラバラ
「なんだってぇ??聞こえないぞー!」
「だぁかぁらぁ~!!次はぁ~これに乗ってって言ってるのぉ~」
エヴァンジェリンはユリウスの腕を無理やり掴むと、別の箱の中に押し込められた。
全員が乗ったのを確認すると、箱の上にくっついている巨大な羽根がスピードを上げて回り出した。
バリバリブォーン
そして、音が変わった瞬間――
鉄の箱が浮いた。
「う、浮いた!?」
「あぁ~鳥と同じように飛んでいるな……」
ルカリオスは、模型のように小さくなっていく建物を見ながら、目を輝かせている。
ある程度高さが出てきた頃、今度は前に向かって走り出した。
(まだ、地上を走る鉄の箱よりマシだな)
ユリウスは視線を前に戻し、余計なことを考えないようにした。
それから、揺れが落ち着くと──
「エヴァ。今回のことといい、馬車より早く走る鉄の箱といい……これは一体なんなんだ? 君は一体、何者なんだ?」
ユリウスが今まで不思議に思っていたことを包み隠さず投げかければ、エヴァンジェリンはパチパチ目を瞬かせてから「……そうね」と小さい声で呟いた。
エヴァンジェリンの次の言葉を待っているからか、先ほどまで騒いでいたルカリオスたちも静かに耳を澄ます。
箱の中に、目に見えない緊張だけがゆっくりと満ちていく。
ゴクリ
誰かの唾を飲み込む音が響いた。
その時――
彼女は緊張感をぶち壊すように飄々とした声で答えた。
「……って、聞かれても、私はその辺にいる貴族令嬢と同じで、ただのしがない公爵令嬢としか答えられないんだけどねぇ~」
あまりにも肩透かしな答えに、空気だけが取り残される。
「た、ただの……?しがない公爵令嬢……?」
ユリウスは言葉を失ったまま、彼女を見つめ返した。
「えぇ、そうよ?どこにでもいる公爵令嬢!」
ユリウスの頭の中にエヴァンジェリンの言葉が木霊する。
「って……そんな、君みたいな公爵令嬢が何人もいてたまるものか!」
ユリウスの言葉にエヴァンジェリン以外の全員がうなずいた。
しかし、エヴァンジェリンは目を瞬かせるだけ。
「ん~……そう言われてもねぇ……」
その時、今まで静かに話を聞いていたヴィオラが口を開いた。
「そうですね。エヴァンジェリンお嬢様”は"何も知らないんです。」
"は”を強調するヴィオラ。
その言葉に何となくだが違和感を感じる。
「皆さん……あの時のことを思い出してみてください。夜会の時のことです。」
夜会の時――
エヴァンジェリンは酒の入ったチョコレートを食べ、酔っ払っていた。
そして、周囲の人達もエヴァンジェリンの言葉に何も言い返せず、ただ聞くばかりだった。
(しかし、翌日には何も覚えていなかったな……)
「思い出していただけましたか?」
「あとは自分で考えろ」とでも言うようにヴィオラは口を閉ざす。
そして、エヴァンジェリンもまた次の目的地、グレンヴァリアの方を見据えた。
(もしかして……酔っ払うと人格が変わるのか?)
(いや、人格が変わるだけでは話がつかないな……想像力が豊かになる?才能が広がるとか……)
「……全然わからん」
ユリウスは誰にも聞こえないような小さな声でつぶやくと、窓の外を見た。
「なんだか、こうやって見ると……世界って広いんだな……王城もすぐに壊せそうだ……」
遠くに見える小さくなった王都。
そんな王都を見ていると、あそこにしがみついている兄達がいかに滑稽な存在なのか……
「じゃ、壊しちゃう?」
自分の小さなつぶやきに、返答があると思っていなかったのか、ユリウスは目を丸くした。
「壊すって……?」
「その名の通りよ。まぁ、いつかはやろうと思ってたんだけど……っと、その前に……この国を改革しないといけないんだけど……」
楽しそうに、しかしどこか冷徹な雰囲気を醸し出すエヴァンジェリンに身体の奥が冷えていくのを感じる。
「王族には思うところがいっぱいあったのよね。あぁ、でも公爵領も広げたいし、やりたいことがいっぱいね。」
「でも、貴方たちがいれば、なんでも出来そうだわ。これから力を貸してちょうだいね。」
先ほどまでの冷たい雰囲気はどこへやら。
(ルドリオス殿……これは……この娘は骨が折れそうだ……)
ヘラりと笑うエヴァンジェリンを横目に、
ユリウスはため息を一つ吐き、
遠ざかる王都から視線を切ったのだった。




