第50話:【平和を破りし、2度目の神命(オラクル)】
借家からの帰り道。
荷物を運ぶ馬車の中で、腕を組んだアカリは難しい顔していた。
「結局、あの子は何がしたかったんだろ?」
「さ、さぁ……、なんだったんだろうね……?」
絶叫を上げて消えたアルマ君の奇行が、よっぽど気になるのだろう。
「何か心当たりはある?」と聞かれたが、分からないと答えるしかなかった。
(こればっかりは何も言えないよ……)
頭を抱えるアカリに心の中で謝罪しつつ、今は傷心中だろうアルマ君の味方をする。
味方と言っても、アカリの『結び人』である僕に、何かできるわけではないけど……。
(アルマ君……、相当アカリのことが好きだったんだろうな……)
二人がどれだけ一緒に過ごしてきたかは知らない。
けれどアルマ君の見せた反応が、思いの強さを物語っていた。
むしろ、なぜアカリは気づかないのか……。
誰かが悪いわけでもないのだが……。
このモヤモヤした気持ちに胸が重くなりつつ、遣る瀬無さに嘆息を漏らすのだった。
「部屋に荷物を運ぶまでは手伝うね」
「うん、ありがとう! 時間も時間だし、荷解きは明日かな~」
「僕も、これが終わったら夕飯の買い出しに行かなきゃ」
「じゃ、私も付き合うね! 今度は私がマコトのお手伝いをするよ!」
馬車が家に着いたのは、空が茜色に染まった頃だった。
まとめる荷物が少なかろうと、次に待っていたのは借家の掃除。
思いのほか時間がかかり、今日はもういいかと肩の力を抜く。
その時だった。
「マコトくん! アカリお姉ちゃん! 大変です、大変ですっっ!?」
高級感ある玄関の扉を開け、焦燥に駆られたサレンが躓きながらも駆け寄ってきた。
「どうしたの、サレンちゃん?」
「随分な慌てようだね」
アカリの胸に受け止められ、パッと顔を上げたサレンは1枚の封筒を僕らに見せた。
「さっき、ディスター協会の人が来て、……これをって」
「「っ!」」
見るのは、これで2度目だ。
ディスター協会の象徴である、『空から降り落ちる女性と、受け止めようとする男』。
そして出だしに書かれた『神命』の文字に、僕とアカリは目の色を変える。
「大型魔獣の出現……。って、この場所っ!?」
「うん……、間違いないね」
さらに驚きなのは、神命の示す場所が都市の外壁を囲むように流れている川であること。
ローレンツさんとした試験の場所であり、アカリも眉間に皺を寄せた。
「今すぐ行かなきゃ!」
「あぁ、待ってください、アカリお姉ちゃん……! そこは問題じゃないです……」
「え?」
「どういうこと、サレン……?」
すぐさま走り出そうとしたアカリに、サレンは両手を広げて立ち塞ぐ。
都市のすぐ近くに出現したとなれば急を要するはず。
それをわからないサレンではない。
それでも止める理由があるすれば、答えは自ずと書かれているだろうと、僕は手紙の続きに目を向けた。
「『メリサニア洞窟』を調査せよ……?」
「なんでも……、依頼で洞窟に向かった冒険者がいるようです。……なんの関係があるのかは、わからないのですが……」
僕の疑問に、サレンも同じく顔をしかめる。
「そっか、二人は知らないんだ」
「「え?」」
「その『メリサニア洞窟』っていうのは、あの山にある洞窟のことだよ」
まだこの都市に馴染みのない僕らに、アカリは当然かとばかりに指を差す。
都市の北側。
振り返った先で見える、外壁から顔を出す山へと。
「都市の周りを流れる川は、あの山から流れているんだよ。その中でも『メリサニア洞窟』は、『青の洞窟』とも言って巨大な泉があんだよ」
「なるほど……」
「知りませんでしたね……」
獣候都市ウィーブルは、二つの壁に守られていると言える。
一つが人の手によって作られた外壁。
もう一つが、都市を囲むように流れる川と山岳の自然の要塞。
他国と戦争……、なんてことになってもこの都市は地形的に攻めにくい構造になっているのだが、今は置いておこう。
聞けば魚なんかも獲れるらしく、よく依頼で冒険者が捕獲しに行くそうで、「そこで取れる魚がおいしくてねぇ~」とアカリは妄想しながら舌鼓を打っていた。
「で結局、川と洞窟が繋がっているからなんだって話になるんだけど……?」
「あれ? マコトにしては珍しくニブチンだね」
「え……?」
「この手紙に書かれてる大型魔獣──『スレンダール』──は、水棲魔獣なんだよ」
「えっとぉ~、つまり……?」
「川に逆らって泳げば、洞窟に侵入できる。もしかすると、洞窟にも同じのが潜んでいるかも知れないってことじゃないかな」
「っ!?」
都市に住む者なら察しが付く内容を、指を立てアカリは言及する。
神命とは、大型魔獣の討伐が基本になってくる。
それが調査っていうのは妙な話だったけど、ようやく腑に落ちた思いがした。
「また大型魔獣が複数体現れたということでしょうか……?」
「前回に引き続き、またかぁ……」
まだまだ新米セイバートゥースだというのに、非常事態が続くとは……。
運の無さを呪いつつ、改めてセイバートゥースの過酷さを味合わされた。
「でも『スレンダール』はAランクの魔獣だから、この前のSランクの『ガルダ』に比べれば、大したことないと思うよ」
「え? 今更だけど、魔獣ってランクがあるの?」
「うん! SS~Cの5段階に分かれてるよ!」
アカリ曰く、
【大型魔獣】
SS:複数のディスターが、【魔法】を行使することで対処可能。
S :単体ディスターが、【魔法】を行使することで対処可能。
A :単体ディスターが、【身体強化】のみで対処可能。
【小型魔獣】
B :複数冒険者で対処可能。
C :単体冒険者で対処可能。
とのことで、今のサレンでも【魔法】を使えばAランクの魔獣なら倒せるという。
相性次第ではこれが覆るし、間違いはいくらでも起こる。
ただやはり、【大型魔獣】を相手取れるのはディスターしかいないというのは間違いなかった。
「油断は禁物なのでしょうが、少しは不安が抜けました」
「だね。僕もCランクの魔獣くらいは倒せるようにならないと」
アカリからの説明を聞き終え、僕とサレンは互いに頷きあった。
「つまり今回の神命は調査が目的で、いざって時はAランク魔獣の討伐に切り替わるわけだ」
「依頼で向かったという、その冒険者の方が心配ですね……」
神命の内容を改めて明確にする。
冒険者時代にアカリも洞窟には行っていたようだし、行き先に不安はない。
水棲魔獣との戦いは初めてだけど、ランクはA。
対して、こっちには3人のディスターがいるわけだから……、……あ。
「って、……マニさんはまだ帰ってきてないのか」
「今日もニアさんの所ですね。……呼びに行くとしても、今からではすれ違ってしまいそうです……」
「4人で行ったほうがいいんだろうけど、万が一ってこともあるしねぇ~」
「「「う~ん……」」」
マニさんの不在に、三人して呻り声を漏らす。
だが次の瞬間には、どうするのか? と二人の視線が僕を向いた。
(今更だけど、本当に不思議だな……)
顎に手を添え、一呼吸する中で、胸の奥に微かなざわめきが走った。
神命とは、命を掛けた任務だ。
たとえ凄腕の冒険者だろうと、絶対に達成できないほどに。
ヒューマンである僕なら、到底叶わない。
だと言うのに、アカリもサレンも当たり前にように僕に選択を委ねてくる。
いざって時は助けてもらうしかないのに、……どうしてこうまで信頼してくれるんだか。
「マコト、どうかした?」
「お腹でもいたいですか?」
「いや、気にしないでっ!?」
当たり前に向けられる期待が素直に嬉しく、気づけば口端を吊り上げていた。
きっと僕の不安を伝えても、それがなんだというのかと、二人して首を傾げるだろう。
そんな想像までしまったことが恥ずかしくて、僕は慌てて両手を振った。
「えっとぉー、それじゃ、先に僕とアカリで洞窟に向かおう。サレンは、マニさんに状況を説明した後、一緒に洞窟に来るってことで」
「うんうん! そうこなくっちゃ!」
「分かりました。マコトくんも、アカリお姉ちゃんも気を付けてくださいね」
僕の決断に、アカリとサレンは異論無しであると大きく頷いた。
「そうとなれば、急いで向かおう!」
「だね」
アカリから差し出された首筋に、僕は噛み跡を付ける。
溢れる魔力。
高まる力。
洞窟まで最速で向かおうとするアカリにお姫様抱っこされる僕は、多少の恥ずかしさを覚えながらも、出発直前になってサレンに問いかけた。
「都市の外の魔獣はどうするつもりなのかは聞いている? 確実に大型魔獣がいるのなら、やっぱりそっちに向かうべきだとは思うんだけど……?」
協会の手紙には、洞窟の調査しか記されていなかった。
であるなら、元凶である大型魔獣はどうするのか?
拭いきれなかった疑問を、僕は無視することが出来なかった。
「問題ない……と、だけ言われました……」
「問題……ない?」
それはどういうことなのか。
他に何かないのかと、尋ねようとした瞬間、僕よりも先にサレンが言葉を続けた。
「白の装束で……、まるで騎士様みたいで……、……男性のヒューマンだったと思います。その方に言われました」
「……っ」
遠い記憶でも掘り返すかのように、サレンは首を傾げる。
その口から出てくる情報はどれも判然とせず、ロバーナさん辺りが封を届けに来たのだと思っていた僕は、一協会職員がそんな事言って良いのかと、瞳を細めてしまう。
だが、さらに続けられたサレンに言葉に、
「その方は、──『狐の面』──をしていました」
頭の片隅に置かれた記憶が、息を吹き返そうとするのだった。
× × ×
同刻。
都市外壁。
西日に照らされ、橙黄色に染まった河川では断末魔が響いていた。
『…………キュロロロォオオオオオオオオオッッッ!!』
空に張り上げる最後の雄叫び。
紺一色の長躯を痙攣させ、ついに魔獣は力尽きる。
横たわれば大地が揺れ、流れ出る鮮血は大量。
大型魔獣の名に恥じぬ巨体によって、草原は瞬く間に血の池となった。
「あっという間ね。少しは貴方の苦戦している姿が見られるかと思ったのに」
「期待に答えられず申し訳ありません、姫様」
「真面目ね。そういうところも面白くないわ」
「……っ」
背後から投じられた少女の声に、男は膝を着いて謝罪を述べる。
嘆息を吐かれようと、男は眉一つ動かさない。
例え、──『狐の面』──で見えないとしても。
「終わったのなら帰りましょ。早く休みたいわ」
「そのことで、姫様。一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「貴方がお願いだなんて珍しい。私の周りを回って、ワンと言えば聞いてあげる」
「…………っ、……では、失礼し──」
「──冗談よ。例え貴方であろうと幻滅するわ」
一瞬迷いながらも男が膝を浮かせれば、少女は呆れ混じりの声で制止させる。
「それで、お願いっていうのは何?」
「では、僭越ながら……、──」
仮面の下では、どんな顔をしているのか。
水色の瞳を絡ませて告げる男に、少女はクスリッと一笑する。
「続きを見れないのは、心底残念ね」
黄昏の空に舞う、白い光粒。
『狐の面』をずらして覗く少女は、河川を駆ける白亜の騎士に、浅い笑みを浮かべるのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
随分前に登場していた『狐の面』を付けた少女が、ここで再登場しました。
これから先、白亜の騎士と共に物語に食い込んでくるので、楽しみにして頂けたらと思います!
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