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第49話:【灰色の少年】

「女を泣かせて、盗みを働く。卑劣な奴め。それをよりにもよって俺様の……」

「……俺様の?」

「いや、なんでもねー……!? ってか、何普通に話しかけてきてんだこの盗人っ!」


 灰毛の獣耳に、空色の瞳。

 一瞬で僕から木箱を奪った俊敏な動きを見れば、間違えたりはしない。

 彼が持つ獣人としての特徴が、狼獣人(スリンガル)のものであることに。

 僅かな匂いでも嗅ぎ分け、飛び抜けた俊敏性で相手を翻弄し、小型魔獣であれば敵無しとまで言われる種族。

 獣人の中でも強者に位置するその人だと。


「よくもアカリを泣かせやがったな!」

「え、ちょっと待って!?」

「誰が待つか! この俺様が成敗して──」

「──コラ! 止めない!」

「イテッ!? 何するんだよ!?」


 次の瞬間には飛びかかろうとしたアルマさんに、寸前の所でアカリが手刀を落とした。


「今のはアルマが悪いんだからね? 本当にこの子はもぉ~」

「姉貴ぶるなよっ!?」

「そうさせてるのはアルマの方でしょ~」

「いや、だからさ……、俺様にとってお前は姉貴じゃなくて……、その……」

「?」

「うぅーっっっ!!」


 アカリに手刀を落とされたアルマさんは、顔を赤らめながらも頭を掻きむしる。

 そのわかりやすい仕草に、僕はなんとも言えない気まずさを感じていた。


(えぇーっと……、つまりはそういうことなのかな……?)


 アカリに頭を撫でられれば、「やめろ!」とわーわー騒ぎつつも、どこかまんざらでもない。


「一丁前にカッコつけちゃってぇ~。年下のくせにねぇ~」

「歳なんて関係あるかっ! 男なら好きな……じゃなくてっ、……お、女を守る! 当然のことだ!」


 どこか声は上擦っているが、自分の胸をトンッと叩く少年の表情は真剣そのもの。

 なのだが、アカリとしては完全にお姉さん気分なんだろう。

「相変わらず生意気だなぁ~」と再び灰色の髪をわしゃわしゃとアカリが撫で回せば、二人の姿は完全に姉と弟……。

 ただ思春期真っ只中のアルマさん……もといアルマ君からすれば、異性からの触合(スキンシップ)は刺激が強すぎる。

 全男子が満場一致の札をあげる、『勘違い』を起こすのは必然だったのだろう。


「それとさっきから盗人って言ってるけど、勘違いだからね」

「勘違い? ……つーか、やけに部屋が片付てるのも違和感なんだが?」

「うん、引っ越ししたからね」

「はぁ!? そんなの聞いてねーぞ!?」

「……なんでアルマに言わなきゃいけないのよ?」


 素っ頓狂な声を上げるアルマ君に、アカリは眉間に皺を寄せて告げた。


「まかさ……この都市を去るのか……?」

「違う、違う。家を変えるだけよ」

「なっ、なんだよ……。驚かせやがって……」


 緊張の眼差しを向けるアルマ君に、アカリが手を仰ぐ。

 次の瞬間には、空気の抜けた風船のように腰を折って安堵の息を漏らす。

 そんなアルマ君の空色の瞳からようやく殺気が消え、丸くなった目と視線が合った。

 のだが……。


「だったら、さっきからいるオメェは……」

「……ぅっ!」


 名乗るに、名乗れない……。

 青春を謳歌しているアルマ君に、僕の口から言って良いものなのか……。

 矜持を傷つけないようにするにはどうするべきか。

 苦虫を噛み潰したように顔を歪めては、僕は答えを出せないまま黙りを決め込んでしまった。


「そうだぁ、アルマ! 聞いてよ! この人はね、私の──」

「──ちょっと待った、アカリ!?」

「え? 何急に?」

「いいからこっち来てっ!?」

「う、うん……」


 素早く手招きをして、僕はアカリを制止する。

 僕が言うのも避けるべきだけど、なによりもアカリには言わせてはいけない、……気がする。

 何が何やらと困惑するアカリを呼び出し、僕は耳打ちした。


「僕たちのことは、黙ってた方が良いんじゃないかな?」

「え、なんでよ?」

「なんでっていうとぉ……、そのぉ……~~っっ」

「?」


 純粋無垢なアカリの視線に、体中から汗が滲み出す。

『きっとアルマ君はアカリのことが好きだから、僕たちがディスターだなんて知ったら傷付くと思うから言わないでおこう』、なんて言えるわけもない……。

 僕たちがディスターだということは、いずれバレる。

 それが風の噂か、人伝かはわからないけど間違いなく。

 であるなら想い人からの公言である必要はない。

 一人静に悲しみに暮れる方がマシだと信じて、どうにかアカリを説き伏せることに決めた。


「と、とにかく……、今はまだ──」

「──なんかオメェら……、やけに親しげじゃねーか?」

「っ!?」


 背中に突き刺ささるような鋭い視線と、低く唸るような声に、僕は肩を跳ね上げる。


「ひょっとして……?」

「……っ」


 ぎこちない動きで振り返れば、疑念で溢れかえる空色の瞳が僕を見ている。

 なんて言い訳をすれば良いのか。

 悪いことなんて一切していないのに、募る罪悪感に僕は喉を鳴らした。


「さてはオメェ、引っ越し屋だろ!」

「……へぇ?」

「アカリの荷物を持ってたのは、新居に運ぶためだったんだな! そうだろ!」

「……はい?」


 まるで検討違いなのだが、鼻を鳴らしては「どうだ、あたりだろ?」とアルマ君は豪語した。


「思えば盗人だとしても、アカリがオメェみたいなヒョロヒョロに負けるわけねぇーしな。よし、引っ越し屋! 俺様も手伝ってやる!」

「ヒョロヒョロって……、あ、でも、確かにすごい」


 そういうと、僕から掻っ攫った木箱をまたヒョイッと軽々持ち上げる。


「ヒューマンには辛くても、俺様には大したことじゃねぇからな。あ、今の別にヒューマン差別じゃねぇーからな? 俺様が凄すぎるってだけだからな!」


 片手で荷物を扱うアルマ君は、誤解するなとばかりに空いた左手を僕へと向けた。

 更には一本指で木箱を支え、くるくると回し出すほどの余裕を見せる。

 まだまだ成長途中で、幼さは抜けきらない。

 それでも狼獣人(スリンガル)としての力は本物で、彼にも底しれない力があるのだろうと感心してしまった。


「はぁ~……、そもそもマコトは引っ越し屋なんかじゃないだって!」

「え?」


 そんな関心に浸っていたせいで、僕は忘れてしまっていた。


「マコトは私の、──『(むす)び人』──だよ」

「…………ん?」

「なっ!?」


 アカリへの口止めが、曖昧なままだったことに。


「い、今……、なんて…………?」

「え? いや、だから、マコトは私の(むす)び人なんだって」


 悪気の一切ないアカリは、混乱の渦へと落ちるアルマ君に気づかない。

 清々しいまでの容赦のなさで、「じゃ、ちゃんと紹介するね!」と僕へと手を向けた。


「マコトは私の(むす)び人っ! 私たち、セイバートゥースになったんだよ!!」

「……ぁぁっ!?」

「……ぅっ」


 思えば僕たちの胸元では、セイバートゥースの(バッチ)が黄金に輝いていた。

 最初からバレていても可怪しくなかったのだが、どうやらアルマ君にその発想は無かったのだろう。

 みるみる顔は青く、体はプルプル震える。

 終いには、「む、む、むす……びっ!」と繰り返す機械と化してしまった。


「あれ? そういえばなんでマコトはアルマにこのこと隠そうとしたんだっけ?」

「ぶっ!?」


(なんでそれを本人の前で言っちゃうのぉぉおおおおおおおおおお~~~~~っっっ!?)


 立て続けに地雷を踏み抜いておきながら、アカリ本人は何一つ気づいていない。

 今にも「なんで、なんで?」と根堀葉掘り聞いてきそう。

 そんな中で指先を向けて尋ねてくるアルマ君に、僕は胃が痛くなる思いを味わった。


「お、おい……引っ越し屋……」

「な、何かな……、アルマ君……?」

「なんでオメェ……、わざわざ隠すようなマネを……」

「……っ、……っっ」

「もしかしてお前……、俺の気持ちに気づいて……」

「………………っ」

「~~~~……っっっ!?」


 世にも珍しい、赤い色の狼獣人(スリンガル)

 顔や耳どころか、灰毛すらも赤一色となったアルマ君は、より映えた空色の瞳を涙に沈めた。


「ちっくしょ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!?」


 借家に響く、悲しみの叫び。

 来た時のように、吹き飛ぶ勢いで玄関の扉を開けたアルマ君は、街の雑踏へと消えていくのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


これまでいなかった恋敵となるアルマ君ですが、……まぁ、彼が勝つことはないでしょ……。

それでも彼の狼獣人スリンガルの力は本物であり、これからも登場し続けますので、気に入って貰えることを願っています!


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