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第24話:【夜明けの彗星】

 水平線から太陽が現れ、夜明けの冷気を払拭する。

 人気のない早朝。

 穏やかな海風。

 垂直に切り立った海岸にぶつかる波音を耳にしていた僕は、そっと真下を覗き込む。


「見晴らしは良いけど、落ちたらと思うと……」


 クラウンドよりやや離れた海岸に広がる絶景。

 そして足下に隠れた凄景(せいけい)に、僕の気持ちはチグハグになった。

 間違って足を滑らそうものなら、顔を出す岩礁で……。

 想像するのも恐ろしい結末に身を震わせ、後ずさりした。


「あ、来たよ!」


 朝一でありながら、アカリの軽快な声が上がる。

 その先で、歓声を受けるマニさんが小さく腕を上げた。

 昨日に引き続き、丈の短い革製上着(レザージャケット)に薄手の肌着。

 そこに追加されたのは、長方形の木材と太めの紐だった。


「待たせたな」


 軽い挨拶を告げると、風に靡く浅葱色の髪を抑え、マニさんは水平線へ瞳を細めた。

 天気は快晴。

 風も落ち着いているようだし、素人目には絶好の飛行日和に見えるが、どうやら当たりらしい。

 行先である別荘島から視線を戻したマニさんは、微笑みを浮かべるのだった。 


「それじゃ連れていく順番だけど、アカリとサレンの二人にまずは行ってもらうぜ」

「やったー! 一番っ!!」

「二人で、ですか?」


 マニさんの申し出に、アカリは両手を挙げて喜び、サレンは顔を引きつらせる。

 その不安の原因は、飛行時の荷重限度だろう。

 僕も聞かされたばかりだけど、鳥獣人(ユーノ)は飛行できるだけで、筋力面に優れた獣人ではない。

 思い返せば、街を飛んでいた鳥獣人(ユーノ)は両手に収まる大きさの荷物しか運んでいなかった気がする。

 身長なら僕と同じくらいであるマニさんといえ、女性だ。

 二人を連れて飛べるようには見えない。

 そんな疑問に駆られただろうサレンは、眉を吊り下げていた。


「そんなビビんなよ。何も抱えて飛ぼうってわけじゃないんだからさ」


 そう言うと、昨日は持っていなかった平べったい木材の両端に紐が付けられた物を、マニさんは肩から下した。


「なんですか、これ?」

吊式座(ブランク)だ。腕に抱えて飛ぶのは疲れるから、これで人を運ぶのさ」


 吊式座(ブランク)から伸びる紐が、マニさんの腰へと繋がれているのを見て、ピンッときた。

 見た目は完全にブランコだが、やろうとしているのはきっとリフトと同じだろう。

 吊式座(ブランク)に乗り、鳥獣人(ユーノ)が運ぶ。

 風に煽られる想像をすると内臓がギュッと縮みそうになるけど、これは確かに鳥獣人(ユーノ)の力を活かした合理的な移動方法だと頷けるものがあった。


「アカリとサレンを繋ぐ紐は貸してやる。落ちないように気をつけな」

「だって。サレンちゃんもおいで」

「そ、そうですね……。一人で乗るよりはマシかもしれません……」


 満面の笑みで吊式座(ブランク)に座ったアカリに呼ばれ、小刻みに震えるサレンが膝の上にちょこんと座る。


「アカリお姉ちゃん! きつくです! もっと、きつーく縛ってください!!」

「えー! これ以上は無理だよぉ~、サレンちゃーん……」

「ほどほどにしねぇーと、島に着いた後が大変だぜ?」


 サレンの臆病がこれでもかと発揮され、へとへとになったアカリが肩を落とす。

 向かう先には恐ろしい大型魔獣がいるのに、なんだか微笑ましくてつい笑みが溢れる。

 そんなやり取りを見守っていたマニさんが、呆れつつ僕の傍へと寄ってきた。


「二人とも一緒って……、たぶん、気を使ってくれたんですよね。ありがとうございます」

「お礼を言うのは早いぜ? なんせ、報酬を貰ってないからね」

「あっ!? す、すいません……」

「はい、確かに」


 慌ててお金を渡すと、マニさんは目を弓なりに変えて笑った。

 忘れていた僕が言えることではないが、ちゃっかりした人だ……。


「もう少し時間がかかりそうだから聞かせてほしいんだけどさ、あんたって本当にヒューマンなの?」

「え……?」

「二人の獣人の結び人なんて聞いたことないし、そんなことができるヒューマンは本当にヒューマンなのか気になってさ」

「っ!?」


 く、癖なのだろうか……。

 またしても下から覗き込むように訪ねてくるマニさんから、僕は堪らず目を逸らす。

 大人の魅力というか、浅葱色の髪では隠しきれない艶めかしい美貌に、僕の心臓は高鳴った。

 荒々しい口調であろうと、整った顔を向けられた途端、改めてマニさんが女性であると意識してしまう。

 問い詰めるような質問と、ほんのりと熱くなった頬を誤魔化すために、僕はすぐさま口元へと手を置いた。


「当然、人……というか、ヒューマンですよ……」


 この世界には、アカリのように耳を生やしている獣人もいれば、サレンのように外見ではわかりづらい獣人もいるらしい。

 もしかすると、この世界に来る時に僕の体は作り変わったのかもしれない……。

 なんてことも、一度は考えた。

 けれど、以前と変わらない体の感覚がある。

 腹の底から溢れるような力はないし、強くなった実感とは無縁。

 声を上ずらせつつも、嘘偽りのないヒューマンであることは言い切った。


「ふーん、なるほどね」


 視線から逃げつつ答えれば、マニさんは微妙な納得を口にした。


「じゃ、もう一つだけ質問。アンタ剣なんて持ってるけど戦えんの? 二人のディスターがいるのに、アンタが戦う必要なんてないんじゃねぇーの?」

「……それは、そうなんですけど」


 腰に据える剣を指差し、マニさんは悪戯っぽい笑みを浮かべて言及する。

 ルーヒットさんが祝いの品として打ってくれた長剣。

 それを使いこなしているかと言われれば、まぁ……、微妙なところではある……。

 アカリの指導や、日々鍛錬を積んではいるけど、戦力とはほど遠い。

 当分の目標は、『脱・足手纏い』と言ったところか。

 それでも、僕が剣を腰にする理由は確かにある。

 それは。


「女の子に戦わせて自分は傍観だなんて、男として出来ないですから」

「……っ」


 意地だ。

 男としての矜持。

 投げ出してはいけない責任。

 力が無かろうが、魔法がなかろうが、目を背けちゃいけない。

 今ははっきりとしない理由かもしれないけど、ただ思ったことを僕はぶつけた。


「ふぅ~ん。……まぁ、セイバートゥースらしい答えなんじゃねぇーの?」

「ど、どうも……」


 本当に出来るのか? と怪訝な瞳をするマニさんは、僕に背を向けた。

 けれど直後、頭の後ろで手を組んだマニさんが軽く振り向くと、そこには笑みがあった。


「とりあえず仲が良いようでなにより。……ほら、そっちは準備出来たのか?」


 そう言うと、準備の整いつつあるアカリたちの下へと戻った。

 結局、何が聞きたかったのか?

 質問に対してちゃんとした答えを提示できたのかよくわからなかった僕は、マニさんの背に困惑を向けた。


「そうだ、マコト。今ここでオーバーフローしておいた方がいいんじゃない?」


 何気ないアカリの提案に、「です、です!」とサレンも頷く。

 言われてみれば、島に僕が行かないと二人とも魔法が使えない。

 それは魔獣が住み着いてしまった島では命取りになるだろう。

 アカリはともかく、サレンへの心配は募る。

 紐から手を離したアカリとサレンは、僕の方へと手の甲を差し出し、いつでも大丈夫だと唇をキュッっと結んだ。

 けれど──


「──ちょっと待ちな」


 二人の手を取ろうとした僕の腕を、マニさんは強く掴んだ。


「魔獣ってのは魔力に敏感なんだろ? オーバーフローして、飛行途中に襲われたらアタシが困る」

「でも……」

「なんのために夜明けを選んだと思ってんだ。せっかく寝てんだから、わざわざ起こす真似すんじゃねぇーよ」


 僕の言葉を遮ったマニさんは続くように畳みかけてきた。


「別荘地に行って、戻ってくるのに時間はかからねぇーよ。余計な不安はない方がいいだろ?」

「……っ」


 目尻を吊り上げたマニさんの瞳が、譲る気はないと訴える。

 マニさんの言うことは、至極真っ当なのかもしれない。

 三人揃ってから闇討ちする。

 魔獣が起きる危険(リスク)を考慮すれば、乱戦になる前に済ませる方が得策なのは確か……か。


「私はそれでもいいよ! 魔法なしでも私は強いし!」

「不安はありますけど、……アカリお姉ちゃんが一緒なので、がんばります……」


 問題なしと意気込むアカリの膝の上で、両手で紐をしっかり掴んだサレンもおずおずと賛同する。

 そんな二人の態度に合わせ、「はーい、決まった決まったぁ~」と、マニさんは一つ手を叩いて締め括った。


「いよいよ……、ですね……」

「サレンちゃん、硬すぎだよぉ~。少しは空の旅を楽しも!」

「おしゃべりはその辺でやめとけ。舌噛んでもしらねぇーからな」


 離陸の準備が整い、吊式座(ブランク)と腰を繋ぐ紐を確認したマニさんが、一つ伸びをする。

 すると次の瞬間、翼を広げた。


「ほら、──飛ぶぜっ!」

「「うわっ!?」」

「ぅっ!?」


 耳を叩くほどの、翼のはためき。

 一足先に空へと舞い上がったマニさんに吊られ、吊式座(ブランク)の紐がピンッと張る。

 続いて二人を乗せた吊式座(ブランク)も地上を離れ、あっという間にアカリたちを宙へ持ち上げた。


「すごいっ!」


 海岸から滑り出し、水面すれすれの状態から風を拾った浅葱色の翼が、アカリ達を空の彼方へ連れて行く。

 力強い羽ばたきは耳朶を打ち、僕が乗っても飛べたんじゃないかと錯覚させる。

 これが魔力なしの素の力だというのだから、マニさんが冒険者になったらかなりの実力者になり得るだろう。

 ただそれ以上に心揺れる光景に、気づけば呟きをこぼしていた。


「綺麗……」


 朝焼けを切り裂く、浅葱色の翼。

 それはまるで、一条の彗星。

 水平線から昇る太陽へと進むマニさんの軌跡に、僕は見とれてしまった。


「楽しみだな~」


 今頃二人はどんな気分を味わっているのだろうか。

 アカリははしゃいでいるのかな。

 サレンは怖がっているのかな。

 自分ならどうなるのかと想像を膨らます僕は、順番を待ち切れない子どものように、胸を踊らせる。

 そんな3人の影を目で追っていた僕は、


「………………え」


 吊り上がった頬のまま、困惑した声を上げた。

 アカリたちを載せる吊式座(ブランク)が、大きく揺れる。

 というか、────落ちた!?


「アカリっ!! サレンっ!?」


 落下する影の正体が、何なのか分からない。

 けれど、半端な大きさではない。

 背負っていた荷物だとご都合主義を働かせるも、そもそも大きな荷物なんて運んでない。


(じゃあ、あれは…………。正真正銘……、アカリとサレン……っっ!?)


 水面に落ちた瞬間、水飛沫が海上へと上がる。

 空高くからの落下。

 軽傷では済まない。

 助けに向かおうと力を入れるも、体が固まる。

 急いて飛び込もうとした僕を、恐怖が止める。

 断崖絶壁の真下に密集する岩礁に、僕は奥歯を噛み締めた。


「くそぉっ!!」


 やられた……っ!

 はめられた……っ!

 上手いことオーバーフローを使わせず、あの人は僕達を分断したんだ。

 でも、わからない……。

 僕たちを殺すこと自体が目的だったのなら、僕だけ残した意味がわからない……。

 さっき見たばかりの力強い羽ばたきがあったのなら、三人まとめて海に落とすことも出来たんじゃ……。


「って! 違うだろ!? 今考えるのはそこじゃない!」


 頭を振って思考に蓋をする。

 どうすれば二人を助けられる!

 最短で二人の下に行くには!?

 焦るばかりでまるで機能しない頭を掻きむしる。

 そんな僕を嘲笑う声が、空から聞こえた。


「なにしようと無駄なんだからやめときなぁ~」

「っ!?」


 風を裂く羽ばたきを耳にし、瞬時に顔を上げた。


「マニさん! どうして……!?」

「……っ」


 細く閉じる鉛色の瞳。

 億劫そうに吐くため息。

 僕の問いかけを耳にしながら、マニさんは何も答えてくれない。

 それどころか──、


「──ッ!」

「っ!?」


 急降下し、──『蹴撃』が迫った。


「くっ、ぅ~~~~っ!?」

「へぇ~」


 海岸に響く、金属音。

 眼前に迫った『蹴脛具(レガース)』を受け止めたのは、長剣。

 腰元から弧を描いた銀剣が、寸前で僕を守ってくれた。

 だが……。


「うぅ……っ!?」


 手から長剣が滑り落ちる。


(お、重い……! 1回防いだだけで……、もう、力が入らない……っっ!?)


 受け止めた衝撃が、肩まで走った。

 痺れで、握力は無くなった。

 地面に転がった剣も拾えず、僕はただただ空を仰ぐ。


「手加減が過ぎたかな? だとしても、よく堪えたじゃん。アンタ意外と戦いの才能あるんじゃない?」

「くっ!」


 すでに手の届かない空へと上ったマニさんを、忌々しく見つめる。


「獣人……。持って生まれた物が違いすぎる……」

「それはアタシも思うぜ。アンタたちが羨ましくなるくらいにね」

「何が言いたいんですか……!」

「何が……、だぁ? 昨日見たものが、持って生まれた奴の住む場所に見えたのかよ?」

「……っ」


 自嘲するマニさんの言葉に、僕はクラウンドでの光景を蘇らせる。

 悪辣な環境で、とても住めたところではない。

 一目見た瞬間に湧いた本音と、マニさんの自己憐憫が重なり、僕は唇を震わせた。


「なぁ、教えてくれよ、セイバートゥース……。ディスター協会からいろいろと手を尽くしてもらえるアンタたちから見たこの状況は、恵まれたように見えるのかよ?」

「……」

「その潤った生活の一部でもアタシに分けてくれよ。正義を掲げるアンタらならそれぐらいしてくれるんじゃねぇーのか?」


 協会から、何か特別な待遇を受けたことはまだない。

 けれど、僕が恵まれていたのは確かだった。

 アカリに出会えた。

 サレンに出会えた。

 サレンの両親や、ルーヒットさん、ローレンツさんたちにだって良くしてもらえた。

 右も左も分からないはずのこの世界で、僕は何度も笑顔になれた。

 だから、初めてクラウンドに住む人を見た時に感じてしまった。

 『こんな風にならなくてよかった』と。

 返す言葉を失った僕に、「まぁ、いいや」と、マニさんは諦念の声を漏らす。


「別にアンタにどうこうしてほしいなんて微塵も思ってねぇよ。ただ今は──」

「っ!?」

「──大人しく眠りなっ!」


 羽ばたきが止まり、急降下が始まる。

 真上からの蹴撃。

 防ぐ術はない。

 そう自覚した途端、体の力が一気に抜ける。


(あぁ……、これは駄目だ……)


 視界がゆったりと流れる。

 マニさんの落下が緩慢になる。

 けれど、動けない。

 分かっていても、避けられない。

 間もなく左肩に沈むマニさんの右踵を予見してなお、僕に出来ることはなかった。

 そして意識が途切れる瞬間、


「──アンタは幸せ者だね──」


 そう告げるマニさんの悲しげな表情が、痛みと共に記憶に刻まれた。



ここまで読んでいただきありがとうございます。


やはりマニは、マコトたちを裏切ってしまいましたね。

というかマコトたちが簡単に信じすぎている気もしますね。

疑いつつも、最後は信じてしまう。

これが3人の共通点であり、純粋すぎるチームとしての短所なのかもしれません。(^_^;)

そしてマコトたちを分断したマニの目的とは一体なんなのか!?

次の話も読んで貰えると幸いです!


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