アラフォー男が宇宙(そら)を征く 1話
「う~ん……」
俺は真っ暗闇の中で目を覚ました。
ベッドの横にある時計に目をやる――。
「ん?!」
いつも俺が使っていた、液晶の安物時計はそこにはなかった。
なにかキラキラしたLEDのようなものが光っている。
「え?! あたっ?!」
なにか異変を感じて起き上がろうとしたのだが、頭をぶつけてしまった。
目を開けているのか閉じているのかすら分からない、完全な闇。
光の欠片もないその空間は、まるで世界そのものが消え失せてしまったかのような錯覚を与えてくる。
俺は恐る恐る腕を動かした。
視界が役に立たない以上、頼れるのは触覚だけだ。
手を伸ばす――が、すぐに指先が何かに触れた。
硬い。
そして、すぐそこにある。
反射的にもう一度確かめる。
今度は掌で押し当てるように触れてみると、それは冷たく、わずかに湿った感触を返してきた。
金属っぽいひんやりとした感覚。
嫌な予感が胸の奥でじわりと広がる。
今度は上に向かって手を伸ばす。
すると――すぐに、指の背が何かにぶつかった。
近い。あまりにも近い。
腕を少し曲げただけで届く距離に天井があるのだが、その天井は微動だにしない。
押しても、叩いても、びくともしない。
閉じ込められている――その事実が、遅れて頭の中で形を成し始めた。
呼吸が浅くなると、自分に「落ち着け」、と自分に言い聞かせながら、今度は横へと手を伸ばす。
右も左も同じだった。
すぐに行き止まり――腕を広げることすらままならない狭さ。
身体を少し動かすと、肩や肘が容赦なく壁に当たる。
逃げ場がない。
その瞬間、脳裏に浮かんだ言葉があった。
――棺桶。
まるで誰かにその単語を囁かれたかのように、鮮明に、はっきりと。
背筋に冷たいものが走る。
冗談じゃない、と心の中で吐き捨てるが、その否定はあまりにも弱々しかった。
状況が、その言葉を否応なく裏付けてしまっている。
仰向けのまま、動けない身体。
四方を囲う硬い壁。
そして、頭上すぐの閉ざされた蓋。
「お~い!」
「助けてくれぇ!」
へんじがない、ただのしかばねのようだ。
いや、冗談かましている場合ではない。
ここにきて俺は理解した。
俺は――本当に、何か“狭い箱”の中に閉じ込められているのだと。
「落ち着け、とりあえず落ち着け――ひっひっふー」
深呼吸した俺は、眼の前に妙なものがあるのに気がついた。
暗闇に砂糖をぶちまけたような白い無数の光る粒子――。
「星空?」
真っ暗で解らなかったが、天井だと思っていたのは、なにか透明な素材らしい。
すごく硬そうなので、アクリルなどではない。
それを通して、無数の星が見える。
目を凝らして見たが、俺が今まで見ていた星空とは明らかに違う。
なにもかもはっきりしているし、瞬いてもいない。
「――ということは? 宇宙?! そんな馬鹿な?!」
普通のオッサンだった俺が、なんで突然宇宙なんかにいるんだ。
どう考えても、おかしいだろう?
そう考えてみたものの――ここがマジで宇宙なら、なおさら慌てても仕方ない。
透明な部分に顔を近づけて、なるべく四方を見回してみる。
マジでなにもない。
本当に四方八方が星空だ。
「マジで宇宙なのか?」
その割には、無重量状態ではないし、ふわふわもしない。
うっすらと光る明かりを頼りに、棺桶の内部を確認してみる。
なにか機械の内部のようだから、棺桶ではなさそうだ。
どちらかと言えば――SFで見た、脱出ポッドのような……。
「はぁ~」
俺は再び、ため息をついた。
なんでこんなことになったのか解らんが、マジで宇宙ならどうしようもない。
まじでやることがないので、暗い棺桶の中でゴロゴロ。
なにかないかと、あちこちを触ってみたら、頭上の蓋が開いた。
そこには銀紙に包まれた、四角いキューブ。
「食い物か? 薬か?」
銀紙を剥いで、においを嗅ぐと、食い物らしい。
恐る恐る一口食べると――カロリーメ◯トっぽい。
柔らかいチューブに入った飲み物らしきものも発見。
こちらは、ポカリだった。
「はぁ~」
そのまま暗闇の中でしばらくたったのだが、息は苦しくなっていないし、寒くもない。
とりあえず、このままで2~3日は保ちそうだが、そのさきは……。
宇宙なら、凍えるぐらい寒いはずだが、問題なさそうだ。
多分、生命維持装置みたいなものがあるのだろうが、電池がどのぐらい保つかだよなぁ。
このまま餓死か、酸欠か……。
そういえば――トイレはどうするんだろうか?
このままだと垂れ流しなんだが……。
げんなりしていると、突然大きな揺れが棺桶を襲った。
「うわぁぁぁ!」
まるで巨大な洗濯機の中に放り込まれ、容赦なく回転の渦に巻き込まれているかのようだ。
上下左右に衝突して、揺すぶられる。
「ぬォォ!」
――その瞬間だった。
ふっと、すべてが途切れた。
あれほど荒れ狂っていた衝撃が嘘のように消え去り、身体を引き裂こうとしていた力も、ぴたりと止まる。 まるで何者かがスイッチを切ったかのように、世界が急激に静まり返った。
俺の眼の前にあった透明な窓がいきなり開いた。
思わず眩しくて、目を覆う。
「うわっ!」
俺が顔を覆い困惑していると、男たちの声が聞こえてくる。
「おかしら~、生きてやすぜ!」
『ここに連れてきな!』
館内放送のような声が響く――女の声だ。
目が慣れたので、手をどけると――そこはデカい倉庫のような場所。
全面が金属で覆われていた。
俺の回りには黒いつなぎのような服装の男たち。
顔に傷があったり、目つきが鋭かったり、どう見ても堅気には見えない。
手には、なにかライフルのような武器を携えている。
「おい! 出ろ!」
男たちは、日本人には見えないのだが、なぜか日本語が通じるようだ。
普通に武器を持ってることからも、ここは日本ではないはず。
男たちに言われて、俺は棺桶から這い出た。
振り返ってみると、初めて俺が寝ていた所の全体像は見えた。
金属製の円筒で、上面には透明なハッチがついている。
それは――SF映画などで見た、脱出ポッドや救命ポッドと呼ばれていたものと酷似していた。
やっぱりそうだったのか――俺の考えは間違ってなかったと思いつつ、倉庫内を見回して男たちのあとをついていく。
「キョロキョロするんじゃねぇ!」
どつかれて倒れ込むと、目の前には、一本の通路がまっすぐに伸びている。
左右にも曲がらず、ただ無機質に、奥へと吸い込まれるように続いていた。
床も壁も天井も、すべてが鈍く光を反射する金属で構成されており、規則正しくパネルと天井の照明が並ぶ。
前後を男たちに挟まれて通路を歩く。
足を一歩踏み出すたび、硬質な音が乾いた反響となって通路の奥へと流れていった。
壁面には、用途の分からないパネルや配線が整然と配置され、小さなランプが規則的に点滅している。
ときおり、どこからともなく低い機械音が響き、施設全体が静かに稼働していることを感じさせた。
その光景は、どこかで見たことがあった。
SF映画で何度も目にしてきた、宇宙船の内部や研究施設――人の気配が希薄で、機能だけが優先された無機質な世界。
現実離れしたはずのその景色が、今まさに目の前に広がっている。
現実感が薄れる。
夢の中に紛れ込んだような、あるいは映画のスクリーンの中に入り込んでしまったかのような奇妙な感覚だが、足元から伝わる金属の硬さと、冷たい空気は本物。
これが紛れもない現実であることを否応なく突きつけてきた。
「マジか……」
俺は呟くしかできなかった。
「てめぇもついてねぇな、わはは!」
後ろの男が笑っている。
「あの~、ここはどこですかね?」
「おかしらに聞け!」
男たちはそっけない。
途中、他の男や女たちとすれ違う。
結構多くの人間がいるようだ。
いや、人間なのか?
ここが宇宙なら、宇宙人なのか?
見た目は人間と変わりないと思うのだが……。
途中、エレベーターらしきものにも乗り、俺は目的地に到着したようだ。
通路の先にあった銀色の扉が静かに開くと、視界が一気に広がった。
「おお~」
俺は我を忘れて、目を輝かせてしまった。
部屋は上下二層に分かれており、俺がいる上層から全体を見渡せる構造になっているのがわかった。
壁という壁は、すべて機械とパネルで埋め尽くされており、無数のモニターが淡く光り、流れるように情報を映し出している。
意味の分からない記号や数値、波形のようなものが絶えず更新され、どこか生き物のように脈動しているようにすら見えた。
正面に規則正しく並ぶ四角い窓の外には、星が見える。
――ということは、宇宙船? いや、宇宙基地?
俺には、宇宙船の艦橋に見えた。
床に列をなした椅子に座っているのは、黒い服に身を包んだ男女たち。
ちょっとラフな格好な彼らだが、それぞれの持ち場に集中し、指先でパネルを操作しながら、低い声で短く言葉を交わしている。
その動きには無駄がない。
視線は常にモニターへ向けられ、必要な情報だけを素早くやり取りし、すぐに次の操作へと移る。
誰一人として周囲に気を取られる様子はなく、まるで巨大な一つの装置の部品のように機能していた。
映画などで何度も目にしてきた、こういうシーン。
すべての情報と命令がここに集まり、ここから放たれる場所。
これはスクリーン越しではなく、現実として目の前に広がっていた。
「こいつか?!」
俺の視界の前に、すっと影が差し込んだ。
俺の目が、その輪郭をゆっくりと捉えていく。
そこに立っていたのは、背の高い女性だった。
すらりと伸びた長身と長い黒髪。
無駄な肉のない引き締まった体つきが、彼女の纏う黒いスーツによって余すところなく強調されている。
布地は身体にぴたりと沿い、肩のラインから腰、そして脚へと流れるような曲線を際立たせていた。
黒一色かと思いきや、上着の縁やマントの内側には、深い赤が差し込まれている。
血のようにも、炎のようにも見えるその色は、静かな黒の中で不気味に映え、彼女の存在にどこか妖しげな華やかさを添えていた。
マントは重たげに肩から垂れ、わずかな動きに合わせてゆっくりと揺れた。
顔立ちは、いわゆる若さの瑞々しさとは違っていた。
年相応の落ち着きがあり、頬や目元にはわずかな歳月の痕跡が刻まれているのだが、それは衰えではなく、むしろ深みとして彼女の美しさを引き立てていた。
切れ長の目は鋭く、相手の内側を見透かすような光を宿している。
鼻筋は通り、唇は薄く引き結ばれているが、その形はどこか艶やかで、わずかに緩めば妖艶な笑みを浮かべそうな気配を秘めていた。
年増――そう呼ぶには、あまりにも完成されすぎている。
若さではなく、経験と自信によって磨き上げられた美貌。
そして何より、その佇まい。
おそらく、この女がこの集団の長なのだろう。
しかも、あまりガラが良くない。
男たちが言葉にした「おかしら」という言葉からも、盗賊か、海賊か、そんな類だと思われる。。
「へい! 救命ポッドから出てきやした!」
やっぱり、あれは救命ポッドだったのか……。
なんで俺が、そんなものに……。
ある日突然、地球が終了して、おれだけ寝てる間に放り出されたとか?
そんな馬鹿な。
「なに者だい?!」
「は?! 俺のことかい?」
「他に誰がいるんだよ!」
「名前は、ジンリュウだ」
「ジンが名前かい?」
「いや、ジンは苗字だ」
俺の話を聞いた男たちが、ひそひそ話をしている。
「どこから来た? どこに行く予定だった?」
「あ~、それが解らん。なんでこんなことになってるのか、俺にも解らんのだ」
正直に答えた――そのつもりだった。
言葉を吐き終えて、わずかな沈黙。
次の瞬間だった。
視界が、横に弾けた。
何が起きたのか理解するよりも早く、鈍い衝撃が頬に叩き込まれる。
骨に響くような重い一撃――遅れて、皮膚の奥に熱が走った。
――殴られた。
そう気づいた時には、もう身体は支えを失っていた。
足元が消えるような感覚。
平衡感覚が崩れ、視界がぐらりと傾き、世界がスローモーションのように歪みながら流れていく。
そのまま、身体は横へと崩れ落ちた。
「調子に乗るんじゃないよ!」
「あたた……」
口の中に鉄の味が広がる。
舌で触れると、どこかが切れているのが分かった。
じわりと滲む血が、唾液と混ざってぬるく広がっていく。
やっぱり、ロクな連中ではないらしい。
まともなら、救助した人間にこんな扱いをしないだろうし。
「おかしら! おかしら!」
「なんだい!」
「亜空間からポッドで放り出されると、記憶障害を起こすことがあるらしいですぜ?」
「……あたいも聞いたことがあるが……ふん! どこの誰だか解らなきゃ、身代金も取れないじゃないか!」
亜空間?
そんなものもあるのか。
「まぁ、そのうち治るかもしれやせんぜ?」
「ふぅ……営倉にでもぶち込んでおきな!」
「しかしおかしら、こんなしけたオッサンで金が取れますかね?」
「駄目なら、奴隷商人にでも売っぱらえばいいさ」
「「へい!」」
俺は男たちに両脇を抱えられて、立たされた。
救助した人間に身代金なんて言ってるぐらいだ、やっぱり反社か。
しかも奴隷?
そんな制度まであるのか?
俺はそのまま男たちに連れていかれると、狭い部屋に押し込まれた。
「そこで大人しくしてるんだな!」
「ひゃはは! 記憶が戻ったら、さっさと教えたほうが身のためだぜ?」
男たちが扉に開いた小さな窓から、いやらしい笑みを浮かべた。
部屋を見ると、四角四面の殺風景な部屋でなにもない。
あるのは硬そうなベッドだけ。
俺は、慌ててドアにへばりついた。
「お~い! トイレはどうしたらいいんだ?!」
「奥のボタンを押せよ」
男の背中がそう答えた。
「奥のボタン……?」
俺は部屋に戻ると、部屋の壁を探したのだが、そこにボタンがあった。
「これか? ポチっちとな」
パネルが開き、奥から白い便器が出てきた。
なんかSFっぽいが、便器の形は一緒に見える。
とりあえず、用を足す。
「は~、どうしてこうなった……」
俺はベッドに腰を下ろした。
とりあえず、宇宙空間を漂っているよりはかなりマシな状態になった気がするが……。
ベッドはあるし、便所もある。
食事もなにか食わせてくれるだろう……多分。
――おそらくは半日ほどが過ぎた。
「ピー!」
なにか機械音が鳴って、ドアが開く。
「なんだ?」
ベッドから起き上がると、ドアから女の子が入ってきた。
ブルーのワンピースに、ボサボサのボブヘア。
綺麗な格好をすれば可愛い子だと思うが、こんな仕事をさせられているぐらいだ、待遇が悪いのだろう。
なにか持ってきたようだが、彼女がそれを床に置いた。
四角に区切られたトレイに乗ったなにか。
色とりどりのそれは、おそらくは食い物だろうと思われる。
俺の頭には、ディストピア飯という単語が浮かぶ。
「食事……」
女の子が短く答えた。
「ここってどこだか解る?」
「ここ? 海賊船の中」
「あ~、やっぱりそういうのなのか~――君も海賊なのかい?」
「違う」
女の子と話していると、後ろから声がする。
「おい、早くしろ!」
彼女との短い会話だったが――多分、俺と同じように人質として囚われているんだろうな。
とりあえず、飯だ。
腹が減っては戦はできぬ。
「ふむ」
ディストピア飯を付属のスプーンですくって口に運んでみた。
味はそんなに悪くないが、毎回これじゃげんなりだな。




