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123.不思議の国と国境を越えた会談

《バトル開始より、ゲーム内では約二十四時間が経過しようとしています!ここで現在の状況を報告しましょう!》

 ロロのはつらつかつ快活とした実況が観客たちを奮わせる。

 残り生存人数は七十七人。

 エリアは当初より八分の一以上が崩落し、徐々に接敵の機会が増えつつある。

 とはいえ、まだまだ広域であることに変わりはないが。

《そして気になる撃破数一位(モスキル)はこの人!【LIBERTAS ZERO】リーダー、ノア選手!現在の撃破数は五!今後どれだけキルを伸ばしていくのか期待が高まります!戦いはまだまだ前哨!勝利の栄冠を手にするのはいったい誰だ――――――――!!!》






「ハハハ、いいものだね。快活な女性の実況は。渇れた心が潤うようだ」

 足を組んで紅茶を優雅に嗜む黒いローブの()()は、横のウサギの獣人に訊ねた。

「勝つのは誰か、か。君は誰だと思う?」

「さあ、誰でしょうね」

「ユーモアが足りていない返しだ。それじゃあ、おもしろいゲームを作るには不適当だよ」

「緊張しているというだけです。仮にもあなたは、おれの恩師なわけですからね。師匠」

「堅苦しい呼び方は相変わらずだ。今第一線で活躍しているのは君だろうに。師匠なんてただの肩書きにもならないよ。おっと、話が逸れたね。やはり君としては、自分の教え子たちを応援するのかい?」

「教え子というほど、おれは何もやれてはいませんが。けれどそうですね。確信していますよ。この大会を制するのも、時代を変革に導くのも、あいつら以外にありえないと」

 すると、男は微笑んだ。

 微笑んだと形容するにはそれらしい表情の変化は無いが。

「時代を変えるのは人だ。そして時代を創るのも人だ。歴史は絶えず紡がれる。謂わば王から王への継承だ。確かに彼女たちはその器だろう。しかし」

「王足り得るのは自分の娘……そう言いたげな口振りですね」

「贔屓目じゃあない。確定した事実なのだから仕方ないよ、志郎」

「ゲームの中で本名で呼ばないでください。いくらあなたでもBAN対象だ」

「ハハハ、すまない。君とちゃんと話すのは久しぶりだからね。ついつい舞い上がってしまった」

「……あれからもう数ヶ月が経ちましたが、今でも正直戸惑っています。【破壊者】を得た彼女の父親があなただと知ったときの驚きに。まさか里親になっているとは。それもあの人の子どもたちの」

「まあ、僕にもいろいろあったということさ。君が僕の研究室に入り浸っていたのは、君が高校生のときだから…もう十年近く前になるのかな。時の移ろいには参るよまったく」

「似合いませんね。あなたが懐古するというのは」

「言うじゃないか。しかし時が移ろったおかげで、教え子と教え子が創った世界でこうして茶を酌み交わしているのだからおもしろい。ここはじつに居心地が良い」

「NEOのエンジンそのものはあなたが構築したも同然でしょう。おれはそれに肉付けしたに過ぎません」

「謙遜だよ。僕は君が思うほど大それた人間じゃあない。ただの研究者さ」

 その後二人はいくつか言葉を交わした。

 骸骨が席を立ったとき、ティーポットの中身はすでに空になっいた。

「それじゃあ。こうしてゲームの中で出逢うのもいいが、たまにはリアルで飲もう。いいワインが手に入ったんだ」

「ええ、ぜひ」

「年齢確認のフィルタリングを設けて、ゲーム内で酔えるようにしてくれればそれでもいいんだけどね」

「無茶な注文をと思いながら、なるほどと思わせられるからさすがです。次のアップデートで検討しますよ」

「期待しているよ」

 白ウサギ宛に骸骨からメッセージが届く。

 開くと中身はゲームの改善点と提案、それを実現するための方法だった。

「こうするといい、こういう風にしてみたらおもしろいだろうという、一ユーザーからの嘆願書だと思ってくれ。では、お互い子どもたちの成長を見守ろう」

「どうも。…勝ちますよ、【不思議の国のアリス】が」

「強いよ、【LIBERTAS ZERO】は」

 微笑を交わし骸骨はその場から消えた。

 小さく息をつき、再び空に浮かぶ映像に目を向ける。

 ただ一言。

 白ウサギは頑張れと呟いた。









「ん……」

 レオンが目を覚ますと、土の天井が目に映った。

「うぉっ?!」

 勢いよく上半身を起こし周囲を確認する。

 どうやら奥行きの短い洞窟らしい。

 身体の下には申し訳程度の草葉が敷かれていた。

「目が覚めましたか」

「あんた…確か【不思議の国のアリス】の…」

「サクラと申します」

「あ、どうも、ご丁寧に。いや、そうじゃねえ。ここは…つーかおれは…」

「道すがら偶然倒れているのを発見しました。マスターと面識のある方でしたので、差し出がましくも《ポーション》で治療した次第です」

「そうか…おれはグラーディスとかいう人造人間(ホムンクルス)と戦って…。ああちくしょう、ボロ負けしたのか。あんたが助けてくれたってのか。助かったよ。悪かったな、手間をかけさせて」

「いいえ」

 と、サクラは採ってきた林檎をレオンの傍に置いた。

「まだ完全には癒えていないようなので。よろしければどうぞ」

「何から何まで申し訳ねえ…と素直に好意を受け取りたいところだが、何故おれを助けた?気絶してたならそのまま倒しちまえばキルポイントになっただろ」

「重ねて、マスターの面識がある方という認識があっただけのことです。それ以上でもそれ以下でもありません。実際、回復アイテムが見つからなければそのまま放置していましたし」

「そうかい。何にせよ助かったのは事実だ。感謝するよ、ありがとう」

「礼ならば我が尊きお方に」

「個性的な連中が揃って楽しそうだな、【不思議の国のアリス】は。よしっ、助けてもらった礼をしよう」

 レオンがサクラが採ってきた林檎を手にすると、林檎が輝き一瞬で目の前にアップルパイが出現した。

「果物がお菓子に…?」

「【時空調理(モーメントクッキング)】っつー、メインとなる材料を使った料理なら、素材一つで何でも生産しちまうってスキルでな。こんなんでも一応ユニークスキルなんだが、戦闘にはまるで使えねえもんで、ほとんどお蔵入りみてえになってたんだが。まあ、よかったら食ってくれ。ほんの気持ちだ、味は保証するぜ。……ん、待てよ?もしかして甘いものが苦手だったりするか?好き嫌いとか」

「いえ、そのような設定はされておりません。返礼ということでしたら、慎んで承ります」

 フォークは無いので手掴みで。

 サクッと小気味良い音が鳴った。

「とてもスキルで産み出したものとは思えません」

「お、口に合ったか?」

「先程申したとおり好き嫌いは設定されてはいません。ですが」

 再びアップルパイを齧る。

 ほんの少しだけ、サクラの表情が綻んだ。

「私の中に芽生えたこれは、きっとおいしいが故の幸福感なのだと思います」

 聴いてレオンは吹き出した。

「ハハッ、そりゃあよかった」






「さて、体力も回復したことだしそろそろ行くか。あの野郎に借りを返さなきゃな」

 剣を担いだレオンを、サクラは不思議そうに見やった。

「てっきり戦いを始めるものとばかり思っていました」

「一飯の恩だ。助けてもらっといて襲いかかりましたなんて奴は、男の風上にも置けねえ。あんたとのバトルは、縁があったらってことにしておくよ。そのときは容赦しねえから覚悟しろよ」

「承知しました。負けても泣き言は言わないようお願いします」

「ハッハハ、ジョークが秀逸だな」

 最後に残った林檎を一皿のアップルパイに変え、それをサクラに渡す。

「じゃあなサクラ。生き残れよ」

 ポンとサクラの頭に手を置き、レオンは洞窟を後にした。

「……何でしょう、このむず痒さは」

 べつに大したことはしていない。

 レオンを助けたのは、マスターならばこうするだろうという確率的予測に基づいた行動にすぎず、特別な意思は何一つ無い。

 それなのに、と。

 感謝されることに慣れていない人造人間(ホムンクルス)は、戸惑いに眉根を寄せながら、冷めないうちにと受け取ったアップルパイを口にした。

「甘い…」

 甘味に幸福を求める人間らしさを覚えた人造人間(ホムンクルス)は、しばらくその余韻に浸った後、愛しく尊い唯一を捜しに出かけた。

 助けになるべく。

 或いは、勝つべく。

 また或いは、こんなことがあったのですと語るのを楽しみにして。









 そして、サクラに思われる当の本人はというと。

「ほえ?」

 とある城の一室円卓を囲んでいた。

 目の前にはコーヒーとお茶菓子。

 対面ではテスタロッサがコーヒーを嗜んでいる。

 これは紛れもなく、誘拐されてからおよそ数分後の出来事だ。

「エスプレッソは苦手?」

 と、テスタロッサが問いかける。

「あ、えっと、いただきます」

 慌てて取り繕うようにカップに口を付けて、

「うぇぇぇぇ……」

 あまりの苦さに涙目になった。

「フフフ。スティラ、アリスにカフェラテを。ミルクと砂糖をたっぷりにしてあげて」

「はっ」

 テスタロッサの右隣に立つ長いプラチナの髪の女性が、胸に手を当て一礼する。

 命じられたままアリスに新しい飲み物を作ろうとした彼女に、チャキッと銃を向けた人物が一人。

「動かないでもらえますか。アリスさんのお世話なら私一人で間に合っています」

 【不思議の国のアリス】参謀、シズクだ。

 不機嫌そうに眉根を寄せスティラに曇りのない敵意を浴びせる。

 スティラもまた、命令を阻害され不機嫌そうな眼差しをシズクへ向けた。

「残念。スティラは私たちの中で一番コーヒーを淹れるのが上手いのに。彼女バリスタの資格を持ってるのよ」

「資格の有無と腕前は比例しないでしょう。状態異常が効かないとはいえ、万が一アリスさんの口に異物でも入ろうものなら、私がどうなるかわかったものではありませんから」

「フフ、怖い怖い」

 シズクは悪態をつきながら、アリスのカップにミルクと砂糖を入れた。

「さあどうぞ」

「ありがとうシズクちゃん。くぴ……甘くておいしい」

「よかったですね。さて」

 改めて円卓に着席したメンツに視線をやる。

「ひとまず、挨拶が必要ならば時間を割きますが」






 部屋に居るのは全部で八名。

 内、着席しているのは六名。

 まずアリスとシズク。

 アリスの逆隣では、星の髪飾りを付けた天使族の少女が腕と足を組んでいる。

「無駄な時間だ。少なくともここに居るメンバーのことくらい頭に入っている」

 圧倒的なカリスマと実力で、アメリカ全土に名を轟かせる超大型ギルド【THE TOP】を束ねる絶対強者。

 【天高き頂】――――エマ。

 更にその隣。

「んはぁ、このクッキーおいしーデスー」

 場の空気など一切気にしていない様子のパンダの獣人族の少女。

 性別、経歴などの要因を不問に、ただ実力のみが求められる【九龍楼閣(クーロンティン)】において、ゲーム歴弱冠一年足らずという異色の経歴にも関わらず、才能のみで史上最強の名を与えられた中国の異端児。

 【天衣無縫】――――クゥ。

 シズクの逆隣に座る妖怪族の少女は、まるで一本の剣のように背すじをしゃんと伸ばしていた。

 【GARDEN】……曰く、女王の遊び相手。

 数多の中から選りすぐりだけを集めた、女王の命令のままに動くイギリス国家の猟犬であり、【箱庭の令嬢】エリザベートこそ、その猟犬たちの長である。






 そしてアリスたちの対面の三人。

「取り立てて必要も無いようですので」

 シズクの無機質な進行にアリスは、私は自己紹介とかしてほしいよ?!という目をしたが、シズクからはあえてガン無視した。

「待って待って。みんなせっかちね。アリスが来てからと思ってたのよ。そんなに非常識じゃないんだから」

「誘拐しておいて何を今更」

「あら、心外だわ。自分から付いてきてくれたんじゃない。エマもクゥもエリザベートも。それに待ってる間、柔らかいベッドに朝ご飯だってあげたわ」

 誘拐されたの私だけなんだ、とアリスは内心複雑な気持ち。

「正直やることがなく時間を持て余していたというのが大部分ですが、勘違いなさらないでください。アリスさんを連れてくるという言葉が無ければ、私はとっくにここに集まったメンバーを皆殺しにしていましたよ」

 その言葉に空気がピリつく。

「そうしなかったのは、私たちをここに集めた目的を訊くためです。何故このメンツなのかも含めて」

「だから落ち着いてってば。まずは自己紹介からでしょ?私のことはみんな知ってると思うけど、【雷帝】テスタロッサ。人間族の剣士よ。ああ、銃も使うわ。【Colpo(コルポ) di(ディ) fulmine(フルミネ)】のリーダーよ。それからこっちの悪魔族がうちのサブリーダー、レガート。こっちの天使族がスティラ。【Colpo(コルポ) di(ディ) fulmine(フルミネ)】のハウスキーパーってところね。はい、これで自己紹介終わり。文句無いでしょ?ってことで、ここからが本題ね。あなたたち全員、うちに入らない?」

 シンプルなスカウトを、

「断る」

「嫌デス」

「お断りします」

「撃ち殺しますよ」

 四人はそれぞれの嫌悪を以て拒否した。

「少しは考える素振りとかあってもいいじゃない」

 テスタロッサが円卓に肘をつき、むすっと唇を尖らせると、エマが立ち上がった。

「くだらない時間を過ごした。これならさっさとレイのところへ向かうべきだったな」

「待ってよエマ。あなたも落ち着きがないわね。まだ話の途中なのに。って、ギルドへのスカウトはどうせ断られるってわかってたんだけど。次のテーマに移りましょうか。ここに集まったギルド全員でレギオンを組まない?っていう相談なんだけど。それについてはどう思う?」

「レギオンを?」

「ええ。ステキなアイデアでしょ?」

 怪訝に思うエマらを余所に、シズクはいち早く拒否を示した。

「私たち【不思議の国のアリス】はすでに他ギルドと【ワールドエンド】というレギオンを創立しています。それを脱退して他のレギオンに参加するつもりはありません」

「何も傘下に入れって言ってるんじゃないわ。あなたたちを気に入ってるからこその提案よ」

「メリットが何一つ無いでしょう。そもそも何故私たちは集められたのか。どういった基準でのメンツなのか。それを話していただけませんか?」

 パンッ

 乾いた音と共に、一発の弾丸がシズクの顔の横を通り過ぎた。

 見るとスティラが怒りを顕わにした形相で、煙を吹いた銃口を向けている。

「我らが至高の御方に対し何を不遜な態度を……身の程を弁えなさいこの無礼者が!!本来ならばあなた如きが口を利いていい御方ではないのです!!」

「躾がなっていない駄犬のようで。勘違いしないでください。私が話してあげているんですよ。貴重な時間を浪費し、いつでも撃ち殺せる、程度の低い御方と」

「貴ッ様ぁぁぁ――――――――!!!」

 怒りのままにもう一度銃弾を放つ。

 シズクの眉間を狙った正確な一発だ。






 キン――――――――と、アリスの剣は高速で飛来する弾丸を、いとも容易く斬り落とした。






「――――――――?!!」

 シズクとテスタロッサを除く全員が目を見開く。

(椅子に座った不十分な体勢から、弾丸を斬り落とした…?今のが目に見えていたというのか…)

(この距離でなんという反射速度デスか…)

(しかもスキルも魔法も使わずに…。純然なプレイヤースキル…しかも全然本気ではない…)

 はぁ、と肩を落としながらシズクは自分を守ってくれたアリスに嬉しそうに抱きついた。

「過保護なんですから。あんな攻撃私に当たるはずないでしょう」

「いやぁ、アハハ…さすがに、ね?」

「でも、心配してくれて嬉しいです」

 パチパチ

 テスタロッサが機嫌良さそうに拍手する。

「ブラーヴォ。目の当たりにして確信したわ。やっぱりあなたが一番」

「えっと…?」

「ああ、その前に剣を収めて席について。スティラもよ。銃を下ろしなさい。今のを見てたでしょ?どうせ無駄弾を撃つだけよ」

「ですがお嬢様!この女はお嬢様に無礼を!」

「良いのよ。招待したのはこっちなんだから。友好的にいきましょう。堅苦しいのは好きじゃないわ。第一、いちいちそんなことを気にしていたら話が進まないじゃない」

「しかし!」

「聴こえなかったの?」

 ピリッ

「銃を下ろせと、私が言っているのよ」

 重力が倍加したかのような威圧感。

 刺すような重圧が部屋中に満ち、スティラの表情に恐怖を浮かばせた。

「も、申し訳ございません…出過ぎた真似を…」

 スティラはすぐさまその場に跪いた。

 彼女の謝辞に態度の軟化を見せ、テスタロッサは再び明るくアリスたちに話を始めた。

「さてさて、【Colpo(コルポ) di(ディ) fulmine(フルミネ)】への加入ないし、レギオンへの参加があなたたちに集まってもらった理由ではあるんだけど、シズク、あなたの何故あなたたちなのかという理由について答えると、あなたたちがプレイヤースキルに特化したプレイヤーだから、になるわね」

「プレイヤースキルに特化したプレイヤー…」

 シズクはアリスを見やり、なるほどと呟いた。

「続きをどうぞ」

「ありがとう。一つ質問、最強って何だと思う?」

 その質問に、アリスは時間が止まったような感覚を覚えた。






「最強…」

「抽象的すぎたかしら。じゃあ、最強になれる人っていうのはどういう人だと思う?」

「絶対的かつ圧倒的な強さ。それに加えて知名度と、誰もが憧れ羨望する栄光。カリスマ性と才能と人格を兼ね備えた、言うなれば生まれながらに王になることを宿命付けられた人…私はそれを最強と呼びます。まあ尤も、これはあくまで主観に基づいた見解にすぎませんけど」

 シズクの澱みない解答に、テスタロッサはそれも間違いじゃないと返した。

「私は思うのよ。ゲームにおいての最強とは、鍛え抜かれた天賦と、磨き抜かれたキャラクターの融合だと」

「話が見えないが、ようは現実世界のステータスにバーチャル世界で高めたステータスを掛け合せれば、それは強いだろうということか?」

「話が早くて助かるわ。そのとおりよエマ。一例を挙げれば、素人とスポーツ選手がゲームの中で試合をするとして、素人だってゲームステータスが高ければスポーツ選手にも勝てるかもしれない。けれど、ゲームステータスを上げたスポーツ選手には、たとえビギナーズラックがあったとしても勝てないのよ。エマ、あなたが総合格闘技(MMA)のジュニアチャンピオンであるように。クゥがジークンドーの達人であるように。エリザベートがフェンシングのオリンピック代表であるように。そしてアリス、シズク、あなたたちが並外れた能力を持っているように」

 アリスはもとより自分の射撃能力もプレイヤースキル由来のものと分析されていることに、シズクは物言えぬ君の悪さを感じたのと同じく、【Colpo(コルポ) di(ディ) fulmine(フルミネ)】ないしテスタロッサの情報収集能力に戦慄した。

「才能に溺れることなく己を研鑽し、レベルを上げ、強い装備を揃え、魔法とスキルを鍛え上げる。そんなプレイヤーが弱いはずないでしょう?私はね、そういう最強ばかりを集めた史上最強の組織を作りたいの。そして……この私が、その頂点に立つ」

 まるで子どもの夢物語。

 賛同も共感も得られず、場は静謐と化した。

 そして、

「くだらない」

 エマが辛辣に口火を切った。

「最強とは唯一無二の称号だ。レイのようなただ一人がそう讃えられる。強いプレイヤーを寄せ集めて、それがいったい何になる。強い者の元に強い者が集まるなんて、所詮は自然の摂理に他ならない」

「ハーイ。クゥも全然やる気にならないデス」

 それにクゥとエリザベートが続く。

「テスタロッサさん、あなたが仰っているのは当たり前を求めるだけの、ただの理想論です。強者は何があろうと、また何も無かろうとも強者なのです。弱肉強食の世界の理を、あなたが理解していないはずはありません」

 三者三様に思うところはあるらしいが、根本的には言い分は同じ様子。

 無論、シズクも否定的どころか無関心に等しい思いである。

 しかし、アリスだけはテスタロッサの意見を違う風に捉えていた。

「断られるだろうとは思っていたけど、どうやらあなたたちはこの提案の本質を捉えきれていないようね」

「本質?」

「たった一人の絶対強者。それがレイという時代の怪物を生んだのよ」






 テスタロッサの物言いに、再度沈黙が流れた。

「才能とステータスの掛け算……極端な話、私が求める理想形がレイといっても過言じゃないわ。けれど彼女は孤独だった。並び立つ者が誰も居なかったから。この中にも、レイと同じ葛藤を少なからず感じたことがある人が居るんじゃないかしら。強いが故に理解されない寂しさを。悲しみを。怒りを。現状に不満を持っているプレイヤーが何人居るかしら。私はこのバトルが終わったとき、どんな風に転ぼうとも世界が変わることを確信してるわ。時代は一強じゃない、数多の最強たちが君臨するのを待ってる。来るのよ新時代が。いいえ、私たちが作るの新時代を」

 理想論だと。

 誇大妄想だと。

 冷め、ほくそ笑んでいた彼女たちの心が揺らぐ。

「大会中に話をしたかったのは、ちょうどいいタイミングだと思ったから。これだけのメンバーが一堂に会する機会なんて滅多に無いもの。私からみんなへ伝えたいことは以上なんだけど、何か質問があれば受け付けるわ」

 少し考えてシズクが手を挙げる。

「あなたの理想はあらかた把握しました。複数の最強が君臨する時代…大それた野望です。ですがその時代にも統治者は必要でしょう。最強たちを束ね尚且つ導く存在が。あなたはそれを誰と考えますか」

「私よ」

 と、テスタロッサは当然と言い切った。

「私にはそれだけの力がある。人望がある。理想くらい現実に出来なきゃ、王様は務まらないわ」

「なるほど。正直なところ、あなたの理想論は大したものだと感心しました。憧憬と畏怖、嫉妬を受ける者を複数にすることで、一人に掛かる負担を分散する…あまり他人には使わない言葉なのですが、あなたはきっと思慮深く優しい方なのでしょう。だからこそ、私はあなたを否定します。いいえ、否定しなければならない」

「へぇ?何故?」






「最強には私がなるからです」






 全員が虚を突かれた風に目を丸くした。

 その場の誰よりも小柄で、頼り無さげで、覇気も何も感じなかった少女が、さも当たり前のように口にしたその言葉。

 他を寄せ付けないという決意。

 一分も揺るがない意思を宿したその瞳に吸い込まれるかのようだった。

「レイさんが作った時代は私が受け継ぎます。絶対に誰にも譲らない。この大会、勝つのは私です」

 シズクは、これ以上なく可憐で可愛らしい自分の王に、頬を染めて自然に口角を上げた。

「とまあ、そういうわけです。大会の勝ち負けに関しては思うところはありますけど。…私を初めとして【不思議の国のアリス】のメンバーは、自分たちのリーダーこそが絶対であると、唯一の主だと心に決めています。他の誰かに尻尾を振ることなどありえない。アリスさん以外誰にも靡かない。傅かない。あなたがどれだけ強かろうと」

 背後からアリスの首に腕を回して妖艶に。 

「愛以上に、付き従いたくなる理由は無いのです」

「愛ね……フフッ、アハハハ!そうね、そのとおりね間違いないわ。アリス、あなた随分と慕われているのね」

「ありがとう…ございます…?あの、ちょっと質問なんですけど」

「どうぞ」

「私が拐われたとき、あそこには私の仲間もいました。それにノアちゃん…【LIBERTAS ZERO】も。それなのに、私だけをここに連れてきた理由はなんですか?」

「そうね、人造人間(ホムンクルス)二人に関しては存在が人工のもの。いくら強かろうと、私が目指すものとはベクトルが違うわ。それにココアっていうあの天使族…あの子は結構好みだったんだけど、今一つ足りない気がしたのよね。で、【LIBERTAS ZERO】のノア。あの子は動きもセンスも悪くはないんだけど、なんていうか、取ってつけたような違和感を感じたのよね」

「違和感?」

「ただの直感だけど。はーあ、それにしてもこんなに真正面から断られるなんて思ってなかったわ。【不思議の国のアリス】には完ぺきにフラレちゃったんだけど、あなたたちはどう?」

 アリスたちに心を動かされたか、三者ともが同じだと拒否を示す。

「考え自体は悪くない。が、懸念というなら私の言いたいことも概ねそこの彼女と同じだ」

「興味は惹かれましたけど、やっぱりクゥはクゥが一番がいいデス」

「そうですね。少なくとも、自分より強くなければ下に就く気にもなれませんし。ですが…少なからず興味は湧きました。【Colpo(コルポ) di(ディ) fulmine(フルミネ)】を頭とした連合にではなく」

 エリザベートは立ち上がるなり腰の細剣に手を添えた。

「【不思議の国のアリス】に」

「そういうことなら私もだ」

「クゥもデス!」

 エマが手甲を打ち鳴らすと、クゥは目を爛々と輝かせた。

「強い人、クゥ大好きデス!アリス強い!カッコいい!クゥ戦ってみたい――――――――デス!」

 そしてアリス目掛けて一直線に円卓の上を跳ぶ。

「【撃龍拳】!【螺旋衝】!」

 拳に竜巻を宿し突進するクゥの視界を、アリスは円卓を蹴り上げて防いだ。

 円卓はクゥの拳で砕けたが、その一瞬で距離を詰め、カウンターの要領で飛び蹴りを見舞った。

「――――――――!!」

 口笛を吹いて称賛するテスタロッサだが、他の面々はまたも驚愕に表情を染めた。

 部屋の隅まで吹き飛んだクゥは、大したダメージも無く立ち上がり地団駄を踏んだ。

「むぁー!今のは無しデス!何かの間違いデス!クゥ今まで体術で負けたことありまセン!」

「剣だけでなく体術もそのレベルか…。これはいよいよ楽しめそうだ」

「抜け駆けは無しですよ」

「早いもの勝ちだ」

 全員の視線が、敵意がアリスへと向く。

 空気がピリつく中、テスタロッサは手を叩いて意識を自分へ向け言い放った。

「混戦もバトルロイヤルの醍醐味……それぞれここから逃げ出すという選択肢は無いようだし、悔恨無しに決着をつけない?ここで勝ち残ったギルドの軍門に下る…なんておもしろいと思わない?」

 最初からこの流れを期待……もとい、予測していたかのように少女は笑う。

「一応そっちの三人に訊いておくけど、多勢が卑怯、不満だというなら今すぐここから逃げていいわ」

「あくまでも上から物を言うのですね」

「気に入らないデス」

「だって私が()()()を決めるんだもの。私は【雷帝】。理想を現実に変える女よ。私の言うことは絶対なの。再度忠告よ。逃げたい人は――――――――」

 テスタロッサの言葉が、唐突な破壊音に遮られる。

「お嬢様!!」

「何が…!!」






「楽しそうな話しようとしてる?ウチも混ぜてよ」






 瓦礫とガラス片を踏み、天使は身体と翼に後光を浴びながら鎌を担いだ。

「ココアちゃん!!」

「派手な登場ですこと」

「あのときの天使ね。なんでここが?」

「めちゃくちゃフィールド中飛んだだけですが何か?」

 おそらくは定時に表示されるプレイヤーの位置を頼りに、当たりを付けただけとシズクは予想し鼻で笑った。

「置いてけぼりなんてナメたことするじゃん」

「仲間外れは嫌よね、ゴメンなさい寂しがり屋さん。それで?」

「イライラ溜まりすぎてここに居る奴ら全員ぶっ倒す……って、そのつもりだったんだけど。さすがにウチも空気読める系の女子なわけで。【不思議の国のアリス】vsモブみたいな構図になってんでしょ」

「空気読める系……もっと自分を客観視した方がいいですよ」

「今まさに狩るモブが増えたんだが?」

 哀れんだ目を向けるシズクに青筋を立てる。

 ココアはアリスの隣へ立つと、惜しみない敵意でテスタロッサたちを威圧した。

「アリスの敵ならウチの敵だから」

「へぇ…。惜しいなんて失礼だったわね。強い者にしか出来ない良い目だわ。じゃあ、この九人でバトルしましょう」

 パチンと指を鳴らすと、テスタロッサの身体が輝き、目の前に一冊の本が出現した。






「アドミニストレートスキル――――【裁定者】」






「!!」

 神の権能の顕現にアリスは目を剥いた。

「【裁定者】の名に於いてここに法を定める。ここにギルドの威信を賭けた決闘を設け、敗者の裁定は全て勝者に委ねられる。フィールドはこの城全域。制限時間は無し。逃亡、離脱、外部からの干渉は不可とする。それ以外の細かなルールは《NEVER END ONLINE NEW GENERATION ADVANCE》に基づくものとする」

 開いた本から少女たち目掛け、回避不可の光の鎖が飛ぶ。

 鎖は身体に巻き付くなり消えたが、アリスたちの身体に錠前のような印が刻まれた。

「ルールは締結したわ。さあ、楽しみましょう。エマ、クゥ、エリザベート、シズク、ココア、アリス。新時代の覇権を賭けて」

(【裁定者】…ルールを制定し、それに準じた罰則を与えるスキルといったところでしょうか)

(アドミニストレートスキルってことは、ルールは絶対適応される。口約束じゃ済まないってことね…)

 おもしろい、と。

 シズクとココアは武器を抜いた。

「まさかバトルロイヤルの中でこんな事になるとは。合縁奇縁…いいえ、これは腐れ縁なのかもしれませんね」

「今回だけは手を貸してあげるけど、これが終わったら敵同士っての忘れんなよ。てかウチらが勝ち残ったらどうなんのこれ。ウチらもやり合わなきゃじゃないの」

「アドミニストレートスキルの発動者を叩いてしまえばルールは解かれるのでは?」

「あーね。じゃあとりあえずエマたちギルドリーダーはアリスに任せる」

「うえぇ?!」

「ウチはヤりたい奴が居んのよ」

 ココアはニヤリとレガートと視線を交わす。

「向こうの狙いもアリスさんでしょうし、そこに異論はありません。私はどうやら、希望者が居るようですので」

 シズクの視線の先で、今にも飛び掛かってきそうな形相のスティラが銃を構えていた。

 アリスは小さくため息をついてから、隣に立つ二人に安堵して気分を高揚させた。

「なんだか変なことになっちゃったけど…この三人でバトルするのはなんか久しぶりだね」

「確かに。成り行きだけど、あんなモブ共に負けんなよ」

「あなたこそ油断して足元掬われないように」

「とりあえず背中は任せろ。隙あったら斬るけど」

「大船に乗ったつもりでどうぞ。ヘマしたら撃ちますけど」

 いつもの態度を崩さない。

 だからこそ頼れると、アリスは口角を上げる。

「力いっぱい暴れよう!!」

 世界よ見ろ。聞け。慄えろと少女たちは謳った。

「世界の果てを目指して!!We are――――――――!!!」

「「「Alice in WonderLand――――――――!!!」」」

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