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119.不思議の国と楽譜に思いを乗せて《ナッツvsノア》

『世界の色を塗り替える力を以てして届かず!!氷の女皇、無念に散る!!レイ選手、ホロウ選手を下し見事勝利!!これが最強!これが王!止められるものなら止めてみよと覇道を征く!!止まることを知らぬ孤高の王様を!いったい誰が!誰が彼女を討つのか――――――――!!』






「ハッハハ!つまらねえことを言うぜ!」

 グラーディスは大斧を振り回しながら、見識が狭いとロロを笑った。

「はぁ…はぁ…!!」

 肩で息をする目の前の敵、【十天】のレオンにさほど興味も無さそうに。

「誰が止める?誰が討つ?ハッ、誰にも止められねえし誰にも討たれねえよ!オレらのマスターこそが最強だ!有象無象が夢見てんじゃねえ!」

「おいおい、誰が有象無象だ。確かにレイの野郎は強え。認めなくても最強だ。だが、だからって諦める理由にはならねえよ。苦難も逆境も、おれたち(ゲーマー)を燃えさせるバフにしかならねえんだよ」

「バカかお前。そんなことはオレに勝ってから言いな」

「何度だって言ってやるよ。おれは諦めが悪いんでなぁ!!モード、【百獣王(ビーストマスター)】!!」

 猛き獣の力を迸らせ、レオンは剣を空に滑らせた。

「【ビーストハウル】!!」

 一帯を更地にする程の威力の剣戟を、グラーディスは片腕で受け止める。

「こんなもんかア゛ァ?!」

「ぐぁ――――――――!!」

 凄まじい一蹴でレオンは雑木林の中へと吹き飛ばされた。

「チッ、仕留めたと思ったが意外に頑丈だな。どこまで飛んだ?捜すのもめんどくせえ。エリアごとぶっ壊すか」

 大斧に激しく雷光を走らせると、背後からベルセリオンがそれを制止した。

「だ、ダメです…グラーディスさん…。そんなことしたら…マスターのお祭りが、その…お、終わってしまいます…」

「これくらいでやられる奴らがマスターを楽しませられるねえだろ。ならいっそ終わらせちまった方がマスターのためだ」

「この…お祭りのために…マスターがどれだけ、頑張ってきたか…わ、私たちが一番…知ってるはず、です。なので…少しでも長く…お祭りは続けた方が…いいの、かと…その…」

「フン、オレはやりてえようにやるさ。それで人間共が全滅すりゃあ、それは弱いあいつらが悪いだろ。こんな茶番に付き合ってやってんだ。少しはオレたちも楽しまねえと――――――――」






「グラーディス」






 造られた命ながら、グラーディスは萎縮し背すじに冷たい汗を伝わせた。

「私たちに与えられた命はプレイヤーを狩ること。楽しめと付け加えられた以上、ある程度の自由は大目に見て然るべきでしょう。しかし、マスターの崇高なる意思を以て開かれた興行です。茶番などと…次にそのような言い回しをしたなら、誰よりも先に私があなたを殺します。いいですね」

「あ、ああ…悪かったよベルセリオン。度が過ぎた」

「い、いえ…わかってくだされば…。では、私は行きます…。どうか…ご、ご武運を…」

 ベルセリオンは深く一例すると、湖に背中から落ちた。

 波紋が広がり落ち着く頃には、とうに姿は消えていた。

「チッ、化け物が」

 と、強者は更なる強者に唾を吐き、何処ぞへと足を向けた。

 より血の匂いの濃い方へ。







 まっさらな雪原では、【セイレーンの瞳】のエレンが深い雪に足を取られながら、向かってくるモンスターを屠っていた。

 白い毛並みの狼に、獰猛な大猿、雪の精。

 数は相当だが、どれもエレンを苦戦させる相手ではない。

「【静十鳳仙花(せいとうほうせんか)】」

 雪の礫でそれらを撃ち抜き、敵の気配が消えたのを確認すると刀を鞘に収めた。

「さて…ここまでプレイヤーと遭遇は無し。開始から結構経って、すでに何人かは脱落しているようですが…遭わないときは遭わないものですね」

 ドロップした《ポーション》でMPを回復し、再び歩を進める。

 いくら敵の姿が無いとはいえ、遮蔽が無い開けた場所では良い的だと。

 サクサクと小気味よい雪の音。

 ふと、そんな音が前方からも聴こえてきた。

「ん、しょ…んしょ…っと!わーい!出来た出来たー!雪だるまさん!」

 その少女はエレンのことなど見向きもせず、完成した雪だるまにはしゃいでいた。

「エヘヘ〜上手に出来た。んーーそれっ!」

 柔らかい雪の上に飛び込み、真っ白になっては犬のように頭を振る。

 プレイヤーであることはもちろんだが、エレンは人畜無害そうな少女に斬りかかる気になれず、しばらく様子を見ていた。

 少女は今度はかまくらを作りかけて、やっとエレンの存在に気付いた様子。

「わっ!びっくりした!お姉さんいつから居たの?」

「雪だるまが出来た辺りですよ。【LIBERTAS ZERO】のクイーンさん。挨拶もせずに失礼しました」

「ううん、いーの。それより見て!雪だるまさん!クイーンが作ったんだよ!おっきいでしょ!」

「ええ、とっても」

 戦う気どころか、クイーンは刀をその辺に放ってしまっている始末。

 最初こそ魔法が飛んでくるのを警戒していたエレンだが、無垢な彼女を見てすっかり毒気を抜かれてしまい、鞘から手を離した。

「私はエレン。【セイレーンの瞳】のリーダーです。こちらの雪だるまさん、お名前は何と言うのでしょう」

「名前?えっとねえっとねー雪だるまだから……スーさん!」

「とても可愛らしいお名前だと思います」

「エレンお姉さんさんも一緒に遊ぼ!ねえねえいいでしょ?」

「ええ、いいですよ。【達磨雪】」

 掌を上に向け、ふぅっと息を吐く。

 すると前方に大人ほどの大きさの雪だるまが現れ、ピョンピョンとその場で跳ねた。

「わぁー!スゴいスゴい!!雪だるまさんが動いた!」

「【白雪魔法】、【達磨雪】。本来は壁役に使う低位呪文ですが」

「エレンお姉さんの魔法キレイだね!クイーン好き!」

「ありがとうございます」

 クスクスと、能面の下で笑みを浮かべた。

「スーさんの子どもだから、この子はノーさん!ねえねえ、もっと遊ぼ!クイーンね、お城作りたい!スーさんとノーさんと一緒に住めるくらいおーーーーーーっきいお城!!」

「ええ。立派なお城を作りましょう。お手伝いしますから」

 エレンの手を引いて、クイーンは嬉しそうに雪原を駆け回った。







「【ライトニングフォース】!!」

「【炎天下】…!!」

「【ホワイトプレッシャー】!!」

「【破翔竜斬】!!」

 四人には加減も油断も無い。

 個の戦いである以上連携しているわけではないが、確実に一人の敵を仕留められる技、戦力ではあった。

 相手がナッツでなければ。

「【神速】!!【ケラウノス】!!」

 一歩目から姿が消える。

 超スピードで砂嵐を巻き上げ、それに乗じてミルフィの腹に剣を突き刺した。

「っあ――――――――!!」

「ミルフィ!!くっ、【竜の牙】!!」

 オーマの斧が一閃で砂嵐を消し飛ばすも、すでにナッツの姿は無い。

 どこだと探すより速く、空高く跳んでいたナッツの蹴りがオーマの頭に炸裂した。

「肉弾戦も行けんのね…!」

「徒手格闘なら…負けません…!【幽炎拳】…【崩浄火拳】…!!」

「べつに出来るってだけで、得意なわけじゃないわよ。器用貧乏ってやつかしら。【ペネトレイトソニック】!!」

 炎を宿した拳に突きを合わせ、二人は互いの衝撃で吹き飛んだ。

「後出しでウタの拳と相殺した?!」

「ありえない…です…」

 如何にウタが迅かろうと、技の出だしと瞬間の最高速度に関し、ナッツは【不思議の国のアリス】最速だ。

 加えて体捌きにおいてはアリスの次点。

 ココアと並ぶギルド内二位に位置する。

 そう易々と遅れを取ったりはしない。

「【幻影術】!!」

 自身の実像分身を十二体生み出し、一斉に攻撃を試みる。

 しかしナッツには幻術も分身も意味を成さない。

「あなたでしょ、本物は」

「?!」

 切っ先を向け、一羽の燕を顕現する。

「ピイッ!」

 ピィと名付けられた、スキル【幻雷の飛燕】より生まれたそれは、雷の尾を引いて高速でメルティアの胸を貫き、周囲の分身を消した。

「嘘でしょ…!」

 ユニークスキル【幻影術】は、高度な幻影で空間を支配するスキル。

 しかしアドミニストレートスキル【演奏者】は、たとえ限りなく本物に近い分身であろうと、呼吸や装備の擦れ、本物にしかない僅かな音を聴き分ける。

 相性が悪い。

 剣技、魔法で互角のメルティアがナッツに及ばないのは、その一言に尽きた。

「全員致命傷。もちろん全滅させるつもりだったのに、誰一人ゲームオーバーになっていない。さすがと言わざるを得ないわ」

 よろめきながら立ち上がる四人をナッツは心から称賛した。

「意地、信念、野望。それぞれ思うところはあるのだろうけれど、ゴメンなさい。勝利はもらっていくわ。全員ぶっ潰して優勝して…姫にスゴいって言ってもらうの」

「心酔してるねぇ…。まあ可愛いもんねそっちのリーダー。だけどさ、負けられないのは同じだよ。こっちにもプロとしての矜持ってのがあるからさ」

「プロ同士のいざこざにアマチュアが横槍を入れるのは失礼だが、我々も【セイレーンの瞳】の名を背負いし者としての誇りがある。負けはしないぞ」

 ナッツはフッと口角と剣先を上げた。

「私の世界に痺れなさい。モード――――――――」






「【慙悔(ざんかい)のフィステリア】」






 虚空の穴から四本。

 光り輝く刀身だけの剣が伸びメルティア、ウタ、ミルフィ、オーマをいとも簡単に串刺しにした。

 ナッツとの戦闘で満身創痍であったとはいえ、彼女たちはその攻撃で体力が尽き退場を余儀なくされた。

「マジか…そのパターンは想像してなかった…」

「……ええ。私もよ」

 クスクスと、現れた少女は消えゆく四人を送りながら微笑んだ。

「せっかく盛り上がってたのに水を差すなんて。つくづく、あなたはムカつくわね…ノア!!」

「可笑しいことを言いますね。バトルロイヤルなのに。ああ、獲物を横取りしたのは勘弁してください。じつは私撃破数一位(モスキル)を狙っているんです。と言いつつも、序盤で一人逃してしまったんですけどね。つくづく…と仰るなら、私はどうにも【不思議の国のアリス】に縁があるようです。これもアリスちゃんを思う心の成す業でしょう。ああアリスちゃん…早く斬りに行きたい。この手で心ゆくまでめちゃくちゃに。今頃どこに居るのでしょう」

「うっとりしないでもらえる?そんな色目で姫を見られるのは不快で仕方ないわ」

 【不思議の国のアリス】にそれがあるように、ノアにも同じく愛の形がある。

 "狂愛"。

 偏執的。しかし一途。

 歪みながらも純粋な思い。

 汚泥のように重く、大海のように広く。

 それを一人に向けることも含めての狂った愛。

 故に、ナッツは騎士としてノアを嫌悪する。

「そうね、バトルロイヤルだものね。横取りを憤るのはお門違いだわ」

 肺に深く空気を送り込み、噴火しそうな怒りを抑え込む。

「神様がくれたチャンスと思うことにするわ。【海神の胎】のリベンジマッチよ。今度こそあなたを倒す。来なさいノア」

「フフフ、ユーモアがお有りですね。まさか、一度倒した相手に本気になるとでも?あなたが私に因縁を抱こうと、あなたはすでに死んだ身ではありませんか」

「生きてるわよ」

「いいえ、あなたは死んだのです。あの日あの時、私に斬られて。ゲームというやり直しが利く世界だから、生きていると錯覚しているだけ。死人に口無し価値も無し。私の目には、ただの一つの屍としか映りません」

「なら、あなたは屍相手に饒舌をかましているわけね。可愛いところあるじゃない。ハッキリ言ったらいいじゃない。一度勝てたのは奇跡でした、二度目は敵う気がしません、見逃してくださいって。その頭地面に擦りつけて惨めったらしくお願いしてみなさいよ」

 これだけ挑発してもノアは涼しい顔でどこ吹く風。

 ナッツはため息をついて剣先を下げた。

「私、姫とキスしたのよね」

 刹那、剣の撃ち合いに海が割れた。

「死ね」

「嘘よ。したいのは本当だけど。薄っぺらい笑顔より、そっちの病的に鬼気迫った顔の方があなたらしくていいじゃない」

 鍔迫り合いから退き、ナッツは改めて剣を構えた。

 対し、ノアは二本の剣を抜き冷たい視線を向ける。

「せっかく屍のままで居るチャンスを与えたのに…盛り上げたのはあなたです。今度こそちゃんと破壊してあげますね。矮小な魂ごと。私の前から消え失せろ」

「それはこっちのセリフよ異常者!!」

 夕暮れの浜辺。

 剣を、雷を茜色に染め両者は始めた。

 戦い。もとい、殺し合いを。






『さあバトルは白熱していく!!【LIBERTAS ZERO】ノア選手の手により、【ROSELIA】メルティア選手!ウタ選手!【セイレーンの瞳】オーマ選手!ミルフィ選手が脱落だぁ!!勝利の栄冠は誰の手に!!未来は神のみぞ知る!!ノア選手とナッツ選手が火花を散らす!!』






 如何に挑発しようと格下に見ようと、二人は互いを侮っているわけではなく、むしろ警戒レベルは高い。

 高水準の剣技に体術、加えて【聖剣魔法】という攻撃に特化した魔法の脅威は計り知れないとナッツは考える。

 同じくノアも、ナッツの瞬間の速度と火力には目を見張るものがあった。

 が、それ以上に警戒すべきは切り札。

 アドミニストレートスキルの存在だ。

 音のエネルギーを無限に増幅する【演奏者】と、全ての攻撃に一撃必殺を付与する【破壊者】。

 アドミニストレートスキル自体がゲームを根幹から左右する権能であるため、【演奏者】と【破壊者】に明確な優劣は存在しないが、特性上どうしても【破壊者】の危険性は看過出来ない。

 破壊されれば如何なる手段を以ても再生、復活は叶わない。

 本当の意味での死が与えられるのだから。

「【神速】!!」

 超高速で駆けながら、ナッツは底知れない強大な何かを相手に冷静に分析した。

(【破壊者】は触れればアウト。攻撃にも防御にも使えるから予備動作から予測するのは無理。だけど発動の直前白く光る。それさえ注意していれば一応は避けられる)

 ナッツの思考を浅はかだと嘲笑うように、ノアは見透かして言った。

「スピードだけで【破壊者】から逃れられるなら、アリスちゃんは左目を失ってなどいませんよ」

「!!」

 《エリスアップル》を地面に突き刺し、白い光を走らせる。

「壊れろ」

 ノアを起点に光が放射される。

 半径およそ十メートル。

 球体状の空間が一瞬で消滅した。

「【神速】を使ってなかったらと思うとゾッとするわ」

(武器に纏わせたり目の前に壁を作るだけじゃない…【破壊者】そのものを空間に指定発動出来るなんて…。だけど)

「いくら脅威的でも連発が出来ないのは割れてるのよ。それに自分を起点にしたということは、遠隔発動は出来ないのかしら。間合いに近付かなきゃどうってことないわね」

「軽口が叩けるなら上々。では、ギアを上げましょうか」

 一瞬でナッツの視界から消え、剣を眼前に迫らせる。

 身を逸して回避されても、二撃目の剣が襲いかかった。

「【リフレイン】!【神速】!!」

 直前の攻撃を再現する【リフレイン】の第二の効果、直前に使用したスキルの再使用。

 クールタイムを無視するこのスキルにより、頬に赤い筋を走らせるだけの被害で済んだ。

「【神速(それ)】を使っている間はまだしも、素のスピードは私の方が上です。いつまで逃げられるでしょうね」

 どうにか反撃に転じようとした矢先、空から海猫のようなモンスターが襲来した。

「チッ、邪魔…!!」

 技を繰り出すより速く、ノアがモンスターを切り裂いた。

 無論助けたわけではない。

「邪魔なのはあなたもです」

 鞭のようにしならせた蹴りがナッツの脇腹にめり込み、身体が海に叩きつけられた。






 黄金の剣(エリスアップル)に内包されたスキルがある。

 【祝福の林檎】。

 敵を倒せば倒すだけ剣の攻撃力が上がるこのスキルだが、上昇は一定時間に限った話ではない。

 日に一定の上昇ラインはあるが、ほぼ永続的に成長するのがこの剣の特徴だ。

 始めはSTR+10。

 錆びた剣にも劣る駄剣。

 しかしそれはやがて100に。

 1000に。

 斬って――――――――

 斬って、斬って――――――――

 斬って、斬って、斬って――――――――

 斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って――――――――

 《エリスアップル》STR+7000。

 ステータス及び装備による合計は10000を軽く越える。

 まさに剣士のための剣。

 いや、ノアのための剣だ。

「【プライマルソード】」

「【ヴァイオレットペンタゴン】!!」

 ギィンと数度甲高い音を立てて打ち合う。

 ナッツが辛うじて拮抗出来ているのは、エルフ族の固有スキル【狩猟】によるクリティカル上昇を用いてパリィを実現させているため。

 以前のバトルもこれで応じることが出来たが、その時とは比べ物にならないほどのパワー。

 ただ剣を打ち合うだけで体力が削られた。

「いいんですか?のんびりしていて。いつでも壊せるんですよあなたくらい」

「ならやってみればいいじゃない!【灰被り】!」

 コールの後、薄っすらと灰が舞う。

 単なる目くらましではなく、目の前に在りながら存在を希釈させる程の隠密状態を付与するスキルだ。

 ただし、

「【カラミティストライク】」

 凄まじい風圧を受ければ灰は散りスキルは効果を失う。

「無駄なことを」

「いいのよ一瞬が生まれれば!モード、【英雄王(アーサー)】!!我、円卓を束ねし者!!」

 円卓による領域指定。

 そこは【英雄王(アーサー)】の絶対圏内である。

「【楽園を崩壊せし一閃(エンドオブアヴァロン)】!!」

 海を分かつはずの剣にもノアは微動だにしない。

「モード、【破邪剣聖】。【ゴッドノウズセイバー】」

 剣技の頂点たるその姿を以て、領域ごとナッツを切り裂いた。

 右肩から左の脇腹まで深々と傷が走り、真っ向からスキルを打ち破られたことに唖然とする。

「ほら、今また死にましたよ」

 【破壊者】を使わなかったのはただの気まぐれ。

 弄ぶかのように剣戟を浴びせ続けた。

「【エクストリームエア】」

 ナッツの左肩が高速の突きで貫かれる。

「ぐっ!!」

「それで騎士?それが騎士ですか?何もかも私に劣る分際で。その程度でアリスちゃんの傍らに立つなんて、烏滸がましいと思いませんか?あなたは…いいえ、あなたたちの誰もアリスちゃんの隣には相応しくない。アリスちゃんには私だけが居ればいい。あなたたちは消え失せなさい。私とアリスちゃんの前から」

 純粋だからこそ狂気的に呪詛を吐く。

 ナッツは苛立ったように舌打ちし、ノアの腹に蹴りをめり込ませ、強引に剣を引き抜かせた。

「ごちゃごちゃとうるさいのよ…。あなた如きに、私の愛の深さが理解出来るわけないでしょう。同じ問答を何回繰り返すつもり?確かに私は、あなたに比べれば弱いのかもしれない。身体の使い方も、スキルの性能も負けてるのかもしれない。けど、それが何?あなたに勝てないなんて微塵も思ってないわよ」

「であるならただの蛮勇です。左腕、もう動かないでしょう」

 ノアの攻撃により、ナッツの左腕はすでに上がらない。

 だらりと力無く垂れ下がるだけ。

「あなたの楽器と組み合わせなければ【演奏者】は使えない。切り札が無い状態で、どうやって私に勝つと?」

 ナッツは勝利を確信しているノアを嘲った。

「これは…私だけの特権」

 【英雄王(アーサー)】を解き、髪に五線譜を走らせると、今度は【演奏者】を起動させ剣先で虚空をなぞった。

「【破壊者】でも、【転生者】でも、【大賢者】でもない…【演奏者】だけ…【演奏者】を使える私だけが辿り着けた境地。――――――――【天上の楽譜(フルスコア)】!!」

 それは進化ではなく究極の研磨。

 それは譜面という名の記憶。

 予め記録しておいた音を奏でる【演奏者】の秘技。

 音が血潮に溶け、優しくあたたかく、それでいて激しく脈動する。

 ナッツが一人、【演奏者】を起動し、【旋律変化】でギターに変形させた《オルフェウス・スワロフォリア》を携えている。

 ナッツが一人、【英雄王(アーサー)】の高貴な姿で佇立している。

 ナッツが一人、美しくも獰猛な【創世王龍(ティアマト)】の姿で天に座している。

「四体の分身…」

 自身を音とし譜面に残すことで、並列的に自身のスキル、技、魔法を同時に起動する。

 それが【演奏者】、【天上の楽譜(フルスコア)】。

 そしてナッツはその曲にこう名付けた。






「コード、【歌姫の四重幻想曲(ザ・ファンタジア)】!!!」






 四人のナッツを前にして、ノアは退屈そうに息をついた。

「何を大袈裟に仕込んでいるのかと思えば、ただの分身ではありませんか。こんなものがとっておきだなんて。がっかりです」

 あからさまな落胆を隠そうともせず、冷ややかな目を向け、今にも剣を鞘に収めようとしている。

「いいの?」

「何がですか?」

「あなたが立っている場所はもう、災害のど真ん中だって言ってるのよ」

 足元で円卓が光り輝き、光の十字架が乱立する。

 続いて【英雄王(アーサー)】と【創世王龍(ティアマト)】が即座に攻撃を仕掛けた。

「【栄光の聖王剣エクスカリバー・グロリアス】!!」

「【グラビティコラプス】!!」

 十字架で一瞬動きを封じられたノアを、光の剣が切り裂き、重力波が押し潰す。

「っ…」

「初めて膝をついたわね。いい気味…だけどまだまだよ!!【神速】!!」

「【第七階位奏技(セブンスコード)魂の竜闘舞曲(スピリットオブジーク)】!!」

「【ケラウノス】!!」

 【演奏者】で底上げされた音の波に合わせ、神速の突きでノアの右肩を射抜く。

「分身までもがアドミニストレートスキルを…」

「おおおおおおお!!」

(止まるな!押しなさい!叩きのめしなさい!こいつはここで殺す!絶対姫には会わせない!)

「【サンダーストーム】!!」

「【楽園を崩壊せし一閃(エンドオブアヴァロン)】!!」

「【エヌマ・エリシュ】!!」

 ノアの身体に次々に傷が走っていく。

 四人全てがナッツ。

 高速で機動し剣を振り、【演奏者】を用いて存分に奏で、光の円卓で空間を支配し、王龍の力で制圧する。

 幻想曲(ファンタジア)とはよく言ったもの。

 対峙する者にとってはただの悪夢だ。

 ならばその中でも春の陽気のように踊る少女は、いったい何なのだろうか。

「――――――――!!」

「【歌姫】…ナッツ、()()()

 足元から虫が這って上ってくるような、腐肉に抱かれているような、そんな優しい表現ではとても言葉に出来ない悪寒。

「なんだ、やれば出来るじゃないですか」

 目が怖い。

 表情が怖い。

 存在が怖い。

 ナッツ全員が恐怖し動きを止めた。

(姫は…こんなものを前に正気を保っているっていうの…)

 片目は潰れ、腕はひしゃげ、片足は千切れ立っているのもやっとだ。

 やっとなはずだ。

 なのに、見ているだけで吐き気が込み上げてくる。

 けして剣を離そうとしない()()は何だと魂が拒絶する。

「どうしましょう。アリスちゃんが居るのに…あなたのことも好きになりそうです。私たちきっと、良いお友だちになれますよ。ねえナッツちゃん。ねえ、ねえ…ねえねえねえねえねえねえ!ナッツちゃんもそう思いますよね!ねえ!!」

「その夢は…死んでから見なさい!!【雷精化】!!【シンフォニアオブケラウノス】!!!」

 恍惚に頬を染めて、ノアはナッツ全員を一度に引き裂いた。






「【アルテマブレード】!!」

 





 ノアは研ぎ澄まされたオーラを昇らせ、爪先から翼、尻尾の先までを千の剣で覆った白き巨龍の力を以て。

「王龍系…スキル…」

 下半身を失い、分身が消滅し、ナッツは掠れる声を振り絞った。

「モード、【暴虐王龍(ジャバウォック)】。剣の龍とは聞こえは良いですが、実際使ってみると、斬るというより潰すようであまり好みではありませんね」

「じゃあ私は…加減されて殺されるのね」

「しませんよ。だってもう、大好きなお友だちですから」

「ハッ」

 死ね、と短く漏らしたナッツをノアは踏みつけに尚も恍惚とした。

「好きですよナッツちゃん。アリスちゃんの次くらいに」

 あまりに容易く呆気なく。

 ナッツとノアの戦いは幕を下ろした。

 苛烈で凄惨な実力に、観客を静まり返らせて。

「ああ…ダメです。この昂りはもう」

 このくらいでは、止まらない。






 生存人数八十八。

 世界に最初の夜が訪れた。

「ん…」

 ベッドに横になっていたレイが目を覚ました。

「お目覚めですか」

 傍らにはノクティス。

 レイが眠りについてからずっと横についていたらしい。

「どのくらい寝てた?」

「六時間と十九分四十二秒です。ホロウ選手との戦闘後すぐにお眠りに。睡眠によりマスターのHP、MPは八割方回復しています」

「ゲームの中で寝落ちって、どんだけ疲れてたんだアタシは…。戦況は?」

「各地で幾つかの戦闘が起こり現在生存は八割強。内、マスターが目を掛けておられました【不思議の国のアリス】ナッツ選手と【LIBERTAS ZERO】ノア選手が戦闘し、ナッツ選手が散りました」

「なかなか盛り上がってるみたいだね。アリスは?」

「アリス選手はルナ選手との戦闘後、以降ログは観測出来ておりません。どこかで体力を回復しているものと思われます」

「そっか」

 心做しか安堵した表情を見せるレイ。

「ヴィルヘルミナたちはどうしてる?」

「現在も暴れているようで、数は少ないですがプレイヤーを数人脱落させています。ヴィルヘルミナとグラーディスは、プレイヤー狩りにより躍起になっているようですが。問題があるようでしたら、私の方で制止させますがいかがなさいますか?」

「いいよ。まだまだフィールドは広いし、まだ接敵してないだけであれ身を潜めてるであれ、とりあえずは夜まで生き延びたプレイヤーたちなんだから。そう簡単に見つかんないよ」

「かしこまりました。試合開始からまもなく七時間が経過。先程、一度目の位置開示が行われました」

 マップを表示すると、赤い点が点在している。

「約一時間前のものですが、《アルゴノート》付近にプレイヤーは存在していないようです」

「何人かは接敵してるのか…それとも一緒に行動してるのかな。まあいいや。もう少し休むから、誰か来たら起こして」

「かしこまりました。お許しいただければ私の方で対処いたしますが」

「すぅ…すぅ…」

 ホロウとの戦闘での疲労が相当なものであったのが窺える。

 レイは目を閉じるとすぐに眠りについた。

 ノクティスはレイを起こさないよう、恭しく一礼し静かに下がった。

 音を立てずにベッドルームから出て、そのまま船首の方へと向かう。

 荒々しい夜風を浴びながら、二人の女神が手を重ねる船首に腰をかけるその人物へと声を掛けた。

「ようこそ《アルゴノート》へ。人造人間(ホムンクルス)No.

1、【黒夜王】ノクティスと申します」

「ご丁寧にありがとう。けれど歓待というわけではなさそうね」

「只今マスターは眠られておりますので。私としてはあまり騒ぎを起こしたくないのです」

「あら、そうなのね。せっかく遊びに来たのにそれは残念。久しぶりに顔を見たかったけど、出直した方がよさそう」

 意外にすんなり退こうとする来客に、ノクティスは一瞬呆けてから頭を下げた。

「お心遣い恐縮です。テスタロッサ選手」

「いいわ。私も他にやりたいことがあるし。気が向いたらまた来ると伝えてくれる?」

「承りました」

 船首から飛び降りようとした一瞬。

 金色の放電の後テスタロッサがノクティスの視界から消え、背後から声がした。

「一応訊いておきたいのだけどいいかしら」

「はい」

「あなた、どのくらい強いの?」

「マスターを護りきれると断言出来る程度には」

「ふうん」

 ノクティスの髪先が、ほんの微々たる程度焦げて風に攫われた。

「今のにも反応出来ないようじゃ、大したバトルにはならなそうね。やっぱりあの子じゃないと。ソニドーロ、ノクティス。また来るわ」

 ノクティスが振り返ると、すでにテスタロッサは消えていた。

 後には残雷が一つ。

「【雷帝】…。人間の中にもまだまだ実力者が居るということですか。もしもマスターがお休みでなければ」

 一閃。

 刀身を見せない速度で抜刀し納刀する。

 夜空が斬られ、真っ黒な線が引かれた。

 誰も眠りを妨げることなかれと、ノクティスは再び王の傍へと戻っていった。


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