118.不思議の国と天淵氷炭の愛を《レイvsホロウ》
パキン
どこか遠くで、氷が砕ける音が聴こえた気がした。
森の中に建つ【不思議の国のアリス】専用のギルドホーム。
発見したのは偶然だが、ここにたどり着いて、アリスはようやく心休まる気持ちであった。
このログハウスは森の深い場所にあり、人目に付くことはまず無い。
フィールドに回復アイテムがドロップしているという以上、何かしらがあることも期待出来た。
案の定、棚の中には《包帯》を始めとし、《ポーション》なども幾つか揃っていた。
HPを回復した後はソファーで一息つこうとして、
「すやぁ…」
すでにソファーで寝息を立てているエルフ族の女性、【ROSELIA】第四部隊隊長、【眠れる森の悪魔】シャオを発見した。
「シャ、シャオさん…?」
完全に眠っているらしく、アリスの気配どころか呼びかけにも反応しない。
あまりに毒気が無いのでアリスも攻撃出来ずにいると、
「すぴぃ…むにゃむにゃ…」
「はにゃっ?!」
寝ぼけているらしく、がっちりとホールドされて抱きまくら状態になってしまった。
「う、動けない…」
「すやぴだよぉ…」
柔らかい。
あたたかい。
何故か振りほどく気になれず、アリスはポワポワとゆっくり微睡みに落ちていったのだった。
「雪…?」
視界の端に、窓の外に降る氷の粒を捉えて。
「うーん」
モンスターの亡骸の山の上で、【ROSELIA】の副リーダー、メルティアはマップに目を落とした。
彼女が居るのは延々と続く浜辺のエリア。
さざ波の音に心を落ち着かせながら、今後の動きを模索しているところ。
メルティアの背後で、音も無く砂が盛り上がる。
ナイフを逆手に持ったエルフ族の男性が飛び掛かり、もらったと切っ先を首に突き刺した。
が、メルティアの姿がまるで蜃気楼のようにその場から消える。
「っ?!」
「【幻影術】。ダメだよ、もっと気配を消さなきゃ」
至近距離から強烈な雷撃を放ち、男は短い悲鳴を上げて消し炭となった。
「まず一人っと。生存は…九十以上か、先は長いなぁ…。で、そんな中出会うのはなかなか運命的だと思うんだけど。どう?」
と、メルティアは椰子の木の下に佇む女性に声をかけた。
メルティアと同じく【ROSELIA】に在籍する、第三部隊隊長のウタだ。
「バトルロイヤルだし、やり合うのが道理なのは当然。出来ることなら知り合いは率先して叩きに行きたい…っていうのが、私的にはベストな意見なんだけど」
「わ、私は…その…戦えという、なら…戦い…ます。逃げてもいいなら、逃げ…ます…けど」
「逃げても他の誰かと遭遇したらバトルするんでしょ?ならここでやり合っても一緒じゃない?」
「それは…そう、ですね」
ウタはおどおどとしていながらも、けして非戦闘員ではない。
徒手格闘という一点においては国内トップ。
【ROSELIA】においては最強の立ち位置だ。
戦いを望まれれば戦う。
至って自然な流れだ。
「で、では…やりましょう…か」
「恨みっこなしで」
「恨みっこ無しということなら、私も混ぜていただけますか?」
「私もな」
突如姿を現したのは、【セイレーンの瞳】よりミルフィと、同じく副リーダーのオーマであった。
「タイマンをご希望でしたら、不躾をお許しください」
「我々とてチーム戦を望んでいるわけではないが、これが縁というなら興じるのみ。【ROSELIA】…相手にとって不足は無い」
「まだまだ序盤なのに、ランダム転移でこんなに集まる?」
「こ、これも…運命…ということでしょう、か…」
「はぁ、ならしょうがないか。一つ生き残った者勝ちってことで」
「じつにステキなアイデアだわ」
突風が一陣。
砂埃を巻き上げた。
「……おーいー、だからまだ序盤だって。混戦は想定してないんだけど…」
「連れないことを言わないでよ。せっかく楽しそうなのに、仲間はずれは酷いわ」
「まったく…好戦的で困るよ、【不思議の国のアリス】」
「【歌姫】…ナッツさん」
「とんだ来客ですね…」
ナッツは剣を片手に、それはそれは優雅に四人へと歩みを寄せた。
「とんだ、なんて表現ははたして適切かしら。ここには強い人しか居ないのに。それだけ評価されているということならとても光栄ね。ああ、だからといって手は抜かないから安心して。【ROSELIA】に【セイレーンの瞳】…姫に辿り着く前のウォーミングアップ、なんて上からの物言いも恐れ多いけれど。四人纏めて姫への供物にしてあげる」
「どうぞ御手柔らかに」
1v1v1v1。
メルティアたちは当初そのつもりで戦うつもりだった。
それが突如現れた脅威を前に、誰が言うでもなく自然と1v4の流れに。
四人の矛先がナッツに向いたが、少女はニヤリと笑って砂を蹴った。
「御手柔らかに?無理よ。だってあなたたちが強いのは知ってるんだから」
旋律ならぬ閃律。
ナッツは剣舞を奏でた。
時を同じくして。
【The Replica】に冬が訪れた。
空全てに厚い黒雲がかかり、しんしんと雪が降り積もる。
空気が冷え、建物が、木々が、大地が、火山までもが猛烈な勢いで凍てついていった。
氷河期の到来さながらに。
「マジか…!」
レイをしてリアルに戦慄した。
歪曲した二本の角。
透き通る悪魔の翼。
絶対零度の氷の双眸。
真っ白な肌に走る光の紋様。
シャープに変形した青薔薇の大剣を携え、白氷で象られた純正の悪魔がそこに顕現していた。
「エボリューションモード――――――――【邪悪神王】!!!」
「《アルゴノート》を…耐魔に優れた星天の使徒ですら完全に凍らせる…!それがとっておきかホロウ…!!」
「あまり長続きしないの。受けられるものなら受けてみなさい。【ゾロアスターズニヴルヘイム】!!」
「っ!【ルーラーズハイ】!!」
エボリューションモード【邪悪神王】。
曰く、吐息ですら絶対零度の冬を齎す氷の力の極点。
剣の一振りが世界中を氷に鎖す。
膨大な冷気は【天魔】を、魔法を消滅させる力をも凌駕し、レイは左腕を凍結させられた。
「【ルーラーズハイ】でも消しきれない魔法…!【アブソリュートセイバー】!!」
「【シルヴァーナ】!!」
ホロウの防御に斬撃が凍る。
次いで飛翔からの鋭い蹴りがニ連、レイの脇腹と顔面に見舞われた。
「速い…いや、こっちのスピードが落ちてる…!」
膨大な冷気の代償に、自身のAGIをほぼゼロにする【氷皇女】。
ステータス異常を他者に擲つ効果を持つ【悪魔崇拝者】を経て、そのデメリットを完全に解消し、冷気由来の運動能力の低下を自分以外の全てに与えるのがこのモードチェンジスキル。
レイは氷結した脇腹と顔を《ティル・ナ・ノーグ》の柄で叩き、極寒の中で高揚した。
「腕千切られてゾクゾクさせられたのは久しぶりだよ!」
超長距離転移【次元踏破】と、完全座標指定【数理の法】を組み合わせて起こる無欠の瞬間移動を用いて、ホロウの死角を突こうとする。
しかし、【邪悪神王】に死角は存在しない。
そこに在るだけで、ただの必殺であるからだ。
「【ソウルイーター】!!」
「【カオスイーター】!!」
怒涛の剣戟も、氷河の波濤が掻き消す。
「ッハハ!!いいじゃん、さいっこー!!狂ってるイカれてる!!これだよこれ!!テンション上がってきた!!」
「やれば出来ると、言いたければ言えばいいなさい…!あなたはいつも…そうやって笑っていたわね…!今の私は、あなたの本心を引き出せているのかしら…!それとも…これでもあなたは……!!」
「言ったでしょ!全部が嘘じゃないって!ちゃんと楽しいしちゃんと怖いよ!心の底からね!」
「けれど全部が本当でもなかった!私は言ったわ、あなたが全てを捨てて悪役になっても嫌いにならないって!それでも、嫌いになんてならなくても!この湧き上がる怒りは本物よ!私は世界を……この私を欺いていたあなたをけして赦さないわ!絶対に認めてなんかあげない!あなたを倒す!私がこの手で!!」
現実、ゲーム……人生において、これ程までに情熱的になった瞬間があっただろうかと。
吹き荒れる吹雪に負けないよう、ホロウは吠え立てた。
「最強から退きなさい!!あなたが苦しむのを望まないと言うのなら!!」
「うるっせえよ…!!」
対し、レイは歯を軋ませて眉間に皺を寄せた。
「うるせえってんだよバカが!!それが出来ないから…皆がそうさせてくれないから、だから私が最強なんだろうが!!悪いのは私か?!私が強いせいか?!お前たちが弱いからだろ!!私の強さを受け入れない世界に問題があるんだろ!!跪かせてみろ!悔しがらせてみろ!負けさせてみろよ!!私にまだここに居ろって言うなら…居てもいいって思ってるんなら……本気で私を殺しに来いよ!!!」
悪鬼の如く乱暴に。
レイは激昂のまま獄炎を滾らせた。
「【アビスドゥームフレア】!!」
続けざま、八つの風の渦に炎を攫わせる。
「【オクタグラムゼピュロス】!!」
天災の衝突に、ホロウは目を剥いた。
「【劫火魔法】に【絶空魔法】……炎と風の古代種魔法を…!!この…【コキュートス・ゼロ】!!」
【邪悪神王】の絶対冷気に、二つの古代種魔法で拮抗する。
最強は伊達ではないと、強烈な蹴りをホロウの腹にめり込ませ、甲板の先へ吹き飛ばす。
自身が凍り砕けることなど気にもせず。
「どうしたホロウ!!あたしはまだ立ってるぞ!!」
NEOは未だその全容を明らかにしていない。
全てのエリア、クエストはもちろん、スキルですら網羅されていない。
エボリューションモード…スキルの特異点ですら、実装されていながら存在が明るみになったのはつい最近のこと。
そして【邪悪神王】は、現存する全ての氷系スキルの頂点である。
が、頂点を以てして最強は揺るがなかった。
「ぐっ…!!ステータスは下がってるはずなのに…炎の魔法で冷気を遮断して、風の魔法で無理やり身体にブーストを…!!」
スキルの性能以前に、スキルの、そして魔法の使い方が抜群だと、ホロウは改めてレイの恐ろしさを実感した。
やはり最強だと。
天才だと。
羨ましく、誇らしく。
眩い光。
それ故に闇は濃く深くなる。
「最強、天才…この言葉があなたを縛るなら、私があなたを越える!!」
世界を鎖すだけのエネルギーを剣に宿す。
闇を切り裂く終末の一閃。
「【ラグナローズ・コキュートス】!!!」
氷の薔薇が咲き乱れ、甲板一面を花畑へと変えていく。
幻想の光景の中心でホロウは猛り狂った。
私がレイの妄執を終わらせるのだと。
レイの腕が凍り、両の足が砕け、何度目かもわからないバトルに勝利の確信を得た。
尚も手を緩めずレイの滅殺に全力を注いだ。
そんな中、ああ至福だと恍惚に染まり、かくも穏やかな表情を浮かべレイは心から謝罪した。
「ゴメンねホロウ」
強すぎて、と。
「アンリミテッドスキル――――――――」
冷気を呑み込んだかと思えば、砕けたはずの四肢が蘇る。
薔薇の剣戟を鷲掴みに、身の毛もよだつ異形がホロウの腹に刃を突き刺した。
「――――――――!!!」
冬が終わる。
氷で覆われていた世界が熱を取り戻していった。
氷の角が、翼が煌めきながら散る。
刃を抜き払うと、レイは異形から元の姿へと戻り、腹を押さえて敗北を悟ったホロウに正面から向き合った。
「強かったよ」
「……切り札を簡単に封殺しておいて酷いことを言うのね。今の未知のスキル…どうせそれも切り札の一つにしか過ぎないのでしょう?」
「まあね」
ふぅ、と小さく息と毒を吐く。
「つくづく腹立たしいわ。強いあなたが。それに弱い私が」
HPゲージはレッドゾーン。
赤い穴が空いた腹部が痛々しい。
「あと少しだったのに」
「ゴメンね」
「謝らないで。惨めになるわ。……今日は私じゃなかった。それだけでしょう」
あなたに勝つのが。
あなたを倒すのが。
「気を抜かないことね。あなたを狙っているのは私だけじゃない。あなたを狙う刃はまだまだ有る」
小さな少女を脳裏に過ぎらせて。
「一つ一つは小さな可能性でしかないのかもしれない。あなたに比べれば未熟で荒削り。けれどその中の一つは、必ずあなたに届く。最強は永遠でもなければ、無敵でも無欠でもない。努々忘れないことね」
「うん」
身体が砕けていった。
「そろそろね」
「ホロウ」
「なに?」
「ありがとう」
「こちらこそ。いいバトルだった……かは怪しいわね」
「最高のバトルだったよ。今まで一番熱かった」
「ならいいわ。色々乱暴なことを言われたのは、貸しにしておくわね。ああ、最後にもう一つ」
「?」
「好きよレイ。愛してる」
「うん。いつかまた聴かせて。世界があたしを受け入れてくれたなら」
そのときは、また――――――――
きっと――――――――




