第9話 死闘の後で
気が付いたら、夜が明けていた。
気を失っていたらしい。
目の前にはクローベアーが倒れている。
死んでいるようだが、いまいちどうしてこうなったか分からない。
先生は・・・・クローベアーの顔の下で潰れていた。
思いっきり吐いた。
昨夜先生と一緒に食べた時はあんなに美味しかったのに、何でこんなに苦くなっているのだろう。
自分の体を見てみると、服もボロボロだし、弓も折れているのに傷一つない。
木から落ちた時や、私を守るために先生に突き飛ばされた時に沢山傷がついていたと思ったけど、どこも痛くない。
深く眠ったせいなのか体力も完全に戻っている。
でも、先生は・・・
また怒りが込み上げてきて雄叫びをあげながら死んだクローベアーにナイフを突き立てたが、怒りも寂しさもどこへも行ってくれなかった。
「ロッソ先生・・・・ロッソ先生・・・なんで私なんかのために・・・私が余計な攻撃を仕掛けたから・・・・ごめんなさい・・・・」
とめどなく流れる涙と謝罪と後悔の言葉がようやく尽きたものの、ボーっとへたり込んでいたら、足元に綺麗な玉が2つ転がっているのに気が付いた。
拾い上げてみると、一つは虹色の玉で、見ている間にもキラキラと色が変化を続けている。
もう一つの玉は水色の透明な玉で、何やら文字が書いてあるが学のない奴隷に文字が読めるはずもない。
何だか分からなかったが、綺麗だったし、何かの役に立つかも知れないので持ち物袋に入れておいた。
少しだけ気が逸れたおかげか、気持ちが段々落ち着いてきた。
とにかく先生をこのままにしておきたくなかったので、穴を掘って埋めてお墓を作った。
クロウベアーをどかすのに凄く苦労したけど、解体しながらどかすことで何とかなった。
夜までかかってしまったけど、お腹も空かなかったし、妙に疲れなかったのでぶっ通しで作業したら何とか形になった。
顔以外殆ど潰されたり噛み千切られたりしていて、原型を留めていなかったが少なくともこれ以上魔物や動物に食べられてしまうことはないだろう。
その晩は先生のお墓の前で泣き続けた。
ただただ、悲しかった。
次の日の朝、たっぷりと泣いて、川で体を清めてせいか、少し頭がクリアになってきた。
先生は私に『生きろ』と言った。
だから精一杯生きるのが私の義務だ。
そういう意味では、本当ならさっさと下山するのが正解だったのだと思う。
でも、まだ先生の側を離れたくなかったし、服はボロボロで色々なところが全然隠せていないので、服を作ることを口実に暫く留まることにした。
クロウベアーの毛皮を剥いで洗ってから鞣す。
幸い、鞣すための植物は山中には豊富だし、毛皮は大きいので十分大きな服になってくれそうだ。
肉は血抜きが出来なかったので臭かったが、食べられなくもなかったので、毛皮を燻すついでに燻製肉を作った。
その間に、何が起こったのかをもう一度考えることにした。
だって絶対に生きている今がおかしい。
何故私が傷一つなく生き残って、クローベアーが死んでいるのか?
この玉の正体は何なのか?
最後に覚えているのは、左手でクロウベアーに触ったところだ。
近くの木にその時の様子を再現するように左手を添えて記憶を辿る。
「確かあの時はこうして、『全てを奪う』って言ったような・・・」
すると、突然左手が熱くなり、凄い勢いで体内に何かが流れ込んでくる。
驚いて硬直していると、木はみるみるうちに枯れていき、体内を暴れまわった何かはいつしか右手に収束して、新たな虹色の玉が手の平に転がっていた。
「これは・・・木の命を私が吸い取って玉にしてしまったというの?」
試しに木にできたばかりの虹色の玉を押し当ててみると、スッと吸い込まれて今度はみるみるうちに木が蘇っていく。
「凄い・・・じゃあ、さっきのはあのクロウベアーの命の玉ってことね。私、先生の仇を討てたんだ。もしかして!?」
もしかして!もしかすると!これを使えば先生が生き返るかも?
枯れたばかりの木がこの玉を吸収することで蘇ったのだから同じことが先生にも出来るかもしれない!
埋めたばかりのお墓を掘って先生の死体に虹色の玉を押し込んでみる。
でも、何の反応もなかった。
玉は拒絶されて押し込もうとしても押し込めない。
もう体がボロボロだから?
時間が経ち過ぎているから?
さっき成功したのは玉を作った木自身の玉だったから?
疑問は尽きないが、結局先生は帰って来ないという事実を再度突き付けられた私は、酷くまた落ち込んだ。