第10話 出奔
思うところがあって作品タイトルを変えました。
引き続きのご愛顧をお願いします。
ミコトは泣く泣くロッソの蘇生を諦めて、遺品としてナイフを貰い、改めて丁重に葬った。
その後、クローベアーの毛皮で服を作り、膀胱で水筒を新しくし、余った毛皮で肩下げバッグも新しくして山を下りた。
持ち物入れの中に入っているのはナイフ(ロッソの形見)・火打石・山菜・果物・塩・干し肉・ツルで作った紐の余り、クローベアーの爪や牙等だ。
もちろん、虹色に輝く玉と水色の文字の書いてある玉も忘れてはいない。
流石に弓が壊れてしまった状態では狩りもできないし、ロッソの死を仲間に伝える義務もある。
クローベアーの出現という危険が高まった以上、2人組ではなく編成を変える必要があるかも知れないし、兵士が出動するかもしれない。
こうして、ミコトは3年ぶりに集落を目指したのだった。
「ふう、久しぶりね。」
以前研修の終わりにロッソ先生とユイちゃんと3人で見た町を一望できるところまで下りてきて少し想い出に浸ってしまった。
ロッソ先生を喪った痛みが改めて胸を抉ってきたので、再び足元を見ながら集落に下りた。
何も変わっていないな、ここは。
丁度晩御飯の時間だったらしく、世話役のジジババに挨拶して一緒に食べさせてもらう。
あまりの服装の変わりように驚かれたが、事情を説明したら納得してくれた。
目立たないようにと新しい奴隷の服を渡されたが、後で着替えると言って荷物袋に入れた。
食事の味は3年前と全く変わっていなかった。
工夫自体が許されていないのか、向上心がないのか分からないが、ロッソ先生が私のペーストで喜んでくれたのも頷ける。
守護の役目の同僚を見つけてロッソ先生の死とクローベアーの出現について報告したところ、驚きと悲しみと共に無事を喜んでくれた。
クローベアーについては退治を終えたと報告したところ、最初は信じていなかったが、着ている毛皮の服が通常の熊のものではないことに気が付いたことで信じてもらえた。
持って帰って来たクローベアーの爪や牙も普通の熊に比べて大きくて妙な光沢があって硬いので、持って帰って来て良かったと思う。
彼らはロッソ先生が差し違えたと考えているようだったが、敢えて訂正する必要もない。
労いの言葉と共に兵士への報告を変わってくれたのは有り難かった。
正直、今の状態で兵士に偉そうに何かを言われたら得たばかりの左手の力を使ってしまうと思う。
そうなったらもう仲間含めて酷い目に遭わされるのは目に見えている。
兎に角距離を取るのが何より大事だ。
そして、久しぶりの大人部屋での夜だった。
ユイちゃんを見つけて久しぶりに近況を報告し合った。
ユイちゃんは畑仕事にすっかり慣れて、忙しいけど平和な日々を送っているとのことだった。
夜の営みにも参加して、徐々にその良さが分かるようになってきたと言う。
私も3年前には触りだけ参加してたけど、お姉さんが兵士達に襲われてからは一度も参加していない。
ロッソ先生にも勧められていたが、唯一営みを共にしたかったロッソ先生の無残な死を見てしまったせいか、全くその気にならなかった。
ただ、久しぶりに見る夜の大人部屋の光景は前ほどの嫌悪感をもたらさなかった。
時間が少しずつ解決してくれたのだろうか。
でも、ロッソ先生の死による悲しみや喪失感は変わらないと思う。
そして、改めて湧き上がる市民や貴族への怒りも。
ロッソ先生がもっと強い武器や防具を装備していたら死ぬことはなかったんじゃないか。
『罪に誘われないために』って言って私達に良い武器や防具を持たせなかった彼らのせいでロッソ先生は死んだんだ。
実際にはロッソ単体なら倒せないまでも生き残ることは出来た蓋然性が高いのであり、ミコトの暴走がロッソの一員であるということはミコトも分かっている。
だが、ミコトはその事実と直面し続けるには幼過ぎた。
自分の無力を呪いつつも、どこか他へ怒りの矛先を向けないと暴走してしまいそうだったのだ。
ロッソ先生の死を含む山での暮らしをユイちゃんは真剣に聞いてくれて、ロッソ先生の死のところでは一緒に泣いてくれた。
ユイちゃんだって彼女の唯一の山暮らしでは一緒だったし、私のことを聞くために話すことも多かったはずだ。
だから、ロッソ先生の形見のナイフはユイちゃんにあげることにした。
ユイちゃんは喜んで胸に抱いて大事にすると言ってくれた。
ユイちゃんは本当に真っ直ぐで優しい子だ。
ユイちゃんと話していると楽しいのだが、自分が酷くひねくれた女の子だと実感させられるのが少しだけ辛い。
流石に不思議な力のことは話さなかった。
まだ自分でも分からないことだらけだし、この変わらない暮らしに変な波を立てたくなかったから。
そしてその晩、私はこっそりと集落を抜け出した。
新しい弓矢を失敬した代わりに、山で採った山菜や果物を置いておいた。
奴隷の服も返しておいた。
もう二度と着ないという決意と共に。
私はここには居られない。
明らかに異分子だ。
唯一の頼れる大人だったロッソ先生も私を守って死んでしまった。
本当はここで大きくなって子供を産んで育てていくのがロッソ先生の望みだったのは分かっている。
だけど、私はここで教わったことを疑問に思うのも、理不尽に怒ることも止められそうにない。
それなら迷惑をかけないように1人で生きていく方が良いだろう。
新しい力についてもまだまだ分からないことだらけだ。
奴隷たちは重労働と夜の営みの疲れでぐっすり寝ている。
真っ暗な集落を山で鍛えた気配を消した歩きで静かに進む。
誰にも気付かれず、私は1人でまた山に入った。




