第56話 作戦会議
翌朝目が覚めると、まだオムは寝ているようなので朝食の準備をすることにする。
今日は天気がいいし、ずっと独房にいたオムが久しぶりにソファで寝ているのを邪魔したくなかったからね。
赤竜島に帰ってきたことでまた魚を食べたくなったが、クリムゾンの肉がまだ残っていたので、焼いて塩胡椒で味を着けて野菜と一緒にパンと挟む。
追加で火を熾して鍋で魚の骨と一緒に野菜を煮込み、これまた塩胡椒と魚醬で味付けしたスープを作って完成だ。
オムにクリムゾンの肉を食べさせる訳にはいかないので、彼には別に刺身に味付けをしてパンに挟んだものを用意しておいてあげる。
王都育ちのオムのことだから刺身は初めてだろうから驚くだろうな。
チルチルにはパンをちぎってあげれば問題ない。
朝の暖かいスープに癒されながらパンを食べる。
少しパンを炙った方が香ばしくなって良かったかな?
久しぶりに静かでゆったりとした朝にほっとため息が出る。
さて、これからどうしようかと考えてみるけど王宮に飛び込んでいって暴れるくらいしか思いつかないな。
まあ、多少の知識は得ているとはいえ所詮は10歳の子供だからね。
知識の玉も沢山手に入ったんだけど、いきなり知識が増えるのは気持ち悪かったりするから吸収しないで捨てちゃってるんだよね。
なんて考えながら2つ目の魚はさみパンを食べていると、オムが顔を出してきた。
「いや~あんなに柔らかいところで寝たのは久しぶりだったよ。独房の床は硬くて冷たいからさ。お、良い匂いがするね。」
「おはよう、オム。あんなところに1年も居たんじゃ無理もないね。朝ご飯作ってあるから一緒に食べよう。」
「うわぁ、いいのかい?昨日に続いて悪いねぇ。」
全く悪そうな顔をしないで嬉々として私の渡したお椀にスープをよそい、パンを掴むと物凄い勢いで食べ始めた。
「ちょっとちょっと、せっかく作ったんだからもうちょっとゆっくり味わって食べてよね。」
「ふぃあ、もうしわけひゃい。ゴクン。いや、申し訳ない。昨日は晩御飯を食べずに寝てしまったし、何より1年間の飢えが酷くて・・・でも、本当に美味しいよ。暖かいスープなんて本当に久しぶりだ。」
そういうオムの目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
私は直ぐに出てしまったけど、あんなところに1人で碌な飲食もさせてもらえずに1年間もいたのでは仕方ないか。
「分かったけどさ、取り敢えず昨日は脱出でバタバタしたからこんなところまで飛んできたけど、これからどうしよっか?」
「ん~、これからどうするかを決める前に2つほど確認すべきことがあるね。」
流石にゆっくりと食べてくれるようになったオムだが、既にスープは2杯目でパンは3つ目だ。
ロッソ先生から昔聞いた話だと山で遭難したりして長いこと飢えた後は胃が小さくなって沢山は食べられなくなるって聞いたんだけどなぁ。
「2つってなに?」
「1つは最終目標、最終的にミコトが何を成し遂げたいのかということだね。もう1つは我々の関係性の確認だね。」
「最終目標と関係性か~。関係性は仲間って言うのじゃ駄目なの?」
「駄目じゃない。むしろとても嬉しい。仲間でも役割と言うか責任を決めておくことが大事なんだよ。」
「ん~ちょっと良く分からないな。」
「人も動物もそうだけど、数が集まると1人より大きなことを成し遂げることができる。だけど、祖なるためには役割分担が大切なんだ。そこをハッキリしないと不協和音が生じて集団が崩壊する。まあ、まだ2人だからどっちがリーダーかを決めておいて、後は都度相談とかでも今は良いけどね。」
「そう?じゃあ私がリーダーね。一番強いし、ご飯も私が用意しているから当然よね。」
「ああ、それでいいよ。俺はリーダーって柄じゃないからね。恩人のミコトがリーダーで良い。俺は武力も生活力もからっきしだけど、研究で得てきた知識とスキルで色々と役には立てると思うよ。」
「うん、それでいい。それで、最終目標に関してだけど、今のところ仇討ちかな。王族たちを全員殺さないと気が済まない。」
「うん、それは1つの目標だろうけど最終目標としては相応しくないな。それならミコトの力があればあっという間に成し遂げられるだろうね。でも、王族たちを全員滅ぼした後はどうするんだい?」
「その後って?」
「つまり、殺すだけ殺してその場を去ったら、結局別の誰かが王になって、罪人として追われ続けるかも知れない。あるいはミコトの強さを恐れて取り込みにかかるかも知れないけど、仇討ちが終わった後の生活が他の人に大きく左右されることになるよね。」
「うん。なるほど。例えば自分が王様になっちゃえば良いとかって話な訳ね。」
「そう。もちろん、自分自身が王様になってもいいし、誰か信用できる人に王様を任せてもいい。お勧めするのはそのどちらかかな。」
「確かにね。う~ん、悩むところだね。正直、王様になるってイメージが湧かないし、私は元々自由な生活をしたくてフリーランスしてた訳だし・・・・でも、王様は一番偉いから一番自由なのかな?」
「ん、良いこと聞くね。実際には王様は奴隷や罪人並みに自由ではないと思うよ。そりゃあ飢え死にすることはないし、誰かに頭を下げることはないけど、国内の状況・人の能力を把握して人事を決定したり、日々色々な意思決定を強いられたり、まあしがらみに雁字搦めで自由とは程遠いと思った方がいいよ。」
「へー、そんなもんなのね。もっと好き放題できるのかと思った。」
「まあ、もちろんやってやれなくはないんだけどね。そうすると国が荒れて反乱分子が出てくるって訳さ。今回だって私もミコトも濡れ衣負わされて投獄されたり仲間を傷つけられたから歯向かう気になったでしょ。好き勝手やればその分敵が増えるってこと。今回は正にその典型。」
「なるほど。確かにこれまでは奴隷制度なんてやってる理由を問い質したいとかは思っていたけど殺してやろうとは思っていなかったわね。」
「そういうこと。だから始終あっちこっちに気を遣って最適化しなきゃいけないから大変だと思うよ。それでもなりたがる人は多いけどね。」
「う~ん、じゃあ。誰か私を自由にしてくれる信頼できる人を探して、その人を王様に押し上げるってことでいいのかしら?」
「うん、それでいいと思うよ。そうなると行動指針は人探しと育成と王族打倒って感じかな。」
「大きく3つに分かれる訳ね。やっぱりオムは凄いね。思ってたよりずっと頼りになるわ。細かいことはまたお昼ご飯を食べながら詰めるとして、少し考えておいてくれる?私はここのレッドドラゴンの長に挨拶をしながら久しぶりに狩りをしたいから。」
「分かったけど、一つだけ質問に答えてくれないかな?」
「何?」
「どうして俺の能力を奪ってしまわなかったの?ミコトならそれが出来たはずだよね。」
「ああ、私のスキルのことも分かるのね?」
「うん、悪いとは思ったけど夕べ調べさせてもらったよ。『生殺与奪』のスキルさえあれば俺の『全知』のスキルだって楽に奪えたろうに。」
「その質問の答えだって分かるでしょうに。まあいいわ。あなたからスキルを奪わなかったのは、1人で何でもやるのは限界だって思ったから。ブルブルを喪って私がいかにチルチルやブルブルに支えられてきたが分かったの。単に生きるだけなら私は1人だってずっと生きていけるけど、それはつまらないと分かったのよ。オムとならお互いに良い関係ができると思ったのよね。お互い苦労してる分信用できると思ったしね。」
「なるほどね。そういうことなら俺としても全身全霊で信頼にこたえないとね。作戦のことは任せてくれ。ただ、ここに1人残されるとおっかないから、結界張って行ってくれると助かる。」
「分かったわ。大きいものなら息が苦しくなる前に戻れるでしょ。」
「じゃあ、それでお願いするよ。」
そうして私はパフ様に挨拶とその後の報告をするために岩山に飛び、オムは計画を考えるためにテントに残った。