2(真っ白なお粥)
母は、「そうね」納得したように頷き、立ち上がった。「学校に連絡しておくわ」
「お願い」
「特に今日は冷えるし」自分の手を擦り、「今は小雨だけど雪になるかも」
「ほんと?」
昨夜の天気予報じゃ、一日雨だったのに。
雪の日に残念だ、と少し思ったら、「あんたは布団の中で静かにしてなさい」見透かされた。「お粥かなんか持ってくるから。風邪薬も」
「うん」頼子は素直に答えた。「ありがとう」
「どこで貰ってきちゃったのかしらね」と、母は部屋を出ていった。
そう云えば、クラスで何人かマスクをしてたような気がする。
伊織ちゃんは一昨日、休んだ。
その割には、昨日の彼女は元気だった。
男子に交じって余った給食デザートじゃんけんに参戦してたし。
あー。頼子は確信した。伊織ちゃんだ。
チョーシに乗った伊織ちゃんから伝染されたんだ。
病み上がりのクセに、マスクもなしにケタケタ笑ってたもん。
小学校からの友達である町村伊織は、基本、健康優良児だ。
一昨日がむしろ異例中の異例、鬼の霍乱としか。
あんにゃろ。
だが、責めても詮無いことだ。
一緒になってケタケタ笑ってたのは他ならぬ自分なのだから。
自業自得である。
でも、と思う。
あんにゃろ。
今は責めても許される。
あんにゃろ。
あんにゃろは貴重な深海魚の肝の塩辛で、主に北陸で食べられる珍味です。
なははは。
お盆を片手に戻って来た母がぎょっとした。「あんた、熱、上がってない?」
「なんで?」にゃんふぇ?
「ひどい声ね」
母はローテーブルを枕元に動かした。
積んであったノートや本を学習机に移動させると、ペットボトルのスポーツリンクとお茶を一本ずつと、湯飲みを置いた。
「ストローのほうが良い?」
頼子は身体を起こしながら、小さく首を振り、「大丈夫」と答えた。
食欲はなかったが、茶碗の真っ白なお粥をスプーンで二口、食べた。
「もういい」もぅふぃふぃ。
お茶碗と交換で渡された顆粒の市販薬を舌に乗せ、苦味を洗い流すようにお茶を飲んだ。
「ごちそうさま」もぞもぞ布団に潜り直した。
「ラップして置いておくから」
お腹が空いたら食べなさいね、と母は屈んで、娘の顔にかかる前髪をそっと指で払った。「辛かったら直ぐに電話しなさい」
「お仕事中に、」
「いいから」娘の言葉を遮った。「遠慮したらかーさん、怒るよ」
娘の口元が小さくゆるむ。
「静かに寝てるのよ」立ち上がって、母は云った。「それじゃ、行ってくるから」
「はぁい」鼻声で娘は応えた。「気をつけて」
「あんたもしっかり寝るのよ」
母はドアをきちんと閉めていかなかった。
程なく頼子は、ふんわりと熱っぽい眠気で包まれる。




