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転生

ん?


 ここ、どこだ?


 意識はある。


 けど、身体が動かせない。


 というか……身体の感覚そのものがない?


「僕は……どうなったの?」


 そう考えた瞬間――


 真っ白だった空間が、まるで裂けるように開いた。


 その向こうに、映像が浮かび上がる。


「なんだろう?」


 漫画の吹き出しみたいに空間が裂け、その中に映像が映し出されている。


「ん? 家の前かな?」


 見慣れた門塀が見える。


 映像を注視すると、ぐっとアップになった。


 門の前には人だかり。


「警察官に、救急車、近所の人……」


 そして、見慣れた僕のバイク。


「名前がない号もあるな」


 ……いや、まだ名前は付けてないだけなんだけど。


「それと……あ、ぶつかってきた人」


 どうやら警察官に拘束されているみたいだ。


「まあ、怪我はなかったみたいで良かった」


 その少し先には、白いシーツのようなものを掛けられた物体がある。


「……あれ?」


 なんだろう?


「いやいや、家の前に迷惑なんですけど? 帰ったら片付いてるかな?」


 自分の家の前なのに、妙に他人事だ。


 すると、見覚えのある人物が映像の中に入ってきた。


「あれ? おじいさんの執事さんもいる」


 警察官と何か話している。


「なんだろう……」


 残念ながら、音声までは聞こえない。


 そのとき――


「あっ、クロくん!」


 クロの姿を見つけた。


「かわええなぁ……」


 思わず顔が緩む。


 ……ん?


「怒ってる?」


 クロは白いシーツを口で咥えて捲り、前足で何かをテシテシと叩いている。


「めっちゃ可愛い♪」


 ……でも、何を叩いてるんだ?


 映像がさらに近づく。


「えっ?」


 そこに映っていたのは――


「僕?」


 自分の顔。


 左下のあたりが、赤黒くなっている。


 そして、そこでようやく理解した。


「あ~……」


 僕、死んだんだ。


「なんで?」


 考えていると、映像の端に何かが見えた。


 どうやら警察官が持っている調書のようなものらしい。


「んと……」


 目を凝らして読む。


「白河家に泥棒が侵入。警報が鳴ると同時に異様な犬の鳴き声が響き、犯人は逃走……」


 白河家?


 ……おじいさんの家か。


「逃走中に五月家の前で、出勤のためバイクを押して出てきた五月薫、二十八歳と衝突」


 そこには、僕が最後に見た光景の説明が続いていた。


「その際、犯人の所持していた包丁……刃渡り二十五センチが刺さる」


 ……包丁?


 ああ。


 あのとき、ぶつかってきた人がヘルメットを被っていた理由も、それで分かった。


 そして――


「犯人は五月薫氏のバイクにつまずき、門塀に激突して失神。五月氏は犯人に手を伸ばしたまま倒れたと見られる……」


 なるほど。


 倒れたときに刺さっていた包丁が、さらに深く刺さったのか。


「それで……絶命と」


 自分のことなのに、妙に冷静だった。


「そっかぁ~……死んじゃったかぁ」


 まあ、死んだものは仕方ない。


「でも、悪いことした人がこれで捕まったなら良かった」


 それより――


「おじいさんの家って、白河家なんだ……」


 名前を聞いたことがある。


 確か、現当主の白河英嗣さんが立ち上げた企業で、この国では某有名な自動車会社より資産があるとか、そんな話だったような……。


「クロくん、良いとこに住めたね♪」


「いやいや……住めたね♪じゃねーよ!」


「え?」


 突然、声が頭の中に響いた。


「せっかく仲良くなれたと思ったのに、間抜けな死に方で死にやがって!」


「……誰?」


 キョロキョロしてみる。


 もちろん身体は動かない。


「えっ、誰? どこにいるの?」


「クロだよ」


「……え?」


「刺された瞬間なら、何とか回復できたんだけどな……。間に合わなかった。すまん」


「えっ?」


 クロ?


「クロくん?」


「そうだよ」


「なんで? どうして?」


 プチパニック。


「落ち着けって。説明すると、俺は犬じゃないんだよ」


「……え?」


「これでも神獣って呼ばれる狼なんだよ」


「イヤイヤイヤ」


 そんな馬鹿な。


「ラノベじゃないんだから……」


 でも、映像を見ると――


 僕の背中にちょこんと座って、こちらを見ているクロの姿が映っている。


「……マジで?」


「マジで」


 映像の中のクロが、コクリと頷いた。


「マジかぁ~」


 驚いた。


 ……驚いたけど。


「スゴいんだね、クロくん」


「まあな」


「なら、聞いてもいいかな?」


「ん?」


「僕以外に誰か怪我してない?」


 クロが黙る。


「おじいさんの家の人とか、大丈夫だった?」


「はぁ~……」


 ものすごく大きなため息が聞こえた。


「その辺は大丈夫だ。お前だけだよ」


「そっか。良かった」


「……って、おい!」


「ん?」


「先にそれか? お前、死んだんだぞ?」


「あ……」


 そうだった。


「そっかぁ……」


 少し考えて、僕は苦笑する。


「ごめんね。これから一緒に遊べなくなっちゃったね……」


 クロと、もう遊べない。


 そう思うと、急に寂しくなった。


「はぁ……」


 今度はさっきより大きなため息。


「まあ、そういうヤツなのは分かってたけどな……」


「どういう意味?」


「俺は、この白河のじいさんが死ぬときに、魂を天界へ連れていくよう遣わされてたんだよ」


「おじいさんを天界に連れて行くって……」


 そこで僕は少し考える。


「クロくん、死神様のパシリ?」


「違うわっ!」


「お、違うのね」


「なんで納得してんだよ……」


「じゃあ、なんでクロくんがこっちに?」


「ん……まあ……」


 クロが言葉を濁す。


「天界でヤンチャした罰でもあるんだけどな……」


「ヤンチャ?」


「こっちに来て、ふてくされてたんだよ」


「ふてくされてたんだ……」


「そんなときに、強引に公園へ連れていかれてな」


「それで僕に会った、と」


「そういうこと」


「なるほど」


 それなら、ずっと気になっていたことを聞いてみよう。


「でも、なんで僕のことをそんなに気に入ってくれたの?」


「ん~……」


 クロが少し考える。


「おまえ、旨そうな匂いがしてさ」


「え?」


「そうだな。人間が鰻とか焼き鳥の匂いを美味しそうに感じるのと一緒だな!」


「えっ?」


 僕、食べられちゃう?


「いやいや、食わないよ!」


「本当に?」


「人間なんて食ったら、俺、この世界にいられなくなるし」


「……」


「それに人間なんて排ガスにまみれてる上に、化学調味料とか……食べたら不味いだろ?」


「いや、そこは知らないけど……」


「おまえの匂いだけだ」


「なるほど……」


 よく分からない。


 でも、僕から変な匂いが出ていたらしい。


 だから、あまり人が近寄らなくて、動物ばかりが寄ってきていたのかもしれない。


 ……いや、そんな理由だったのか?


「でな」


 クロの声が少し真面目になる。


「お前の死は、イレギュラーなわけだ」


「イレギュラー?」


「犯人に刺されて、そのまま動かなければ死ななかったんだよ」


「え?」


「まあ、普通は動けないんだけどな」


 クロが続ける。


「俺のせいで、お前、鍛えてただろ?」


「ん~、まあ……」


 確かに、クロを抱っこするために筋トレを始めた。


「でも、クロくんのためじゃないよ」


「分かってるって」


 クロが苦笑する。


「まあ、でもな。神界からすると、俺のせいらしい」


「神界?」


「そう。でな、この世界じゃないけど、転生させるってことになったから……」


「転生かぁ~」


 最近、よく聞く言葉だ。


「最近流行りだもんね……」


「いや、流行りとかそんなんじゃなくてだな……」


 クロが呆れたような声を出す。


「まあ、俺の親が加護を与えてくれるらしいから、次の世界で頑張ってくれ!」


「え?」


 親?


「加護?」


「そう」


「加護ってなに?」


「あ~……まあ……あれだ!」


 クロが少し困ったように言う。


「ラノベとかであるようなヤツと認識しておけばいい」


「たぶん……」


「たぶんって……」


 なんとも頼りない。


「まあ、いいや。分かった。お願いします」


「ん」


 クロが返事をする。


「なら、今から転生させるからな……」


 声が少し寂しそうだった。


「また、会えたらいいな……」


「そうだね」


 僕は笑う。


「クロくん、神獣なんでしょ?」


「まあな」


「なら、また会えるかもね」


「ああ」


 その瞬間――


 僕の周囲が、穏やかな光に包まれ始めた。


 ……体の感覚は相変わらずない。


 だから本当に光に包まれているのかは分からない。


 でも、そんな感じがする。


「そろそろだな……」


 クロの声が遠くなる。


「こっちの家のことは気にするな。白河のじいさんが何とかしてくれるはずだからな……」


「うん」


「頑張れよ」


「ありが……」


 最後まで言葉を伝えることはできなかった。


 僕の意識は光に包まれ――


 そして、静かに消えていった。

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