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取材記録_美浦_20290117

●一人目 刀坂(とうさか)(あきら)(25) 九時五十二分 場所:美浦トレセン調教トラック横


 おはよう。

 はじめまして、かな。刀坂(とうさか)(あきら)です。よろしく。

 ああ、今年から新しく取材に入るようになったんだ。道理で見たことないわけだね。競馬の記者ってわからないことが多くて大変だと思うけど無理せず頑張って。困ったことがあったら訊いてね。

 え? テレビで見るより綺麗ですね? はは、照れるね。ありがとう。騎手は見られる職業だから多少気を使ってるんだ。君も凄く綺麗な黒髪をしてるね。よければあとで使ってるヘアケアの商品を教えてよ。

 おっと、話が逸れたね。それで、訊きたいことってなにかな?

 ……え? 岸さんのこと? ……岸さんかあ……。いや、もちろん知ってるよ、岸さんのことは。競馬学校でも二つ上の先輩だったし、同じ美浦を本拠地にしている騎手だしね。

 でもそんな取材初めてだからさ。ちょっとびっくりしちゃった。

 それで、どういうことが知りたいの? 私にわかることだといいんだけど。

 ……岸さんはどういう人ですか、か。

 ずいぶんざっくりとした質問だね。うーん、困った。

 まず、騎手としての腕前は一級品だね。

 デビューして数年であの「有馬の奇跡」でノッキンオンハートでイスカンダルを破る偉業を達成してるし、一昨年からのトルバドゥールの快進撃は岸さんが騎手じゃなかったら成し得なかったことだと思う。騎手として目標としてる人の一人だよ。

 ……君が求めてるのはこういう答えじゃないかな?

 ごめんね。でも、私が岸さんのことについて知っているのはそういう騎手としての光明の部分だけ。いわゆる影の部分とかはよくわからない。プライベートな部分はもっとね。だから私は岸さんという人間のことをほんのちょっとしか知らないのかもしれないね。

 このインタビューには私は不適みたいだ。

 そういうことを知りたいなら猿江くんとかが詳しいかもしれないよ。たしか所属厩舎が同じだった時期があるはずだから。

 調教も終わって、この時間は食堂にいるんじゃないかな。


 

●二人目 猿江(さるえ)(けい)(25) 十時十五分 場所:美浦トレセン内食堂


 刀坂に訊いてここに?

 まあ、別にこのあとは時間あるから構わないけど。

 岸さんのことだっけ?

 ……うーん。……いや、仲が悪いってわけじゃないよ。まあ、だからって良くもないんだけどな。岸さんって少し人と距離を取るところがあるし、俺もそんな誰とでも仲良くできる器用なタイプじゃないから。俺にとっちゃ出会った時期も最悪だったし。あんまり余裕がなかったしな。

 ん? 岸さんが昔からあんな感じだったかって?

 いや、競馬学校時代は少なくとも違ったよ。違った、っていうか真逆かな。社交的だったし、なにより馬に乗ることが本当に好きって感じで。

 だからこそ久しぶりに面と向かって会った時、人が変わったみたいで動揺したのはあるかな。だいぶ物静かな人になってたから。

 念のために言っておくけど、だからって別に岸さんが嫌いとか思ったことはないよ。今だって愛想が少し悪いだけで俺なんかよりずっとみんなと上手くやってるよ。そうじゃなきゃ騎手としてあんなに勝てないしいい馬は回ってこない。

 いつ変わったか?

 ……。……さあ、いつだろうな。俺が美浦に移った時にはもうあんな感じだったから。……え? 俺が最初から美浦所属じゃなかったのかって? その話はややこしくなるから今はいいよ。帰ってから勝手に調べてくれ。あんまり期待しないでくれよ。別に楽しい話じゃないから。

 とにかく、そういうことなら俺は力になれないと思う。ごめんな。あんまり協力できなくて。

 そういうのは岸さんの同期の騎手とかに訊いたほうが良いんじゃないか。今ちょうどこっちに一人、今週末の乗り馬の最終追い切りで来てるはずだよ。高村厩舎の馬だ。こっから右にまっすぐ、奥から二番目の厩舎にいると思う。

 少し変わった人だけど、まあ悪い人ではないよ。



●三人目 一星(いちほし)北斗(ほくと)(27) 十一時〇五分 場所:美浦トレセン某厩舎前

 

 それで俺んとこに来たってわけね。

 ええよ。なんでも訊いてくれて。可愛い子にはつい口が滑ってしまうから余計な事言わんように気をつけんと。――さ、どうぞ。なにを訊きたいんや? アイツの背中のホクロの数くらいならわかるで。

 ……は? 岸がいつから変わったか?

 なーんや。そんなことかい。おもんないなあ。そんなのわざわざ訊いて回らなくてもわかるやろ? スマホで昔の記事調べりゃ一発やん。むしろここで闇雲に訊いて回らんほうが賢いと思うで。あのことは関係者は誰も好き好んで喋りたがらんし、マスコミ連中も早々に触れなくなったんやから。

 ……つーか自分、本当は全部知っててそんな質問してるんやないの?

 図星やろ? わかるんや。俺も自分とおんなじでええ性格しとるからさ。……あっ、ここ笑うとこやで? ええて、そんな無理して笑われても傷つくわ。

 ま、どっちにしてもあんま意味ある取材やと思わんけどね。些細なことで人なんて変わってくもんや。いつ、どこで、なんで。そんなこと探ってっても意味ないわ。けど、まあ、意味のないことそれ自体が人生ってもんかもな。――すまんすまん。つい脱線してもーたわ。可愛い子と喋ると饒舌になってあかんな。

 知っての通り、岸が変わったのはダービーからや。

 もちろん調べとるよな、岸が出た最初で最後のダービー。そして府中で乗った最後のレースがそのダービーや。

 あいつが騎手になってまだ三年目の春。なんとその時点での東西騎手リーディングでトップに躍り出ていた。ガチもんの天才って奴やな。俺なんかその頃ひいひい言いながら馬に乗っとったっていうのに。顔は俺のほうが良かったからファンはあいつより多かったけどな。まあでも、悔しいけどあそこまで突き抜けられると人間嫉妬よりも羨望が勝つ。岸は同期のなかではヒーローみたいなもんやった。

 あのダービーでも他場にいた俺らみたいなのはジョッキールームでモニタに釘付け。天才騎手の名を恣にしてたあいつに、あと欠けてたのは相棒と呼べる名馬の存在だけ。そして、誰もがそうであろうと信じた馬に乗ってたんやからな。騎手じゃなかったらその馬券に全財産つっぱってたわ。

 ……まあしかし、結果から言えば買えんでよかったんやけどな。

 その後なにがあったかは自分も知っての通りや。

 俺からあらためて話すつもりもない。俺が語らんでもYouTubeで動画でも探せばええんやからな。もし、それでもあいつのことがもっと知りたいなら咲島(さくしま)先生とか布留川(ふるかわ)先生とかに訊きな。それが一番早い。

 今度は岸やなくて俺のこと取材来てくれや。

 それじゃ。

 ……あーっ、ちょい待ち。最後にひとつこっちからもええかな? ええ? ありがと。ああ、そんな構えんでええよ。他愛ない話や。

 ダービーは「最も運のいい馬が勝つ」。

 この格言は流石に知ってるやろ? まだ競馬詳しくない新人記者さんでも。知ってる? よかったわ。運も実力の内って言葉もあるように、世代のトップになるにはたしかに運が良くなきゃなれん。ダービーを勝つには運も必要ですよっていうありがたいお言葉や。けどな、俺は捻くれ者やからさ。じゃあ、って考えてしまうんよな。

 最も運のいい馬がおるんやったら、最も運のない馬もおるんかもな、って。

 そしてそれがホンマにおって、びっくりするくらい強い馬だったりするんかなって。たとえば誰もがダービーの勝利を確信した馬だったりして、な。

 なあ、意地悪やと思わんか?

 ――競馬の神様って奴はさ。

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