マリア②
「好きだったからこそ。大好きだったからこそ。大切にしたかったからこそ」
「……っ」
「アレンはお主の頬さえ触れることを躊躇った。我を倒し、世界に光をもたらすという使命。それを全うする為に。己の恋慕さえもその糧として」
染み渡る、ガレアの声。
それにマリアは一筋の涙をこぼす。
視線の先。
そこに佇む、アレンの姿。
そのかつて世界を救おうとした勇者の姿。
〜〜〜
"「勇者様。これからよろしくお願いします。私はマリア。共に世界から闇を祓いましょう」"
"「あ、あぁ。お、俺はアレン。よろしくな」"
仄かに頬を赤らめ、視線を逸らした彼の姿。
それに私も、心が温かくなった。
治癒が使えると言っても。
薬草をたくさん買ってきて。
まだ、二人だけだった頃。
焚き火の番をすると言って、私の為にずっと一人で寝ずの番をして。
どんなことがあっても。
決して、私を責めなかった。
それなのに。
それ、なのに。
〜〜〜
「アレン。あれん。わたしは、わたしは」
呟き。
涙を流し続け、マリアはガレアに懇願した。
「魔王様、お願いします。わたしに刃を。お手を煩わせはしません。この私の手で。自らに終止符をうたせてくださいませ」
そのマリアの懇願。
それに、ガレアはしかし応えることはない。
ゆっくりと立ち上がる、ガレア。
まるで、選択権は自分ではなくアレンにあると言わんばかりに。
周囲の魔物たち。
そして人間たちもまた、一言も声を発することなく成り行きを見守る。
そこに再び響く、マリアの掠れた声。
「どなたでも構いません。私にわたしに。終止符をうたせてください。どなたでも。どうか、お願い。します」
しかし、応えるものは居ない。
いや、居るはずもなかった。
「……っ」
泣き崩れる、マリア。
そのマリアの姿。
それを見つめ--
力無く。
アレンは、瀕死になったゴウメイを離す。
そして。
声を発することなく、アレンはマリアの元に歩み寄っていく。
鞘から剣を抜き、その瞳にかつて愛した聖女の姿をうつして。
そのアレンの背。
それを見つめ、クリスはアレンのとる選択を見届ける。
その先。
そこにたとえ、聖女の死という結末があろうとも。
マリアの前から身を退け、アレンに眼前を譲るガレア。
アレンの意思。
それに呼応し、風がアレンの頬を撫でる。
その風を受け--
マリアの眼前。
そこに辿り着き、アレンはマリアを見下ろす。
「……」
声を発することなく。
闇に染まった眼差し。
それをもって。
「勇者さま。終止符を。貴方様の手でなら」
涙を流し微笑む、マリア。
その笑顔。
それは、はじめて出会った頃のマリアの笑顔そのもの。
振り上げられる、剣。
「ありがとうございます、勇者様。これでわたくしは」
だが、その剣は--
マリアに振り下ろされることはなかった。
「死んで救われるのは。聖女だけだろ」
吐き捨て。
剣を鞘に戻す、アレン。
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