9,恐るべし『最愛の恋人』モード。
小梨くんが仲間に戻った。
めでたい!
さっそく小梨くんに運んでもらって自宅へ。
すると自宅前に、不吉な影がある。
「小梨くんー急上昇してー」
「あぁ?」
小梨くんの反応が鈍い。
結局、自宅前に降り立ってしまった。
不吉な影こと早苗さんが、僕に気づく。
「あ、知樹くん。出かけていたんだ?」
「早苗さん。今日、出勤日だよね?」
「それがね。【無限ダンジョン】内で配置替えが行われるらしくて、とうぶん準備のため閉鎖だって。いきなり休みになったから、来ちゃった」
「ふーん。ちょっと早苗さんごめんね。小梨くん、ちょっと来て、ちょっと」
「んだよ」
小梨くんを家の脇に呼んで、僕は小声で言った。
「『来ちゃった』って、どういうこと? どういう思考回路があったら、事前に連絡もせずに『来ちゃった』なんてできるの?」
「大型トラックで『来ちゃった』した野郎がよく言うな」
「あれは『地獄の上司』モードだったから、ノーカンだよ。けど早苗さんは? いまの早苗さんはなんのモード?」
「そりゃあ『最愛の恋人』モードだろうな」
そんな恐ろしいモード、初めて聞いた。
小梨くんは、『最愛の恋人』モードについて説明を続ける。
「最愛の恋人なので、何をしても許されると思っているわけだな。つーより、何をしても相手が喜ぶに違いないと思っている。今回も東浦さんの中では、『来ちゃった』でお前は喜ぶと思ってんだよ」
「うーむ。『最愛の恋人』モードとは、鬼畜だねぇ」
「てめぇのほうが100倍鬼畜だがな」
たいていの部下は、上司のことが鬼畜に見えるものです。
僕は早苗さんのもとに戻り、ハッキリと宣言することにした。
「早苗さん。僕はこれから美弥と出かけるからね」
すると早苗さんが両手をグッと握って、やる気に満ちたいい表情になる。
「やった! 知樹くんの妹さんと仲良くなるチャンスだね!」
あ、そういう解釈するのだね。『最愛の恋人』モードに勝てる気がしない。
とりあえず、僕は前提条件を口にする。
「早苗さん。美弥と仲良くなれる人は、サイコパスだけだよ」
「知樹くんの妹さんのことだよね?」
玄関ドアの向こう、屋内から美弥の声がした。
「兄貴? 玄関の前で何してるのよ? というか、誰かと話しているの?」
ここで早苗さんを見つけたら、美弥は本気で殺りかねない。
だけど早苗さんも戦闘力を上げてきているから、簡単には殺られないよねぇ。
あれ、意外といい勝負しそう?
などと考えている場合でもないのだ。
「早苗さん、僕の影の中に入って」
「了解したよ!」
早苗さんの早脱ぎ速度は、ギネスに乗りそうだった。
衣服は《影保管》で保管してから、僕の影にダイブする早苗さん。
ギリギリで玄関ドアを開ける美弥より早かった。
「え、兄貴ひとりなの? さっきまで聞こえてきたのは、まさか独りごと?」
「いや、そこに小梨くんがいるんだよ」
渋々といった様子で小梨くんが顔を見せる。
「あら小梨さんじゃない。まだ五体満足なんて、無断欠勤を兄貴に許されたの?」
「あのね美弥。僕は大切な部下を罰するために、五体満足を破損させたりはしないよ。そんなことより、ピクニックに出発するよ。美弥、おしっこはいいの?」
美弥が顔を赤らめる。
「兄貴、デリカシーがないわね!」
しかし、トイレには行くのだった。
僕は台所にお弁当を取りに行く。
そのさい影の中の早苗さんに注意しておいた。
「早苗さん、今日は出て来ちゃダメだよ」
「えー、美弥ちゃんとの距離を縮めたいのに?」
「距離を縮めたかったら、余計に出て来ちゃダメだから。一緒にいることに気づかれたら、美弥との距離が離れるだけだからね」
「は~い」
ちゃんと納得してくれたのだろうか。
不安だなぁ。『最愛の恋人』モードの早苗さんは、僕の想定を超えていくし。
とにかく、美弥と一緒に玄関を出る。
すると小梨くんが指摘するわけだ。
「おい、2人も運べねぇぞ」
「あ、それなら大丈夫だよ。美弥は早苗さんと一緒に、僕の影に入るから。《影同化》でね」
とたん美弥が鋭い眼光を放つ。
「はぁ、早苗がいるわけ? 兄貴、約束が違うじゃない」
「……あ」
いやぁ、ウッカリしました。
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