2,拉致られたい。
だいたいウキウキすると失敗するものだ。
美弥の追跡は飯山家から3ブロックのところで途切れた。
「車に乗られたみたい。もう臭いじゃ追跡できない」
「車ごときがなんだ。頑張れ美弥」
「あとは自分でやってよね。あたし、友達と約束があるから」
モンスター化しても人間の友達と遊びに行くとは。美弥はモンスターとしての自覚があるのだろうか。お兄ちゃんは心配です。
「すき焼きはなしだ!」
「死ね兄貴!」
よし、やりかたを変えよう。
翌日。
公園の公衆電話で警察に匿名通報。
「もしもし僕です。え、誰かって? どうでもいいでしょ、そんなことは。とにかくですね、先日の一家惨殺事件で情報があります。犯人を知っています、見たんで。Sランクの最上級国民です。逮捕してください。いいですね?」
受話器を置いた。
Sランク国民の犯行をもみ消すためには、目撃者は邪魔なわけだ。
つまり僕を消しに来た者から、目当てのSランクへとたどり着けるはず。
匿名通報といっても、すぐに僕の身許は突き止められるだろうし。
あとは待つだけ。
さらに翌日。近所のスーパーに豆腐を買いに行った帰り。
撥ねられた。
信号無視の車に撥ねられ、回転しながら歩道に頭から落ちた。
そうか。口封じするのに、わざわざ拉致してはくれないのか。暴走車で撥ねればそれで済むと。
どうせひき逃げの車は発見されずに終わるか、都合の良い酔っ払いなんかに濡れ衣が着せられるのだろう。
さて、困った。
まわりに人が多すぎる。この状況で完全再生するのは難しい。
逃げるか。
車道へと転がっていき、ちょうど走ってきたトラックにつかまる。通行人たちからは、トラックに巻き込まれて引きずられていったように見えることでしょう。
しばらく引きずってもらってから、路地裏へと転がり込んだ。
人がいないのを確認してから、完全再生。
その足で、前日と同じ公衆電話に行き通報。
「いま轢かれました。え、大丈夫です。運よく急所はノーダメージです。柔道の授業で受け身も習っていましたからね。そんなことより、いまの轢き逃げは最上級国民の仕業だと思うんですよ。もう身許を明かしますから、保護してください」
自宅に戻って、僕のここまでの計画を美弥に話した。
「きっと今度こそ、僕を拉致してくれるはずだよ」
「ふーん。まって兄貴。身許を明かしたら、この南波家に来ちゃうじゃない」
「そもそも僕の身許はバレていたんだよ。だから轢き逃げされたわけだし」
「だからって、この南波家に呼ぶ必要ないでしょ。どう考えても、妹であるあたしも拉致されるパターンじゃない。兄貴が妹のあたしにも、『最上級国民の殺人』の話をしているかもしれないって」
「なるほど~。まぁ2人で拉致られたほうが、飯山家を惨殺したSランク国民のもとへたどり着けそうだよね」
「あたしまで巻き込まないでよねぇ」
美弥が非協力的すぎる。ここは兄として、ガツンと言うときだ。
「美弥! そこに正座しなさい」
美弥は大人しく正座する。
「なによ兄貴、怒ってるの?」
「オリ子の話を思い出すんだ。Sランクの首は5000万円だよ」
「そこなのよね。Sランクの首=5000万円って、【無限ダンジョン】内で仕留めた場合じゃないの? わざわざ出向いて殺したりしても、オリ子がボーナスを支払ってくれるか疑問だわ」
さすが、わが妹。鋭い指摘だ。オリ子は雇用主として最高だが、とはいえ雇用主の限界はある。不必要なボーナスまで支給してくれるほど、太っ腹ではないだろう。
『【無限ダンジョン】外での殺しは、モンスターと知られずにやるように』と注意もされている。
モンスターの殺しとカウントできないのに、ボーナスを支払う義務もないか。
「じゃぁ、こうしよう。まず飯山家を惨殺したSランクを見つけ出す。そしたら拉致する」
「拉致?」
「そう。拉致といういい方が乱暴なら、『招待』でもいいけどね。とにかく【無限ダンジョン】第1階層に来てもらう。僕たちの職場に」
ここまで話せば、美弥もやる気になってくれるわけだ。そこは僕の可愛い妹だからね。
「第1階層で殺せば、オリ子も喜んでボーナスを支払ってくれるというわけね。つまり5000万円もの大金を」
「そういうこと。【無限ダンジョン】内で殺せば文句はないはずさ。冒険者が自主的に来たのか、それとも無理やり連れて来られたのかは関係ない。納得した?」
美弥は正座の姿勢をさらに正して、
「お兄様、納得しましたわ」
呼び鈴が鳴った。
さらに玄関ドアの向こうから、「南波知樹さん? 警察の者です。あなたを保護しに来ました」という声が。
さーて、拉致されるとしようか。
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