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逆鱗のハルトⅢ  作者:
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思惑の交錯②

◇◇◇


 そんなわけで、そのまま小さな部屋に戻ってきた。


 正面には俺たちが下りてきた長い長い階段、左右にはまだ探索していない通路がある。


「ここまで来れば安心でしょう。『中枢』が自己処理を始めているんじゃないでしょうか」


 ストーが全員を振り返って笑顔で両腕を広げると、ウィルと名乗った男性がふんと鼻を鳴らした。


「馬鹿を言うな。海月くらげどもがとっくに穴を塞いだ頃だ」


「……海月?」


 俺が思わず聞き返すと、彼はシャツの裾を両手でぎゅっと捻って水を絞りながらちらりと俺を見る。


「そうだ。鈍色の魔物でな」


「さっき水槽にいたあれですよ!」


「……なんだストー。お前もうあれを見たのか?」


 意気揚々と応えたストーに呆れ声でウィルがこぼし……ん?


 俺は思わず首を傾げた。


 ストーの奴、名乗ったか?


「あなたたち知り合いなのかしら?」


 ファルーアが肩に掛かる金色の髪を払いながら俺の疑問を口にしてくれる。


 しかしウィルは彼女を見ると僅かに目を見開き、短い髪の雫をささっと拭った。


「――そうだ、腐れ縁でな。それよりも美しい女性、名はなんと言う?」


 ……はあ?


 っと、危ない――心の声がこぼれそうになったぞ。


「ファルーアよ」


 さすがと言うべきかファルーアは眉ひとつ動かさずにさらりと答え、妖艶な笑みまで浮かべてみせた。


 視線を走らせると、グランとボーザックは俺と同じような脱力顔。


 ディティアだけは何故かわくわくしたように瞳をきらきらさせている。


〈爆風〉はといえば――にやりと笑うだけ。


 絶対に楽しんでるな、あの顔は。


 そのあいだもウィルは上機嫌で、ファルーアの頬を撫でるような芝居がかった動作で右手を胸に運ぶと、優雅に礼をしてみせる。


「ストー、お前も役に立つじゃないか。こんな美しい女性を連れてくるとは。ファルーア、太陽のような髪も美しいな。――そういえばさっき〈爆風〉と呼ばれていたなお前」


 うっ――!


 瞬間、なぜか皆の視線が俺を射貫いた。


 いやいや、むしろ見るなら〈爆風〉だろ――仕方ないって! ウィルが一緒にいるなんて知らなかったんだから!


 ここが『冒険者』を嫌うアルヴィア帝国だってことを忘れたわけじゃないし、不意討ちにもほどがあるだろ……。


 あまりの居心地の悪さに俺がそっと視線を逸らすと、当の〈爆風〉がからからと笑った。


「ははは。そのとおりだウィル。俺は〈爆風のガイルディア〉――アイシャの『冒険者』だな。……とはいえウィル。お前も相当なものじゃないのか? ストールトレンブリッジ。ウィルが『誰なのか』教えてくれるのだろう?」


「さすが〈爆風のガイルディア〉さんですね。そこまで察しているとは。――丁度私も何故ウィルがここにいるのか問い詰めないといけないと考えていたところです」


 ストーは黒縁の丸眼鏡の向こうで翠色の目を静かに光らせる。


 唇にこそ笑みが浮かんでいたけれど……その目はまったく笑っていない。


 ウィルはそれを聞くと面倒臭そうにため息をつき、左の小指を耳に突っ込んだ。


「――ふん。なにもお前に紹介されてやる義理もない。俺はアルヴィア帝国皇帝『ウィルヘイムアルヴィア』だ。よきに計らえ」


 …………。


 ……え。皇帝……?


「……はぁ? 皇帝がなにやってんだよこんなとこ――でッ……!」


 つい口にした俺の足にファルーアの左靴がズンと打ち下ろされる。 


「――失礼したわね皇帝。状況が呑み込めないのだけれど、教えていただけないかしら?」


 痛い痛い痛い! 黙ってるから退けてくれファルーア!


 必死で涙を堪えているとグランとボーザックが左右から俺の肩にぽんと手を置いた。


 ふたりとも無言で目を瞑り「うんうん」と頷いてくれる。


 ファルーアは何事もなかったかのように足を退かしたけど……目が合ったディティアは眉尻を下げて苦笑いだ。


 ……どうやらウィルは細かいことは気にしない性格のようで、そんな俺を綺麗さっぱり無視すると腰に手を当ててさらりと言ってのけた。


「実は、先ほどの魚にこんなものがあると聞いてな」


「!」


 ウィルが懐から取り出すと同時にポイと投げた『それ』を思わず掴んで――俺は痛みを忘れて息を呑んだ。


 手のひらにすっぽり収まる大きさで、透き通った内部にはまるで血管のような線が幾重にも奔っている。


 ――紅く、紅く。腰に下げたランプに照らし出されなお紅く光る――血色の結晶。


「こ、れは……」


 呻くように絞り出した俺に〈爆風〉が腕を組んで応える。


「さっきの魚型の魔物に埋め込まれていたものだ」


 グランは黙って顎髭を擦るとウィルへと視線を移した。


「それで?」


「ふん。それを調べに下りてきたんだ。――お前が〈逆鱗のハルト〉か? 皇帝勅命の使者なんてものをくれてやったんだ、働いてもらうぞ」


「残念ー、そっちは〈豪傑のグラン〉……痛っ!」


 戯けてみせるボーザックの足をファルーアが襲う。


「……ハルトはそっちだ」


 グランはさり気なくファルーアから距離を取ると俺を顎で指す。


「――ほう? お前が〈逆鱗のハルト〉か……想像よりも頼りないな」


「うぐ……」


 言葉に詰まった俺にストーが憐れな者を見るような生温い笑みを向けてくる。


 するとディティアがぶんぶんと首を振り、〈爆風〉が歯を見せて笑った。


「そんなことありません! ハルト君は凄いです!」


「ははは。安心しろウィル。頼りになるぞ〈逆鱗〉は!」


「……いや、それ……〈疾風〉と〈爆風〉に言われてもさ……」


 無駄に目標が高くなるというか、なんというか。


「えっ、あれ……?」


 がっくりと項垂れた俺に、ディティアがぱちぱちと瞳を瞬かせて首を傾げる。


 肩をぷるぷるさせて笑っているボーザックにとりあえず一撃入れてやってから……俺は唇を引き結んで鼻を鳴らした。


「とにかく! 説明してくれるんだろ? なにがどうなってるんだよ?」



本日分ですー

緊急事態宣言出ましたね。

早く落ち着きますよう。


いつもありがとうございます!

よろしくお願いします。

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