Chapter 2-(5) 自慢の家族
毎回のように出場者は入場門に集められてその場で走順に並び替えられた。羽花は運動会直前に行われた徒競走で好記録だったためかアンカーを任されている。
親子リレーは親から始まり、次に子どもが走り、また親が走るというように交互に順番が回ってくる。つまりアンカーの一つ前は悠馬となり、アンカーが羽花となる。
やはりどこの家庭も走るのはお父さんのようで羽花にとっては顔も覚え始めた人たちが複数いた。
親子リレーは赤チームと白チームの二チームで行われる。悠馬たちは赤組に所属し、他の人たちとは余分にアンカーの襷を受け取った。
悠馬は羽花に襷をかけてからふと隣の白チームを見た。白チームのアンカーは今日の運動会で好成績を修めている厄田親子だ。やはり白チームも手強い相手がアンカーに抜擢されている。
そして子どもの厄田くんは先程から悠馬たちをチラチラと見ては笑っている。羽花も気づいているようだったが、知らない素振りをしてリレーに集中しているようだ。
「あの子か……」
羽花が珍しく感情をありのままに出した負けたくない相手。それが彼であることを悠馬は理解した。実際に羽花は今日、何度も彼と戦っている。
厄田くんに羽花が何をされたかは悠馬は知らない。それでも羽花が苦しみ、勝ちたいと言っている以上はやるべきことは一つだった。
「宮葉家の姫に手を出したこと、後悔させてやる……!」
大人げなく保育園児に敵意剥き出しの悠馬は、気合いを入れて強く鉢巻を締めた。
親子リレーは親と子ども、それぞれグラウンドを半周ずつ走ることになっている。途中で羽花と別れると、早速第一走の人たちが準備を始めた。レース直前ともなると会場の熱気は今日一番にまで高まる。楽しそうに最前列まで出てきて家族を応援する人たちがたくさんいた。この時点で親子リレーという企画は成功だろう。
あとは、羽花にとって大成功のリレーにするだけだ。
聞き慣れたピストル音でレースはスタートした。
赤組の第一走者であるお父さんが若干のリードを白組に対してつけている。すぐに半周を走り終えて今度は子どもの番。さすがに大人と比べるとスピードは劣るが、一生懸命に駆け抜ける姿は見ていて微笑ましいものである。
羽花は厄田くんの様子を気にする素振りもなくただ戦況を見つめていた。余計な心配はいらないようだ。
悠馬は汚田から教わったことを頭で思い出しながら順番を待っていた。時折吐き気がしたものの、短距離走の技術は有益なものだから耐えて復習し続ける。
さすがは目まぐるしく状況が変わっていくリレーということもあって、思い返しているうちに悠馬の走る番はもうすぐそこまで来ていた。
現在は悠馬たちの所属する赤組がリードしている。だが白組もピタリと後ろについており、安心できる差ではない。
ついに前の親子が走り出して悠馬は位置についた。今日大活躍の厄田くんのお父さんへの歓声が凄く、悠馬は完全にアウェーだ。
確かに厄田くんのお父さんの身体能力は恵まれたものがある。拓斗との徒競走もそれでねじ伏せたような結果だった。
でも、悠馬は毎朝羽花を送ってから走っていたのだ。大切な家族のためなら、いくらだって走ることができる。それはもう証明済みの事実である。
順位は変わらずに赤組がトップのままやってくる。ギャラリーのみんなは厄田くんのお父さんの華麗な逆転劇を期待しているのかもしれないが、悠馬はトップを譲る気などさらさらなかった。何なら離してやろうと思っていた。最後を走る羽花は怪我をしているから。
そして何より、羽花が負けたくない相手に悠馬が負けるわけにもいかないから。
悠馬は深紅のバトンを受け取って走り出した。
直線を全力で駆け抜けてすぐに、汚田がポイントとして挙げていたコーナーに差し掛かった。重心の移動、姿勢――汚田から教わった汚くも美しいフォームで曲がって行く。
最初の直線で厄田くんのお父さんに差を詰められたものの、コーナーではむしろ引き離していた。それは僅かな距離ではあるが、悠馬にとっては大きなものである。
最後の直線に入るとその先には鋭い眼差しで待っている羽花がいた。早くバトンを持ってこいと言わんばかりの佇まいだ。その姿に何とも言えぬ高揚感を貰って悠馬の足は加速していく。
いつまでも子どもだと思っていた羽花も、こうして少しずつ成長していく。その姿をまさに目の当たりにした気がしたのだ。
汚田の汚らわしくも美しいコーナーワーク、略して汚美ワークのおかげで厄田くんのお父さんに抜かれることはなく、羽花の元までやってきた。
バトンを渡す瞬間、険しかった羽花の表情は少し綻んだ。
「勝ってこいよ、羽花!」
「うん!」
羽花は悠馬からバトンを受け取って走り出した。
足が地面と接触するたびに痛みが走る。しかし何の手当てもなしだったさっきまでと比べると随分と楽だった。
それでもスピードは通常時よりは劣っている。後ろからは厄田くんが着々と差を詰めてきていた。このままでは追い抜かれるのも時間の問題である。
今すぐにでも走るのを止めてしまいたい。そうすればどんなに楽だろうか。この怪我だったら言い訳だってできる。責める人などいないはずだ。
たった一人、自分自身というものを除けば。
自分から言い出して出場したリレー。前を走った悠馬は羽花が厄田くんに負けない状況をキープしてくれた。
だから絶対に勝って、胸を張って言ってやりたかった。私のお兄ちゃんは凄いでしょ、と。
羽花は激痛に耐えながらスピードを上げた。今やるべきことはただ一つ。目の前の勝負に勝つことだ。
ずっと詰まり続けていた厄田くんとの差も徐々に小さくなってきた。それだけ羽花に速さが増してきている。
途中で拓斗、結希、ミラア、エンス、アリアの姿も目に入った。羽花のために来てくれて、頑張ってくれて、応援してくれたみんなの姿が景色として流れる。
今厄田くんはどんな顔をしているのだろうか。きっと焦って羽花を必死に追っているのだろう。だけど、それも今となっては手遅れだ。どう足掻いても羽花には追いつけない。
羽花は薄らと涙を浮かべた。それは足が痛いからなのか、それとも違う何かからなのか。どちらにせよ、表情は笑ったまま、白いゴールテープを切った。




