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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第六章 今の自分にあるもの
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Chapter 2-(2) 姉と兄の激走

「俺の妹が天使すぎて辛い」

「それな」

「それね」

「アリアさんは姉じゃないですけどね」

 悠馬、拓斗、アリアの三人は撮影したカメラを覗き込んで昇天しそうな勢いで感動していた。一生懸命にパンを咥えようとする羽花の姿は、家宝にでもしたいくらい悠馬たちにとって尊いものとなっている。


「全く、みんなしょうがないんだから」

 そんな三人を見て呆れる結希だったが、結希も羽花のレース中は物凄い速さで連射をしていた。

 結局四人に本当の意味で仕方ないと思えるのはミラアとエンスだけだ。二人はこうなると止められないと悟っているのか、何も言わずに苦笑いをするだけだった。


「よし、次は私だね!」

 パン食い競争の余韻に浸り続けたいところだったが、もうすぐ親子二人三脚の時間となる。今年から導入された親子競技の最初の競技であるため、一緒に走る人たちは自然と気合いが入っていた。それは結希も例外ではない。彼女もまた、架空の羽花と息を合わせるというあまり意味のない練習を積んできたのだ。

 結希が靴ひもを確認していると、パン食い競争を終えた羽花がとことこと帰ってきた。愛の重すぎる三人はスルーして結希の元に寄ってくる。


「お姉ちゃん、これ」

 羽花の手には赤色の鉢巻が握られている。きっと先生から二人三脚用の紐を貰って来たのだろう。

 結希は凛とした表情で鉢巻を受け取り、羽花の頭を撫でた。

「頑張ろうね、羽花!」

「……うん!」

 結希を見て安心したのか、羽花に少し笑顔が戻り、二人は手を繋いで入場門へと向かった。


 入場門で点呼を取り、走る組順に並べ替えられる。さすがに誰も園児のペアはお父さんやお母さんで、結希と羽花のペアは埋もれてしまいそうなほどに小さく見えた。

 その光景に肩身を狭くする羽花だったが、結希が小さな胸をドンと叩いた。

「いい、羽花。これは走力じゃないの! 二人三脚はチームワークなんだから!」

「チームワーク?」

「そう。二人が仲良しじゃないと速くならないの。私たちは仲良し。つまり、大人が相手でも負けないってこと!」

 拳を握って意気込む結希に羽花はキョトンとしていたが、再び結希から差し出された手を嬉しそうに握った。羽花のペアは誰よりも小さいけど、誰よりも頼もしい人だということは分かっている。お姉ちゃんを信じますと握る力をちょっと強めることで伝え、スタート位置へと移動した。


 チラリと一緒に走る園児を見てみると、またしても厄田くんがいた。名簿の順番からして一緒であることが多いのだろう。厄田くんのペアとなるお父さんは身体がしっかり作り込まれており、いかにもスポーツマンという格好だ。

 一瞬目が合ってにやりと厄田くんが笑うのが見えた。きっと羽花のペアが小学生のお姉ちゃんということを知って、馬鹿にでもしているのだろう。

 気にしてはいけないと羽花は思うが、それでもここ数日、心に引っかかり続けていることが蘇ってくる。もしもお父さんがいたら、隣で足の紐を結んでくれているのは結希ではなかっただろう。そんなことを考えるとまたナーバスになってくる。


「きつくない?」

「え? あ、うん」

 上手く聞き取れずに曖昧な返事になった羽花だったが、それに満足した結希は何度か結ばれた足を動かしていた。こうして間近で見てみると小学生とはいえ、結希の足は羽花よりもかなり大きく見える。


 しばらくすると順番が回ってきた。パン食い競争のときと同じ先生がピストルを天に掲げている。

「よーい、スタート!」

 発砲音とともに全員が一斉にスタートを切る。

 一番最初に飛び出したのは厄田親子だった。まるで一人のようにスムーズに足が出され、何も躓くことなく進んでいく。他のチームとは一味違い、ぐんぐんと差を付けていた。


 あっという間に厄田親子はゴールし、その速さに観客は拍手喝采した。お父さんも誇らしげで、厄田くんジュニアは薄ら笑みを浮かべて振り返った。

「今度こそ、宮葉に見せつけてやった……」

 しかし、厄田くんはまたしても目を細めて口を大きく開いた。

 注目が自分たちに集まったと思ったのも束の間、観客の視線は一斉に後ろを走っている羽花たちに集まっていた。


「あ、ちょっと羽花! 今は右!」

「右出してるよ!」

「あ、右出すのは私か……。じゃあ左!」

 まだスタート付近にいる結希と羽花がかなり苦戦をしている。その姿が何とも微笑ましく、みんなそれに癒されている様子だった。観客席からも何やら物凄いカメラの連射音が響いている。


「どうしてこうなってんだよ……」

 その後、結希と羽花は一番最後にゴールしたが、惜しみない拍手を会場から貰っていた。



 ☆



「いや〜、二人三脚があんなに難しいものだとは」

 行くときと同じように手を繋いで帰ってきた二人。結希は苦笑しながら頭を掻いているが、羽花はどこか落ち込んだ雰囲気だ。

 結希たちの手にはいくつかお菓子があった。おそらく他の人たちからご褒美として貰ったのだろう。


 二人三脚で会場の熱気が冷めやらぬ中、次は朝から気合いの入っているお父さんたちの出番となる。

 親同士が徒競走で争う時間は、お父さんたちにとって子どもにかっこいい姿を見せる絶好の場面だ。

 この競技に出る予定になっている拓斗は震脚をして準備をしていた。この日のために何本もダッシュで練習してきた成果が脚にも出ている。


 その拓斗の視線の先には、一人の小さな男の子に向けられていた。その少年は先程からやたらと意識が羽花に行っている気がする。それも競技で勝った後に羽花を嘲笑うように見ているのだ。結果的に羽花がちやほやされているから思い通りには行っていないのだろうが、彼の目は見ていて気持ちのいいものではない。

 そうなると、もしかしたら羽花が急に親のことを気にするようになったのは彼が影響しているかもしれない。ということは、拓斗のやるべきことは一つだ。


「あいつの親父をぶっ倒す……!」

「拓斗、今何か物騒な言葉が聞こえたんだけど?」

「いや、気のせいだ」

 そもそも一緒に走ることになるかも分からない相手な上に、少年が羽花に敵対心を抱いていることも確証はない。ここで躍起になっても仕方なかった。


 あれこれ考えていると親対抗徒競走に出場する選手への集合アナウンスが流れた。拓斗は靴ひもを確認して借りていた鉢巻を締めた。

「んじゃ、行ってくるわ」

「おう! 頑張れよ!」

「ファイト! 拓斗お兄ちゃん!」

 悠馬と結希から熱烈な応援を貰う。その隣で少し浮かない様子の羽花が目に入った。こうして親がいないということを目の当たりにしてより現実的な劣等感が襲ってきているのだろう。

 そんな羽花に拓斗は歩み寄り、ポンと頭に手を乗せた。

「今度は、ちゃんと自慢の兄ちゃんになるからな」

 そう言って拓斗は入場門の前へと行った。


 周りは拓斗よりも体格のいいお父さんばかりで、中学生の拓斗は際立って小柄だった。しかし拓斗はそれに怖気づく様子もなく、周りに当たらないようにストレッチをする。

 先生の指示で整列をすると隣のレーンを走る人は厄田という名札をつけていた。先生から誰の親か分かりやすいようにと手渡されたものだが、それが今回は拓斗にとって必要な情報をくれることになる。この厄田さんは紛れもなく、羽花と何かしらあった少年の苗字だ。

 別に彼のお父さんに恨みがあるわけではないが、拓斗は勝手に敵対心を抱いていた。理不尽な怒りと言われればそれまでだが、それを抑えられるほど拓斗は冷静ではない。

(今度は俺が羽花のために――)


 厄田くんのお父さんは物凄く体格が良く、日ごろから鍛えていることが窺える。二人三脚を見ても、非常に運動神経の優れている人だろう。

 それでも距離が百メートルの徒競走では、ちょっとしたリードやコツで差が縮まることもある。拓斗は少ない時間ながらも練習してきた自分を信じた。


 スタートの位置に着き、先生のピストルの合図で一斉にスタートする。拓斗は何度も練習したスタートダッシュを見事に決める。相手と比べても一歩前にいることが目で分かった。

 児童やお母さんたちの大歓声がグラウンドを包み込む。その中を中学生の拓斗が一番に疾走していく姿はやや不思議だった。お父さんではないけど拓斗も走る理由は同じだ。自分の家族のために勝ちたい。


 汚田から教えてもらった、汚田とは違って綺麗なコーナーワークも成功して拓斗は最後の直線に差し掛かった。ここを駆け抜ければ一位だ。最後の直線はちょうど悠馬たちの前を通る。みんなトラックに入ってしまうんじゃないかと心配になるくらいに身を乗り出して声援を送っている。それに押されるように、拓斗は最後の力を振り絞った。

 しかし、ゴールテープが迫ってきたその時だった。拓斗の側方から自分よりも大きな人影が並んだ。チラリと視線をやると、そこには必死の形相で力走する厄田くんのお父さんの姿があった。スタートやコーナーではリードしたものの、単純な走力で拓斗は劣っていたようだ。


 直線となると拓斗は何も策はない。自分に鞭を打つように心で叫ぶが、厄田くんのお父さんのスピードを上回ることはできなかった。

 ゴール直前、少し身体が前に出たのは厄田くんのお父さんだった。拓斗は自分がゴールテープを切っていないことはよく分かった。垂れたテープが脚に絡まり、膝に手をつく。

 悔しさとやるせなさで埋め尽くされた拓斗は、手伝いの園児から銀メダルを貰うのだった。



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