Chapter 1-(3) 黄昏の汚い先生
放課後、悠馬と汚田は住宅街にある運動公園にやってきた。夕方はサッカーや鬼ごっこをする子どもで賑わっている、悠馬の自宅周辺でも名の通っている場所だ。
「へ〜、こんなところがあったんだな」
悠馬とは家が反対方向の汚田は公園の存在を知らなかったようで、感嘆の声を上げながらぐるりと見渡していた。首を捻る動作が若干気持ち悪い。
「ところでだ、宮葉」
「ん? どうした?」
「ミラア・プラハーナはどこだ?」
「来ないけど?」
「話が違うだろうがぁああああああ!」
汚田はひどく顔を真っ赤にして怒っている。色が変わっても可愛くなかった。
汚田との交渉では、この場にミラアがいる予定だった。羽花の運動会に向けて拓斗と結希と練習をするから手伝ってほしいということを伝えると、最初は快諾してくれたのだが、汚田の名前を出すと身の危険を感じたのか、隠す素振りもなく用事を思い出してきた。一年以上日本で過ごしてきて、徐々に常識が身についてきたミラアの賢明な判断だ。
汚田は話が違うと憤怒しているが、悠馬にとっても話が違ったのだ。そこまで汚田がミラアに拒絶されているとは思っていなかった。人間関係を知るということは怖いものである。
「とにかく、交渉決裂だな。これじゃあ俺に見返りがない」
「ちょ、待ってくれよ!」
「ダメだ!」
ミラアが来ないくらいでこの有様とは、外見も中身も醜い。汚い方でダブルパンチとはなかなかお気に毒だ。
吐き気に耐えながら、公園を後にしようとする汚田の背中を見ていると、悠馬の後方から軽快な足音が近づいてきた。
「悠馬お兄ちゃん来てたんだ!」
悠馬の元にやってきたのは結希だった。どうやら先に到着して待っていたらしい。
「おお。悪いな、待たせて」
「ううん。私もさっき来たばっかり。それで、お兄ちゃんの言ってた優秀な先生って?」
「あー、何か機嫌損ねてしまって……帰るって」
「えー、そんなあ……」
落胆の声を零す結希。彼女にも羽花の力になりたい気持ちが強く、先生である汚田には期待していたようだ。
そんな会話を耳にした汚田は振り返った。
「な……っ!」
そして結希の姿を見た途端に驚いた。悠馬の妹はとんでもなく可愛い子であった。しかも容姿はランドセルを背負っている完全現役女子小学生。妹がいない汚田にはしばらく合法的に見ていない光景だった。
身体を完全に悠馬たちの方へ戻し、つかつかと歩み寄る。悠馬が怪訝そうな面持ちで見ているが、汚田は気にせず近寄る。そんな冷たい目は十七年の人生で何度も味わっている大ベテランなのだ。
「まあ、宮葉には腹立つが、妹さんに罪はないしな。付き合うことにしよう」
「いいんですか!?」
「あ、ああ」
「ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべる結希。早速練習だと張り切ってベンチにランドセルを置きに行った。結希が出るのは二人三脚なので、汚田の指導はあまり必要ないと思ったが、悠馬はやる気満々の結希を見て口を噤んだ。
「ははは。宮葉の妹って可愛いな」
「滅びろ」
「何でだよ!」
もちろん結希は悠馬にとって可愛くて色んなことを器用にこなす自慢の妹であるが、汚田に言われるのは心外だった。というか犯罪の香りがする。
「ほら、二人とも早く!」
犯罪予備軍の存在を知らない結希は尚も無邪気に両手を振っている。汚田が微笑んで結希の方にあるベンチに鞄を置いた。
「守らねば、我が妹を……!」
こんな心配をするならばセンスでやっているのでもいいから、ミラアを練習相手として連れてきた方が良かったと後悔し始める悠馬だった。
☆
その後、拓斗が合流して汚田先生による指導が始まった。二人三脚に出場する結希はあまり走り込む必要もないので、分かる範囲でコツを教えてもらう程度だった。
「まあ、先に言っておくが、ちょっと練習すればするほど速くなるってもんでもないからな。特に短距離はそれが結果に表れにくい」
長距離であれば体力や足の筋肉など持久力が必要な反面、短距離走は瞬発的なものが必要となる。努力で目に見えるような進歩を得られにくいというのが特徴だろう。特に、日々羽花を保育園に送り届けてから高校まで走っている悠馬は全く運動をしていないわけではない。それだけに伸び代は小さいのだろう。
「だから結構生まれつきのものが占めるところがある。まあ、俺は小さい頃から速かったからな!」
「そっか、生まれつきか……。ごめんな」
「何で謝るんだよ」
生まれつきは彼が一番苦労した言葉だろう。運動神経はジャ○ーズなのに、顔面はドブースだなんて可哀想だ。
「だから、スタートダッシュとかコーナーワークとか、小さいところを意識した方がいいかもな」
「指導者みたいだな」
「それで呼んだんだろ!?」
陸上部ならではの小技を盗み出すチャンスだ。大人相手に負けたくない拓斗も真剣に話を聞いている。結希は架空の羽花と肩を組んで足を出す練習をしている。おそらく意味はないだろうが。
それからも汚田による指導は続き、夕日が完全に沈むまで練習は続いた。これを何日も続けていれば、多少は大人に対抗できそうだ。
今回ばかりは世話になったので何とかしてミラアと会わせてやろうと思った悠馬だったが、果たしてミラアが来てくれるのか。来ない原因は全て顔面クレーター汚田にあるわけで。
とりあえず、会えなくても写メくらいはあげようと心の中で少し思った悠馬は、もう一度拓斗と共に徒競走の練習をした。気持ちだけは、何段階も速くなっている気がした。




