Chapter 2-(1) 遠足で四人自転車
午前九時。バスが出発して数分が立った。恐ろしいほどわいわいと賑わっている。みんな友達を作るのが上手だ。
そんな中、悠馬はただボーっと外を眺めていた。
「悠馬、菓子とか持ってきてないの?」
「そんな金はない……」
バスの中で賑わっている理由。その大半がお菓子を交換しながらの雑談だった。最も話す機会が作りやすい魔法のアイテムお菓子。それを悠馬は所持していなかった。持ってきているのは結希の弁当とお茶、そして筆記用具くらいだ。
「あ、だからテンション低いのか。ほれ、テロルチョコやるよ」
「何その外国の人が作ったチョコ」
と言いつつもチョコを治親から貰う。治親の持っているお菓子は大半が駄菓子だ。安いものを大量に買うという修学旅行の掟みたいなことをしている。
「しかしあれだよね~。みんなよくこんなにすぐ仲良くなれるよね~」
「女子の友達が出来ないからって嘆くなよ」
「友達より彼女が欲しいかな」
「ガールズラブの警告タグを付けないとダメになるからやめてくれ」
「……異性同士の恋愛だよね!?」
「え?」
「え!?」
とりあえず気まずくなったので治親からテロルチョコを奪う。二連続ミルクチョコだった。
という風に、悠馬は治親と仲良くやっていた。しかし、悠馬は気になるのが自分の事ではなかった。本当に気になるのは後ろの席に座るミラア。《十二ヶ月の呪い》の話を聞いて以来、どうも他の人との交流が気になってしまう。
だが、そんな心配は無用のようだった。真菜と普通に話せているし、時折笑顔を覗かせている。とりあえず一安心だ。
そんな感じで賑わいは治まることなく、農業公園に着くのだった。
☆☆☆
農業公園の大きな草原で軽く開会式を終えた頃。早速の自由行動の時間を迎えた生徒たちは、小学生かと錯覚するくらいにはしゃいで走っていた。無理もないほど広いところではあるが。
パンフレットで見たとおりの景色がそこには広がっている。絵具で塗ってあるかのような色鮮やかな草木に、煉瓦で造られた家。その牧場の風情を保ちながらも、アスファルトやアスレチックが組み込まれている。世界観の作り方が巧みだ。
悠馬たちは開会式があった場所でひとまず集まり、自由行動について話し合っていた。
「えと、とりあえず最低でも同じ班の人、一人とは一緒に行動してとのことだからよろしくね」
班長である真菜が遠足のしおりを手に持って言う。とにかく広いこの農業公園。単独行動をすれば迷子の確率は高くなってしまう。
「ああ、分かってるさ。だから野田さんと同じくらい綺麗な草原を歩くのさ」
「やだ、祥也君ったら!」
会って二日ほどなのにここまでいちゃいちゃ出来るのは凄いことではある。自己中心的すぎる気もするが。そのまま嫌でもハートマークが見えてしまう二人は遥か向こうに消えて行ってしまった。心の中では二度と帰って来なくてもいいと思っていた。
「ん~。僕たち四人で行動しない?」
その唖然としていた時にふと治親が提案する。
「そうね。もう他の子たちはみんな行っちゃったみたいだし……。班員で行動すると安心だしね」
真菜もそれに同意する。その隣でミラアも頷いていた。
「決まりだね! よーし、ダブルデートだ~!」
「この中でカップルは成立していないんだが」
「……あ、そっか」
急にテンションを下げる治親に悠馬は軽くため息をついた。すると、その肩を落としたままの状態で治親が悠馬の耳元に口を近づけた。
「白花さんと行動出来て良かったね」
そしてそんなことを囁く。
「な、何のことか分かりませぬな」
「ふふふ、僕くらいになったら悠馬の好きな子くらい見ただけで分かっちゃうよ。テレビと箒の違いくらい分かっちゃうよ」
「お、俺ってそんなに分かりやすいの!?」
「結構ね」
最後だけ凄く真顔だった。何だか負けた気分になる。実際負けているのだが。
それから悠馬は無理やりポーカーフェイスを作って、先に行く真菜とミラアについて行った。
まず最初に行ったのはおもしろ自転車が集うアスファルト。おもしろというよりはヘンテコな感じもするが。
ここには想像できるように、普段乗るような自転車からはかけ離れたものがたくさんある。手で動かしたり、ジャンプで動かしたり、はたまた二人で息を合わせないと乗れないようなものだったり。既に多くの生徒が乗って楽しんでいる。
基本的に自転車はこのアスファルト地帯に戻さなければいけないが、園内を一周なんてことも出来るらしい。
「おおー! なかなかに楽しそうな様子!」
それに最もテンションを上げているのは、ここに来たいと言った本人である治親。しかし嬉しそうにしているのは治親だけではなく、ミラアと真菜も目を輝かせている。
「雄也、私みんなで公園一周したい」
「俺悠馬な。そう言われてもな……治親や白花だって色んなのに乗りたいだろうし」
治親は言うまでもないが、徐々に真菜も前へ前へと進んでいる。乗りたくてしょうがないようだ。
一応四人乗りなるものも用意されてある。しかし、他のものに比べると斬新さは劣る。それで治親が満足するともあまり思えないのだ。
「わ、私は全然いいよ? べ、別に特別来たかったわけじゃないし……!」
そんなことを言っている真菜であったが、誰よりも早くアスファルトに足を踏み入れている。よほど乗りたいのだろう。
「ふふふ、そう言うことなら良いもの見つけちゃったね」
そうドヤ顔で治親が持ってきたのは見た目普通の四人乗り自転車。特に治親や真菜が満足する要素は見当たらない。
「ミラアさん。これでみんなで一周しよう」
「ありがとう、治親」
「何で治親の名前は覚えてるんだよ……」
「漢字読みやすいし」
「絶対俺の方が読みやすいよ!」
「それで、天野君。これのどこがおもしろいの?」
話題を戻した真菜が首を傾げている。
いつもの自転車と変わるところといえば四人乗りなくらい。前に二人後ろに二人と車のような座席配置になっている。あと一つ変わっているところといえばハンドルも車仕様になっているところだ。
「甘いね、白花さん。よくこの自転車を見てみてよ」
言われるがままに真菜は自転車の内部を覗いてみた。すると疑問だった顔が輝きになる。嫌な予感しかしない。
恐る恐る中を見てみると、後ろ側の席の右側にはペダルしかなかった。そして左側にはブレーキのみ。前の右側にはハンドルのみで、左側は変なボタンが三個。
そう。これはそれぞれが一個の役割のみを果たす自転車。一人がペダルをこぎ、一人がブレーキを扱い、一人がハンドルを握る。変なボタンについてはどうも説明できない。説明が出来るのは左端についているベルのみだ。
要するに声を掛け合って息を合わせないと上手く進むのは難しいのだ。あえなく衝突事故なんてこともあるかもしれない。そこらへんの安全面はしっかりと成されているが。
既にこれに乗って行こうという空気が流れている。真菜に至っては運転席しか見ていない。
「よーし、ここはレディーに運転を譲ろうじゃないか。その代わり僕はペダルをやらせてもらうよ」
返事をする間もなく、真菜と治親は席に着く。
残った悠馬とミラアは一瞬顔を合わせた後、悠馬が先に乗るように言い、ミラアは複数のボタンがあるところに腰を下ろした。そして悠馬は余ったブレーキ席に座る。
「よーし、漕ぐよ~!」
治親の声で自転車が動き出す。初めはゆっくりだった自転車もどんどんスピードが増していく。
基本この農業公園は平地なので、それほど頑張って漕ぐ必要もない。ありがたいと言えばありがたいことだ。
初めに目に飛び込んできた景色は牛たちがいる牧場。そこそこ多くの牛たちが地面に生えている草を食べている。とても癒される光景だ。
その景色をゆっくりと眺めたかったのか、悠馬は手元にあるブレーキを思い切り握り締めて自転車を停止させた。こういう面ではブレーキ席は得かもしれない。
「ちょっと悠馬! ブレーキ強いよ!」
「いいだろう。牛のキューティクルな姿が見たいんだよ」
「私も見たい」
「わ、私は運転したいかな……」
二対二で同点というわけにもいかない。何せ、このブレーキを扱うのは宮葉悠馬なのだから。
「さぁ悠馬! 早くブレーキを放したまえ!」
「断る! プリティーな牛さんを拝み足りない!」
「頑張れジョニー」
「悠馬だ! もう国境を越えちゃった!」
悠馬は必死でブレーキを握り、治親は思い切りペダルを踏みつける。しかし効くのはやはりブレーキの方だ。しっかり止まらないといけないから。
「お、あそこで乳搾り体験やってるんだな」
「おお、乳搾り」
その単語で急に目を輝かせるミラア。話し合いで牛の乳搾りをやりたいと言っていたのは心の底からだった。あまり目の色が変わることがないので分かりづらい。
それから牛に満足した悠馬はブレーキを放し、残りは基本治親と真菜に任せた。時々ブレーキをお願いされた時に握るくらいだ。
「なぁ、ミラア」
「どうしたのデップ」
「俺悠馬な。そんな名前になるほどイケメンじゃない。それで……遠足楽しんでるか?」
ここに来てもやはり気になってしまう《十二ヶ月の呪い》。牛の時は嬉しそうにしていたが、それからまたいつもの無表情に戻りつつある。もし楽しんでいないとなると、それはそれでどうやって楽しませようとか考えられるから今のうちに聞いておいて損はない。
「とても楽しい。来てよかった」
そう少し口角を上げながら微笑んだ。その綺麗で可愛い笑顔に少しドキッとしてしまう。
「そ、そっか。ならいいんだ!」
それを聞いてホッと胸を撫で下ろす悠馬。少し気がかりだったことがスッキリと良い形でなくなった。ミラアが楽しんでいるなら、悠馬も楽しむのみだ。
それから空気のおいしい農業公園を周り、楽しく一周を終えた。
「そういえばあの複数のボタンって何だったんだろうね」
「ああ、そういえば。忘れてたな」
ミラアの席についていた三つのボタン。怪しい匂いしかしないけれど、気になってしまう。
「ミラア。あのボタンって押してみた?」
「うん、押してみた」
「何かあったか?」
「ライトよ」
「……凄くリアクションし辛いオチだな」
更に詳しく聞くと、三段階に明るさが変わるライトだったらしい。夜遅くまで開園している農業公園だということを考えれば分からなくもないが、まさかこんなものまで搭載してあるとは。
「あ、そろそろお昼だから草原広場でご飯にしよっか」
おもしろ自転車に夢中になっていたら、既に正午を過ぎていた。ちょうどお腹も減ってきたころだ。
悠馬たちは真菜の言うことに従い、草原広場で昼食を摂ったのだった。
☆ ☆ ☆
「……はい」
白衣を着た女性、エンスは電話を取り、耳にあてた。奥からは男性の野太い声が聞こえる。
『ミラアの調子はどうだ?』
「ええ、上々です」
『明日には地球に着くと思う。京安というところだったな』
「ええ。京安駅という分かりやすい場所がありますのでそちらに。私が迎えに上がります」
『ああ、悪いな』
そして通話は切断された。
エンスは静かに受話器を置いた。ランプが点いて、また消える。
そのままエンスはベランダへと出た。春の暖かい風が肌にぶつかる。空も嫌になるくらい青く透き通っている。
そんな空を見ながら、エンスはポツリと呟いた。
「大丈夫かな、ミラア……」
いつも『十二ヶ月の姫君様』を読んでいただき、ありがとうございます!
申し訳ないお知らせとなります。溜めていたストックがこの話で切れてしまい、来週の更新が絶対と言い切れなくなりました。
よって次回から不定期更新とさせていただきます。
もちろん土曜日より早く出来たらその時はすぐに投稿させていただきます。
詳しくは活動報告をご覧ください。
これからもよろしくお願いします。