Chapter 3-(4) 頬染めの秋
スプリング・レイン・フェスティバルが終幕してから一週間ほど、未来は出演するテレビ番組の幅が広がりつつあり、観客が大勢いる音楽番組でも姿を見かけるようになった。その度に宮葉家では羽花が喜びの声を出して釘付けになっている。
「聞いて聞いて悠馬お兄ちゃん! 今度のやる魔法少女リーラの映画の主題歌、未来ちゃんなんだよ!」
「ほー、そうなのか」
「見に行く! 絶対見に行く!」
公開はまだまだ先の映画であるが、リーラファン未来ファンである羽花にとってはこれ以上ない吉報であっただろう。こうなってしまっては、どうしても悠馬は付き合わされることになりそうだ。
あれから祥也と未来は学校で偶然出会う以外は会っていないらしい。未来は人気アイドルということを考慮してのことだと思われるが、連絡を取り合うくらいに仲は戻っていると祥也は言っていた。
これまでの歪な関係は次第に仲の良い幼馴染のものに戻っていて、最近は祥也のフューチャーっぷりが加速している。一度部屋に来てグッズ紹介をさせてくれ、なんて言っていたが悠馬は丁重にお断りしていた。
「そうだ、羽花。お前にプレゼントがあるんだよ」
「プレゼント?」
「うん。はい、これ」
悠馬は鞄の中に入れていたクリアファイルから長方形の紙切れを取り出した。その紙には『八篠未来握手券』と記載されていた。
羽花は握手券の漢字が読めなかったそうだが、読み方を教えると花が咲いたように明るい笑顔になった。
「祥也から貰ったんだけど、祥也は会おうと思えば簡単に会えるからいらないそうだ。だから羽花にあげるってよ」
「すごい! 祥也お兄ちゃん神様だー!」
会場は未来の地元ということもあり、京安市内のデパートで行われることになっている。これならば羽花を連れても向かいやすい。
「まあ、急なことだけど、明日だし行こうか」
「わーい! 未来ちゃんに会えるー!」
嬉しそうな羽花を後目に悠馬はチケットを見直した。本当に祥也はこれを譲ってしまって良かったのだろうか。言っても祥也がお金を払って手に入れたものだから少し悪い気が悠馬はしていた。
「早く明日来ないかなー!」
羽花はチケットを抱きかかえるようにして床をゴロゴロ転がった。これほど羽花が喜んでいるのだから、ありがたいこととしていただいておくのが好意なのかもしれない。
「楽しみだな」
悠馬は羽花の小さな頭を優しく撫でた。
☆ ☆ ☆
翌日、悠馬と羽花は京安市内にあるデパートにやってきた。やはり大人気アイドルの凱旋イベントということもあってか、休日と言ってもいつもより人が賑わっていた。中には遠方から来たという人もいそうであった。
悠馬たちは一階の西洋風のドアを入り、エレベーターで会場である四階へと辿り着いた。既に多くのファンで埋め尽くされており、未来が登場するであろうブースは全く見えなかった。客層も明らかに男性が多く、羽花を放り込んで良いものか不安になってくる。
「凄い人だね、お兄ちゃん」
「本当だな。握手できるまで結構時間かかるかもな」
「それでも私は待つよ! 結希お姉ちゃんに教えてもらった通り、お話するの!」
「お、何か伝授されたの?」
「うん。えっと、ほんじつはおひがらもよく……あれ? 何だっけ?」
「そんなこと言わなくていいと思うぞ」
丁寧にしなければという結希の気持ちを無視するようで悪いが、ファンの人との交流はもっと砕けた感じでいいと悠馬は思った。こういうイベントの経験がないため一概には言えないが。
「はっはっは。そんな固くならなくてもいいよ。君の思いを正直にぶつければいいのさ」
と、そんな悠馬たちの様子を見ていた隣の男性が気さくに言った。スラッと細身で高身長の男性で、声も低く通るものだった。顔はサングラスとマスクを装着していて、一見不審者ではあるが接し方は犯罪者のそれではなさそうだった。
それもそのはずだった。悠馬にとってその声は何度も聞いたことのある馴染み深いものだったからである。
「……何してんだ、祥也」
「え? バレてる?」
そう、その男性の正体は悠馬たちがここに来るきっかけを作った祥也であった。
「どうしたんだよ? やっぱり未来ちゃんと握手したいのか?」
「いや、そうではない。ただ怪しい奴がいたら排除しようと思ったまでだ」
「お前が一番怪しいよ……」
ここ最近の祥也の未来への愛の重さは尋常ではなく、真っ先に補導されそうな人物だ。何だか治親が二人になったようで、昼休みも女の子の尊さと未来の尊さを両サイドから聞いていて若干うんざりしているこの頃である。
「あ、でも羽花ちゃんに言ったことは本当だよ。自分がいつも未来に思っていることを言えばいいんだ」
「んー。じゃあ祥也お兄ちゃんなら何て言うの?」
「そうだなー。大好きだぞ! とか」
「おおー! 確かに私も未来ちゃん大好き! それにする!」
何故か息の合った二人はキラキラと目を輝かせていた。今この状況において最も大事なことである『未来が大好き』というところで共通しているから意気投合しているのかもしれない。
『お待たせいたしました。ただいまより、八篠未来握手会を開始いたします。皆様列に並んで順にお進みください』
しばらく三人で話しているとアナウンスが流れ、待ってましたと言わんばかりに大きなお友達たちが雪崩のようにブースの方へと駆け込んでいった。あまりの周りの大人の必死さに悠馬と羽花は呆然としていたが、少し待つと列が綺麗に整ってきて落ち着いて並ぶことができた。
そしていよいよブースの前に来たところで悠馬は列を外れ、羽花だけが未来のいるブースへと入って行った。
☆
テントは全て白色で雪国のような景色だった。その歩いた少し先に本物の八篠未来がいた。スプフェスのライブで見た存在とはいえ、こんな近くで見ると未来の可愛さがより視覚的に伝わってくる。羽花は楽しみという感情よりも緊張の方が少し勝ち始めていた。
「あ、あの……」
何とか喋ろうとしても言葉が上手く出てこない。そんな様子を見た未来は優しく微笑んで話しかけた。
「来てくれてありがとうね」
未来は細くて白い手を差し出して羽花の手を握った。見た目からは考えられない、暖かい手だった。
「あ、あの! 私、宮葉羽花っていいます!」
「え? 宮葉さん……?」
「えと……いつも応援しています! 未来ちゃん大好きです!」
「ありがとう。とても嬉しいわ」
可愛らしい笑顔を浮かべて、未来はもう一度羽花の手をキュッと握った。
と、そこで羽花はあることを思い出した。それは、未来は悠馬や祥也と同じ学校に通っているということだ。ということは、未来も二人のことを知っているはずであるため、名前を出しても通じるかもしれない。
「悠馬お兄ちゃんも応援しているよ!」
「あ、やっぱり宮葉君の妹さんなんだ。苗字も一緒だしもしかしたらって思ったけど」
「うん! あとね――」
羽花は満面の笑みを浮かべてその言葉を言い放った。
☆
数秒すると、スタッフの案内を受けて羽花がブースの中から出てきた。初めよりも明るい笑顔をしていて、充実した時間を過ごせたことが一目で分かった。
「おかえり、羽花。楽しかった?」
「うん! 未来ちゃん凄く可愛くて優しかった!」
「そうか。良かったな」
「うんうん。羽花ちゃんも未来の良さをもっと知ってくれて俺は嬉しいよ」
感涙する祥也は放っておいて、悠馬は羽花と手を繋いでエレベーターに乗った。デパートを出て帰り道に入ったときも、まだまだ握手のときの余韻は消えないらしく、羽花は終始楽しそうだった。勝手について来た祥也も楽しそうだった。
「羽花、未来ちゃんに何て言ったの?」
「えっとね。いつも応援しています、未来ちゃん大好きですって言ったよ。悠馬お兄ちゃんも応援してるってことも言った」
「うーん、良い言葉だなあ!」
いちいち羽花の未来に関するコメントに祥也が口を挟む。レースゲームにおけるバナナの皮レベルの邪魔さだ。
「あ、あとね」
と、羽花はそれに付け加えた。
「祥也お兄ちゃんが未来ちゃん大好きって言ってたって言ったよ!」
先ほどまで騒がしかった祥也が急にフリーズしてしまった。高身長のため、その姿は完全に冷凍マグロであった。
逆に今度は悠馬のテンションが上がってしまった。
「グッジョブだ羽花! お前はできる奴だ!」
「でも、祥也お兄ちゃん笑顔のまま固まってるけど、言わない方が良かったかな?」
「良いんだよ、あいつが言ったんだもん。事実なんだもん。羽花は正しいさ!」
日頃、真菜のことで祥也からいじられるためか、悠馬はこの手の話には乗りたくて仕方ないらしい。基本的に、はしゃぎすぎない悠馬がこんなにも楽しそうに話すのはあまり見ないことだ。それもあってか、羽花の中では、悠馬がこんなに喜ぶなら自分は正しいということになっていき、とりあえず一緒になって喜んでいた。
「で、未来ちゃんは何て言ったの?」
「んーと、未来ちゃんが喋る前にスタッフのお兄さんに出るように言われたから何も聞けなかったけど――未来ちゃん、顔を真っ赤にして、だけど嬉しそうだったよ!」
「そうかそうか! 素敵なことだな! ご褒美に今日入る予定のバイト代でアイス買ってやろう」
「本当!? やったー!」
冷凍された祥也はまた放置して、悠馬と羽花は少し進路を変更して最寄りのコンビニへと向かった。
数分後、我に返った祥也はその場で膝をついた。
迂闊だった。フューチャーであることを全面に押し出せるようになってから、投薬されたみたいに舞い上がっていたが、もっと冷静に事を進めるべきだった。小学生のときや屋上のときは勢いで言ってしまった感じがあるが、改まってそう言われると急に恥ずかしさが込み上げてくる。
「少し、自粛するか」
とりあえず、悠馬には羽花という妹がいる。その事実があるだけで、今は悠馬に変に絡まない方が良いような気がして、でもちょっとだけ未来の反応の嬉しさもあった秋の夕暮れだった。




