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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第三章 秋の祭りとアイドル
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Chapter 1-(2) 友人とアイドル

「はい、今日はここまで。お疲れ様!」

 未来の紹介のあと、悠馬たちは体育館の設計やステージの証明、音響の確認の作業を進めた。この日は一日中冷房も付いていない体育館での仕事であったため、体力は著しく奪われていた。

 やっと終わったと疲れた声を零しながら体育館設計係の生徒はゾロゾロと退館していく。

 悠馬は真菜とともに一度教室へと戻ることにした。今日も真菜と同じ場所で作業をした悠馬は疲労はあれど少し晴れやかな気分でもあった。

「暑いから大変だね~」

 真菜も体育館の蒸し暑さには参ったようで、手で顔を仰いで何とか涼もうとしている。

「本当にね。本番とか人が多いからもっと凄いんだろうな」

 生徒だけでなく学校周辺の人も来校することを考えれば、もっと暑く感じることは間違いないであろう。それだけにステージでの発表などは体力のいるものだと改めて感じた。

「そ、そう言えば宮葉君」

「ん?」

 真菜はゴニョゴニョと籠った声で言い、悠馬をチラリと見ていた。言い出しにくそうに頬を赤らめながら、両手の人差し指を何度も擦り合わせている。

「宮葉君は……未来ちゃんとか好きなの?」

「え?」

「い、いや! ほら……芸能人として!」

 真菜は更に顔を赤くして、慌てた様子で悠馬をまともに見られていなかった。悠馬はそれに気づかず、普通に前を向いて考えている。

「まあ、そりゃあ可愛いとは思うけど」

「だ、だよね……」

 真菜は少し元気をなくし、肩を落とした状態で再び悠馬と並んで歩き始めた。

 と、そこで悠馬は気づいた。この状況で先ほどの自分の発言は明らかに間違えたものであるということを。

 今悠馬の隣にいるのは中学生のときからずっと思いを寄せている真菜である。そんな相手がいるときに他の女の子を可愛いと言ってしまうなど、わざわざ相手側から投じてくれたチャンスを空振りで潰してしまっているに等しい。

「いや、でも、俺は白花とかも可愛――」

「へ~、宮葉君は私のこと可愛いと思ってくれてるんだ~」

 悠馬が何とかして挽回しようとしたとき、後方から可愛らしい声が聞こえた。そこには何と八篠未来が立っていた。

「え? 八篠未来!? ……さん」

「初めまして」

 落ち着いた様子で未来は軽くお辞儀をする。やはりあのテレビの中で歌って踊っていた八篠未来だ。実際に間近で見るとその容姿の端麗さがはっきりと分かる。

「凄い……目の前に芸能人が……」

 真菜も突然の未来の登場に驚きを隠せないでいる。


「あ、そうそう。あなたたちに聞きたいことがあったの」

 未来は元々悠馬たちに要件があったようで、後をついてきたと言う。

「聞きたいこと?」

「うん。宮葉君たちはE組だよね?」

「そうだけど」

「西月祥也って知ってる?」

 西月祥也といえば悠馬の幼馴染で、数多の女の子を自分のものにするハーレムマスターのことである。未来の口から彼の名前が出るとは全く思っていなかった悠馬は、少し驚きながらも知っていることを伝えた。

 未来は返事を聞くと、そのままお礼を言って先に行ってしまった。意外な出来事に悠馬たちは少しその場で静止していた。

「西月君と知り合いなのかな?」

「そんなことあいつから聞いたことないけどな……」

 ただ、もし知り合いだとすれば、あんな美少女と話せるというのに他の女の子と遊んでいるのは実に羨ましい。いや、けしからぬ。

「俺たちも行こうか」

 悠馬は未来の後を追うかのように、教室に向かって廊下を歩き始めた。

「宮葉君は未来ちゃんみたいな子がタイプなのかな……」

 真菜は悠馬に聞こえない音量で呟いて、悠馬の隣まで小走りで追いつき、一緒に教室へ向かった。



 ☆ ☆ ☆



 教室に戻ると、準備を一度中断してホームルームを始める状態になっていた。担任の榊先生が来るまでは雑談の時間と化している。

「おー、悠馬おかえり」

 自席付近では雑談をするミラアと治親、そして祥也がいた。その様子から、今日は大人しくクラスの準備に協力していたようだ。

「ねえ、未来ちゃんどうだった!?」

 早速気になっていることを治親は目を輝かせて効いてきた。

「ああ、可愛かったぞ。実物はもっと凄いとはよく言われるけどそのとおりだったな」

「はあ~! 羨ましい! 僕も早く見たい~!」

 治親があまりの楽しみに思う気持ちで昇天したところで、榊先生が配布物等を持って教室に入ってきた。席から離れていた生徒もぞろぞろと自席へ戻り、ホームルームが始まる。

 先ほどとは一変して榊先生の声だけが聞こえる教室内で、悠馬は少し前方に座っている祥也に視線をやった。いつもよりは女子と話すこともなかった祥也だが、特に違和感も覚えず、とても未来と知り合いだという素振りも見せなかった。

(何で未来ちゃんは祥也を探しているんだろう……?)

 別に誰が誰に用があろうと悠馬には関係のないことではあるが、人気アイドルが幼馴染を探しているとなるとやはり気になるものである。


 やがてホームルームが終わり、下校時間となった。放課後は部活動に行く生徒が多いため、基本的にスプフェスの準備をするクラスは少ない。悠馬たちのクラスも例外ではなく、放課後の準備はしないということだった。

「祥也、久しぶりに一緒に帰らないか?」

 悠馬はどうしても気になるので祥也を誘った。悠馬と祥也の家はあまり離れておらず、帰り道もほぼ一緒である。しかし、高校入学後は悠馬のバイトや祥也のハーレムの都合で一緒に帰宅することは少なくなっていた。

「なんだ、珍しいな。俺が恋しくなったのか?」

「動機はお前の想像に任せるが、とりあえず一緒に帰ろう」

 ここまで来たら悠馬はもう止まらなかった。祥也にこんな隠し事があったと思うと若干の悔しさもあったのかもしれない。

 すると、祥也が返事をする前にミラアが隣で悠馬のカッターシャツの袖を引っ張っていた。

「なんだ、ミラア」

「よく分からないけど、さっきの悠馬の発言で一部の女子がテンション上がっているわ」

「は?」

 悠馬は自分の周りを見渡すと、口を押えて嬉しそうな声を出す女子が複数いた。その女子からは「宮葉君と西月君ってそういう系だったの!?」とか「いや、宮葉君はミラアちゃんとも関係ありそうだし、範囲が広いんだわ!」とか「敬遠してもストライクだわ!」など色々と聞こえてくる。

 どうやら、祥也が恋しくなったのかなどと誤解されるような発言をしたために、悠馬と祥也の恋人疑惑が急に浮上しているらしい。

 さすがにこの教室の雰囲気には耐えられず、悠馬は祥也の返事を聞かず、強引に手を引っ張って教室を出て行った。ミラアも悠馬のカッターシャツの袖を握ったままついてきてしまった。

「お、愛の逃避行か? 悠馬も大胆になったな」

「からかうのも大概にしろ! 本当にそっちの人と思われるぞ!?」

「安心しろ。俺は少年時代はゲームにしか興味なかったし、思春期に入ってからは女子にしか興味がない」

「何でこんな品のない発言に安心してんだ俺!」

 悠馬のスピードは衰えることなく校門を出た。悠馬自身も自分にこんなに体力があるとは思っていなかった。人間は窮地に追い込まれてこそ、本当の力を発揮するものらしい。



 ☆ ☆ ☆



 春雨高校から少し離れたところ、いつも帰りに通る道で悠馬はやっと走るのを止めた。隣にいる祥也も息切れをしている。ミラアは平然と側にある駅に停車中の電車を眺めていた。相変わらずミラアの無尽蔵の体力は凄いと実感する。

「こんなところまで走り続けなくても大丈夫だろ……」

 さすがに余裕を見せていた祥也も疲れ切って若干呆れている。悠馬も何でこんなところまで、と必死であった状況下で何も判断できていなかったことを悟った。

「あ、そういや無理やり連れてきちゃったけど、祥也用事とかあった?」

「いや、どっちにしろ今日は真っすぐ帰るつもりだったから」

 膝に手をついた状態から上体を起こし、ゆっくりと三人は歩を進め始めた。

「で、どうしたんだよ? 何もないのに一緒に帰ろうってわけじゃないだろ?」

「え? ああ、そうだった!」

 あまりに慌てていたためにすっかりと頭から抜け落ちていた。本題は祥也と未来は知り合いなのかということだ。

 早速悠馬は祥也に問いてみた。しかし、祥也はいつもの澄ました表情のままである。

「知り合い? 俺と八篠未来が? さっきの悠馬とできてる説くらい冗談じゃねぇか」

「でも、今日体育館から教室に向かうとき、未来ちゃんと話してさ。それで、未来ちゃんが西月祥也を知ってるかって聞いてきて……」

 すると、少し祥也の表情が引きずった気がした。何もかもに対して楽観的な祥也があまり見せない顔である。

「なるほどな。確かに知り合いと決めつけるにはこれ以上ない証言なわけね」

 諦めたように一息つき、祥也は答えた。

「悠馬の言う通り知り合いだよ。小学生のとき、一緒の学校だった」

 悠馬と祥也は幼い頃から付き合いがある。しかし、小学校だけは家の所在地の区域分けの影響で別々のところに通っていた。そのため、悠馬は祥也の小学校時代の事情はほとんど知らない。

「あの頃は芸能界に入りたてだったからそこまで有名でもなかったけどな」

「へ~」

「だからあれじゃないか? 小学校のとき以来だし、久しぶりに会おうよ~、みたいな」

 お茶を濁すように、祥也は強引に話を切った。心なしか、少し祥也に焦りの色が見えている気がした。

 しかし、祥也は昔から隠し事ということはあまりする人間ではない。人の弱点――例えば悠馬が真菜に好意を寄せていることなどを知ると、面白がって、また余裕を見せて接してくるところはあるが、根本的に嫌なことというのはあまりしない。

 正直、悠馬には未来がただ久しぶりに祥也に会いたいだけという理由で、祥也のことを聞いてきたとは思えなかったが、その祥也が余裕もなく隠そうとしている。その様子を見ると、あまり深入りしない方が良いことに思えてきた。そのため、悠馬もその話は、祥也が作った強引な区切りで納得したことにし、話題は変わっていった。


 やがて、羽花の保育園が見えてきたところで、祥也と別れることになる。思えば、今日は未来の話が出てきてからずっと大人しかったような気がした。歩いている祥也の背中も、どこかいつもの調子の良さが見受けられない。

「何だか元気がないわね、晩御飯抜きにされたのかしら」

「そんなことじゃないと思うけどな。まあ、珍しいっちゃ珍しいな」

 悠馬たちはそんな祥也を後目に、保育園へと向かい、羽花を迎えてから帰宅していった。



 ☆



 悠馬たちと別れてから数分。祥也はふと立ち止まった。

「人気アイドルがストーカーか? 大スクープだな」

 祥也が振り返ると、深く帽子を被って眼鏡をしている春雨高校の制服を着た女子生徒がいた。その女子生徒は帽子と眼鏡を取ってポケットにしまう。その少女は未来だった。

「久しぶり、祥也」

「俺の友人から情報聞き出してここまで来るなんて警察かよ」

 呆れたように祥也は頭を掻き、肩をスッと落とした。

「まあ、何にせよ久しぶりだな。未来の活躍はよくテレビで見てるぞ~」

「それはどうもありがとう」

 テレビの中の未来とは一変して、声のトーンは低く、表情も暗い。先程のお礼の言葉も感情が全く籠っていなかった。

「見ての通り、私はもう全然大丈夫。自分であの場所に立てるまで戦って、そして勝ったの」

「そうだな。同級生がこんなに有名なやつだと俺も自慢できるもんだわ」

 未来は相変わらず適当な祥也に腹を立てているのか、それとも別の何かに怒っているのかは分からないが、どちらにしろ機嫌を損ねた様子でツカツカと祥也の方へ寄っていく。

 そして祥也の真横に立ったときに止まり、俯いたままで言った。

「自分に都合のいいように色々捨てていく弱虫な祥也とは違うんだから」

 そう言い残して、未来はその場から立ち去った。

 祥也もただその場で立ち尽くして、何も喋らず、地面と睨み合うだけだった。


 そして、その心に変な鎖が絡みついたまま、スプリング・レイン・フェスティバルは当日を迎えた。

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