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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第二章 夏の恋と幼馴染
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Chapter 3-(5) 微笑みの白い花

 苺が話をしてから数日後。悠馬たち宮葉家とミラアは京安に帰るために荷造りをしていた。

「まさかそんなことがあったなんてね……」

 隣で結希が少し暗い表情で言う。やはり小学五年生には重すぎる話であったのかもしれない。

 悠馬もここまで詳しく聞いたことはない。苺に何かがあってお母さんが亡くなっていると漠然としか把握していなかった。

 今まで会った苺はそれほど引きずっているようには見えなかった。いつも明るく元気に振舞っているから、悲しくはあったけれども前向きに頑張っているのだと思っていた。しかし、実際はそんなに簡単に振り切れるようなことではなく、無理をしていたんだと思うと悠馬は少し胸が苦しくなった。

「でも、昨日は本当に明るそうで良かったよね」

「そうだな」

 みんなに話した後、苺は子どものような明るい笑顔を見せていた。まだ辛いことには変わりないけれど、それでも自分のせいではないと思えるようにはなったようだった。

「よし、みんな忘れ物はないな?」

 そう話している間に全員の荷造りは完了していた。悠馬の呼びかけに全員が頷き、各々の鞄を背負った。

 悠馬たちは義三に別れを告げて橋森駅へと向かった。夏休みももうすぐ終わりを迎えようとしている。



 ☆



 悠馬たちが荷造りをしている頃、苺の家に泊まっていた真菜も同じように帰りの準備をしていた。

「ごめんね苺ちゃん、忙しい時にお邪魔して」

「いやいや、元々私が誘ったんだしね。来てくれてありがとう」

 真菜も苺の話には驚きを隠せなかった。とてもそんなことがあったようには見えなかったからだ。初めて出会ったときから明るい人で、こんなにすぐに仲良くなれたことも考えると尚更だった。

 苺はこのことについて、一番怖かったのは「君のせいではないか」と言われてしまうかもしれないということだった。それを真っ向から否定したのが悠馬だったという。

(やっぱり宮葉君は優しいな……)

 真菜は知り合ったばかりの自分にこれほどに大きなことを話してもいいのだろうかという疑問があった。そしてどうして話してくれるのだろうという疑問も拭えなかった。

「そういえば、真菜ちゃんはどうして来てくれたの? お盆だから忙しくなかった?」

「特に用事はなかったしね。父方の実家にもこれから帰るし」

 世間では盆というのはどこも忙しいものだ。そこでわざわざ来てくれた真菜に多少の疑問を苺も抱いていたようだ。

「あ、でもせっかく来たんだから聞いときなよ」

「何を?」

 苺は呆れた表情でため息をつき、真菜に顔を寄せた。

「悠馬君の連絡先」

「……へ!?」

「真菜ちゃんを誘おうとしたとき驚いたよ。まさかバイト先が一緒でこんなに話す機会があったのにお互いの連絡先を知らないなんて」

 真菜は「そう言われてみれば……」と呟いた。特に不便を感じてもいなかったから余計に苺の指摘は盲点であった。

「そもそも、真菜ちゃんを誘ったのは私の話を聞いて欲しかったっていうのもあるけど、悠馬君とより仲良くなってもらうためでもあるんだから」

「初耳だよ……」

「初めて言ったからね」

 真菜は心で思うことがあった。高校に入学して、たまたま仲良くなったミラアが悠馬と知り合いで悠馬とも話す機会が増えた。おまけにアルバイトの職場まで同じで中学校に通っていたころよりは仲良くなっているように感じる。

 しかし、話せるようになっただけで別に進展があるわけではなかった。一緒にプールに行ったり田舎に遊びに来たりは女友達がいるという状況が当たり前だ。それに一対一で話したことも少ない。

「頑張る、よ……」

「その意気だ!」

 せっかく苺がくれたチャンスなのだ。無駄にするのはいけない。

「それにしても苺ちゃん、ライバルなのに協力するんだね」

「私は公平じゃない勝負は嫌いなの!」

 そう、話す機会が多くなった最大の要因がここにある。好きな人が同じなのだ。この短い期間でたくさんのことを聞いた。悠馬の小さいころの微笑ましいエピソードから苺にかけた声の話。そしてたくさん悠馬の中学時代のことを話した。

「うん、これで公平でしょう!」

「そうなるかな?」

「あ、でも連絡先聞けなかった場合は知らないからね」

「ぜ、絶対聞くから大丈夫だもん!」

 真菜は勢いで鞄を持ち、顔を真っ赤にして立ち上がった。苺は微笑んで立ち上がり、玄関の方へと出て行く。

 苺の家から橋森駅までは少々距離があり、初めてここに来た真菜は道もはっきり記憶できていないため、苺は駅まで送ると言い出した。二人で並んで林が作り出す木漏れ日を受けながら道を進む。

「真菜ちゃんって可愛い反応するよね」

「それは苺ちゃんが変なこと言うからで……別に……その……」

 また真菜は苺の言ったことに慌てて返したことを思い出して恥ずかしくなっていた。普段はあまり感情を完全に人に悟られるようなことはないので、余計に余裕がなくなっていた。

「好きな人が同じって何か気恥ずかしいのは分かるけどね」

「そうだね」

「あーあ、私もミラアちゃんみたいに隣に住みたいなー。チャンスありまくりじゃん」

「またミラアさんが宮葉君にそういう感情を抱いていなさそうだから余計に羨ましいね」

「私に譲って! みたいになるよね」

「そうそう」

 二人は向き合ってクスッと笑った。このとき真菜は何だか懐かしいものを感じた。あのときの瞬間を思い出したかのような、そんな感覚だ。


 話しながら歩いて行くうちに真菜たちは橋森駅前までやってきた。既にホームに悠馬たちは到着しており、大きく手を振って呼んでくれている。

「よし! じゃあ頑張って!」

「うん! ありがとう」

「こちらこそ、来てくれてありがとうね!」

 真菜は駅のホームへ向かって気持ち早歩きで向かった。視界の中の悠馬は笑顔で手を振ってくれている。それに軽く手を挙げて答えて切符を買った。

 これからまた頑張る。この夏は真菜にとっても大きな一歩を踏み出す機会になった。



 ☆   ☆   ☆



 夕日が沈みかけたある日の黄昏時。苺は山道を一人で登っていた。辺りの音は知らぬ間にミンミンゼミからヒグラシへと変わっており、時間の流れを教えてくれていた。

 目の前には『佐々木家之墓』と彫られた墓石がある。そこには綺麗にカットされた花がたくさん挿してあり、普段よりも美しく化粧されていた。

 苺は墓の前で静かに目を閉じて手を合わせた。ただ苺は心の声でお母さんに語りかけていた。

(もうちょっと色々頑張るので見守ってください)

 図々しいお願いにも感じたが、それは違うと考えも出せるようになったのがこの夏の成長だ。だって、お母さんが心の底から苺を嫌いになるはずがない。それだけはちゃんと思える。

 苺はそっと目を開けて、墓に背を向けて山を下り始めた。聞こえるのはヒグラシの鳴き声と風の音だけ。それでも、何故だかお母さんが『任せておきなさい!』と言ってくれている気がした。


 母が亡くなる前のいつの日にか聞いたことがある。

「どうして夏に産まれたのに苺なの?」

 と。この名前は母がつけてくれたものだとお父さんは笑っていた。

「俺も最初はおかしいと思ったんだけどな。本当は苺は五月に産まれる予定だったんだよ。でも少し日が伸びてしまって六月になってしまったんだ。でも産まれてきてくれた時の苺の泣き声とお母さんの笑顔を見たら反論なんて馬鹿馬鹿しいと思ったよ」

「何でそう思ったの?」

 お父さんは微笑んで答えてくれた。

「苺の花言葉は『幸福な家庭』だからだよ」

 春には産まれなかったけれど、しっかり熟れて産まれてきてくれた時は綺麗な花だった。苺はそんな愛を持つ可憐な花なのである。


「良い名前、貰ったなあ~」

 苺はそうポツリと呟いて暗くなり始めた山道を下った。


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