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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第二章 夏の恋と幼馴染
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Chapter 3-(3) 好きが嫌いはレアケース

 八月十四日。京安駅の入り口に拓斗を省く宮葉家と苺、真菜は集合した。苺の父は一足先に自家用車で帰宅している。拓斗は相変わらず姿を見せず、知らぬ間に出かけてしまっていた。

「よし、揃ったな」

 時刻は朝八時と早めである。盆ということもあって駅内は込み合っていた。悠馬たちは改札口を通り、橋森へ向かう電車に乗り込んだ。橋森という田舎に向かうとはいえ、それまでに止まる駅は都会の場所もあるので、いつも以上に乗り込んでいる人は多い。

「いつもはこんなに混んでいないのだがな……」

 義三も座れると思っていたようで、少々この光景は意外のようだ。

 ビルが立ち並ぶ景色から住宅街、気づけば田んぼ道になっていく。畑などが見え始めた頃から人は減り始め、ほぼ貸切状態となっていた。

 四人が向かい合う形で悠馬は結希の隣に、前には義三とその膝の上に座る羽花。斜め前にはミラアが座った。真菜と苺は後方の二人並びの席に座っている。

(……それにしても、何で白花を呼んだんだろう)

 プールに遊びに行ったのもそうであるが、苺は妙に色んなことに真菜を誘いたがる。出会ったのもつい最近のことで、この短期間に特別仲良くなる出来事があったとも考えにくい。

「まさか……気づかれているんじゃ……」

 悠馬が真菜に好意を寄せているということに。苺は明るくて誰にでも気軽に話しかける人ではあるが、冷静さも兼ね備えていて、地味に鋭いところもある。幼馴染の悠馬を気遣って呼んでくれている可能性はなくもない。

「良い人だなあ……」

「さっきから何一人でボソボソ喋っているの……」

 右側の席から結希が汚物を見るような目で見てくる。汚田の気持ちが少々分かった気がした十五の朝。

「それにしても、真菜さんよく来てくれたね。お盆だったら真菜さんの家も忙しいだろうけど」

「そうだな。お客さんとかも多いかもしれないし」

「まあ、悠馬お兄ちゃん的にはラッキーだろうけど」

「……中途半端に察するんじゃない」

 家事全般を主となって担当するようになってから、何だか以前より大人の雰囲気が出てきた結希。家族を見ることも多くなったからのか、悠馬の真菜に対する気持ちをイジリとしてネタにすることが稀にある。

『次は、橋森。橋森です』

 そうこうしているうちに、電車は橋森駅への到着間近になっていた。前に座る義三も名残惜しそうに膝上の羽花を下ろし、網棚から荷物を取った。ちなみに橋森駅は無人駅なので、降車するときには車両の一番前に行かなければならない。

 義三に続くように悠馬たちも立ち上がり、車両を前に進んでいった。

 その時にチラッと苺と真菜を見てみる。やはり最近知り合ったとは思えないほど仲が良く、中学時代から一緒の悠馬よりも知っていることは多そうだった。

(まあ、楽しそうならいっか)

 そう思いながらキャリーバッグを引きながら歩いた。


「ねえ悠馬」

 駅から降りた後、すぐ後ろを歩いていたミラアが話しかけた。悠馬は振り返ってミラアの隣に並び、話を聞く。

「なかなかメロンはやる子だわ」

「おそらく苺ちゃんな。やる子ってどういう意味だよ?」

「電車の中で悠馬が寝ているときに、二人の話を聞いていたの」

「ほう」

「そしたら……すごく面白い話をしていたのよ」

「それは興味深いな。どんな話?」

「悠馬には話せないわ」

「じゃあ何故話しかけた!?」

「……ホースディアーね」

「……馬鹿、と」

 それからまたミラアは無言になってしまった。何が言いたかったのかさっぱり分からないままでモヤモヤが心の中に残ったが、悠馬は並んだまま実家へと向かう義三に続いた。



 ☆



 苺と真菜とは宮葉家で別れ、二人は苺の家へと向かっていった。真菜は苺が誘ったということで佐々木家に泊まることになっている。

 悠馬たちは久しぶりの橋森の家でひとまずくつろいだ。ミンミンゼミの鳴き声と稀になる風鈴だけが音として存在する空間は、どこか心地よく切ない。

 電波が弱い橋森において携帯電話の使用はある意味で不便なので、苺たちとは明日墓参りをする約束をした。もしかしたら過去のことを全て話すのではないか、と若干の不安を悠馬は覚える。

 そもそも、話さなくても特に何も起こらないことではある。身近な人たちが事情があるという具合に捉えておけば、何も全てを洗いざらい暴露しなくてもいいはずだ。そこが悠馬にとっていまいち理解ができないポイントであった。自分を痛めつけてまで話そうとする彼女の行動が分からない。

 話すことに関しては、苺にとって大きな決心であるので下手に止めようとはしなかった。彼女の気持ちはやはり彼女にしか分からないから、悠馬は口を出すべきではないと思っていた。

(懐かしいな……この何もない感じ)

 相変わらず暑さと涼しさを感じさせる音しか聞こえない。義三は奥の部屋で昼寝を始めた。久しぶりの長旅で疲れたのだろう。ミラアも近くのソファで寝息を立てている


 すると、寝転ぶ悠馬の顔に影ができた。結希と羽花が覗き込むように悠馬の表情を窺う。

「どうしたんだ?」

「今暇だよね?」

「どう考えてもな」

「羽花ってあまり橋森に来たこと覚えていないから、一緒に歩き回ろうよ!」

 羽花は橋森には赤ちゃんの頃に一度だけ来たことがある。義三が新しい孫の姿が見たいと言って聞かなかったため、母は何とか仕事で休みを取って訪れたのだ。それきり羽花は橋森に来たことがないので、実際今日が初めてだと言ってもいい。

「でも、何もないじゃん橋森って」

「何もないがあるから行くの! はい! 起き上がって準備!」

「はいはい……」

「はい、は一回だよ! 悠馬お兄ちゃん!」

「羽花も母親ごっこか……」

 最近、羽花は結希の言動を真似ることが多くなってきた。やはり小さい子は年上を見て育つものらしい。


 準備を終えて、悠馬たちは外を歩き始めた。夏の厳しい日差しが降り注ぎ気温も高いので汗は出てくるが、時折林が遮断してくれるので京安にいるほどではなかった。

 田んぼには育ちかけの稲が風に揺れ、何人か手入れをしている人たちもいた。

 長期滞在があったとはいえ、ここに住んだことがあるわけでもないが、懐かしさを感じる。あの時、ここではしゃいでいたのはもう十年ほど前のことと思うと少し信じられない。

「あらら、宮葉さんの家のお孫さんじゃないの」

 ぶらぶらと歩いていると、その田んぼで作業をしていたおばあさんが声をかけてくれた。

「こんにちは~」

「こんにちは。悠馬君と結希ちゃんかい? 大きくなったね~」

 穏やかな微笑みを浮かべておばあさんは近くにあった木製の椅子に腰かけた。ずっと腰を曲げて行う作業なだけに、腰は少し痛むようだ。

「その子が羽花ちゃんかい? 可愛い子だこと」

「こんにちは!」

「こんにちは。ちゃんと挨拶ができて偉いね~」

 よしよし、とおばあさんは羽花の頭を撫でる。羽花も若干あった警戒は完全に解け、嬉しそうにおばあさんに近づいて行った。

 このおばあさんは宮葉家からは比較的近所に住んでいる人で、ここに来た時はたまに会うときがあった。今も昔も変わらず優しく穏やかな人だ。

「話は義三さんから聞いているよ。大変だったね」

「いえ、もう慣れましたから。色んな方が協力してくださって何とかやれています」

 これを聞くだけでも、義三は結構前から涼一が逃げた事実を知っているようだった。

「ここ最近、義三さん本当に顔色悪かったからね。孫たちに会えるのが唯一の楽しみみたいで、この前聞いてもいないのに結希ちゃんと羽花ちゃんの自慢をしてきたよ」

「……いつもすみません」

「いいのよ。それに義三さんが少し明るくなって嬉しかったわ」

 どうやら義三はかなり精神的に涼一の逃亡に関して来ていたらしい。一時期は家から全く出なくなっていて、おばあさんも心配してくれていたようだ。

「奥さんも早くに亡くなられて、涼一君もどこかに行ってしまって。悠馬君たちがいてくれるけど、本当に近かった人はみんなどこかに行ってしまったっていう感情があったのかもしれないわね」

「普段はおかしなことばかり言っていますけどね……」

「それは悠馬君たちに心配をかけないためよ。あの人、昔から繊細だから」

 このおばあさんと義三は長い付き合いで、小学校から一緒だったという。幼馴染というやつでよく遊んだらしい。

「でも、本当に裏切られたり逃げられたりしても、本当に好きな人って嫌いになれないのよね」

「そういうもんですか」

「そういうものよ。魔法みたいね」

 よいしょ、とおばあさんは立ち上がり、近くの川に放り込んであった網を引き上げた。中には水と太陽の光が反射し合って煌めくスイカがあった。

「ばばあの話に付き合ってくれたお礼にあげるわ。みんなで食べてちょうだい」

「え、でも……」

「私からのお願いよ。仲良く食べてあげて」

 強引に悠馬の手にスイカを置き、おばあさんはまた田んぼの作業に戻っていった。スイカはずっしりと重く、よく熟しているのが自然と分かった。

「ありがとうございました」

「いえいえ」

 優しく微笑み、おばあさんはいよいよ悠馬たちに背を向ける。それを確認して悠馬たちもあぜ道を歩き始めた。

「結希、どうする?」

「うーん、もっと羽花に橋森を見てもらいたいけど……」

「スイカ! スイカ!」

「この調子だし、明日苺さんたちと見て回ろうかな」

 とにかくスイカが食べたい羽花を優先し、悠馬たちは家へと帰った。


 その後、起きていた義三とミラアも一緒にスイカを食べた。綺麗な赤色をしたスイカは甘さが凝縮されており、スーパーなどでは味わえないであろう贅沢感があった。義三も結希と羽花に挟まれて食べることができて幸せそうだった。

「ホースディアーね」

「まだ言ってんのかよ」

 ミラアは橋森に到着してからずっとこの調子でまともに会話をしようとしなかった。いつもまともな会話にはなっていないが。

 日差しは厳しいのだけれど、悠馬は何故だかこの日は少し暖かく感じた。



 ☆



 翌日、悠馬たちは墓参りをするために苺の家の方面へと向かった。宮葉家の墓も苺の家の方にあるため、約束どおり一緒に参ることにする。

「お、来たね悠馬君」

「おはよう」

 苺は以前まで入院していたのが信じられないくらい元気であった。しっかりと地元でリフレッシュができたようだ。油断は禁物であるが。

「じゃあ、早速行こうか」

 苺が先陣を切って山の方へと足を踏み入れた。それに続く形で悠馬たちも歩き始める。

 そこは、彼女にとって一番心に残る嬉しく悲しい思い出の場所。若干の不安はまだ残るけれど、悠馬は大丈夫だと言い聞かせた。ずっと覚悟して過ごした苺の夏を、しっかり見届けなければならない。そして、苺が苦しくなったら力になる。

 日差しは木々が遮って届く量は少ない、涼しい風が肌に触れて心地よい朝だった。



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