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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第二章 夏の恋と幼馴染
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Chapter 2-(2) 早起きの乙女

 結希の気遣いもあって悠馬は一人、プール施設内を歩いていた。家族連れからカップルまで、様々な客層とすれ違う。

 プールに遊びに来ているのだからもちろん皆笑顔だ。こんな楽園に来て楽しくない人などいるだろうか。

 ……実はここに一人いるのである。

「はぁ……」

 悠馬は肩を落としてため息をついた。

 せっかくのチャンスはものにしなさい。そう言わんばかりの結希のアイコンタクトではあった。もちろん妹の思いは嬉しかった。しかし、その肝心の真菜の居場所は不明なのである。苺と共に遊びに行ったのは知っているが、そこからどこへ行ったかは彼女らを除き誰も知らない。

 つまり悠馬の今の状況は一人プールという伝説的に寂しい状況なのだ。

「これなら動かずにあいつらと遊んでいた方が良かったな……」

 近くにあったベンチに腰掛け俯く。視界に映るのが山吹色のコンクリートだけというのが何だか心地よかった。


 何も考えないまま、時間は過ぎ去り、十二時を合図するチャイムが園内に響き渡った。ちらほらと食堂へ入って行く人が増えている。

「もう昼か……」

 昼食については特に何も話していなかった。一旦集まろうとか個人で済ませようなど一切。だが、結希と羽花とミラアが金を保持していないのは確かで、このままだと治親が全員分奢りということになってしまう。

 いくら治親と言えどさすがにそれは申し訳ないと思い、悠馬は結希たちが遊んでいるであろう、ウォータースライダー付近の大プールに向かって歩いた。

 するとその瞬間、鞄の中に入れていた携帯電話が鳴った。慌てて取り出すと発信源は苺だった。

『もしもし悠馬君? 今どこにいるの?』

「えっと……施設の中央付近のベンチにいるよ。今一人なんだけど、他の四人は多分ウォータースライダー付近の大プールだ」

『じゃあ皆呼んで来れたら一番上にある休憩所に来て!』

「何でまた……」

『いいから!』

「……分かった。ちょっと待っててくれ」

 そこで通話は切断され、悠馬は携帯電話を鞄の中に戻した。

 苺に言われた通り、ミラアたちを呼びに行き、上方にある休憩所を目指した。治親が物凄く疲れた表情をしているのが何だか申し訳なくなる。他の三人が充実した顔をしているのがまた何となく恐ろしかった。



 ☆



 呼び出された休憩所はお昼時というのもあり、多くの人で賑わっていた。苺と真菜を探すのも一苦労である。

 やっと見つけると席を確保してくれていて、大きく手を振っていた。

「お、来たね~悠馬君たち」

「割と探すの苦労したけどな……」

「何さそっちだけ苦労したみたいに! こっちだって七人分の席取るの大変だったんだから!」

 確かに、これだけの大人数だ。席を確保するのも容易ではないだろう。

「で、何で一旦集合かけたの?」

 傍らの結希が言った。

「まあまあまあ。それは真菜ちゃんから言ってもらいます。さぁ!」

「え、えっと……」

 真菜はモジモジして俯いている。手を後ろにやって何かを持っているようだ。

 スッと差し出された手の上には可愛らしい箱があった。それもそこそこ大きく、重量もありそうだった。

「わぁ! お弁当だ~!」

 それを見た羽花が嬉しそうに真菜に抱きつきに行く。少し戸惑った様子の真菜であったが、再び視線を悠馬たちに向けた。

「今日誘ってもらって凄く嬉しかったから……。それで何か出来ないかなぁと思って作ってみたんだ」

 真菜はテーブルの上に弁当箱を置き、どんどん開いて行った。しっかり三角に握られたおにぎりや、定番のからあげ、卵焼きといったものが入っていた。全ての色が綺麗に出来ている。

「わぁ……凄く上手……」

「良いお嫁さんになれますね。いっちょ天野真菜になりませんか?」

「……ならないかと」

 感嘆する結希。目をキラキラさせながら真菜のお弁当を見ている。普段から悠馬のお弁当を作っている結希からすれば少々憧れも入っているのかもしれない。治親はとりあえず回収した。

 その後、悠馬は手で卵焼きを取ってみた。見れば見るほど綺麗な黄色に上手く焦げ目がついていて、見るだけで涎が出そうになる。

「それにしてもよくこんな人数の材料あったよな~」

 ふと何気なしに悠馬が呟いた。すると真菜は急に焦り出し、腰をテーブルにぶつけていた。

「そ、それはね……えっと……」

「今日の朝急いで買って急いで作ったんだよね~」

 割って入る形で苺が真菜の目の前に現れた。苺がそう言ってからみるみる真菜の顔は赤くなり、ポカポカと肩を叩いていた。

「しっかし悪いな。買い物まで行って作ってもらって」

「そりゃあ誰かさんのため……」

「苺ちゃんは黙ってて!」

 苺は真菜から逃げ出し、逆に真菜は苺を追いかけた。悠馬には何をしているのかさっぱり分からなかったが、とりあえず一口卵焼きをいただいた。程良い甘さが口の中に広がり、一瞬にして溶けるような感覚に陥る。

「美味いなこれ~」

 残念ながらその褒め言葉は、苺を追いかける真菜には届いてなかった。


 昼食も終え、何をしようかと考える悠馬たち。一番来たがっていたミラアと羽花は一通り遊びたいところは行ったらしく、大人しくイスに座っていた。かといって他の五人が行きたいところがあるわけでもなく、完全に停滞していた。

「ねぇねぇ、これなんてどう?」

 その沈黙を破ったのは苺で、園内マップの方に指差した。

 苺が提案したのは競泳用プールで行われる水泳大会。この夏休み全盛期には一週間に一度行われるもので、来園者同士で争う和気あいあいとした競泳大会だ。参加方法は一チーム四人で、幼児部門、小学生部門、中学生部門、一般部門と分かれている。高校生は一般部門にあたる。

「へ~楽しそうだな」

「でしょ! 四人で一チームだから結希ちゃんと羽花ちゃんは参加出来ないけど……」

「私たちは別にいいよ。泳ぐのもあんまり得意じゃないし。ね、羽花」

「うん!」

 珍しく羽花もそれで良いらしい。というかウトウトし始めている。

「それじゃあ、私、悠馬君、真菜ちゃん、ミラアちゃんで頑張りましょうか!」

「何気に酷いね苺ちゃん」

 シレっと治親を仲間外れにしている。運動神経は良いので勝つという面では役に立つと思うのだが。

「じゃあそういうことで行きましょう!」

 誰も治親に触れないまま競泳用プールに向かって歩き出した。ブルーオーラの治親を抱えるのもそろそろ面倒になりながら悠馬もみんなに続いた。



 ☆



 競泳用プールにも人は多く集まっていて、年齢層も幅広かった。その中には同級生くらいで凄く強そうな人がいたり、ママ会の一環レベルのマダム達がいたりもした。本当に様々。

「じゃあエントリーしてくるね」

「あ、ちょっと!」

 エントリーしようとした苺を真菜が止めた。

「どうしたの?」

「えっと……私あんまり泳ぎ得意じゃないっていうか……いや、人並みには泳げるんだけど! ……競争となると自信なくてあまり出たくない……かな」

「ん~そっか~」

 苺も無理には誘わないらしい。真菜も本当に出たくなさそうなのでそれが得策だろう。

「じゃあそこの青野君に出てもらおっか」

「天野君! この子天野君だよ苺ちゃん! ことごとく白花に素気ない態度取られてブルーになっているだけで本当は天野なの!」

「あ、そっか。天野君ね。よろしく」

 そうとだけ言うとさっさと苺はエントリーを済ませてきた。泳順は最初に治親、次に苺、三番目に悠馬でラストがミラアだった。なかなか良い順番なのではないだろうか。

「選手控室はあっちのテントらしいから行こう!」

 エントリーを終えてますますやる気を出している苺。それを見て悠馬たちも気合を入れた。


 一般用のテントには一番同級生くらいが多かった。一際浮いているのはマダムくらいだろうか。他にもパパさん集団がスタンバイしている。

「お、おい! 宮葉じゃねぇか!」

 良い緊張感を持っていると聞き慣れた声が悠馬にかけられた。ハッと声の主を見た悠馬は驚いた表情を浮かべた。

「この汚くも明らかに声変わり失敗のヒキガエルのようなハイトーンボイスに日焼けで皮がぺリぺリでただでさえ汚い体がより一層気持ち悪さを増加させ何よりもそのどうしようもないガムを捨てられた電柱に更に犬の糞を加えたような見た者全てを失神させる顔面偏差値マイナス一のその顔は汚田!」

「よく噛まずにスラスラ言えるなお前!」

 何と伝説的に顔の気持ち悪い汚田がいるではないか。上半身を露出していると更に気持ち悪さが増している。

「何でこんなところに汚田が?」

「ふふふ、愚問だな。俺は水泳じゃあ負けなしだぜ」

「あ、そなの」

「ちょっとは興味持て!」

 怒った表情になる汚田。怒っても汚らわしい。

「って、水泳じゃあ負けなしということは……」

「おう! 競泳大会に出るぜ! 宮葉も出るのか?」

「あ、ああ。まぁな」

 このままでは汚田が水質汚濁の原因になりかねないが仕方ない。潔く、正々堂々と戦うことにする。

「そ、それでその……ミラア・プラハーナはいるのか……?」

 モジモジしながら上目遣いで聞いてくる。耐性がついていないと嘔吐は間違いなかっただろう。

「ああ、いるぞ。アンカーだ」

「ア、アンカーか! なら俺と対決だな!」

 どうやら汚田はアンカーらしい。まぁ、顔はともかく運動神経はイケメンなので納得ではある。

「ま、お互い頑張ろうぜ。ミラア・プラハーナにも言っておいてくれ」

 キランと歯を見せてこの場を去って行った。汚い。

 あまり良いことが起きない気がした悠馬であったが、しぶしぶ準備を始めた。



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