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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第二章 夏の恋と幼馴染
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Chapter 1-(5) プール前哨戦

 あれから数分後。ミラアから宮葉家を訪ね、既に膨らました浮輪を持っていた。入る気満々の様子である。

「悠馬。早く。早く」

「分かった分かった。分かったからちょっと待て」

「遅いわ。夏休みの感じ方くらいだわ」

「例えのチョイス間違ってるぞ」

 悠馬は羽花たちのプールタオルを用意してバッグに詰め込んでいる。結希が羽花の髪の毛を束ねていて、苺は先ほど言っていた友人と連絡している。今流行りのチャット形式のものだ。

「お前も髪の毛結んでおいた方がいいんじゃないか? そのままは案外他の人に迷惑かもだぞ。自分自身も苦しいだろうし」

「あ、それじゃあ私やってあげる」

 やり取りを終えた苺がスマートフォンをポケットにしまいながら言った。ミラアは無言で頷き部屋に上がる。羽花たちと入れ替わる形で洗面所へ向かう。

「ねぇ悠馬お兄ちゃん。私も水着買っていい? もう昔のはさすがに小さくて」

「ああ、もちろんだ」

 何と言っても水着を着て遊ぶイベントなど本当に久しぶりだ。羽花に至っては所持すらしていない。彼女が生まれてからそういう遊びは行ったことがない。結希もかなり幼い頃に行ったきりなのでさすがに着ることは不可能だ。

「まぁ、羽花はそれ着れば良いだろう」

「ええー! 新しいのが良い!」

 すると自室からバッグを持った羽花が現れ、悠馬の話に反論した。もちろん悠馬も羽花の気持ちが分からないわけでもない。人生初のプールなのだ。お下がりではなく自分の水着が欲しいという願望は当然であろう。ただ、悠馬の所持金は学校の教科書や模試で飛んで行き、結希の水着を買うだけで精一杯だった。

 新品を買うことが厳しいことを伝えると羽花は少し涙目になる。こういうところ子供はずるい。その目を見るだけでどうにかしてあげたくなるものだから余計にだ。

 しかし、そう思っているのは悠馬だけではなかった。

 リビングの方から祖父の義三が姿を現してやって来た。その右手には五千円札がある。

「羽花、結希。これで新しい水着を買ってきなさい。お爺ちゃんからのささやかなプレゼントだ」

 そう言って羽花に五千円札を手渡す。すぐに羽花の表情は喜びのものになる。

「いいのかお爺ちゃん?」

「構わん構わん。羽花と結希のためだ。大事なことなので二回言うが、羽花と結希のためだ」

「はいはい」

 どこまでも結希と羽花には甘い祖父だ。だが他に当てがあるわけでもないのでここはお言葉に甘えておく。


「おまたせ~!」

 それからしばらく待つと洗面所から苺とポニーテールのミラアが出てきた。いつも結びもせず髪を垂らしているミラアを見てると今の姿はやはり新鮮だ。首筋の露出が増えた分、夏らしさを感じる。

「どう悠馬?」

「うん。似合ってるぞ」

「惚れてもいいのよ?」

「惚れるか馬鹿」

 似合うことには変わりないが別にそういう感情を抱くわけではない。

「それじゃあ行こうよ! 友達もネオンで待ち合わせしたから」

 準備も整い、悠馬たちはマンションを下りて水着を買いに行った。



 ☆



 ネオンに入れば冷房が肌を涼ませる。エスカレータで衣類コーナーに行き、水着を探す。水着がある二階に上がるとすぐに女性用の水着を纏ったマネキンが目に入る。水色の夏らしい水着だ。

 そしてその隣にイスがあって、一人の同い年くらいの女性が座っている。苺が呼びに行ったのでおそらく誘った友達だろう。

「……って白花!?」

「ど、どうも……」

 その友達の正体は真菜で、手にはお洒落な鞄を持っている。苺の方に目をやってみると非常に笑顔だった。

「いや~この前話した時もっと喋りたいな~と思ってね。悠馬君とミラアちゃんとも仲良いみたいだしいいかな~って」

 確かに、結希と羽花含め顔見知りではあるが、まさか誘う友達が真菜とは思わなかった。苺と真菜が知り合ったのも先日のバイト中であり、そこまで仲が進展するとも思えない。他クラスの友達だと思い込んでいたが、さすが明るくて友達もすぐ出来る性格の苺と言うところか。


 真菜と合流したところで早速買い物がスタートした。悠馬は一人外れて男子水着売り場へ行く。女子のところよりは賑わいがなく、客も少なかった。女子の水着選びにでも付き合っているのだろうか。

 大人用の水着コーナーへ向かい、水着を選ぶ。デザインも結構お洒落なものが多く悩んでしまう。基本的に学校用しか持っていなかった悠馬としては軽く衝撃だった。

 たまたま目に入った黒を基調とした水着を手にとってみる。特に柄は入っていない、シンプルなデザインだ。

「これくらいがちょうどいいかもな」

 試着もせず誰も並んでいないレジへ持っていく。

 レシートを受け取って再び女性の水着売り場の方へ戻る。やはりカップルが多く、何だか悔しい気持ちにもなった。

 さすがにこの境界線を一歩前に出る勇気は悠馬になかった。男子禁断の花園――彼女連れのチャラチャラした男子は踏み込んでいるものの、ただの友達が入ったところで視線が痛いだけな気がするのだ。

 悠馬たちが来るまで真菜が座っていたベンチに腰掛け、何もせずボーっとしていた。ただ皆が買い終えるのを待つ。

 そうしていると、突然歩いて来た人に声をかけられた。茶色がかったショートヘアに可愛らしい顔立ち。少年らしさを感じるハーフパンツにシンプルなデザインのTシャツを着た少女――いや、少年だ。

「悠馬じゃん。女子の水着コーナーの前で何してるの?」

「治親か。いや、ミラアや妹と買い物に来てそれを待ってるだけだ」

「ほーう。なかなか楽しそうな夏休みを送っているようですな」

「別に普通だけどな」

 治親が隣に腰掛けて、手に持っていたジュースを口に含む。付いた水滴が涼しさを感じさせる。

「治親は何してんの?」

「宿題用のノート買いに来ただけだよ。別にゲームセンター行って遊んでいたわけじゃないぞ」

 遊んでいたのだろうが触れないでおく。よく見れば手にはUFOキャッチャーで取ったぬいぐるみが何個かある。相当やりこんでいたようだ。

「悠馬はこれから何かするの? 一緒にレースゲームしてやってもいいぞ」

「いや、これから水着買ったらプール行くんだ」

「……メンバーは?」

「俺とミラアと妹二人と白花と苺ちゃんっていう幼馴染と」

「うーん。殺したい。今すぐ君を殺したい」

「何でだよ!」

「面子が凄すぎるだろ! 春雨一位二位を争う美少女ミラアちゃん白花さんに加え、可愛らしいと噂のお前の妹!? 苺ちゃんっていうキャバ嬢みたいな名前の子はどうだか知らないけど楽園すぎるだろうが!」

「キャバ嬢やめろ! まぁ、楽しいメンバーではあるだろうな」

「もうこれは強制的にお前はあれだわ。完成前のポップコーンマシンに手をぶち込むの刑だ」

「刑罰が分かりにくい!」

「もうポーン! ってなって、わー! ってなれよ!」

 悠馬もいい加減に気づいていた。おそらく治親は誘って欲しいのだろう。見た目は絶世の美女とはいえ彼も男子だ。来たいのも無理もない。ただ、普通に頼めば良いのにと思う。

「……お前も来るか?」

「え、でも俺なんか……」

「じゃあいいわ」

「行かせてください! お願いします!」

 しかし、悠馬も治親がいた方が楽ではあった。男一人に対して女五人はさすがに精神も持たない。治親が入ったところで見た目的には女子の数が増えただけだろうが。


「悠馬」

 治親の参加が決まったところで店からミラアたちが出てきた。それぞれに購入した水着を提げている。

「あれ? 天野君?」

 そのミラアの隣にいた真菜が治親の存在に気づいた。先程まで男子らしく足を開いて座っていた治親だが、組む体勢に変わっている。

「やあ、白花さん。こんなところで会うなんて運命だね」

「そうでもないと思うけど……」

「……おし! みんな水着買ったな! プール行くか!」

 女子勢に先に行かせ、悠馬たちはプールへ向かった。ブルーなオーラが溢れ出ている治親を抱えながら。



 ☆ ☆ ☆



 宮葉の札がついた部屋に入る。出かけていると聞いていたはずだったが鍵は開いていた。少し暗めの部屋には人影がある。よれよれの白いシャツに下着かと錯覚するこれまた緩くなったズボンを穿く老人。その老人を尻目に拓斗は台所にある冷蔵庫に向かった。

 ここ最近は暑いのに耐えられず、真昼間には帰ってきてしまう。本当は家に帰りたくはない。特にこの夏。そして老人――宮葉義三がいる間は。

 扇風機の音と他部屋からの風鈴の音だけが木霊する。お互い話すこともなく、ただ時間に身を任せた。

 水を飲み終わった拓斗はすぐさまリビングを出て自室に戻ろうとする。しかし、そこで祖父に呼び止められた。

「まだそうしているのか」

 不思議と無視をしようとは思わなかった。こんな質問、拓斗自身は絶対にされたくないものだ。今すぐにでも祖父から逃げ出したいが、何故か体はそれを許さない。

「全く悠馬も演技力はないな。もっと気づかれないようにする気はないのか」

「…………」

「もうとっくに知っとるよ。涼一が家を出たこと」

 それに拓斗は冷や汗を掻いた。

 なぜなら、彼もまた祖父は事実を知らないと思っていたからだ。彼の息子、自分の父が子供を捨てて家を出て行ったこと。知らされているはずのない事実は耳に届いていない。そう確信していたから。

「もうお前は普通に暮らせばいい」

 祖父が何が言いたいのかは嫌なくらい分かる。でも声は出ない。

「無理はしなくていいんだぞ」

「……うるせー馬鹿」

 たった一度、発することが出来た言葉は自分の望んだものじゃなかった。



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