木蓮の一刺し
「あと1つの峠を越えたら静香に着くな。」
龍綺がほっとした声を出した。
これまでの道中で、国王がもはや正常な精神状態ではないことを悟った。
慈音の父である凱漸皇子の噂も沢山耳にした。
しかし、皆どれも好き勝手に言っているだけのようにも思えたし、早く情報発信源の街と言われる静香に到着したかった。
薬を飲んで、一週間。
暁は、男の子から女の子の身体に戻っていた。
「あー、これ邪魔だから要らなかった。」
そういうのは、まだまだ元通りではいが膨らみかけた胸だった。
「そ、そう?」
複雑な返事をするのは龍綺だった。
一方、慈音は、すっかり耳が消えてしまった自分を白妙が時々淋しそうに見ていることに複雑な心境を抱えていた。
「そ、そんなに耳、可愛かった?」
「ああ、とっても似合っていたぞ!」
こんな時に力説する白妙を可愛いと思いながら、複雑だ。
御子達が出会ってから一年近く、慈音も龍綺も一年ですっかり背が伸びていた。
しかし、状況は極めて悪い。
父親や母親を人質状態に捕られてすでに一週間以上。
ハイペースな道のりは困難を極めたが、もうすぐ皆と合流できる。
その喜びだけを胸に秘め御子達は旅を続けてきた。
「よし、行こう!」
道祖神の像の前から4人は再び歩き出した。
あと、数キロで静香の街だ。
「慈音…。」
後方で声がした。
振り向いた4人が目にしたのは、ボロボロの衣を纏い、傷だらけの木蓮だった。
「木蓮姐さん…。」
駆け寄ろうとする慈音を龍綺が止める。
その様子に木蓮は苦笑をし、大地に倒れた。
「姐さん!」
龍綺の腕を振りほどき駆け寄る慈音。白妙もそれに続く。
「逃げてきたの…慈音…あなたに逢いたかった…。」
抱き起こす木蓮の胸元は血塗れで、深い傷がその服の下にあることを物語っている。
「姐さん…。」
「繻子蘭姐さん達は、流刑島に送られたわ…あいつ等はあの島で何かをしようとしている。止めなくちゃ、世界が…。」
木蓮がガボッと吐血をした。その瞳は白妙を捉えていた。
「白妙…ごめんなさい……あなたのこと…。」
差し出される手。白妙はその手を取ろうとした。
と、その瞬間、肉に刺さる鈍い音がした。
「ぐっ!」
木蓮の長い鋭い爪が白妙の身体を貫いていたのだ。
龍綺が駆け出してきて剣を抜き、咄嗟にその腕を切り離した。
白妙の身体を2人から離すと突き刺さった爪を抜こうとした。
しかし、思うように抜けず、玄武の温泉の水の入った水筒の封を切りその刺さった場所にかけた。
慈音は、木蓮を放し、白妙の元へ向かおうとしたが、木蓮の腕がそれを止める。
「木蓮!!」
物凄い力で、慈音は後方へと飛ばされた。
「うわっ!」
彼の身体は大木にぶつかり止った。
さっと龍綺と白妙の間に立った暁は、額の印を光らせて戦闘態勢だ。
立ち上がった木蓮は手首から先を失っていることにも平然として御子達を見据えていた。
そして、高笑いを響かせると砂が崩れるように消えていった。
慈音は痛んだ背中を庇いながら白妙に駆け寄った。
「白妙!白妙!!」
白妙はにっこりと笑う。
時を同じくして胸元の4つの石から鬼達が現れた。
「姫様の御身体、暫し我等に預けてもらおう。」
ふわりと抱きかかえられる。
「白妙!」
油断した自分に責がある。
慈音は咄嗟に鬼の足を掴んでいた。
「白虎の御子よ。案ずるな…姫様を暫しお父上の元へ預けるだけのこと…。」
「父上?」
「金剛夜叉明王様の元へ…。」
4匹の鬼に囲まれるように見えなくなった白妙の身体は、光に包まれて消えていった。
後に残された慈音は、大地に拳を叩き付けた。
「全く、役に立たない女ね…。」
傷だらけの身体で、倒れている女。
意識はあり、瞳も開いているが、その命は死へと一歩一歩近付いていた。
「御館様は、白虎の御子を殺して、夜叉の姫の心を壊せと言ったのよ!」
掴みあげられた髪の毛。微かに苦痛の声が上がる。
「殺してしまえば白虎の御子の心は永遠にお前のモノだったのに…。」
投げ捨てるように女を床に叩きつける。
「御館様、いかが致しましょう…夜叉の姫がいなければ、例の封印は破れませんが…。」
1つ高い上座で頬を付きながら見つめていた男の口が動いた。
「夜叉の御子を手に入れることはできなんだか…ならば、先にこの国の崩壊を見届けよう…。」
男は立ち上がった。それにひれ伏す黒尽くめの女。
上座から降りた男は、ツカツカと倒れた女の元へ寄り、女の顔をその足で踏みつけた。
「お前の肉体と魂を分離させる。何、すぐに器をやる…欄梓。」
「はい、御館様…。」
「国王の最期が近い…分かっているな?」
欄梓と呼ばれた女は暗闇に消えた。
倒れた女の額に大きな男の手が置かれた。
大きく見開かれていく目。女の身体はワナワナと震えだし、大きく仰け反るとがくりとその身体を落とした。
男は、ふっと軽く笑うと立ち上がった。
「さよなら、木蓮の身体…君の魂はまだまだ利用させてもらうよ。」
カツカツと音を立てて男はその暗闇から去って行った。
道中も化け物は、龍綺、暁そして、慈音を襲ってきた。
慈音は、一心不乱、憑き物が落ちたように今までのような笑顔は見せず、ただひたすら進んでいるという様子で、龍綺は、いつか彼が倒れはしないかと心配になっていた。
そんな龍綺に、
「大丈夫…鬼達は、何時だと言ってはくれなかったけど…きっと白妙は帰ってくるから、それまでにちょっとでも彼女が楽できるよう頑張ろうと思うんだ。」
慈音はそう返答してまた前を向く。
「…とにかく…もうすぐ静香だから、街に着いたら絶対寝ろよ?お前ここんとこ全然寝てないだろ?」
目の下のクマが彼の不眠を物語っていた。
「…うん、ありがと。でも、大丈夫だから…そうでもしないと俺…。」
慈音はとにかく進んでいくことを心に誓っていた。
「りゅーあれ、街?」
そこには、高い塀に囲まれた大きな門があった。
化け物避けの塀であろうか、来るものを拒絶するかのような高い塀を見上げた。
赤黒い門には2人の男が立っていた。おそらく門番だろう。
「止まれ!何処から来た。」
幾つかの質問を受ける。
子供と言っても、大人の身長ほどの龍綺と慈音相手に門番はそれほど警戒することはなかった。
それよりも、可愛く、笑顔で話しかける暁に気をよくしたようで、色々と3人の旅の話を聞いて来た。
化け物の闊歩するこの国を旅するという勇気に敬意を払っていると述べた彼らは、こんな忠告をしてきた。
「中に入るのはいいが、命が惜しかったら王都への道を目指すなよ。」
最終的に王都を目指そうとしていた龍綺達は、その話に驚きを隠せなかった。
「王都はそれほどまでに危険なんですか?化け物に占領されたとか?」
慈音の問いに、門番は2人して笑った。
「王都で怖いのは、化け物じゃねーよ。今、王都は国王派と軍部に分かれて争いが絶えない、つまり人間同士の争いよ。」
「軍部はなんとか、国王が王都から逃げ出さないように城を包囲して、王都以外の街に飛び火しないようにしてくれてるが、どうなるか…。」
脳裏を『?』マークが飛ぶ。
「国王陛下がなんだって?」
門番は少し呆れたという顔をした。
彼らの話によると、最近、王は「神の子」という存在に縛られて、少し髪や瞳の色の違う子供を王都に連れてきては、どこかに閉じ込めはじめ、国への税金をいきなり上げたり、罰則をきつくし始めたりしていた。
いくらなんでも強引過ぎるやり方に、軍の将軍・芳崖が国王に反論。
子供達を里に戻すべきだと進言した。
すると、国王は、弟凱漸皇子、よろしく芳崖までも流刑島へ送ろうとした。
それに反対した軍部が国王に反旗を翻したというのだ。
「ちょ、ちょっと待てよ、芳崖将軍は最初、神の子を異分子扱いしてたんじゃ…。」
門番は龍綺にふんぞり返り、言いのけた。
「芳崖将軍は、国王が隠し持っていた古文書を密かに手に入れて、神の子の存在が国にとって必要だ、凱漸皇子の言っていた事が正しいと考えを改めなすったんだよ。」
慈音と龍綺は顔を見合わせる。
「国王へ立場の変更、凱漸様の釈放を願い出て、逆に捕まってしまったんだよ。」
「えっ?芳崖将軍は、捕えられてるのか?」
ホントに何も知らないのだなと門番達は龍綺達に笑って教えてくれた。
「一時のコトさ。すぐに軍部が助け出したよ。」
「じゃあ、戦ってるのは、軍と王?」
「そ、国王は、妙な愛妾を傍においてから、化け物を操る術を身に付けたらしくってな、戦ってるのは、軍と化け物だ。」
「だから、王都は大変な状態でさ、下手に近付くと怪我するって寸法さ。その愛妾がホントは、敵国のスパイで、国王陛下も実は操られてるって噂さ、お妃である龍神の巫女様ももどこかに幽閉されてその力を出せずにいるというし…。」
「凱漸皇子は?」
「芳崖将軍は、助け出されてから、俺達に、この騒動が落ち着いたら必ず助け出すと、言ってくれてるんだぜ、芳崖将軍は、国王と違って、女の色香に惑わされたりしない実直な方よ!」
龍綺達は、街の中に入ることを許された。
「どう思う?今の話…。」
「分からない…紅蓮から聞いた話を様子が違っているし…。」
ふと前方に目をやる。
そこには、雷紋が立っていた。
「お疲れさん。」
龍綺達は、お互いの腕をぶつけ久しぶりの再会をした。
つづく




