↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

第一話 知らない街

この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

第1話「知らない街」


午後4時17分


目を開けたとき、最初に見えたのは、知らない街並みだった。


青白い空。強い日差し。遠くに広がる、砂埃にかすんだ建物の群れ。日本では見ないような建物達だった。


「……え?」


俺はコンクリートの上に立っていた。


ついさっきまで、日本にいたはずだった。


記憶にあるのは、いつもの帰り道。スマートフォンを見ながら歩いていて、ほんの一瞬、視界が白くなった。


それだけだ。


なのに。


目の前には、見覚えのない街が広がっていた。


低いコンクリート?レンガ?の建物。壁に残った黒い染み。窓に貼られた板。道端に転がるプラスチックの容器。


そして、遠くに見える、半分崩れた建物。明らかに日本では無かった。


「……どこだ、ここ」


ポケットを探る。


右。


左。


後ろ。


何もない。


スマートフォンも、財布も、鍵もない。


持ち物と言えるものは着ている服だけだった。


冗談だろ。


そう思って、頬をつねった。


痛い。


夢じゃない。


道路の向こうを、年配の男が歩いていた。片手に白い袋を持ち、何度も背後を振り返っている。どうやら外国人みたいだ。


助けを求めよう。


そう考えて、一歩踏み出した。


「Excuse me!」


男は立ち止まった。


俺の顔を見た瞬間、表情が変わった。


驚いたような、警戒するような。


男は何かを早口で言った。


もちろん、分からない。


「Excuse me.where is here?」


もう一度、ゆっくり言った。合ってるかも分からない英語だが。


男は俺の服を見た。靴を見た。そして、俺の背後を見た。


次の瞬間、袋を抱え直し、早足で立ち去った。


「ちょ、ちょっと!」


追いかけようとした。


そのときだった。


遠くで、乾いた破裂音が響いた。


パン、パン、パン。


一瞬、頭が真っ白になった。


花火?こんな昼間から?


いや、違う。


銃声だ。


街の空気が変わった。


さっきまで歩いていた人たちが、一斉に動き始めた。店先にいた男がシャッターを下ろし、子どもを連れた女性が建物の中へ駆け込んでいく。


誰も叫ばないし誰も立ち止まらない。


まるで、これが日常であるかのように。


俺だけが、道路の真ん中で固まっていた。


もう一度、銃声。


今度は少し近い。


「……やばい」


頭の中で、何かが警告を鳴らしていた。


ここにいたら駄目だ。


そう理解した瞬間、足が動いた。


道路脇の建物へ走る。


開いている扉を見つけ、転がり込むように中へ入った。


薄暗い廊下。


コンクリートの壁。


天井のファンが、ゆっくりと回っている。


俺は壁際にしゃがみ込んだ。


心臓が痛いほど鳴っていた。


息がうまくできない。


スマートフォンを取り出そうとして、また気づく。


ない。


助けを呼べない。


地図も見られない。


家族にも連絡できない。


そもそも、ここがどこなのかすら分からない。


「……嘘だろ」


声が震えた。


俺はただ、帰りたかった。何かの犯罪に巻き込まれてしまったのか?誘拐されてしまったのか?いや、目的がわからない。これは幻覚?それならどれだけ良かったか。頭の中がうるさかった。


そのとき。


廊下の奥から、足音が聞こえた。


ぺた。


ぺた。


ぺた。


裸足?誰かが近づいてくる。


俺は息を止めた。


現れたのは、肌が黒い小さな男の子だった。


十歳くらいだろうか。


薄汚れたシャツを着て、片手に空のペットボトルを持っている。似たような子供をよく募金とかの広告で見る。


男の子は俺を見た。


俺も男の子を見た。


数秒間、互いに動かなかった。


やがて男の子が、何かを尋ねるように口を開いた。


「… من أنت؟」(あなたは誰?)


言葉は分からなかった。


けれど、表情は分かった。


怖がっている。


俺と同じように。


俺は両手をゆっくりと見える位置に上げた。


「あ、I'm japanese.」


通じるかわからないが英語で話してみる。


男の子はよくわかっていなさそうだったが自分の空のペットボトルを俺の前に差し出した。


水が欲しいのだろうか?でも俺は何も持っていない。


俺は首を横に振った。


男の子は少し考えたあと、廊下の奥を指さした。


ついてこい、ということだろうか。


いや、罠かもしれない。


そう考えた瞬間、自分が嫌になった。


この子だって、俺と同じように怖いはずなのに。


俺は立ち上がった。


男の子は歩き出した。


数歩進んでから、こちらを振り返る。


まるで、ついてくるか確かめるように。


俺はその後を追った。


廊下の突き当たりには、小さな部屋があった。


中には数人の人間がいた。


老人。布を被った女性。幼い子ども。


全員が、こちらを見た。警戒しているのだろうか。


すると、すぐに俺に水をくれたどうやら罠ではない様だ。俺ははっとした。俺は見た目であの男の子が水を欲しがってると思い込んでいた。ニュースや新聞の影響でそういうものだと思い込んでいた。しかし実際は俺を助けようとしてくれていた。


水を飲んで一息つくと、部屋の隅に座っていた男が立ち上がった。


三十代くらい。


痩せた顔。無精ひげ。鋭い目。


男は俺に何かを尋ねた。


俺は首を振った。


「Sorry,I don't know.I'm Japanese.」


男の表情は変わらなかった。


俺は身振りを交えて説明した。


何も持っていないこと。


突然この街に来てしまったこと。


ここがどこなのか分からないこと。


男は最後まで黙って聞いていた。


おかしいやつだと思われていないだろうか。こんな話信じてもらえない。俺はそんなことで不安だった。


やがて、壁際に置かれた椅子を指さした。


「sit there」


この椅子に座ればいいのだろう。俺はゆっくりと腰を下ろした。


外から、また銃声が聞こえた。


今度は、誰も顔を上げなかった。


そのことが、何よりも恐ろしかった。


しばらくして、男が口を開いた。


「You are in Syria.」


シリア。


その名前を理解するまで、数秒かかった。


シリアってあの中東の?


内戦。


空爆。


難民。


そして、今も終わっていない争い。何で俺はそんな国に?


俺は乾いた唇を動かした。


「……Can I go Japan?」


男は答えなかった。


代わりに、窓のない壁の向こうから聞こえてきた音に、ゆっくりと顔を向けた。


低いエンジン音。


複数の車両。


誰かが、小さく祈りの言葉を口にした。


男は俺を見た。


そして、英語で言った。


「What ever happens, don’t go outside tonight.」


今夜は、絶対に外へ出るな。


その瞬間、建物の外で怒鳴り声が響いた。


続いて、扉を乱暴に叩く音。


ドン。


ドン。


ドン。


部屋にいた全員が凍りついた。


男は唇に指を当てた。


静かにしろ。


扉の向こうから、男の声がした。


聞き取れない言葉。ドアを開けろと言ってそうな雰囲気だ。


扉の向こうにいるのは、誰なのか。


警察なのか。


兵士なのか。


それとも――。


俺は、自分の手が震えていることに気づいた。


数時間前まで、こんなことになるなんて想像もしなかった。


そして今。


俺は、名前も言葉も分からない人々と、暗い部屋の中に座っている。


帰る方法は分からない。


外の状況も分からない。


味方か敵かさえ、分からない。


ただひとつ、はっきりしていることがあるとすれば今夜を生き延びなければ、明日は来ない。ただそれだけ。


扉が、もう一度叩かれた。


ドン。


男が立ち上がった。


俺は息を止めた。


そして、物語はここから、本当の意味で始まる。


第1話・終

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。