Ep.8『耳そろえて返してもらおうか』
「――期待外れもいいとこだな......死ねよ、ゴミ餓鬼が」
「勝手に期待して勝手に失望すんなよ...」
一頻りコクシへの罵詈雑言を言い終えた大悪魔(?)は、彼が『曉燈の魔女』なる存在を知らないこと受け、途端に彼への興味が失せたらしく、心からどうでもいいといった風で言葉を放つ。しかし――
「珍しく糞女が人間を連れ帰ってきたと思ったら、常識の『じ』の字も知らねぇとんでもねぇ餓鬼を――」
まだコクシへの文句を言い足りなかったらしく、聞くに堪えない中傷が蛇口を思い切り捻ったかのように溢れ出す。
どうも、大悪魔(?)は自分が『曉燈の魔女』を知らないことにご立腹らしい。もしや、『曉燈の魔女』に並々ならぬ恨みがあるのだろうか。
だが、だとするなら、先程大悪魔(?)が真底嬉しそうに『曉燈の魔女』を語ったことに説明がつかない。
考えれば考えるほど解らなくなってきた。すると、
「二度とそのシケた面見せるなよ。ゴミ餓鬼が」
今しましげに吐き捨てると、ズルズルと重たい何かを引きずるような音が発生した後、大悪魔(?)の姿は、ティールの肩に入り、消失していた。
たった今、眼の前でかなりの存在感を放つ物体(気体)が突如として消えたことに対し、コクシは完全に固まってしまう。
人間の頭ほどの大きさを持っていたにも拘らず、ティールの肩に
「えぇと、その、アレってなに?」
少し間を置き、さっきから一言も喋ることなく俯き、表情を見せようとしないティールに大悪魔(?)の正体を問いかける。
「......さて、コクシ。君にはいろいろと重要な話が――」
「待て待て待て! 何事もなかったみたいに話し進めんな!」
彼女、ティールは顔を上げ、さも当然かのようにコクシの問いを無視して次の話題に移ろうとする。あまりにも自然だったため、一瞬気づけなかった。そんなことよりも――
「さっきの......大悪魔? あれなんなんだよ。ペット?」
「あぁ、さっきのアレか? 大悪魔は大悪魔だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「いやあの、その大悪魔がどういうモノなのかを――」
「なぜ私が君如きにわざわざそんなことを教える必要がある?......尤も、君に教える気はさらさらないが」
ティールは少し前までの態度が嘘のよう、まるで二重人格のよう雰囲気が切り替わりに傲慢不遜にコクシに接していた。先程の態度は何だったのだと聞きたくなる。
......まさか、演技?
納得のできないコクシは文句の一つや二つでも言ってやろうと口を開いたが――
「あのな、君何か勘違いしてるんじゃないか?」
「勘違いって何が......」
「君の立場だよ。今、君について分かってることは『知ってるはずの常識を知らない』『どこからやって来たのか分からない』『なぜここにいるのか分からない』『どんな素性か分からない』......つまり、身元不明の不審者のそのものなんだぜ? 少なくとも私は、そんなヤツにホイホイ事情を教える気にはならない」
出鼻をくじかれ返す言葉もないコクシに、ティールは「理解したみたいだな」と続ける。
彼女が鬱陶しそうに言ったことは、まったくもってその通りだった。反論の余地もない。よくよく考えたら今の自分は途轍もなく怪しく、胡散臭い人物なのだ。信用されるはずがない。
むしろ信用するほうが難しいまである。
そして、そんな人物にホイホイ自分の事情を教えたくないというティールの意見は、至極当然でもあった。
出鼻をくじかれ返す言葉もないコクシに、ティールは「理解したみたいだな」と続け、話を本題に進める。
「まずこれを見てくれ」
そう言い、コクシに一枚の紙を手渡す。そこには――
「なんて書いてんの?」
「あー、読めないのか......ま、簡単に説明するなら、それは借用書だよ」
「ほー借用書ね......借用書......借用書......うぇえっ!? ソレ借金ン~~!?」
「へぇ、話が早いじゃないか。あぁ、額は二千万サースだよ」
「に、にせんまん............って、なんで借金があるんだよ。俺ェまだ金なんて一円たりとも借りてないのに(サースってなんだ)あ、もしかし冗談――」
「その傷だよ」
「へ?」
そういうと同時に、ティールはしゃがみ込みがさがさと音を立て、コクシの居るベットの下から何かを取り出す。
彼女が両手で抱えていたのは、千はくだらないであろう数の幾何学的な模様が刻まれ、黒と白の対照的な色を持ち拳ほどの厚さしかない平べったい形をした機械のような代物であった。
サイズは人間の上半身ほどだろうか?
ともかく、コクシにはそれが一体何なのか皆目見当もつかない。もしかすると、自分はあれを壊してしまったのか。ということは、彼女はこれを弁償しろと――
「一級魔法機魔動外科医だよ。こいつを怪我人に使うと、どんな瀕死の状態からでも傷が治るよう手術をして、ある程度生命力を回復させることができるんだ」
「それはまた......俺がそのすんごぉい高そうなもんを壊してしまったのを弁償しろと......?」
「いや、君にこれを使ったんだ。別に壊れちゃいない」
「? 壊したとかそんなじゃないなら、な~んで借金が?」
「......この魔法機は、動かすのに莫大なマナがいるんだ。そして、そのマナの量は私が持つ分じゃとても足りない。だから――」
そこまで言うと、ティールは魔動外科医を弄りだし、そこからこぶし大の石を取り出した。
その石は青白く光を放っており、まるで宝珠のような美しさだった。それをコクシに見せつけながら、ティールは説明をする。
「大量の魔石を買ったんだよ。四十個くらいだっけ? とにかく、わざわざ町のほうにまで行って買ってきたんだ」
その瞬間、コクシの脳に嫌な予感が稲妻のように駆け巡る。
「............も、もしや借金って、それを動かすための、マセキとやの代金だったり~......」
彼は恐る恐る、どうかマセキが安価な品でありますようにと祈りながら問い掛かる。
答えは如何なるものか――
「うん? なんだい、君にしちゃ随分物分かりが良いじゃないか。その認識で大方間違ってないよ」
大正解でしたチクショウが!
とんでもない額の借金があるという事実を受け、金槌てま頭をガタンと殴られたかのような衝撃が襲いかかる。
これからの自身の行く末を考え、どうすればいいのかと頭を抱えるコクシは、さらにティールに質問を重ねる
「に、にせんまんさーすってかえすのにどんぐらいのじかんがかかるの............」
「――利息を含めたら、一生の半分くらいかかるんじゃないか?」
今すぐ泡を吹いてぶっ倒れ、何かもを忘れたくなる衝動に駆られるが、そんなことしても現実は変わらない。
この借金、どうやって返せばいいのだろうか。
そう言えば、元の世界でも借金着けだったな、俺......
一瞬にして死人のような表情を顔に張り付て、思考を続ける。
どうも自分は、借金や負債の類と小指が運命の赤い糸でつながれてるらしい
――コクシの心を、借金が埋め尽くしていった。