90
薄明るい光で目が覚めた。うっすらと目を開く。
頬に当たる布団の感触に、んん、と小さな声が漏れた。
カーテンの隙間から、光が薄く差し込んでいる。どうやら、ベッドに突っ伏して眠ってしまったようだ。無理な体勢で寝たせいで身体が痛い。
ゆっくりと身を起こす。いてて、とつぶやいて、伸びをしようとして。
「あ……」
ベッドで身を起こしている三島と、目が合った。
三島は静かな目で、じっと俺を見つめていた。硝子レンズを通さない、名前のない宝石みたいな眼差しが、なにか不思議な静謐を湛えて俺を捉えている。
「えっと……おはよう」
とりあえず挨拶する。三島は返事をしなかった。ただ、見たこともないほど静かな表情で、俺のことを見ているだけだ。
「どうしたんだよ。もしかして、具合──」
とっさに頭の怪我を気にした。だが三島はゆるく首を振る。そして、すっと手を伸ばして、俺の指先に触れた。
ぴくっ、と思わず手を引こうとする。反射的な動作だった。いつもの〝ちょっかい〟だと思ったのだ。
だが、俺の反応に、三島はかすかに眉根を寄せて、耐えるような表情をするだけだった。
なんとなく拍子抜けして、俺はすとんと力を抜く。
三島の手が、そっと俺の手を取った。そのまま、ゆっくりと持ち上げられる。
三島の両手が、俺の手を掬うように握った。不思議なくらい静かな表情、それがほんのかすか、本当にわからないくらいかすかに、歪む。
「三島……?」
「……っ」
なにか俺にはわからないものを湛えた瞳が、静かに閉じられて。震える呼吸が三島の口からこぼれる。細くて長い、たよりない息。
ゆっくりと俯いた三島の額に、俺の手の甲がそっと押し当てられた。祈るような仕草だった。俺の手を捉えた指先は、力なんてほとんど入っていなくて、震えていた。
「……んで」
「三島?」
消え入りそうな声に問いかける。三島は俺の手を額に押し付けたまま、ささやいた。
「ずっと、ここにいたのか」
「ああ」
「一晩中?」
「そうだ」
「なんで」
「六時間は様子見るって、言ったろ」
「……った、けど……」
三島の語尾が震えて、消えていく。俺を握った手に、かすかに力がこもる。丸くなった背、俺なんかの手に祈るみたいにすがって、三島がバカ、と小さくつぶやく。
「おまえ、そんな、俺……ほしくない」
支離滅裂な言葉だった。たどたどしくて、ほとんど片言みたいで、それは確かに、かつての三島の喋り方だった。
じん、と胸の底が切なくなった。懺悔みたいにいらない、と繰り返す三島が、痛ましくて悲しかった。
「俺、俺が、ほしいのは──」
「三島」
空いた方の手で、ぐっと肩を引き寄せる。それ以上なにも言ってほしくなくて、丸い頭を胸元に押し付けた。
三島は小さく震えて、息を殺して「いやだ」と小さく言う。ますます強く押し付ける。
「何度だって言う。俺はおまえの思うようにはならない」
「いくじなし」
「それでもいい」
「終わらせてくれ」
「嫌だ」
駄々っ子のような問答に、三島はぐず、と鼻を鳴らす。「嫌なんだ」と涙まじりの声。
「もうこんな風に生きていたくない」
「俺だってそうだ」
「だったら」
「それでも。俺はおまえの思うようには、ならないんだ。絶対に」
「……っ」
腕の中で、三島がかすかに身をよじった。きつく抱く俺の腕を振りほどいて、どん、と胸元を突き飛ばされる。
「三島」
「もう、触るな……」
痛いから、と言う声。それが身体の痛みを示しているのか、それとも別の場所のことなのか、俺にはわからなかった。三島がつぶやく。
「俺たちは友達だ。俺は──おまえを信じてる」
懸命に、言い聞かせるような言葉だった。俺は「ちがう」とはっきり言う。
「俺たちは、最初から友達じゃない」
「……っ」
うなだれて、肩を落とした三島が「うそだ」と絞り出した。「嘘じゃない」と繰り返す。俺の胸に押し当てられた両手が、ゆっくりと垂れていった。
「……それでも、俺は、宗像がいい」
「終わらせる人間が?」
こくりとうなずく。絶望的なため息が落ちる。
そんなこと絶対にしたくない。俺はおまえの思い通りにはならない。言いたい言葉はいくらでもあった。でもこれ以上はなにを言っても平行線だ。
気持ちを切り替え、布団の上に落ちてしまった手を軽く握る。「なあ」と呼びかけた。
「学校、行けそうか」
「……行ける」
「よし。なら、支度するぞ」
話は終わり、という空気をにじませる。三島は諦めたような息を吐いて「わかった」とつぶやいた。
座りっぱなしだった椅子から立ち上がり、窓に歩み寄る。カーテンを開ける。
しゃっ、という音とともに、まだ抜けきらない空梅雨の光が、あいまいに部屋を照らし出した。
ゆるゆると顔を上げた三島が、まぶしげに目を細めた。




