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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: ルー
【後編 / 01】 メフィストフェレス

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 父のぶんのデリを食べさせて、風呂に案内して、夜が深まってくる。

 俺は早々に部屋へと引き上げた。団欒の気配などないリビングの、よそよそしい空間に耐えかねたとも言う。


 だが、三島も俺のあとをついてきた。

 なんでだよと思ったが、知らない家のリビングに一人で放り出され、家人がいつ帰るかもわからない状況の方が嫌なのだろう。当たり前だ。


 俺はため息まじりに三島を部屋に入れた。客用布団を運び入れ、いつでも眠れるように整える。その間、三島はずっとベッドの上でぼんやり座っていた。


 俺と三島で、話すことも特にない。

 これが今までなら、あれこれ会話をしただろう。だが俺はもう、三島の前で自分を取り繕う気がなくなっていた。

 三島だって俺の作った〝完璧〟を見抜いている。それどころか、俺の底になにが眠っているのかさえ、はっきりわかっているようだった。今さら、演技なんかする必要もない。


 俺はため息まじりに机につくと、読みかけだった本を開いた。生物学の学術書。それからノートパソコンを起動して、関連の論文をいくつも表示させる。三島を放ったまま、ひたすら知識を詰め込んだ。


 こんなもの、今さらなんの意味になる。もう母さんは戻ってこない。

 父の言うことは絶対だ。子供の頃から、それを痛いほど叩き込まれて生きてきた。

 母さんを取り戻すため、なにか行動を起こしたい。その欲求は、どうせ無駄だという強烈な無力感に、いともたやすく塗りつぶされた。


 絶望と虚無感、そして背後で座っている男への、場違いすぎる憤り。

 ぎりっ、と歯を食いしばった。くそ、と心の内だけで毒突いて、マウスを握る手に力がこもる。俺は努力して顔の力を抜いた。


 背後のベッドに腰掛けた三島は、身じろぎひとつしなかった。息をしているかすらわからないほど静かだった。なんとなく、不安のような心許なさ。


 放っておけばいいのに、俺はついつい振り返る。

 三島は、膝を立てたまま、壁に凭れて座っていた。膝頭に乗せられた手、眼鏡の奥のあの瞳が、ぼうっと中空を見つめている。


 そういえばうちに上げてから、三島は一度もタブレットを出していない。勉強どころか、本の一冊も取り出さない。普段の三島からすれば、明らかに様子がおかしかった。


「……予習とか、やんなくていいの」


 ぼそっ、と声が出る。三島は視線だけを動かして、ゆっくりと俺を見た。静かなまばたき。硝子レンズの向こうでぼんやり光る眼差しが俺を見つめて、三島はそっと笑った。


「知識なんて、もうなんの意味もない」

「え――」


 思ってもみない言葉だった。だって三島はあのとき、知識は俺を裏切らない、そうつぶやいた俺に、『わかるよ』と言ってくれたのに。

 信じられない思いで見つめる俺を見つめ返して、三島は少しだけ目を細める。


「俺が知識を裏切ったんだ」


 それはあまりにも細い声だった。今にもかき消えそうな言葉をようやく耳に聞き留めて、俺は「どういうことだよ」とつぶやく。

 返事はなかった。三島はただ静かに笑って、なにしようかな、なんて歌うようにつぶやいている。


「ほんと、なにしよう。……文字のない夜は、きっとすごく長いから」


 付け加えたような最後の文言は、どこか頼りなくて、心細い色をしていた。

 なんとも言えない気持ちになる。心許ないような不安感、目の前の男が今にも倒れてしまいそうな、不安定で危ういものが、目の前で揺れているような。


「だ――」


 大丈夫なのか。その一言を、かろうじて飲み込む。

 こんな男にかけてやる言葉も、その義理も、俺は一つも持っていない。

 あのとき三島を選ばなければ。筋違いの憤り、あの絶望に対する後悔は、俺の中にまだ新しい傷を残している。


「……眠かったら先に寝とけよ」


 ぼそりとそれだけ告げた。三島はぼうっとした顔つきのまま「うん」と小さくささやいた。

 これでいい、最低限言うべきことは告げた。あとは俺の時間だ。


 俺は机に向き直ると、アルファベットばかりで構成された本をめくって、パソコンに目をやった。

 安っぽい白い画面が、夜の部屋の中で、俺の頬をちかちか照らしていた。


 

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