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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: Ru
【後編 / 01】 メフィストフェレス

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 三島を泊める言い訳を作るのは簡単だった。

 なにせここまで派手に怪我をしているのだ。黙って家に帰せなかった、と言えば十分理由になる。


 俺は三島の写真を添付して、進路のことで親と揉めた友人をしばらく泊めてもいいか、と父にメールした。


 三島はU大を現役で狙えるような優秀な男だが、予備校に行っていない。他のやつの家に泊めても教材が不十分だ。

 進路で揉めてはいるものの、後悔しないよう勉強だけはさせておきたい。いちおう志望校を変えたわけではないみたいだし、こんなところで躓かせるわけにはいかないから。


 長ったらしい言い訳を打ち込んで送ると、親御さんの了承を取れるなら構わない、ちゃんと面倒を見てやるように、と返信が来た。ほっと息をつく。


 スマホから顔を上げて、三島のほうに視線をやった。

 リビングのソファに座った三島が、申し訳なさそうに俺を見る。


「悪いけど、うちに連絡入れるの、頼んでいいか」


 淡々とした口調でも、どことなく語尾が頼りなかった。

 当たり前だ。三島の怪我は決して軽くない。その原因が家に――おそらくは家族にあることは明白だった。三島が自分で連絡したら、火に油を注ぐことになるのは間違いない。


 俺は「わかった」とつぶやくと、三島からスマホを借りた。なんでも、仕事中に知らない番号からかかってきても、出るかどうか自信がないから、とのことだった。


 俺のものより一世代前のスマホを手に、少しだけ心を整える。おそらくは三島の怪我のもとになった母親と、面と向かって話をするのはためらわれた。


 それでも、いつまでも呆けているわけにもいかない。

 俺は意を決して通話ボタンを押す。電話はすぐにつながった。


『凪? こんな時間にどうしたの』

「こんにちは。三島くんのお母さんでしょうか」

『え? え……ええ。そうですが』

「急にすみません。僕は三島くんの友人の、宗像達也と言います」


 簡単に自己紹介をすると、三島の母ははあ、と気の抜けた返事をする。

 しかし彼女はすぐに声を高くした。


『待って――待って。凪は? 別の人が掛けてくるなんて……凪になにかあったの!?』

「いえ、そういう訳では――」

『どうしよう、凪は、凪は今が一番大事な時期なのに! やっぱり家から出さなきゃ良かったわ……家の中でも勉強はできたのに、ああもう、あの時ちゃんと閉じ込めておけば――』


(閉じ込める――?)


 するっと飛び出した物騒な単語にぎょっとする。

 三島の母はすっかり取り乱して、躾がどうとか、なんでもっと強行に出なかったんだとか言っている。その口調からは三島への心配ではなく、自分の失態に対する後悔しか感じ取れなくて、俺はなんとも言えない陰鬱な気持ちになった。


 違います、と念押しのように呼びかけて、声の圧をひときわ強くする。


「あの。……あの! 落ち着いてください、三島くんは無事です! うちにいます」

『ああだって、でも――……えっ? 宗像くんのうちに?』

「はい。ですから、安心してください」


 ようやく聞く耳を持ったようだ。俺はほっと息を吐くと「三島くんなら今、僕の家にいます」と丁寧に言った。三島の母がいぶかしむ声を出す。


『お友達の家に来てるの? ならどうして……』

「その……言いにくいんですが」


 俺はかすかに言葉を詰まらせる。電波の向こうで、三島の母が黙り込んだ。


「三島くんを、しばらくうちに泊めてもいいでしょうか」

『えっ――』


 虚を突かれたような一言。一瞬の沈黙ののち、三島の母がなぜ、と叫んだ。


『どうしてよ! 凪がそう言ってるの? そんな訳ないわよね。凪ったら、他所様のおうちに迷惑をかけるなんて……ねえ、凪と話させて! すぐ説得するから』

「ま、待ってください。ええと……そうではなくて……!」


 キンとした声に、思わずスマホを耳から離す。ちら、と三島を見やると、彼は冷めたような目で肩をすくめた。ため息を押し殺す。


「落ち着いて、落ち着いてください。その……三島くん、いま家に帰ったら、お母さんに余計なことを言ってしまいそうだから、それは駄目だ、って言っていたので……」

『え……』


 俺はそれっぽい嘘をとっさに口にした。三島の母がようやく黙る。


『……凪が、そんなことを?』

「はい。お母さんのことを、とても気にしていました」

『そう……そうなの』


 途端に大人しくなった。俺はほっと息をつく。

 一瞬だけ三島の方を見て、心を決めて。俺は思い切った嘘を吐くことにした。


「色々と三島くんと話したんですが……彼の言い分もわからないでもないんですけど、やっぱりちょっと頭を冷やした方がいいと思いまして」

『そう、そうなの! 凪ったら、いっときの感情に振り回されて、あんな……』

「わかります」


 本当はちっともわかってなんかいない。むしろ三島からは事情すらなにも聞いていない。

 俺はせめてそれっぽい声を作って、わざとらしくトーンを落としてみせた。


「しばらくうちに泊めて、その間、勉強するように説得します。三島くんはきっと、こんなところで躓いていい人じゃないので」

『……っ……そう、よね……そうなの。凪は他の子と違う。特別なの。そのつもりでずっと育ててきた。こんなバカみたいなことで、台無しになんてできないわ』


 涙混じりの声だった。どうも情緒不安定な人のようだ。ため息が出そうになる。


(この人……三島のこと、全然見てねえ感じするな……)


 どこがどうとは言えないが、そんな雰囲気が死ぬほど漂っている。

 俺は感情を押し殺し、三島の母に定期連絡の約束をした。電話番号を教えて「毎晩十時に電話します」と伝える。それから二言三言なだめるような挨拶をして、ようやく電話を切れた。


「……っは、疲れた……」


 はあーっ、と思わず本音とため息が漏れる。ぱちぱちぱち、とソファの方から拍手が聞こえてきた。

 きっ、と睨む。三島がどこか冷めたような顔で笑っていた。


「上手、上手。さすが宗像」

「おまえ……」


 誰のせいでこんな苦労をしてると思ってんだ。

 そもそもおまえ、俺をあんな目に遭わせておいて、どの面下げて泊めてくれとかほざいたんだ。

 その顔の怪我がなきゃ、おまえなんか今すぐつまみ出したっていいくらいなのに。


 どっと押し寄せる罵倒はあまりにも数と勢いに満ちていて、喉のあたりで渋滞を起こしてうまく言葉にならなかった。ひどい徒労感と共に肩を落とす。


 ぽい、と無造作にスマホを放り投げた。三島の膝の上にぽすん、とスマホが落ちる。

 それを拾い上げて、三島はひらひらスマホを翻した。


「うわ、すごいメッセージ来てる。めんどくさいし、電源切っとこうかな」

「……既読くらい付けとけ。しわ寄せ来るの、たぶん俺だし」

「はいはい」


 くすりと笑ってスマホを操作する三島。ディスプレイの青白い光が、思ったよりは綺麗な顔を照らし出している。それを横目で眺めて、俺はむらむらとこみ上げる苛立ちと嫌悪に耐えていた。


(なんで俺がこんな……)


 バカみたいだ。俺だって全然、他人にかかずらってられる状況じゃない。

 父に蝶殺しがばれて、母を無理やり取り上げられて、家庭環境は最悪だ。その一因になった男を丁寧に匿ってやる義理なんて、本当なら俺にはない。だけど。


 そろりと三島を盗み見た。まつげを伏せてスマホを操作している三島の、なんとも言えない冷めた表情。

 今日の三島が見せる顔はどれも、俺が一度も見たことのないものばかりだった。


(……どうしちまったんだよ、おまえ)


 間違いなく、怒りも嫌悪もあるはずなのに。強烈な戸惑いが抜けてくれない。

 この男はこんな、なにもかもを諦めたような顔をする奴だっただろうか。


 俺の戸惑いなど知りもせず、三島がふっとスマホの明かりを落とす。小さく漏れた吐息、それをかき消すようにチャイムの音が鳴った。時計を見る。気が付けばもう夕食の届く時間だった。

 ゆっくりと顔を上げた三島に、待ってろ、と言う。


「飯、届いたから。ダイニングで座ってな」

「……うん」


 どことなく覇気のない返事。

 後ろ髪を引かれるようにそれを気にしつつ、俺は玄関に向かった。



 

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