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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: Ru
【中編 / 02】 境界を保つための

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 週明けの一日は、何事もなく過ぎていった。

 相変わらず俺は完璧な顔を作ったまま喋って、笑って、誰かのフォローをしたりさりげない気遣いを見せたりした。


 こんなにひどい気分なのに、変わらず完璧を保てる自分に嫌気が差す。

 それでもこの外面を、どうしても崩すわけにはいかなかった。俺はまだ耐えていたい。戦うべきだ。


 放課後、友人と簡単な談笑を終えて、三島のほうに向かった。

 生物室行こうぜ、といつもの呼びかけをしつつ、観察する。マウスの実験をはじめてから、三島の様子は目に見えて沈んでいた。なんとなく顔色が悪い気さえする。フォローなりなんなり、しておくべきだった。


 だって逃げられるのはまずいから、と思って、だがそれはどうしてだろう、とも思う。

 三島はまだ俺の弱みなんて握ってはいない。それにあの感じだと、敵意だってもうほとんど俺に抱いてはいないだろう。放り出したっていいはずだ。なのに、なぜ。


 わからないままにこやかに声をかける。

 三島の好きそうな話題を仕入れたとかなんとかいう俺に、三島は少しだけ重苦しい顔をして、話しかける言葉をさえぎった。


「……なあ。今日もあれ、やるの」

「……水に沈めるやつ?」


 頷く三島。ストレスの効きが悪いマウスを何匹か、死なない程度に水につけたりしていたのだ。三島からすれば、耐えがたいような行為だろう。


 俺は自分の顔と声が勝手に申し訳なさそうな色を宿すのを、他人事のように観察していた。悪い、と小さな謝罪を口にして、なんの心もこもっていない、と思う。


 けれど俺の言葉に、三島はぎゅっと胸元を握りしめた。やや俯きがちな顔、散った前髪の隙間から、思い詰めたような声がする。


「あ、謝んなよ。大丈夫だって言ったろ」

「……」


 じっ、と三島を見つめた。怯えながらも、声を振り絞って抗う三島の姿は、俺の嗜虐心をひどくそそった。

 やっぱりマウスよりこいつをどうこうしたいな、と思って、でも。同時に訪れたのは、じわりとしたよくわからない情だった。


 生物室での三島を思い出す。マウスをこわごわ扱う手付きや、あの実験で胸を痛めている様子、俺の蝶を心配したことが浮かんだ。


 三島は俺と違う。人どころか、猫どころか、虫さえきっと殺さない。小さい生き物に対して、とりわけ優しい奴なのだ。


(本当はちっとも、大丈夫なんかじゃないくせに)


 それでも、たった一回言った『大丈夫』に操を立てて、こうして声を振り絞っている。律儀で、素直で、本当にバカな男だ。


 ふいに、開いた窓から風が吹き込んできて、三島の髪を揺らした。

 俺を見上げた三島の耳に、ちらと透明なピアスが見て取れる。シリコンの、澄んだ、引きちぎられるためにあるような、とても小さな。


 一瞬でぞわっ、とする感覚に耐えることができたのは、連日のマウスに加え、今朝の蝶を殺しておいたからだ。心底嫌気がさす行為なのに、悪魔に魂を売るようなことなのに、あの行為はたしかに〝効いて〟いる。


 俺は無理やり明るい声と顔を作って、笑った。


「なら、いいんだ」


 三島がそっと俺を見上げる。透明な硝子レンズごしの、不思議な色の瞳。

 それを見下ろしたまま、ぽんと頭に手をおいた。まるで彼女にするみたいな仕草、でもほとんど無意識だった。


「そうだ。帰り、一瞬うち寄るか」


 作った声で言うと、三島がえっ、なんで、と口を半開きにする。同時に、ぼんやりと口を半開きにした母の顔が思い浮かんで、俺はぐっとなにかを堪えた。


「例の量子力学の本。読み終わったから貸してやるよ。すぐ読みたいだろ」

「あ……うん」


 本当は明日まで待ったって良かったが、こうすることで恩を着せることができるかな、と思ったのだ。俺が三島の落ち込みに気を遣っていることなんて、三島はとうに気付いているだろう。それがポーズであることまではわからないだろうが。


 案の定三島はためらうような、申し訳ないような目で俺を見た。ちょろいな、と思う。


 量子力学の本を、読み終わったのは本当だ。三島と本屋にでかけた当日、夜のうちに読み終えた。知っている分野ではあったけれど、文章の感じが緻密なのに軽やかで、思ったよりずっと面白かった。ついでに同じ作者の本も数冊買い足して、読んだ。どれも面白かった。


(貸すとき、おまけに付けてやれば、いいサプライズになるかな)


 本当、彼女みたいな扱いだ。あの実験で下がったかもしれない好感度を、うまくコントロールできればいい。この男に病院で見たことをあちこち喋られては困るのだ。


(たぶんきっと、それだけだ)


 それ以外のものなどあるはずがない。あってはならない。

 嗜虐をそそる容貌、怯えたような視線、耳に光るピアス。俺をどうしようもなくあちら側に引っ張ってくる、天敵みたいな男。三島凪。

 その引力に負けたいだなんて、思ってはならない。


 俺は三島が鞄の口を閉じるのをじっと見て、笑った。二人連れ立って、放課後の教室を出た。


 思惑と駆け引きばかりが充満している生物室を目指して、階段を下りながら。

 俺は隣を歩く男の耳元を、つとめて見ないようにふるまった。



 

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