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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: ルー
【中編 / 02】 境界を保つための

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 ぶつっ、とクチクラが構成する外骨格がちぎれる感触。

 はらはらと指先から落ちていく、黄色と黒の鮮やかな色彩。

 身体の一部を失い、痛みにもがく三対の脚。


 早朝の読書と走り込みのあと、俺はどうしても耐えきれなくて、溜まった蝶の〝処分〟をしていた。

 今朝の父はずいぶん早くの出勤だったから、安心して行為に没頭することができた。


 最近はずっと蝶殺しをやっていなくて、成虫の数が増えすぎていた。それこそ、三島がいぶかしむほどに、だ。

 飼育箱はすでに限界を超えていっぱいで、蝶と蝶がぶつかりあって怪我をすることもしょっちゅうだった。


(だから──仕方ない)


 これは駆除だ。増えすぎた蝶を減らしているだけだ。

 無責任に放虫するわけにはいかないから。飼育箱の中身を減らさなければ、羽化した次の成虫が入れないから。


 完全に薄っぺらい欺瞞を、何度も言い聞かせる。ぶつぶつと翅を千切り、大量の蝶を地面に落としていく。

 腹の底でうごめくのはあの〝現象〟だった。


 日を追うごとに、現象がゆっくりと、俺の中で大きく、重たくなっていく。

 凶暴で獰猛なその発露に、なんとか抗いたい、負けてしまいたくない。そう思う一方で、もうどうでもいい、と思う自分もいて、己の弱さにうんざりした。


 なんのために頑張っているのだろうと思う。それでも、戦うのをやめることはできない。

 たとえ母が俺を二度と守らなくなったとしても、俺は母を諦めることはできなかった。


 衝動に負けたくない。現象を自由にさせたくない。

 蝶なんか殺したくないし、マウスの通電だってやりたくない。人なんてもってのほかだ。


 それでも、俺は他にやり方を知らない。うまい方法も、上手ななだめ方もわからない。どろどろの内面を拭い去るには、誰かの犠牲が必要だった。


 意識が飛ぶほど没頭して、ちぎって、むしって、踏み潰して、蹂躙をやりたいだけやり終える。こんな風に感じたくもないのに、ものすごくすっきりする。泣きたくなる。


 もうこれ以上はないくらい破壊の限りを尽くして、やるだけやって、ようやく行為が終わった。


 泣きたいような虚しいような気持ちで、ぼんやりと蝶の翅を見下ろす。気が付けばやわらかかったはずの朝日が少し強くなっていて、すっかり時間が経っているようだった。


 ちらとスマホを見ると、急がないと遅刻する時間だった。普段なら走り込みだけなのに、今日は読書もしていたから、時間の感覚が掴めなかったのだろう。


 あの面会を終えてから、俺はさらに貪欲に知識を求めるようになっていた。母がああなってしまった以上、今までよりずっと多くの知識を詰め込まなければならない。だってもうそれしか、俺を守ってくれるものは存在しないのだから。


 知識は俺を裏切らない。誰に奪われることもない。たとえ俺の傍に母がいなくなってしまっても、もう二度と戻ってこなかったとしても、これから一生、誰も俺を守ることも、傍に立つこともないのだとしても。


 知識は、人類を人類たらしめる理性は、積み重ねた叡智の結晶は、きっと俺を守ってくれる。こちら側に引き戻してくれる。


(だって他にはもう、俺を守るものは残っていないのだから)


 それでも結局、このざまだ。圧倒的に知識が足りない、俺を引き留めるものが足りない。

 鱗粉まみれの指先をこすりあわせ、ばらばらの蝶をぼんやり見下ろして、ため息をついた。時間がない。遅刻なんてしたらすぐに父にバレてしまう。急がなければ。


「今日……父さんが帰るのは、遅いはず」


 たしか日付をまたぐ可能性が高いと言っていた。だったら、学校が優先だ。遅刻はまずい。これを土に埋めるのは、帰宅後、父が戻る前に済ませてしまえばいいだろう。


 本当なら、急いででも、簡易的にでも、死骸を隠すべきだとわかっていた。父は最近、俺をかなりはっきり疑っている。普段より数段上の注意が必要なはずだ。


 それでもこんな迂闊なことをしているのは、どうしてなのか。浮かんだのは母の、心底不思議そうなあの顔だ。俺の言っていることが微塵も理解できない、というような瞳。


(俺は、いつまで……)


 こみ上げた自暴自棄が、俺を愚かにさせていることがわかる。疲れていた。なにか正しい理由が俺を打ちのめして、もういいんだとトドメを指してくれるのを待つような気分だった。そんなことは、絶対にあってはならないのに。


 俺はぐったりした気分のまま、蝶の死骸から目を背けた。足早に裏庭を後にした。学校に行こう。死骸の処分はあとでいい。今はもう、このむごたらしいものを見ていたくない。


 足早に窓へ戻って、室内に入った。

 窓の鍵を閉める指先が鱗粉でざらりとしていて、一刻も早く手を洗いたい、と痛烈に思った。



 

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