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絶望で呆然としながらも、しばらくすれば、口や表情が今までと同じように動くのが不思議だった。
染み付いた習性に従っていつも通りを装って、俺は三島と電車に乗って、あれこれ喋りながらかすかなGに揺られた。
けれど、電車から降りた瞬間、自分の顔からすべての表情が消えるのを感じていた。足の底が抜けたようだった。
家に帰って、ずぶ濡れのままずっとソファに座っていた。
身体がどんどん冷えていって、でも、心の中はそれよりずっと冷たかった。
怖かった。誰も隣にいないソファの上、ひとり震えながら怯えた。
カーテンも引かずに真っ暗になった部屋に帰ってきた父と会話を交わして、でも、ほとんどまともなやりとりなどできなかった。
ソファを濡らした俺に苛立つ父に形ばかりの謝罪をして、ふらふらと着替えてベッドに倒れ込んだ。
いくら待っても眠れなかった。真っ暗い部屋の中、うす青い闇をひたすら見つめて、嫌な鼓動を立てる心臓をただ感じていた。頭の中がぐちゃぐちゃだった。ひどい気分だった。
胸の内を汚すどろどろの感情に呼応して、あの〝現象〟が動き出す。獰猛で野蛮な衝動が、ぞくぞくと俺を震わせる。
勝手に喉が乾いて、手が震えだして、閉じたまぶたの裏、警告表示の蝶の羽がひたすらちらついた。どうしようもないのかと絶望した。本当に、自分が自分でないようだった。
俺はひたすら抵抗して、夜中考えて、だめだとかやめろとか心のうちで叫びながら、それでも気が付けばありとあらゆる言い訳と弁明をこね回して、合理的でそれらしい言い訳と取り繕いを何度も重ねていて。
「──……明日から、マウスのストレス付与実験を始めよう」
ぽつり、と呟いていた。時間は四時だった。
明け方の、うすっぺらい光がカーテンの隙間から差し込んで、もう明日なんてとっくに来てしまっているのに、俺は布団の中でじっと目を開いていた。
マウスの実験。
それはつまり、本格的に哺乳類に手を出そうという──そういう、決意だった。




